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みずよさんのしょうが紅茶
ふつう、しょうが湯なんかは辛くて飲みにくいが、このしょうが紅茶はしょうが辛くない絶妙なハーモニーで、紅茶とマッチしておった。しょうがの辛さを消さない程度にうまい具合に紅茶と砂糖を混ぜ合わせることはなかなかできるものではない。しょうが湯なのか、紅茶なのか、という微妙なところがいい。まあ、少々、紅茶が勝っているような感じだ。そのほうが、宮崎県産紅茶葉の意味がでてくるというものだ。このしょうが紅茶は、口蹄疫で傷ついた人々の心を癒してくれるものであろう。このみずよさんの心温かさが生んだ飲料であろう。その心が全国に伝わっていくことを願っている。
飲食ということは、そういう心を打つところが必要である。あまり、最近、心を動かすような料理に出くわさない。どちらかといえば、心ではなく、欲望を動かし、とりこにしてしまうことのほうが強い。そういうことが強いので、吾輩の舌はおかしくなったままである。欲望が強いと吾輩の舌は赤く腫れあがり、麻痺してしまう。美食は味覚を殺し、飽食は心を汚す。そして、何を食べても感謝の気持ちがおこらなくなってしまう。そのような国がよくなるはずがない。人間の心が元通りにならない限り、日本の不景気は終わらない。心を取り戻すことが先決なのである。
霧山人
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宮崎の食材
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ジョウゴダケ
山伏茸ともいう。中国では、 猴頭茸 ともいい、熊の手・ナマコ・フカヒレとともに四大山海珍味とされる。
それでも、これももらいもん。
これは土が付いていて汚れているが、上のほうはウサギの毛のようにふさふさしていて、香りが非常に強い。部屋の中にこもるくらいだ。マイタケの香りに似ているのかな・・・。
小林の山奥には、ジョウゴ岳というところがあるが、えびののクルソン辺りでも採れるらしい貴重なものだ。
最近の吾輩のボケぐあいが少しばかり改善したのは、この山伏茸とローズマリーのおかげかもしれない・・・。
霧山人
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どうも、霧山人というとこのようなイメージがするらしい。
料理をする前(今はしていないが)は、小説家を目指していたので、文章に錯
覚する人々がどうも多い。それは、吾輩の文力の賜物である。
まあ、ときどき、面白がって演技することもあるから、勘弁してくれ給え。
これもまた、いただきものである。
霧山の山奥にはまだ、取り残された秘境があるのかもしれない。
市民としては、知らない人が多いだろう・・・。
自然薯は山いもで、京芋はタケノコ芋(里芋の一種)。
自生しているのか、植えているのか知らないが、あんまり市場にはでない。
京芋の洗ったやつは入手できる。
吾輩は困窮気味なので、そう易々と食材を手に入れられない。
入ってくるのは、天分であろう。
そういうことにしておいてくれ給え。
霧山人
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土垂(どだれ)だと思う。黒芽とは言わない。皮は黒いけど、芽は黒くない。
芽は緑色のが見えた。土垂だから、土がついたままにした。
この里芋は、その子芋を食べる。土を洗い流し、鍋で湯がいて、皮から中身
を押し出して、塩をかけて食べるのがうまい。ねばりが強いのがいい。
見た目が悪いから、味で勝負する食材である。
これはもらい物である。托鉢の僧侶のようである。
葉が長く下方に垂れることから土垂と呼ばれるらしい。
そろそろ収穫中か収穫が終わった頃だろう。
田舎は、なるほど大変である。
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シカクダケ
秋に食べられるタケノコ。シホウダケ(四方竹)ともいう。タケノコの断面が四角形になっている。茹でて、アク抜きしてから、食べる。
タケノコは歯ごたえで、味噌汁に入れると、旨味は汁の方へ移って、うまくなる。秋にも食べれるタケノコがあるとは知らなかった。
シホウダケ
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