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他なし渠輩が政治上においてかくのごとき願望を有するゆえん、しかしてこの願望は鍾まりてかくのごとき大勢力をなすゆえんのものは、ただ彼らがすでに生産上において得たるところのものをば政治上に拡ぐるをもってのゆえなり。すでに商売上においては唯一の購買者、すなわち唯一の権理者と義務者とあるのみ。ゆえに渠輩はこれを政治上に推し及ぼし、政治上の関係をもただ権理義務の関係をもって支配せんことを欲するなり。生産上において渠輩を使役し、渠輩を運動せしむるものはただ自然の必要あるのみ。ゆえに渠輩は政治上においてただ自然の必要をしてその命令者たらしめんことを欲するなり。生活上の最大威権者はただ正義なり。ゆえに政治上の最大威権者もただ正義にあらんことを願うなり。これを要するに生産上において渠輩は自由なり、平等なり、自然なり。ゆえに政治上においても自由なり、平等なり、自然ならんことを欲するのみ。それ人は利害もっとも切なるの点に向かってもっともその痛痒を感ず。生活上の利害は直接の利害なり。ゆえに人類は期せずして生活上においてまずその安心立命の地位を得たり。政治上の利害は間接なり。しかれどもすでに直接の利害においてそのところを得ばこれに随ってそのもっとも心を悩ますものは必ず間接の利害ならざるべからず。直接の利害ある間こそ間接の利害なれ。すでに一歩を転じ来たれば間接の利害も一変して直接の利害とならざるべからず。それ青は藍より出でて藍よりも青し。平民主義は生産機関の境遇に生出し、その勢力はほとんど駕してこれに上らんとす。しからばすなわち今日において政治上において平民主義の流行するあにまたうべならずや。今日の社会を維持するには平民主義ならざるべからず。今日の平民主義は社会の元気たらざるべからず。かの貴族社会の武備主義のために武備主義とともに武備主義によりて立たざるべからざるがごとく、またかの生産世界なるものは平民主義のために平民主義とともに平民主義によりてたたざるべからず。ただこの一の必要あり。必要の向かうところ天下に敵なし。今日において平民主義の天下に敵なきもあにまたうべならずや。世の平民主義の仇敵をもってみずから任ずるの士はこれをもってモンテスキュー、ルソー輩の鼓舞煽動に出でたりとて恨めしくその不平を訴うれども、これあにしからんや。かの二氏はその議論少疵なきにあらずといえども、一世の知勇を推倒し、万古の心胸を開拓す。その豪胆卓識まことに不世出の人物なるは論をまたずといえども、もしその言うところにして人民の実利実益と相反するか、もしくは相関渉なきときにおいては、なにがゆえにかくのごとく一声の霹靂天地を劈くの大改革を生出し来たらんか。かの人民なるものは政治上においてこそ平民主義のいかんをば理解せざりしも、生活上においてはすでにこれを実行し来たりしなり。かの二氏のごときは空中の楼閣を構成し来たりて人民を教唆したるにあらず。ただ人民は実際上の事実を観察し、これを帰納し、これを演繹して、一片の議論を作為したるのみ。釈迦はもとより慈善家なり。しかれども釈迦の来たらざる前に人類の慈善を行うものそれ幾千人なるか。かの二氏はもとより平民的の政論家なり。しかれども二氏の説法せざる以前にいくばくの人民が事実上に平民主義を実行したるか。それ国家は人民をもって組織したる一大有機体なり。すでにしからば平民主義の分子は国家とともに国家のうちに生出したるや疑うべからず。しかしてそのいまだ発達せざるゆえんのものはなんぞや。その時節いまだ来たらざればなり。その境遇いまだ生ぜざればなり。その機会いまだ熟せざればなり。今やすでにその機会を得たり。二氏なしといえどももとよりこの境遇にはこの現象あらざるべからず。いわんや二氏のごとき案内者あるにおいてをや。 |
将来の日本
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そもそもこの平民主義の運動のもっとも著名なるは政治世界にあり。けだし平民主義の政治世界に侵入するあたかも狂瀾怒涛の海面を撒いて奔るがごとく、貴族的の堤防は一時に潰裂せざらんと欲するもあたわざるの勢いにして、すなわち米国革命戦争のごとき、仏国革命のごとき、ギリシア、イタリアの独立のごとき、英国憲法改正案・非穀物条例運動のごとき、みな十目の観るところ、十手の指すところなり。一八六五年、ブライト氏はバーミンガムの公館において議院改正案に関し左の演説をなせり。 |
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実に自由の世界すなわち平民的の社会はかのルソーが夢想したるごとき質朴野蛮の社会において決して行なうべきものにあらず。すなわちその性質をして従順ならしめ、その気象をして馴致せしめ、これをして結合協力の道を知らしめ、これをして自愛・他愛の関係を知らしめ、これをして社会の威力を感ぜしめ、その形体上においては恒久に耐うるの身体たらしめざるべからず。その知力上においては遠慮あり、将来を予備するの知識を蓄えしめざるべからず。その感情上においては主我的の放恣なる運動を制する種々の体面法・習慣法の支配を被らしめざるべからず。ただかくのごとく進歩したる社会にして、初めて人為の結合やんで自然の結合生じ、人為の必要やんで天然の必要生じ、強迫牽制的の運動やんで初めて自由随意的の運動行わるることを得るなり。それ野禽を林園に馴れ養わんと欲せばまずこれを籠中に収めざるべからず。籠中は決して野禽目的の地にあらざるなり。しかれども林園のうちを高飛朗吟せしめんと欲せば、必ずまずこの窮屈なる籠中の苦を忍受せしめざるべからず。しからざれば決してその性をして馴養せしむることあたわざるなり。それ世界は造物主の林園なり。人類はその野禽なり。これをしてその幽谷を出で喬木に移り林園を快翔せしめんと欲せば、まず貴族社会の籠中に孤囚たらしめざるべからず。それ上古貴族的の社会は人類を教育して自由の天性を全うせしむる一の学校にてありしことは、人類が幾千年を経過したるの今日に至り、初めてその過去の足跡を回顧しようやくにしてその深意の万一を理解するを得るに至れり。それ火中に蓮花を咲かしめ荊棘のうちより葡萄を収穫し、不自由中より自由を生ずるがごとき不可思議の手段に至りては、吾人は実に驚嘆せざらんとするもあたわざるなり。しかして人生の狭小なる心をもって考うればこの不自由の学校に在る日月のあまりに遼遠なりしを見てひそかに疑う者あれども、かれ無極をもって時となし、宇宙をもって家となす、上帝の眼光より見れば一秒時間にだも価せざるべし。造化一歩を転ずれば人生幾千年を経過するを知らず。ああまた大なるかな。 |
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しかりといえども光陰の潮流は奔りてやまず。武備的の機関すでにその効用を社会の進化に竭し、これがために社会が一歩を転ずるのときにおいては社会の境遇も一歩を転ぜざるべからず。白雪天地に満ち四望銀世界の日において、春風百花を扇ぐの好時節はほとんど人の夢想せざりしところなりといえども、地球が地軸を転じ、その軌道を奔るや、端なくこの時節に来たらざるべからざるがごとく、わが世界の歴史も、日月の潮流とともについにこの意外なる境遇に来たらざるべからざるの命運となれり。けだしかの中古の歴史は武備の境遇一変して生産の境遇となり、貴族の社会一変して平民の社会とならんとする一大過渡の歴史にして近世の歴史はすでに半ばその目的を成就し、また半ばこれを成就せんと欲するの歴史といわざるべからず。かの生産の機関が武備機関の中心より出でたるがごとく、また近世平民的の現象なるものは多くは中古の貴族的の現象中より生出し来たらざるものほとんどまれなり。しかして武備機関の衰亡と、貴族社会の凋落と、生産機関の興隆と、平民社会の勃起とは、つねに一致連帯の運動をなすものにして、このなかには実にいうべからざる妙理の存するものあるは社会の大勢に通じたるの士の実に玩味するところとならん。けだし英国ほどその秩序よく平民主義の進歩したるものはあらず。実に英国社会変遷の実例はもって欧州一般社会の模範として論ずるに足るべし。しかしてかの英国はなにがゆえにかくのごとくすみやかに封建の羈絆を脱し、かくのごとくすみやかに帝王の専制を脱し、かくのごとくすみやかに宗教の専制を脱し、妄想迷信の専制を脱し、いかにしてその政治の自由を得、いかにしてその思想・議論・良心の自由を得たるかと問わば、古今の学者のこれに答うる、その説はなはだ繁くかつ長しといえども、ただ一の要領を挙げんことを請わば、万口一声みな富の進歩したるがゆえなりというべし。商業の進歩と、平民主義とは、決して単行するものにあらず、よし暫時はかかる例外の現象もあるべけれども、とうてい相連絡せざるべからざるものなり。いやしくもしからざればその二者の生存決して覚束なきなり。もしこれを疑わばなんぞ試みに英国憲法史を一読せざるや。 |
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天地は万物の逆旅にして光陰は百代の過客なり。しかしてこの光陰の大潮流とともに世界の表面に発出する人事の現象はおのずから運転変動せざるべからざるものあり。しかしてその変動なるものはおのずから社会自然の大勢のために支配せらるるものあるを見るなり。 |


