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真坂野達人はM交通の社長である。M交通は、すなわち真坂野交通の通称である。まさかの交通の名では、何が起きるかわからないところから俗にそう呼ばれている。達人社長る。彼は三代目にありがちな憂鬱に苛まれていた。それは偉大なる創業者の影に立ちすくみ、大正時代に創られたM交通の三代目であるが故のようであった。しかし、その偉大なる影法師はどう振りほどこうとも如何ともしがたいのだ。ついに、達人社長の脳裏を離れることはなかった。次第に、彼はその影法師を超えねばならないと思うようになっていた。この地位に汲々としているだけでは駄目だ。 達人社長は決意した。
歳が明けると、彼は、自らが主催者として催した新年賀詞交歓会において、抱負を打ち出した。その新年パーティーには県知事や多数の会社社長が出席していた。達人社長は商工会の会頭もしていた。そこで、県民の生活もひしひしと感じるが故に、この地方一帯における景気向上への意欲を示さなければならなかった。「五感を満たす」と色紙に書いて、田舎のありきたりではあるが心和む良き風景を身体全体で感じましょうとあいさつした。観光こそが地方経済の要である。
社に帰ると、達人社長は、佐々木専務と戦略を練っていた。しかし、どうもうまい策が見つからなかった。
「五感を満たすとは、言ってみたもののやはり現実味がなければ絵に描いた餅に過ぎん。そこでいいアイディアがないものだろうか。」
「うーむ。さて、長い事、考えているんだが、やはりむずかしいものだ。誰か適当なものを探した方が早いかも知れんですね。」
そこで、達人社長は人事部長・大村を呼び出すことにした。そこで、誰か有望な人材がいないかを尋ねた。
大村人事部長がやってくると、早速、例の要件を伝えることにした。
「うーん、ちょっと、私の方では、該当者は見当たりませんけど…。ああ、そういえば、相当の変わり者が霧島のレストランの中にいるようです。もっとも、詳しいことはわかりませんけど…。」と細々と答えた。
「そうか。それなら、その詳しいことを知っている者を呼び出してくれ。」
「はい、確か広報部長をやっています川上さんが詳しいと思います。昨年まで、そこのレストランの支配人をやっていましたから…。」
達人社長は、川上広報部長を呼び出すことにした。川上部長はしっかりとした顔つきの腕っ節の強そうな男だった。にこにこしながら入ってくる川上部長に、話しかけた。
「今年のわが社の抱負は何か知っているか。」
「もちろんです。『五感を満たす』というスローガンです。」
「そうだ。君は確か霧島の高速道路レストランに居らしたようだが、変り種がいるみたいだなあ。」
「はい、私が半ば無理やり勤めさせたようなもので…。大卒であるくせに、妙に人ズレがしていて、物怖じしないし、結構話も出来る。かなりてこずりましたが、多分かなり社会に揉まれているみたいでした。」
「面白そうな奴だな。暇つぶしにでも、会って見ようではないか。で、そいつの名前は何だ。」
「確か、冬月と言いました。」
「下の名前は何だ。」
「いえ、冬月としか、名乗りません。」
「実に変な奴だ…。」
翌日、冬月のところに呼び出しがかかってきた。事務所に入ると、川上が座っていた。冬月はとっさにあいさつした。
「ご無沙汰しています。お元気でしたか。」
「まあな。実は折り入って話がある。冬月はたしか山人会とかいう組織を創っていたんだっけかな。」
「はあ、それがいかがしましたか。」
「今年のわが社の抱負を知っているか。」
「いえ、存じません。」
「まったく、不勉強だな。それでも、わが社の一員か。」
「はあ、バイトですから…。」
「そんな調子だからね、きみ、契約社員にもなれんのだよ。」
「興味ないですから。」
「全く、無欲な奴だ。で、話に戻るが、今年の抱負は『五感を満たす』というものだ。なぜ、きみのところに、こんな話をもってきたのかというと、一応、きみの芸術的センスを社長に見せておきたいからだ。まあ、会いたいと社長もおっしゃっている。料理人としてというか、何かがきみにはあると、私は確信しているんだよ。だから、是非、社長の所に出向いていってくれ。たのむぞ、冬月。」
「はい、善処いたします。」
冬月は事務所を出ると、またいつものように皿を洗い始めた。
フィクションです。
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小説・霧山幻想(リメイク中)
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冬月は霧山の地に一人残された。夕子はフランスへと行ってしまった。どうして、あんなふうに夕子は逃げ出すように出て行ったのだろうか。為彦に連れて行かれた夕子に、冬月は戸惑いを見せていた。あれだけ、過去を引きずり、無駄な研究に熱を上げていたのが、まるで無意味に思えた。夕子がいなくなってしまった空虚感だけが、冬月に残されていた。冬月は夕子に騙されていたのだろうか。いや、何らかの理由があるはずだ。冬月の左手の火傷の一件からも、何らかの悪意が垣間見られていた。だが、その証拠をつかむことはできなかった。冬月は、悪意の正体を見破ることを止めてしまった。でも、現実社会においては、ガソリン価格の高騰やさまざまな物価の上昇が起きていた。しかし、庶民の賃金は一向に上がらなかった。急激なインフレは、消費を低迷させる。ピタリと、霧山地域の活動が沈静化したように見えた。 |
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私たちはオペラ座の近くのホテルに到着した。ホテル・ウェストミンスターというところだ。どうして、こんなところに泊まれるんかね。サラは恐ろしい女だね。ヴァンドーム広場はきれいな夜景だね。しかし、この玄関の豪勢さには、圧倒だね。バロック調のものなんだろうけど、グロテスクで懲りすぎといったら失礼だよね。まあ、モダンな建築様式に比べたらそうだろうけど、バッハの髪型みたいな、金持ちの心理状態を表現しているんだろうね。闇夜にはサタンがいるような時代だからな。まあ、移ろい行く愛の調べを奏でたくなるね。バロックという言葉は、ポルトガル語の歪んだ真珠を意味するバロッコ(Barocco)という語に由来するとされているそうだ。サラは、何かを伝えたいんだろう。なんとなく、わかるけれど…。くらくらしてきたから、チェックインしとこう。私と夕子は、二人きりになる。サラは、「ごゆっくりー」と帰っていってしまった。部屋に案内される。なんだか、おかしいんだけど。 |
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私は、冬月と夕子に危害を加えようとする人々がいることを知った。だから、私は夕子を遠くに避難させることにした。ニューヨークにいるミュージシャンの友人に頼んで、フランスへ行くことにした。冬月は、黙って、それを承認した。冬月を狙っている連中は、どうやら複数いるらしい。だから、誰が冬月と夕子に危害を与えるか、わからなかった。私は、警察に問い合わせたが、全く手がかりがなかった。そして、ニューヨークの友人の持つフランスの別荘に向かった。冬月は、黒幕を洗うのだそうだ。私は、「あまり深入りするな」とだけ忠告した。でも、冬月の性格だと無理をするにちがいない。東国原綾も、その手の妨害で消えてしまったようだ。 |


