平成17年4月6日から平成23年9月6日までのブログ

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小説・霧山幻想(リメイク中)

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霧山に帰って来れない。

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 達人社長は中に入ると、お茶を出された。お茶をすすっていると、冬月は労働の後のお茶はうまいとつぶやいた。外を眺めると、塾生たちはサボっていた。それでも、別段、なんということもなく、すべては彼等の自主性に任せており、彼等が生きていく責任は彼等自身にあるために、自由であるのであった。それに悠塾は功利団体でなく、ただの生活を行っているだけである人々の憩いの集まりである。それが嫌な人間はここを離れていくだけなのだ。出席簿もなければ、勤務表もなかった。
 「あの若者たちは一体何なんだね。」
達人社長はいぶかしげに尋ねた。冬月はふつうの口調で答えるのだった。
「彼等はこの不況下において、行き場の無くなった連中です。学校でもはぐれ、社会においても追いつめられてしまった若者たちです。仕事はなく、進学も出来ず、その行き場のない、言葉の吐きどころもない、若者たちでした。ただ、あまりカネがかからなくても楽しんでいけるここを拠り所に日々を過ごしているだけのものです。ここの主人だった窮々亭今旧は、彼等を集めて、独自の教育を施そうと小生と一緒に悠塾を始めたのですが、志半ばで倒れたのでした。それ以後、彼等は彼等なりにわかっているのか、いないのかはわかりませんが、自分たちでやりくりしている様なのです。時々、小生も手伝いついでに野菜を分けてもらうことが多いですよ。」
「こんなことをやっていて、彼等は社会に巣立ちできるのかね。社会の害になるようなことはないのかね。」
「それはありません。そこのところは窮々亭が道義というものだけは厳しく教えていましたから。それに、彼等が社会からはみ出してしまった原因というものは、競争社会によって仕事が厳しくなり、さらに減ってしまったことにあります。ですから、彼等はあきらめて、ここに避難してきているだけでしょう。この状態は、社会が生み出したものなので、誰が彼等を責める事が出来ましょう。ここでは、彼等が追いつめられることなく、非行に走らないように、自由を与えているだけです。社会が改善されれば、彼等は本来いるところに容易に戻っていけるようになるのでしょう。」
 達人社長は、すでに日本がとんでもないところまで来ていることに気付いた。一流といわれる能力のある人々は、稼ぎを得られて、未来を謳歌している。しかし、少し田舎に下って見ると、すでにそこには江戸時代のような荒廃が現れている。これでは、わが社の観光によって、経営を回復させようという目標自体が何だか弱々しく思えた。これでは、ギリシャのようになってしまう。人間の質が高尚なときならば、その人間に引かれて、他県から人々が集まってくる。しかし、人間が低俗で、金儲けばかりに一生懸命になって、大切な事を忘れ、見てくれを飾り、人々の笑顔が冴えないならば、他県の人々はやってくることはない。まごころとか、おもてなしとか、そういう心というものは、お金を稼ぐこととは違った精神だ。人間の心をつかむものというものがわからなければ、観光というものは成立しない。東京や大阪にはなく、宮崎にしかないものを探し出さねばなるまい。三代目の決意は固かった。
 
フィクションです。
 
 
  真坂野達人は県内各地を旅していた。西都原古墳群を巡って歌を詠んだり、飫肥城下町を歩き店先を眺めたりした。このように、ぶらぶらと各地を廻っても、なかなか良い考えが浮かばないのが日頃の訓錬の結果である。
 そこで、達人社長は冬月の春陽草庵を訪ねることにした。黒のプレジデントの後部座席に乗り、運転手にまかせたまま、霧島山麓の地へと向かう。やがて、上り坂を登りきった所にある信号を左に曲がると、草庵の看板が乗っかった屋根ある入り口と、冬月研究所の標識のある柱が木々の間に紛れて建っているのが見えた。達人社長は入り口の脇にある空き地に車を停めさせると、自ら門をくぐり、冬月のもとへとかけていった。
 玄関で呼びかけると、しーんとした内部から、男が一人ゆっくりとやってきた。
 「どちらさまで。ご用件は何でしょうか。」
 その男は、いそがしいのか、ぶっきらぼうに尋ねるのだった。
M交通の真坂野というものだが、冬月君はご在宅かね。」
 こちらも一層、ぶっきらぼうに答えた。そこで男もまた、似たような感じで知り合いであるかのように告げるのであった。
「ああ、冬月は今、悠塾の方に出かけております。夜にならないと、帰ってこないです。私は古城啓介と申すものです。冬月研究所で冬月の肩代わりをしております。いろいろと多趣味なやつなので、たいへんなのです。……。」
 啓介は聞きもしないことを次々と言うのだった。長い長い話を縫いながら、達人社長はやっとの事で悠塾の場所を聞きだすと、さっさと無駄話を聞かされるのを避けて、逃げるように車へ乗り込んだ。悠塾は市営病院の角を曲がった奥のほうにあるらしかった。
 ようやく、その悠々塾の看板を見つけると、中に入っていった。すると、そこには大根やほうれん草が植えてある農園が広がっていた。そこには数人の塾生らしき若き少年たちが汗を流している。その塾生らしき一人に冬月の居場所を尋ねると、奥のほうで大根を引き抜いている侍を指差した。
 冬月は着物姿の袖を捲し上げて、紐で縛り、ねじり鉢巻で土と戯れていた。その傍らには太ももほどの大根が積んであった。冬月は達人社長を見つけると、にこりと笑って、挨拶した。そして、さっと、汚れを清めると颯爽とした出で立ちに忽ち変化した。すぐさま、悠塾たる旧窮々亭宅の中へと縁側から、誘うのであった。
 窮々亭宅は、窮々亭の死後、娘の亜季が管理している。冬月と亜季は籍は入れているものの別居状態である。しかも、この宅には住んではいない。ただ、管理といっても管財人といった感じで、実際は悠塾のメンバーの巣窟となっていた。塾生は、学校を追われた元不良又はニートと呼ばれる連中が多数を占めている。彼等は、当初、窮々亭の指導を受けていたが、一年半余りで窮々亭が死去したため、何気なくここに落ち着き、いつの間にか自治の形を取るようになっていた。家賃や電気代となる塾費と名付けたものを亜季のところに払う事で成り立っているだけである。彼等はゲームやカラオケなど自由な事をやっているが、たまには農作業などをして、その自由を維持するだけの労働をするのだった。
 窮々亭の書斎だったところには難解な書物が並べられているが、それを目にするかも自由なのであった。だから、ほとんど興味をしめさないながらも、チョクチョクは眺めに来る子もいないことはなかった。ここには、旧字体や当用漢字でない類の書物も多数あるから、暗号解読のような趣のあることから始めなければならなかった。ゲーム世代の連中は内容などには興味は無いが、ただ謎解きの面白さに魅せられて、その書物を手に取るのであった。
 
フィクションです。
達人社長は面食らっていた。それは全く知らされていなかった側面がそこにあったからである。いや、ほとんどの社員は知らない事実であろう。そこまで現実は地底の奥深くに埋められ、彼等が全くの上の空ばかりを眺めているという事実が浮き張りにされたのだった。泥臭い真の現実から目を逸らし続けた数十年であるのだ。冬月はそういった現実からまだ見ぬ幻想を浮かべていった。
「そこには生々しい現実が横たわっている。もはや、駄目だという倦怠感が社内にみなぎってくる。そのことは、さらなる悪化をもたらすだろう。そういう人々は、現実よりも幻想を好む。悪い幻想とは、現実から目を背けてしまう幻想である。そうではなく、現実から目を逸らさないために必要なのも実は幻想なのである。生ゴミを処理するとき、人々はその醜態と悪臭に対して、拒否感を生ぜるであろう。しかし、生ゴミは絶対に処理しなければならない。目を逸らせば、生ゴミの腐敗は突き進むだけだからだ。そこに、生ゴミは汚くないという幻想を被せてやる。その幻想には後の真実がなければならない。腐敗する前の生ゴミは汚くないと言う真実である。腐敗した生ゴミを処理してしまえば、あとは腐敗する前の生ゴミの処理だけ行えばよいのである。今は腐敗した生ゴミを捨てる段階にある。そうすれば、あとは腐敗していない生ゴミの処理という楽な幻想に行き着く。これは、ローンの返済においても、同じであり、多額の借金が増加することを食い止める事さえできれば、数百億の負債であろうが、ゼロと考えて、黒字の転換により、返済の可能性が生まれてくる。こういう希望ある幻想を考える事から、臭い物には蓋というところの蓋を取り外す事につながるであろう。まずは、赤字の原因を調査し取り外す事だ。これは仕組みを変えることであり、仕組みの目標と結果を考えてみるべきだ。その部門の目的があり、その目的が現実に存在しているかを見極めなければならない。目標を立てて人事を尽くして結果が出なければ、その目標は現実的でなかったと認めるしかない。そこでその目的は的外れであることが理解できるであろう。そこでその目的に固執し過ぎるとかえって損失が大きくなる。損失の額が大きければ大きいほど現実とのギャップが大きいということになるだろう。そういうやり方で、だんだんと目標と現実の距離を縮めていくのだ。目標と言うものは、いわば幻想である。幻想が現実化する道程はその繰り返しである。」
 ここまで話して、やっと達人社長は、『五感を満たす』ということと、経営改善ということの接点を得始めてきた。
「なるほど、そういうことならば、『五感を満たす』ということは、まず現実感覚から取り戻さねばならないということだな。現実感覚がまずは最初にあって、やっと『五感を満たす』の天守閣に入っていけるのか。そうか、そうか。再建が進んでいく過程において、徐々に五感を取り戻していき、最終的に『五感を満たす』に至っていく。『五感を満たす』という幸福な幻想を追い求めるために、悪い幻想を捨て去り、現実問題を解決していかねばならないのだな。それでは、佐々木君、小さくても大きな声を拾い集めるために目安箱を設置しよう。きみもM交通のために協力してくれるかね。もっと、現場の様子をしっかりと見ようではないか。冬月君、本当に『五感を満たす』ときがきたら、喜んで参加していただこうではないか。広報部長の川上君と組んでくれたまえ。」
 「はあ、善処します。」
 冬月は、何かから抜け出すように、呟くように言うのだった。そして、すうっと、お辞儀をすると、産卵の終わったウミガメのように、本社を後にした。
 達人社長は、現実問題と平行して、『五感を満たす』という幻想を希望に生かすことにした。やはり、庶民感覚が理解できなければ県民の心とつながり合えないなと思うと、あちこちに出かけたくなった。本当に観光地のことを身体全体で味わわなければ、観光地のアピールを表現することができない。身近な各地の名物や名産を知らねばならない。そこにバス運営の手がかりを得るかもしれない。そう予感した。
 
フィクションである。
 達人社長は冬月に低い声で話し始めた。
「観光客をこちら側に呼び込むためのイベントは盛りだくさんなのにどうして赤字がでるのか。そこのところがどうしてもわからない。もし、人を呼び込むための広報がうまくいって、たくさんの観光客が訪れたとしても、まだ赤字が解消されないとしたら、それは一体どういうことになるんだろうね。ただ、運が悪いとしかいえないのだろうか。去年は、災害が多かったし、新手のショッピング・モールが進出してくる。わが社の再建は可能なのかね。私は、まだ、きみの幻想にはまりこむほど耄碌はしておらぬ。それは再建のメドがついてからになるだろう。」
 冬月は安心した口調で答えた。
「そうでしたね。バイト料理人としての立場で恐縮ですが、M交通は時代の局面というか、市民の志向というものを徹底的に外していると思われます。従来の県民性としましては、やはり公共への依存という側面がありました。しかし、いろいろな民営化によって、公共性という概念が切り崩されて参りました。しかし、そのことにもかかわらず、M交通はそのままの方針のまま停滞していると、小生、思うのです。つまり、過去の成功体験にすがって、ただ我が身の可愛さを維持し続けようとしているだけなのです。公共ということよりも個人的な活動が重視されるようになれば、会社や地方自治体や国家を太らせようとはしなくなります。個人は個人のことを考えるだけでありますから、会社は赤字へ、国家は赤字で、利益の得られる地位を守るためだけに動くだけになります。そして、そのツケは我々のような下っ端バイトに安月給で廻ってきます。小生、長年のフリーター生活により、賃金に対する労働価というものがあると思うようになりました。それは、カネを多くもらう人ほど、多く働かねばならないということです。そうでなければ、少額の賃金で多大な労働をする人々は、搾取されているだけになるのです。多大な労働をする人々には相当の賃金を支給するべきなのです。そうでなければ、彼等は身体を壊すか、士気の低下を促して、維持されてきた組織が機能しなくなってしまいます。とにかく、料理人の地位が低く抑えられているところがいかがわしいのであります。あれじゃ、奴隷と同じですよ。」
 口を挟もうとした達人社長を抑えて、さらに冬月は一年間の調査報告を試みる。達人社長の横では佐々木専務がじっと睨んでいた。しかし、冬月は続けなければならなかった。
「もし、小生のような下からの意見を取り入れなければ、それは太平洋戦争末期の軍隊と同じであります。大本営発表のように現実を確実に捉えていないようなものです。小生、侍の末裔なれば、首を刺し違える覚悟でこちらに参ったのであります。今のうちに、利益の出る仕組みに切り替えなければ、この赤字体質からは抜け出せなくなるでしょう。その糸口は賃金格差の是正であります。この人の賃金はもっと高くてもおかしくない、いや、もっと低くてかまわないはずだというような人々の賃金は相当の賃金にするべきだ。それは、能力主義のようであるが、赤字体質では能力の高い人々に引っ張り上げてもらうしか方法がない。能力がなくて、高給をもらうようでは、会社に寄生しているだけに過ぎないではないか。これは、国や県の公務員においても同様であるのだ。安定化した経済状況では、給料泥棒もばれないであろうが、鬼気迫る状況ではそれらの小事が命取りになりかねない。」
 佐々木専務が冬月に噛み付いた。
「そんなことをすれば、まとまりがつかなくなってしまうではないか。」
 さらりとかわす冬月は自信ありそうに言った。
「はあ、いや、自然体にまかせるのが一番良いのですよ。もし、この会社の体質で赤字が改善されていくのであれば、小生、もちろんのこと、こんな恐ろしいところに嘴を挟もうとは思いません。鳥羽ちりを被るだけですから…。しかし、一応、小生の意見と言うものも溜まりに溜まっておったので吐き出しているのであります。この意見を取り入れるか否かの判断は小生には存ぜないことであります。行動の伴わない言説はただの駄弁にすぎませぬ。もちろん、本を書いただけでは何事も変わらないでしょう。問題はそれから。その本に書かれていることをいかに実行していくのか。それは、現場がどのようになっているかということからの把握から始めなければなりません。たとえば、料理を作るにしても、材料を仕入れたり、加工したりしなければなりません。そして、そのことに関して、一体誰がそのことに詳しくて適材であるかを見極めねばならないでしょう。しかし、現状ではリストラ要員や失職者を何気なく廻してきたような人事であります。給料の心配だけをして、戦力の健康状態や職場の雰囲気なんかは全く考慮無く、人員整理に怯えて、日々の潰しあいに喘いでいる。一致協力しなければならない時期なのに、自分の保身のために争っているだけなのだ。どうして、それで、周りの状況にあわせて、どうやったら、顧客の確保ができるのかという、いいアイディアを浮かべる余裕ができようか。まさに悪い幻想にはまり込んでいる。」
 
フィクションです。
 次の日、冬月は霧島から遠く離れた本社に向かう。普段着の紺の着流しに兵児帯を締め、雪駄を履いて、車に乗り込む。そして、頭には黒のパナマ帽を深深とかぶり、顔からはみ出した大きめの眼鏡を半分覆い隠していた。これが普段の冬月の日常スタイルである。白色の三ツ星車は物音静かに、春陽草庵を離れた。
 車は50㎞もの道のりをだらだらと下っていった。冬月が霧島山麓を離れるのは、神社や名所を訪れるときくらいで珍しかった。やがて、大淀川の水面が見えてくる。橋の架け替えをやっている。古い橋を通ると、戦後の焼け跡時代が目に浮かんだ。遠くに、平和台公園の塔が尖っている。冬月の車は、安定した走りで新しく出来上がったバイパスを通り、駅の近くのM交通本社に到着した。
 駐車場に車を停めると、兵児帯に二本の万年筆を挿した着流しの男は、本社のビルに乗り込んだ。受け付けの女性に用を告げると、社長室に通された。全く異様な事である。
 冬月がノックして、ドアを開けると、達人社長と佐々木専務が座っていた。達人社長は目を丸くして、驚いた風であった。しかし、咳払いして、気を取り直すとやや大きな声で、入りなさいというのだった。冬月は颯爽と黒のパナマ帽を脱いであいさつした。
 「はじめまして、小生、冬月と申します。なにやら、お話があるみたいなのでこちらに参りました。」
「ほお、きみはいつもそんな格好なのかね。なかなかしゃれているではないか。」
 冬月は黒の帽子を握りながら、社長によく透る声でいった。
「ありがとうございます。今の世は、あまりにもアメリカかぶれが多くて困ります。自分達の文化をしっかりと持った上でのアメリカ文化の受容ならば、夢の世界であります。しかし、現在、自分達の文化生活を忘却した上で、中途半端にアメリカ文化を模倣しすぎている弊害が多くあるといえます。」
「何が言いたいのかね。」
「地域に根ざした文化生活と言うものは、その地域の人々を生き長らえてきました。しかし、今の世はお金でつくられた世であります。なんでもかんでもお金で解決しようとしすぎたために、お金を他所から借りなければならなくなるのです。それでは、いつまでたっても、国にしても県にしても、赤字から解放されないでしょう。では、どうすればよいのか。それは身近なところから工夫する。身近なものを利用することから文化生活は生まれてきたのです。」
「確かに、わが社も多額の負債を抱えているが、我々のプライドからしても、今のレベルを落とすわけにはいかん。たとえ、リストラを断行したとしても、守らねばならぬものもある。」
「しかし、たとえ首を切ったとしても、県民の信頼で成り立っている商売ならば、あまり無謀な首切りも危ないと思いますが…。観光とは人情味に惹かれてやってくるようなところもありますから、大都会のような殺伐としたようなことを一斉に行いますと、評判に響いてくるのではないでしょうか。そこで、社長のスローガン『五感を満たす』をもっと具体的に実現しなけりゃならない。その為に、小生をここへ呼んだのではないでしょうか。」
「まあ、呼んでおいてなんだが、失礼なやつだな。だが、『五感を満たす』については、観光客を呼び込むために実現させる手段を講じていたところだ、しかし、なかなかいいアイディアが浮かばんのだ。」
 冬月は山人会の構想のときから、仏教を通して、五感と言語の関係をよく考えていた。そこで、これまでの考えを話す事にした。
「小生、今まで霧島のレストランでバイト料理人として働きながら考えていたのですが、私達の社会は目と耳、つまり視覚と聴覚による情報しか発達していないと思います。テレビやCDのようなものは二感しか使わない。だから、言語表現も音や映像に対してのものばかりが氾濫しています。しかし、味や匂いに対しては、その表現方法が非常に拙いではないか、そう思ったとき、都会の人間はかわいそうであるなと、思うようになったのです。あの閉じ込められた空間の中に閉鎖的な映像や音楽を得るためにお金によって縛られている。それは、目と耳の情報だけに創られた世界でもあるのです。例えば、霧島の山塊を包む大空や、日南海岸の広大な海原を眺めていれば、都会で閉ざされた他の感覚がとくとくと動き始める。そこに、別の喜びがあることに気がつくに違いありません。写真や映像では得られないものを得る。行ってみなければわからない。これが観光と言うものでしょう。しかし、我々はその他の感覚を表現する手段をあまり持たないように思います。表現手段を持たないということは、情報化社会において、無いに等しいことなのです。そこに文学と観光の接点が生まれてくるのです。幻想を共通認識にまで高める。それが文学なのです。」
 達人社長は眉間にしわを寄せて、頭をひねりながら、しばらく考えていた。
 
フィクションです。

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