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けだしこの問題たるやベルリンの権謀政治家は奇貨失うべからずとしてこれを注目し、ロンドンの哲学者は社会学の材料を発見せんと欲してこれを推究し、ニューイングランドの宗教家はわが東洋異教国中にキリスト教の伝播せんことを思うてこれを思慮し、自由をもってアングロサクソン人の特有物となすの学者は、自由の恩恵は蒙古人種にもなお及ぶことを得るや否やと疑惑し、黄人種の朋友をもって任ずる義侠の白人は日本の将来ははたして独立国たるを得るや否やと掛念し、あるいはわが邦在野の政治家は将来を思うて一穂の寒燈、沈思黙坐するものもあらん。あるいは修業のほか余事なく学窓に兀坐する青年の書生もその机上に微睡を催すときには、忽然としてわが邦の将来を夢みることもあらん。あるいはみずから村閭の政治家をもって任じ、威権戸長を凌ぐの郷紳も、その傍輩と炉辺に距坐するときには、あまりに現今わが邦変化の不思議に驚き、将来はいかがかあらんと相談することもあらん。あるいはまた密室に跪き四辺人なきのときにおいて、ひそかにわが邦将来のことをば積誠を凝らして上帝に祈る熱心なるキリスト教徒もあらん。あるいはわが邦の将来を思い、これを思いこれを想うて禁ずるあたわず、万籟寂々天地眠るの深宵にひとり慷慨の熱涙をふるうの愛国者もあらん。 |
将来の日本
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かくのごときはひとり吾人が耳目に触れ来たる政治・社交・衣食住のことにとどまらず。さらに進んで形而上のことを観察したらんにはいかん。道徳・信仰・交際・体面・思想等の標準のごときすべて一顧一倒せざるものはあらず。もし一々これを描写し、これを旧時のものと対照比較するを得せしめば、ずいぶん奇妙なることもあらん。ただ吾人は充分にこれを観察するにあたわざるに苦しみ、たといこれを観察するも、これを描写するあたわざるに苦しむなり。されば今日の老輩にして封建時代の破壊より、明治時代の今日に至るまでを経過したるの人は、あたかもこれ邯鄲枕上盧生の夢、仙人棋辺王質の斧柄も、もってこれを形容するあたわざるの心地するならん。これを要するに現今の時代は疎枝朽幹なかば枯死せるの老樹が端なく大風のために吹き折られ、かえってその残株よりしてさらに一個の新芽を発し、雨露これを湿し、陽光これを沢し、亭々然として雲を凌ぎ、天を衝くの望みを有せしむる、もっとも前途に希望あるの時代となれり。ゆえにこれを日本の変化といわんよりむしろ日本の復活再生というの当たれるにしかず。なんとなれば旧日本はすでに死せり。今日に生存するものはこれ新日本なればなり。 |
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朕が後には洪水あらんとは、これルイ十五世が死になんとして仏国の将来を予言したるの哀辞なり。今や洪水の時代はすでにわが国に来たり、吾人また波瀾層々のうちに立てり。もし人あり、吾人に向かってわが邦の将来を問うも、吾人はさらにいかなる言を発して、もってこれに答うべきか。 |



