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悠塾の心得が少しでも理解できたならば、次の段階に進まねばなりません。
心得はあくまでも心得でありますから、それが現実に対してどうであるかを見極めねばなりません。
それが観なのです。
心の中での決心ができれば、現実を観る。つまり、観察するということです。
観察をすることなしに、現実を改善することはできない。
『易経』では、古代の聖王はあまねく四方を巡行し、民の風俗を観察し政教を設けたのである、とあります。
政教を設けるためには、観察しなければなりません。
『論語』という書物は、所詮、心を決めるところまでなのです。
観照という言葉があります。
よく見(考え)きわめて真理・真相を明らかにする。
主観をまじえず平静な心で深く見ること。
美を直接的に知覚認識すること。
明らかになるということは、次にどうすればよいのかが見えることでもあります。深く見るということは、未来が見えることを指しています。
仏の慧眼では、そこまで見通すことができます。
今回はここまでです。
霧山人
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