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仏菩薩の像を描くものが円光をその頭に添えたりあるいはいわゆる仏燄を描いたり、基督教の聖像及び聖人像に輪光が描いてあったりするのは、その徳を表するのであろうが、相書のいわゆる気というものを朝晴堂が扱った如くに扱って、超人的に形に現わしたようで面白い。老子や漢高の気は高く升りて天にあらわれ、遠く望んでこれを知るべきほどであったというのに、仏陀なぞのは土星の鉢巻や袋蜘蛛の袋のように、僅にその体に貼して小光圏をなして居るに過ぎぬのは、自由の力の大なる画家の束縛を破ること大なる彫刻家に降伏して居る結果でもあろうか知らぬが、おかしく思われる。それは擱き、相家のいわゆる気というものは望気者流のいわゆる気というものとも異なって、前に述べた如くである。元来支那の相術は、呂后の父や許負やの談でも伝えられ、これに関した議論は早く荀卿や王充によって試みられたほどで、その淵源は甚だ遠いが、その成書あるは何時頃よりのこと歟、恐らくは麻衣画灰の事あっての後でもあろうか。ただそのテクニックが古い医書に見えて居り、医の道に貌を望み、色を視、気を察するの事あるを思えば、あるいは医の道より岐分派出して別に一道を為すに至ったかとも疑われる。人中の語は師傅篇に見え、明堂の語も霊枢中の何処かに見えたと記憶する。なお捜り索めたらば、相家の術語の多く岐黄に出ずるを見出し得るであろう。いわんや古医書中に太陰の人、太陽の人らを論ずるは殆ど相家の言に近きものあるにおいてをやである。しかし相家のいわゆる気というものは、医家のいわゆる気というものと一致してのみは居ない。 |
幸田露伴の努力論
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人の気、即ち老子や漢の高祖や後漢の光武帝なぞの事を説いた条に挙げた気は、人より立って外に現わるる気であるが、人より立つ気でなくて、人その人に現わるる気というものがある。二者は相同じきようでもまた実に異なって居るので、彼が雲や烟の如くならば此は色や光の如きものである。蒯通が韓信に説く条に、骨と肉と気との事を談じて居るが、人の骨組肉置の外に気というものが見える。気というは喩えばなお色というが如くまた光というが如きもので、相書には実に畳見累出するものである。一、二例を挙ぐれば、印堂に黒気ある者は不幸であるとか、臥蠺に黄気あるものは慶事ありとかいう類である。これらは詳しく言えば黒色黄色といっても少し相違するし、黒光黄光といっても少し相違するから甚だ語り難いが、要するに人の面上の一部または全部に何となく見ゆるあるものをいうのである。黒気、蒼気、青気、黄気、紫気、赤気、紅気などはその色からいう名で、明、暗、浮、沈、滑、嗇、蒙、爽などはその光からいうも、殺気、死気、病気、憂気、驕気、憤気、争気などはその気の有する意味から名づけた名である。およそ風鑑人相の事を説いた書で気を説かぬものはないので、その術を学ぶ者、骨肉の形象を論ずるのみで気を察することが出来ぬならいまだ至らざるもので、柱に膠して音を求むるの陋を免れぬのである。この故に麻衣相法にせよ柳荘相法にせよ、また我が邦の南北相法の如き特色なき書より、朝晴堂相法の如き支那伝来以外に実験体得を基礎として他人の廡下によらぬ書に至るまで、いずれも気を説かぬものはないのである。朝晴堂に至っては面上のみならず人の頭を褱んで気があることを説いて、そしてその気によって豊満の相、破敗の相の見ゆることをいって居るが、朝晴堂の如きは相書の気というものを進一歩した解釈にしたものだといえる。 |
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それも聖王が治を為して小人が屏息し、三才相応じ四境清平なること、儒家の理想のごとくなるの世であったらいざ知らず、人を以て天を擾ることの多い世に、何として格套的に運気が行われよう。儒家者流に言をなしたところで、理は自から是の如しである。黄帝の気を談ずる言にさえ、至って至ることあり、至って至らざることあり、至って太過なることありとある。五運六気必らずしも規則通りには行われまい。鬼叟区の言に、天は六を以て節を為し、地は五を以て制を為す、天気を周するもの六期を一備となし、地紀を終るもの五歳を一周と為す、君火は明を以てし相火は位を以てす、五と六と相合して、七百二十気を一紀となす、凡べて三十歳なり、千四百四十気、凡べて六十歳なり、而して不及太過斯に皆見わる、といって居る。なるほど一甲子六十歳の間には陰陽の太過不及も皆備わろうが、その六十歳の中の某の歳は是の如くなるべしと想定されて居るところの、たとえば丙寅の歳は、上は少陽相火で、火化は二、寒化は六、風化は三なぞと定められて居ても、それが次年の陽明金が早く逼ったり、前年の太陰土が後れて遺ったり、火化、寒化、風化の数が狂ったり、湿化や燥化や熱化があったりしそうなことで、然様いう過不足が生じそうに思われる。然無ければ洪水も噴火も疫癘も印判で捺したように三十年目六十年目にきっと来るようになる次第でなければならぬが、実際はけだしその通りではない。今更古の人の鬼叟区やなんぞを捉えて運気論をする好奇心はないから、それは擱くが、陰陽の交和の状を時に係けて論じて気を説いたそのいわゆる気なるものが、望気の事を説いた前の条に挙げた、紫気や龍虎五采の気とは異なったものであるということを説けば足りるのである。 |
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時に関してもその時の作用を為す当体を気というて居る。春気夏気秋気冬気というのは各季の気で、春気は愛、夏気は楽、秋気は厳、冬気は哀というが如きは、四季の作用上から考えて、四季の気の性質を抽象的に語ったのである。孫子の朝気暮気昼気の言や、孟子の平旦之気の言は人の上に係った言で、直接に朝や暮、もしくは平旦の上に係った言ではないから擱くとしても、また一日には一日の気あるを認めて居るのである。十二ヶ月は十二ヶ月の気、二十四節は二十四節の気、六十年は六十年の気ありとして居るのは古の説である。天元紀大論や五運行大論や六微旨大論や、皆畢竟するに時にかかる気の論を説いて居るのである。六微旨大論に、天の気は甲に始まり地の気は子に始まる、子甲相合するを命けて歳立という、謹んでその時を候すれば気与に期すべし、と説けるものや、甲子の歳は、初の気、天の数水の下る一刻に始まって八十七刻半に終り、二の気、八十七刻六分に始まって七十五刻に終ると説き、三の気、四の気、五の気、六の気に至るまでを説けるものや、六元正紀大論に、甲子より癸亥に至る六十年の気を序して論じて居るものや、およそ此の如きいわゆる運気論というものは、皆その時に某気行われるとして信じたる世の論である。天地の始終を観ること掌上の菴摩羅菓を視るが如くなるにあらずんば、是の如き説の当否を判ずること能わざる訳であるが、余りに格套的に某の歳は某の気行わるるというのは、信じ難くもあり事実にも符し難い。 |
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気という語はそれらに用いらるるばかりではない。望見すべからずして、ただ思量すべきある作用を有するものをも気というた場合がある。例えば、山気多男、沢気多女と『淮南子』に記してある山気沢気の気の如きがそれである。この山気男多しといえる山気は、山気日夕佳なりとある有名な陶詩の句の中の山気とは、やや異なって居る。また沢気女多しとある沢気は、鮑照の詩の句の沢気昼体に薫ずとある沢気とも、同中に異がある。『淮南子』の山沢の精神髄気の力というような意で、その気たる無形無臭のものを指して居る。陶鮑の詩の句のはあるいは望むべくあるいは感知すべきもので、その間に一綫の意の相通ずるものがあるは無論であるが、仔細に玩味すれば自ずから寸毫半釐の差がある。なお『淮南子』には、障気は暗多く、嵐気は聾多く、林気癃多く、木気傴多く、岸下の気腫多く、石気力多く、嶮岨の気癭多く、谷気痺多く、丘気狂多く、陵気貪多く、衍気仁多く、暑気夭多く、寒気寿多しなどと説いて居る。この中、寒暑とあるは寒冷の地暑熱の地を指すので、すべて皆地方の特状と人の身心との関係についての観察を語ったのである。中には観得て中って居るのもあり、中らずと思わるるもあるが、大体において地方の特状に基づくところのその土地の気が住民の心身に影響を与うるあることは必然の道理で、彼の俊才偉人の伝を立つるに当って、山水秀麗の気、是の如く是の如きの人を生ずなどと、庸常の伝記家が陳套の語をなすのは、その人の特異な努力や苦心を没却した愚説で、甚だ忌むべく嫌うべきものであるが、雋異の士よりはむしろ平凡の民が土地の気を被って、而して他地方の民とは自ずからにして異なった性情才能体質持病を有するに至ることを認めぬ訳にはゆかぬ。最明寺時頼に仮託されている『人国記』の如きも、地気と民風士気との関係の観察を語っているのである。これらの地の気のあるいは湿潤、あるいは乾燥などということは、望気の事を説いた条の気の如くに目に触るるものではないが、たしかに人に対して作用するもので、その湿気が水辺に親しむ釣客をしてリューマチスに悩みがちならしむることは外国の釣経に明記され、燥気強き地がある病者に快癒を与うることなどは実験者によって誇説さるるを致すところである。海濤衝激するところにオゾーンの自ずからにして発し、また松林密なるところに雷大に下る時オゾーンの発生するが如きは、単に地の気とはいい難いが、これらの如きは最も著しく人の心身に影響するもので、地の理の招き致すところであるから、地の気という中に含まれよう。軽井沢の如く気流の懸瀑を為して居る地や、駿相海岸の如く北方に高山の屏障を有して南方大洋に臨んで居るために気温の平和を得て居る地も、地気清爽とか平和とかいい得るであろう。泥沼気が立つ地や瘴気の多い地も、亦復地状のこれをして然らしむるのであるから、古ならば地の気が何々であるというのであろう。およそこれらの気というのは、指すところ漠然として空に堕ちて居る嫌はあるが、望見すべからずしてしかもある作用を為すあるものの当体を気といったのである。 |





