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物理学と感覚 3

 人間の肉眼が細かいものを判別しうる範囲はおおよそどれくらいかというとまず一ミリの数十分の一以上のものである、最強度な顕微鏡の力を借りてもその数千分の一以下に下げる事はできぬ(大正六年当時)(もっとも細かいものの見える見えぬはその物の光度と周囲の光度との差によりまた大きさよりはむしろ視角によるが)。そしてその物から来る光の波長が一ミリの二千分の一ないし三千分の一ぐらいの範囲内にあるのでなければもはや網膜に光の感じを起させる事ができない。波長がこの範囲にあってもその運ぶエネルギーが一定の限度以上でなければ感じる事ができない。なおやっかいな事にいわゆる光学的錯覚というものがある。周囲の状況で直線が曲がって見えたり、色が違って見えたりする。もう一つ立ち入って考えれば甲の感じる赤色と乙の感じる赤色とはどれだけ一致しているものか不確かである。
 音についても同様な限界がある、振動数二三十以下あるいは一二万以上の音波はもはや音として聞く事はできぬ。振幅が一定の限度以下でも同様である。また振動数の少しぐらい違った音の高低の区別は到底わからぬものである。
 触感によって温度や重量の判断をする場合にもいっそう不確かなものである。冷熱の感覚はその当人の状態にもよりまた温度以外にその物体の伝導度によるのである。寒暖計の示度によらないで冷温を言う場合にはその人によってまるでちがった判定を下す事になる。これでは普遍的の事実というものは成り立たぬ。また甲乙二物体の温度の差でも触覚で区別できる差は寒暖計で区別できる差よりははるかに大きい。次に物体の重量の感覚でも同様で、十匁のものと十一匁のものとの差はなかなかわかるものではない。
 このように外界の存在を認めその現象を直接に感ずるのは吾人の感官によるほかはないのにその感官がすこぶる粗雑なものであってしかも人々個々に一致せぬものである。それで各人が自分の感覚のみをたよって互いに矛盾した事を主張し合っている間は普遍的すなわちだれにも通用のできる事実は成り立たぬ、すなわち科学は成り立ち得ぬのである。
 それで物質界に関する普遍的な知識を成立させるには第一に吾人の直接の感覚すなわち主観的の標準をいったん放棄して自分以外の物質界自身に標準を移す必要がある。これが現代物理的科学にみなぎりわたっている非人間的自然観の根元である。
 
(『寺田寅彦随筆集』 第一巻 小宮豊隆編 より )
 
 肉眼においても、音感についても、触感についても、冷熱においても、人それぞれ感じ方が一定ではない。このことは、味についてもいえることであり、農作物の品質においても同じことである。どんなに権威ある人間でも、物事を決めつけることはできないのである。
 味というものを理解するには、それぞれの食する人間の心を見通す必要がある。だから、それぞればらばらであって、味を知ることは少ないのである。つまり、味というものを科学的に客観的に知るということは到底不可能に近いということである。味というものを主観的の標準を放棄して物質界自身に標準を移すといっても、その複雑な物質の種類の混ざり方・量的配分や人それぞれの思い出と絡み合った味に対する好悪なんかがあって、どうしても客観的ではなく、主観的にならざるを得ないのである。だから、お客の心つまり彼の主観をつかむことに心を用いる必要が出てくるのである。その思いやりの心がなければ、なかなか食べる人の心象を好くする事はできない。美味いといってもらえないのである。
 まあしかし、客観的なことを求めるとしたら、大多数が納得して美味いといえる料理をつくらざるを得ないのが商売としては有効なことである。商売にするのならば、いちいちお客の心を読み取って、料理をこしらえたならば、割が合わないし、お客の数をこなせないので、高額な価格にならざるを得ないだろう。会員制でなければ成立できないのである。
 だから、美味い料理というものは、お客さんの数によって判別するのがふつうである。そういうことが評判であって、一般的には美味い料理というものは大多数に好まれるものをいうことがよろしい。そういう大多数に好まれて、ロングセラーになるような料理をこしらえたならば、料理人の商売(生計)としては安泰なのであろう。それが非常に難しいことであることは吝かではない。努力して、大多数のお客に好まれる料理を発明するしかない。
 科学的なことから、商売気といった俗なことに話題が移ったが、万人をうならせる料理なんていうものは、高価で伝統的で珍しいもの・安くて大多数に好まれるものの二点が考えられる。値段にだまされることも多いが、安くてお客がついている料理というものは美味いにちがいない。そういうことも、人間の心理によって決定されてくる。不思議なものだ。しかし、雅な味と俗な味という意味ではまた事情が変わってくるから、そこにはそれぞれの人々の価値観が反映している。実に味の世界は奥深いものであるなと思うのだ。
 
                                      霧山人

山人考 三 2

 種族の絶滅ということは、血の混淆ないしは口碑の忘却というような意味でならば、これを想像することができるが、実際に殺され尽しまた死に絶えたということは「景行天皇紀」にいわゆる撃てばすなわち草に隠れ追えばすなわち山に入るというごとき状態にある人民には、とうていこれを想像することができないのです。『播磨風土記(播磨国風土記)』を見ると、神前郡(現・神崎郡 )大川内、同じく湯川の二処に、異俗人三十許口(みそたりばかり)ありとあって、地名辞書にはこれを今日の寺前・長谷二村の辺に考定しています。すなわち汽車が姫路に近づこうとして渡るところの、今日市川と称する川の上流であって、じつはかく申す私などもその至って近くの村に生れました。和銅養老の交まで、この通り風俗を異にする人民が、その辺にはいたのであります。
 右にいう異俗人は、果していかなる種類に属するかは不明であるが、『新撰姓氏録』巻の五、右京皇別佐伯直(さへきのあたい)の条を見ると、「此家の祖先とする御諸別命(みもろわけのみこと)、成務天皇の御宇に播磨の此地方に於て、川上より菜の葉の流れ下るを見て民住むと知り、求め出し之を領して部民と為す云々」とあって、或いはその御世から引続いて、同じ者の末であったかも知れませぬ。
 この佐伯部は、自ら蝦夷の俘(ふ)の神宮に献ぜられ、のちに播磨(兵庫県)・安芸(広島県)・伊予(愛媛県)・讃岐(香川県)および阿波(徳島県)の五国に配置せられた者の子孫なりと称したということで、すなわち「景行天皇紀」五十一年の記事とは符号しますが、これと『姓氏録』と二つの記録は、ともに佐伯氏の録進に拠られたものと見えますから、この一致をもって強い証拠とするのは当りませぬ。おそらくは『釈日本紀』に引用する暦録の、佐祈毘(叫び)が佐伯と訛ったという言い伝えとともに、一箇の古い説明伝説と見るべきものでありましょう。
 サヘキの名称は、多分は障碍という意味で、日本語だろうと思います。佐伯の住したのは、もちろん上に掲げた五箇国に止りませぬが、果して彼らの言の通り、蝦夷と種を同じくするか否かは、これらの書物以外の材料を集めてのちに、平静に論証する必要があるのであります。
 
(『山人考』  柳田國男 著 より )

山人考 三 1

 前九年・後三年の時代(前九年の役後三年の役)に至って、ようやく完結を告げたところの東征西伐は、要するに国つ神同化の事業を意味していたと思う。東夷に比べると西国の先住民の方が、問題が小さかったように見えますが、豊後(大分県)・肥前(佐賀県・長崎県)・日向(宮崎県)等の『風土記』に、土蜘蛛退治の記事の多いことは、常陸(茨城県)・陸奥(青森県・岩手県)等に譲りませず、更に『続日本紀』の文武天皇二年の条には大宰府に勅して豊後の大野(現・豊後大野市)、肥後(熊本県)の鞠智(現・菊池市)、肥前(佐賀県)の基肄(基肄城)の三城を修繕せしめられた記事があります。これはもとより海寇の御備えでないことは、地形を一見なされたらすぐにわかります。土蜘蛛にはまた近畿地方に住した者もありました。『摂津風土記』の残篇にも記事があり、大和(奈良県)にはもとより国樔(くず)がおりました。国樔と土蜘蛛とは同じもののように、『常陸風土記(常陸国風土記)』には記してあります。
 北東日本の開拓史をみますると、時代とともに次々に北に向って経営の歩を進め、しかも夷民の末と認むべき者が、今なお南部津軽の両半島の端の方だけに残っているために、通例世人の考えでは、すべての先住民は圧迫を受けて、北へ北へ引上げたように見ていますが、これは単純にそんな心持がするというのみで、学問上証明を遂げたものではないのです。少なくとも京畿以西に居住した異人等は、今ではただ漠然と、絶滅したようにみなされているがこれももとよりなんらの根拠なき推測であります。
 
(『山人考』  柳田國男 著 より )

慎独 第六則

中庸に曰く、道は須臾も離るべからず。離る可きは道に非ず。是の故に君子は、其の睹ざる所を戒慎し、其の聞かざる所を恐懼す。隠れたるより見らはるるは莫く、微かなるより顕かなるは莫し。故に君子は其の独を慎む。
  孔門三千の徒、才明雋芸(芸にすぐれる)の者、七十二人。一陽のあたたむる   所、一雨の霑(うるおい)する所、各々自ら得る所有り。唯だ、大道の正統を得る者 は、顔曾二人のみ。顔回は蚤世す。故に曾参独り其の宗を得たり。孔伋、業を曾参 に受くるに及びて、此の一著を体究し、実学功夫、力を用ふる年有り。竟に孔門の 玄旨に通徹し、始めて這の語を唱出す。此の時孔子を去る梢〃遠し。乃ち其の   愈々久しくして愈々其の宗を失はんことを憂へ、遂に『中庸』を著し以て後学に授  く。其の要は此の数言に在り。数言の眼目は「慎独」の二字に在り。蓋し、古人、後 学の入り難きを憐んで、諄諄(くどい・ねんごろ)是の如し。後世の儒士、徒らに聖  賢の語を弁釈することを務め、未だ嘗て聖賢の心を明覈(あきらかにする)すること を務めず。故に孔門伝授の心法は堕して土の如し。痛む可し、悲しむ可し。学者苟 くも孔子の徒為らんと欲せば、先づ須らく此の語に依りて、強て精彩を著け、己に  反りて観照すべし。観照し去り、歳月の久しきを積み、念念退かずんば、則ち忽然 として妙訣に契当せん。那時、覚えず知らず、掌を拍つて大笑し去る在らん。是に  於てか、平日、山野が所謂、不玄の玄、不妙の妙、果して自得する有らん。蓋し入 徳の要門を開くに於て、此の外、更に撥転す可き者無し。
 
(『禅海一瀾』 今北洪川 著 より )

一言

 科学では、人間の限界がわかっているので、ハイテク機器の開発に走っている。

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