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ああ吾人がわが将来の日本を論ぜんとするはあにまたやむをえんや。吾人は実に現今のわが社会のありさまを観察してこれを論ずるのやむべからざるを感ずるなり。それ日本の将来はいかん。いかになるべきか。いかになさざるべからざるか。吾人はわが将来の日本はもとより多事なりといえども、その第一急務は一国の生活を維持するにあることを陳じたり。しかしてその生活の手段は多端なりといえども、要するに武備生産の二主義にあることを陳じ、しかしてその手段の相違は一国の気風・品格・制度・文物・政治・経済・教育・文明等に大関係あるものなることを陳じたり。ここにおいてか吾人は一歩を進み、わが邦の生活はなんの主義をもって維持すべきかの問題を解説せんと欲し、あえてこれを速了臆断に付せず、まずこれを世界の境遇に質したり。しかして世界の境遇は実に生産的の境遇なることを発明せり。吾人はさらに眼孔をわが邦の一局部に転じて観察したるに実にわが邦現今の境遇はもっとも生産的の境遇に適し、わが邦現今の形勢はもっとも平民主義の大勢なることを発明せり。すなわちわが邦現今の状勢はこれらの境遇勢力の重囲のうちに陥りたることを発明せり。吾人がわが邦の将来を卜するの材料はすでにようやく完備し、しかして吾人がこの材料を綜索考究したるはもっとも公明正大なるを信ず。しからばすなわち吾人はこの材料によりて、ただちにわが邦の将来を卜するの決して妄想迷説たらざることを信ずるなり。 |
将来の日本
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めいめいの先祖たるものは多くは東照宮へ仕えた奉り数度の戦場に身を砕き骨を粉にして相働きその勲功により知行あてがわれ候間、今に至ってその身その身安楽に妻子を扶助し、諸人に御旗本と敬われ候これみな先祖の勲功によるところなり。しかるところその先祖の恩を忘れてあてがわれたる知行を自身の物と心得、百姓を虐げいささか撫恵の心なくややもすれば課役を申しつけなど致し候輩これみな心正しからず。不行跡というは若年より不学にして何事をも弁えず育ち候よりのことに候。……たとえば楽しみと致す古来よりのものとして和歌を詠じ、蹴鞠・茶道・あるいは連歌・俳諧・碁・将棋等の遊び業これあるところ、今にては御旗本に似合わざる三味線・浄瑠璃をかたりこうじては川原ものの真似を致す族も間々これある由、これみな本妻というもののなく召仕の女にて家内を治むるゆえ軽々しく相成り、不相応なる者を奥深く出入りを免し不取締りにて候。その身恥を思わずわがままなる行跡に成り行き候ままにおいておのずから勝手不如意に相成りて嗜むべき武具をも嗜まず、益もなき金銀を費やし、これを償わんため多くは筋目なきものの子を金銀の持参にめでて貰い、軽き者の子も縁金によって養女とし、娘と致すより事起こり自然と家内を取り乱し候。天和の制法にありて養子は同姓より致すとあるも筋目を糺すべき制法につき某殿寄には以後養子を致すとも娘取り致すとも縁金と申すことを停止せしめ、姓を糺し婚姻すべき時節を延ばさず取り結ぶべきことに候。不勝手なる族片づき候に金銀の用意これなく自然と時節を送り候ときは男女の道おのずから正しからざることに至り候。ここを深く相考うべきこと頭たる者よくよく心をつけもはや縁辺願い出で候節吟味を遂ぐべきことに候。婚礼の時節はずれ候につき年若き面々遊所に入り込み不相応の遊び事を致し風俗乱れ、衣服等につき候紋を略し夜行のとき提灯の印を替え云々。 |
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もしこの時節に際せばわが邦はたといみずから好まざるもわが天然の好位置はわが邦を駆って勢い商業国たらしむべし。いわんや旧来の陋習を破り、天地の公道に基づき上下心を一にし盛んに経綸を行い、断然として武備拡張の主義を廃棄し、吾人がかつて『自由道徳および儒教主義』の小冊子〔明治十七年十二月〕において論じたるごとく、 |
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〔第二〕 外国社会の刺激あるがゆえなり。もし過去において二国相仇とし、いわゆる歴史的の記憶なるものを有する場合においては、我より彼に報いずんば、彼必ず我に報うることあるをもって、勢い相互に竜驤虎視、武備機関を発達せしめざるばからず。あるいはよし、しかることなきももし強大にしてかつ武備的の国とその境界犬牙相接する場合においては我つねに戒厳するところあらざるべからず。しからずんばたちまちかの封豕長蛇もって我をして城下の盟をなさしむべし。またことにその位置において兵略のいわゆる争地たるの国土はもっとも武備に注目せざるべからず。なんとなれば万邦・万人、みな涎を流し、牙を磨し、みなその呑噬の機会をまつをもって少しく我に乗ずべき隙あらばたちまちその国体を亡うに至らん。かかる場合においては万々やむをえず、泣く泣くもたとい一国を身代限りの悲堺に沈淪せしむるも武備の用意をなさざるべからず。すなわち独仏の関係は歴史的の記憶あるがためなり。露独の関係は犬牙相接するがためなり。イタリアのごときローマ帝国没落以来群雄鹿を遂い、千兵万馬の驟地するところ万目一手、みなもってその大いに欲するところを逞しゅうせんと欲するものあるがためなり。試みに思え、わが邦ははたしてかかるやむべからざるの事情あるか。唯一の国体なり。唯一の人種なり。唯一の風俗なり。唯一の言語なり。その結合なるものは利益の結合にして兵略上の結合にあらざればもとより利害をことにするがごときものあることなし。宗教のごときは今日に至るまでほとんど政治家の注意をひくほどの現象にすら進歩することあたわず。たとい将来においてキリスト教の勢力を進歩したりとてこれがために一国の一致を鞏固ならしむることはあるべからず。しかしてその面積は二万四七九四方里に出でず。いかなる凡庸政治家といえども、もってこれを掌上に運転することを得べし。しからばすなわちその外部の事情はいかん。四方八面ただ大海の茫々蒼々たるを見るのみ。三十年前までは鎖国の政略を採りたれば歴史的の記憶とてさらに存するものはあらず。封土美なりといえどもイタリアの単騎長躯ただちにその城下を陥れらるるがごときにあらず。すでにしからばわが邦を商業国となすにまたなんの妨害的の事情あらんや。もし外部の事情はつねに我に向かって反射の運動を与うるものとせば、わが邦はむしろ武備的の運動をば障碍することあるも商業上の発達を激成するものなりといわざるべからず。これを要するにわが邦は自然の結合によりて自然の国体をなしたるものなり。ただただ自然の傾向によりてすなわち水の下流に就くがごとくしてこれを治むべきなり。 |
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全体の境遇はもって一部の境遇を支配せざるべからず。全面の大勢をもって一局の大勢を支配せざるべからず。しからばすなわちわが日本特別の境遇と大勢とはまたいずくんぞ世界一般の境遇と大勢とによりて支配せらるるものなることを疑わんや。 |


