平成17年4月6日から平成23年9月6日までのブログ

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幸田露伴の努力論

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説気 山下語2

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 で、物には物の気がある。蘭には蘭の気がある。蘭気新酌に添い、花香別衣を染むといえる蘭気はそれである。菊には菊の気がある。荷香晩夏に銷し、菊気新秋に入るといえる菊気はそれである。神を祭る鬱鬯の気は即ち鬯気である。梅には梅気、竹には竹気がある。松に松気、茶に茗気、薬の気は薬気、酒の気は酒気、毒気があり、蠎気があり、霜気があり、雪気があり、一切種々の物に一切種々の気がある。邦語に「にほひ」というのは殆どこれらの気というのに当って居る。「にほひ」の語は香臭を称するのが今の常になって居るが、それのみではない、色の沢、声の韵、剣の光、人の容、すべてこれを「にほひ」というのである。香臭ある物の気は即ち香臭であるから、蘭気茗気酒気薬気といえば、あたかも蘭の香、茶の香、酒の香、薬の香というのに当って、気を「にほひ」と解して実に相当るのである。また剣の光や人の容は即ち剣の気、人の気であるから、これを「にほひ」といっても、「にほひ」の古い用語例において通ずべきのみならず、気の意味を明かした語としても妙に相当って居るのである。竹気、霜気、雪気の如きは、竹の香、霜の香、雪の香ともいい難けれど、これを竹、霜、雪の「にほひ」とするも、「にほひ」の語の本の意に照らせば不可なるなく、「にほひ」の語は実に克く気の字に当って居るのである。

〈『努力論』 幸田露伴 説気 山下語 より )

説気 山下語1

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 天下を通じて一気のみとは南華経の言である。その大処よりして説けば、万象皆一気で、一気百変して百花開き、一気千転して千草萌えるのみで、山峙水流、雲屯雨下、春烘秋冷、清白濁黒、正と邪と、賢と愚と、通と塞と、伸と屈と、人と禽と、神と鬼と、また皆一気の解剖し旋回し曲折し磨盪し衝突し交錯して生ずるのである。ただその小処よりして論ずれば、気もまた多端だ。蘭竹梅菊にも各々その気あり、樝梨柚橘にも各々その気あるのである。よってこれを総べて談ずれば蕩々浩々たる一気であるが、これを析いて語れば方処性相名目差別なき能わずである。
 試にこれを説こう。気の言たるや、本は物より発するところのものの幾微にして知るべからざず捉うべからざるものをいったのである。けだしその物の気は即ちその物の本体と同一にして、あたかも本体の微分子なるが如く、一にして而して二、二にしてしかも一、気あれば必らず物あり、物あれば必らず気あり、気と物と相離るれば則ち物既に物たらず、物と気と相失えば則ち気たらず、気は即ち物より生ずるの物にして、物は即ち気の本づくところの気である。静なるについてこれをいえば物といい、動くところについてこれをいえば気といい、本に着してこれをいえば物といい、末に着してこれをいえば気というのである。譬えば水はこれ物、水上の湿潤はこれ水の気、火はこれ物、火辺の燥熱、この燥熱は正に火より発し来る。湿潤や燥熱や、幾微にして知るべからず捉うべからずといえども、水気火気の本体の水火におけるは、二にして一、一にして二、気はあたかも本体の微分子たるが如き観あり。もし水気竭き湿潤の作用乏しきに至れば、水もまた既に余燼となって居るのであって、水火の体がなければ湿乾の気もまたないのである。

(『努力論』 幸田露伴  説気 山下語 より)

進潮退潮24

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 個物―現象―力の移動の状態を察し、数学的の推測を地質学、鉱物学、動植物学上の事実に本づきて下す時は、子より亥に至る十二運の説は措きて論ぜざるも、この地球の気にも弛緩あり消長ある事は明らかである。力不滅論は圏内の論としては実に妙であるが、盆池の小魚拳石を廻って、水の長さ終に窮まるなきを信じて居るのである。太陽漸く冷えてその熟那処かに存せる。試に儞一句を道い来れ。儞は道わん、熱は熱として存せざるもある物として存すればこれ即ち存するなりと。然らば則ち儞に問わん。力不滅なる時は力の量不増不滅ならん、力の量不増不滅なる時は力の相を変ぜしむるものはこれ力か非耶、それ眼の視るところ、指の触るるところ、何物か力の変じて而して生れる相ならざらんや。儞道う、太陽の熱日々に加被して而して後に樹生る、樹を焚けば則ち熱を得と。これ説き得て甚だ善し、ただ儞に問わん。

(『努力論』 幸田露伴 進潮退潮 より )

進潮退潮23

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 世界の生物の生々の力が衰えないで繁茂し孳息する間は、張る気の運の世界なのである。もしそれ陰陽漸く調わず動植漸く衰萎するもの多きに至れば、気漸く弛み衰えんとするのである。石炭になっている彼の羊歯科植物を、今日の地球の力は温帯地などには生じ得ぬのである。欅や柏や樫や、これらの植物を繁栄せしむるだけの力なき時も、けだし終に必らず来るのであろう。個種個族固体の内部より愍むべき小さな智慧の炬火で照らして観察し解釈し批判すれば、生物の生滅は生存の競争の結果だなどとも道い得るのであるが、大処より観れば手を拍って笑うべき人間の私から造り出した棘刺刻猴の浅論であるに過ぎぬ。巧はこれ巧なるも、またただ棘刺と沐猴とを併せ失って居るのみである。劫運浩蕩として太陽漸く冷え、地球既に老いて石炭空しく遣って居るのが、今日の世界である。劫初より今日に至って、太陽の熱はとにかくに、地球上の温度が次第次第に減じて来て居ることは、推算の理が信ずべからざるものでない以上は、確かに吾人をして非認せしむる能わざる事実である。(おそらく当時の黒煙スモッグによる温度低下か。霧山人注)この地球上の温度の漸く減じて、長大欝茂の植物を生育するに堪えず、また巨躯偉体の動物を繁殖せしむるにも堪えなくなって、そしてその植物や動物が亡滅してしまった事は、その個体の側より観れば、個物の性質や能力が自己の存在を支持する能わざるに至ったからであるが、真誠の原因を根本的に考うれば、疑もなく太陽及び地球の力量の減耗により生じた事で、地上の一切個物は本来宇宙のある力量より発遣され、もしくは現出せしめられ、もしくは生育され、もしくは保持され、而して力量のもしくは消え去るか、もしくは遷り移るかによって、蛇蛻蝉殻となって終に萎枯し廃減し、かつて存在したという痕跡のみを留め、また終にその痕跡をも留めざるに至り、死の後の後は生の前の前に還るのである。諦観すれば個物は本これただ現象のみで、現象は本これただ力の移動の相なのである。

(『努力論』 幸田露伴 進潮退潮 より )

進潮退潮22

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 四季においては春はたしかに張る気の季であるが、自然の張る気の時はこれのみかというに然様ではない。算数的に詳しく論ずることは甚だ困難であるが、一国は一国、一世界は一世界、一星系は一星系で、張る気の時期もあれば、漸くにして弛む気になる時期もあるを疑わない。我が地球の年寿は今論定しやすくない、十二万八千載であるなどと妄測するのは甚だ非である。しかし我が地球が漸々に寒冷に趣きつつある事実は認めない訳には行かぬ。そして今日より後数千年乃至数万年数十万年を経るにおいては、今の勢にして変ぜざる以上は終に吾人人類の生息に適せざるに至るは予測し得べきである。また翻って今日より数千年乃至数万年数十万年以前を考うるに、古は我が地球が甚しく高温度であって、今日の寒帯もなお熱帯の如くであった事は、所在に発見さるる石炭の如き植物の化生物や、象、マンモスなどの古生物の遺骸によって明らかに推測さるるものであり、なお数歩を進めて考うる時は、いよいよ遡って太古に到れば吾人人類の生息に適せざるほどの高温度の時期の存した事を推測し得べきである。然れば単に温度のみより推測しても、この地球に始があり終があり、漸くにして生長し、漸くにして老衰し行きて、終に死滅に帰すべきは明らかである。既に始終あり盛衰あるものとすれば、仮に子丑寅などの十二運にこれを分つ時は、子より巳に至るの間は張る気の時期で、午より亥に至るの間は衰弛の時期である。欧米の人はすべて未来を夢想的に賞美して居って、時間さえ経過すれば世は必らず文明光耀の黄金期に入るもののように感じている傾が多いが、大空間の地球も掌上の独楽も同じ事であって、その能く自ら保ち支えて廻転して立って居る間は幾干もないのである。運来って起って舞い、時至って偃して休するのである。

(『努力論』 幸田露伴 進潮退潮 より )


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