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子路石門に宿す。晨門曰く、「奚れ自りする。」
子路曰く、「孔氏自りす。」
曰く、「是れ其の不可なるを知りて之を為す者か。」
(『論語』 憲問第十四 より )
子路が孔子に従って天下を廻り歩いた時に、偶然、石門という処に宿った。
その地の門番が「どこから来られたか」と問うた。
子路は「孔氏から参りました」と答えた。
門番はこれを聞いて誹って言うには、「孔氏とは道の行われないのを知りながら方々歩き廻って道を行おうとする男か。あなたもそのお供をして御苦労なことだ。」
隠者が孔子を評して言ったことである。
孔子の生きた時代も現代のように気候が悪化した時代であった。もしこの道を大道(天地陰陽の理)だと解釈して、周公の道としなければ、晩年に『易経』にこだわった理由もわかる。気候をよくする方法を探してもいたのだろう。そして、そのことについて、諸王に力を貸してもらおうとしたのかもしれない。子路も志士のように思えるけれど、信心が深かったので勇気があった。子路は、シャーマン(巫)の能力があったのではないかと思う。
霧山人
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