平成17年4月6日から平成23年9月6日までのブログ

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宮崎の食材

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チョウザメの肉

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チョウザメの肉は、美味しい。チョウザメを抱えて、お困りの方はキャビアはあきらめて、精肉にし

て、他の料理屋に売って、資金に変えたほうがよいだろう。キャビアはラッキーなおまけだ。

 チョウザメの肉は、美味しい。田園プロデューサーの中村為彦です。よろしくね。

 ホタルの時期に、キャビアが取れるという不幸。チョウザメとコイに挟まれるという不幸。

 ひよこちゃん、ぴよぴよ。

チョウザメの肉は、キロ2400円くらいで売っている。市場があるみたいだね。

http://www012.upp.so-net.ne.jp/sturgeon/newpage3.htm

                                     中村為彦

にわとりについて

 にわとり。鶏。キジ科ヤケイ属。
地鶏、ブロイラー、焼き鳥缶詰に使われる。
学名・Gallus gallus domesticus
英名・chikin;fowl(成鶏肉);broiler meat(若鶏肉)
仏名・poule(成鶏);poulet(ひなどり);poulet à rôtir(ブロイラー)
独語・Hahnenfleish(鶏肉)
中語・鶏(ji;ジー);鶏肉(jirou;ジーロウ)
独語・Huhn
別名・チキン(鶏肉);かしわ(鶏肉)
 鶏はインドではB.C.3200年、中国ではB.C.1400年、エジプトではB.C.500年頃に飼われていた。わが国でも神話として、天の岩戸の前で天細女命(あまのうずめのみこと)が踊った際、鶏が声を合わせて鳴いたという話が有名であり、かなり古い歴史がある。鶏は七面鳥やきじなどと類縁関係にある野鶏が飼いならされたものであるが、現在東南アジアに見出せる4種の野鶏の中で、雑種ができやすいセキショクヤケイが原種ではないかと考えられている。

(『日本食品大事典』 医歯薬出版株式会社発行 より )

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 吾輩の舌で味わっても、絶品。このチーズケーキをまねるつもりで、一度チーズケーキをつくったが、まったく敵うことはなかった。凍るほど冷やしたチーズケーキのひんやりとトロケル舌触りがある。ケーキとチーズの配合が絶妙だ。チーズが強すぎると、べったりとした重さが出て来る。ケーキのスポンジが多すぎると、とろけない。このチーズケーキは、結構、高い完成度があると思う。あとのこりのないさわやかな味わい。口の中に残るのは日向夏のさっぱりした酸味。ぺろりといきました。一人締めしました。すいません。愛するあの人のため。

                                  霧山人

芋いろいろ

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 夏を過ぎて、かなり瘠せてしまった。食材の研究は途中だが、食薬・中医学の勉強も自分の満足いく程度に済ました。まず、自分の体質を見極めねばならないと思った。飲食不調(食べすぎ・偏食)や労逸(過労など)の内傷が体重の減少を招いた。ふだん、あまり食べないで、休みの日にいっぱい食べる。胃腸の弱い吾輩は、たくさん食べる能力がないので、胃腸を傷つける。だから、働きすぎて、食べ過ぎると、逆に瘠せてしまうようだ。だから、胃腸を丈夫にしたい。また、コーヒーの飲みすぎで、ミネラル成分(Ca,Mg,Zn,Mn,Seなど)が欠乏して、タンパク質合成機能がうまく働かなくなった。ということは、細胞分裂能が低下したということだ。さらに、脂肪分の摂取が少ない。体脂肪率数%だから、ホルモンをつくることも少ないし、細胞膜の原料も少ない。最近、肉類・アミノ酸(タンパク質の原料)ばかりを食べている。五大栄養素の配分が悪い。食事のバランスが悪い。情けない調理師だ。一本気な性格だけに、そういった偏食がでやすいようだ。そして、美食の害だ。カフェイン中毒で、肝と腎(副腎)は弱っている。カフェインは、肝臓でグリコーゲンの分解を進め、ブドウ糖代謝を促進し、エネルギーを作り出す。そして、カフェインが切れると血糖値が低下して、低血糖症になる。低血糖症は、うつに似た症状である。だから、自閉症的に見える。気虚ともいう。だから、コーヒー依存をやめる。サプリメント依存もやめる。改善策として、高GI食品といわれるものを食べる。パン、ライ麦パン、大豆、サツマイモである。大豆は女性的なので遠慮して、サツマイモを食材として選んだ。料理は、栗きんとんだ。
 茹でたいろいろな芋にも種類があった。地産地消の田舎では、安くて栄養のある食材がある。芋にも、いろいろある。ちょっとした選評だ。甘藷・さつまいも・から芋(紅あずま・かぼちゃから芋・小金せんがん)と里芋を茹でた。紅あずまは、最近の品種で、皮が赤紫色をしている。味は、食するところ、甘味があり、繊維質はきにならなかった。現代人好みだろう。これを栗きんとんに用いた。かぼちゃから芋は、オレンジ色を呈した芋である。味は、食するところカボチャと人参の中間、つまりβ-カロチンの味がある。甘味もある。繊維質は少ない。芋とカボチャと人参を練って作ったような味だ。ネーミングはぴったりだろう。β-カロチンは油と一緒に摂取した方がよい。次に、小金センガンだ。これは焼酎用や生食用の芋だ。焼酎には、この辺では霧島や明月が有名だ。小さい頃、茹でた芋には、この芋がよくでた。赤い芋はなかなか食べられなかった。甘味はなくさっぱりしている。まあいえば、茎の味。懐かしい貧しかった幼少時代の味だ。小遣いなんか、もらったこともなかった。それでも、三十代だよ。だから、時代に取りも越されてしまったようだ。この芋をかじりながら、黄金が千貫(約3750kg)積まれるという夢を見るんだよね。貧乏人は…。
 さて、最後に田舎の味、里芋。無味。塩気だけで食べてもよい。粘り気がある。ムチンといって、弱った肝臓や腎臓を回復させるとされる。また、ムチンは唾液腺を刺激し消化を助ける働きがあるので、常食していると胃腸の働きが活発になる。吾輩にぴったりの食材である。つまり、コーヒーとの食い合わせがよいということだ。コーヒーのカフェインの取りすぎで、胃腸が荒れてしまった場合、また腎臓と肝臓が弱ってしまった場合に、里芋の効能がぴったりとくる。チャングムでは、胃腸が弱って、毒が肝臓にまわったという。ストレスによって、過度なアドレナリンが消費されて、それに必要なビタミン・ミネラル類が欠乏する。栄養成分が欠乏してくると、手足はおろか胃腸の活動も、脳の活動も低下してくる。手足や脳ばかりにとらわれていると、内臓の気血が不足するので、食欲不振になって、さらに老衰が進む。手足も脳も働かなくなる。少林寺の無為大師は、武功を高めたいのならば、内臓を鍛えなさいといっていた。胃腸を強くしなければ、吾輩は強くなれないし、実行力を養う事も出来ないことに気づいた。里芋は、胃腸がよければ肌のつやもよくなる。栄養素の吸収がよければ、おのずと細胞に栄養素が行き渡るので、肌のつやがよくなる。便通もよくなる。丹田という発想があるが、これは胃腸の重要性を謂っており、胃腸附近の気の流れをよくすることによって、胃腸の機能を高め、胃腸が栄養素を十分に吸収できることによって、体内の栄養素を供給することができ、したがって、身体が健康体になっていくということだろう。だから、食生活は基本だ。細胞がエネルギーを生み出す方法を分子生物学レベルで理解していれば、中医学の理論もおぼろげに理解できるということだ。


                                           蘇山人

納涼野菜

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 広告ちらしを見る。これが庶民の生活かもしれない。日本中の大半は貧しくなっていく。高級料理屋ははやらない。もう、あのバブルの影は去って、落ち着いた安定志向が現れ始める。昔ならば、自分ちの畑で採っていた野菜も、いまでは店に買物に行く時代だ。これは田舎でも同じになってしまった。食材を自給する家は、田舎でも珍しい。作物をいかにカネに換えるかという世の中になった。
 大葉(青ジソ)、ゴーヤ(苦瓜)、かいわれ大根、新生姜、ミョウガ、小ねぎ、おくらといった食材が、店先に並ぶ。吾輩の心は、非常に暗い。上に重い石がのっかっている。梅雨というジメジメした気候にやられているのかもしれない。養生訓によれば、外邪というものがあって、われわれを取り囲む環境の変化が病気の一因とされている。外邪には、風、寒、暑、湿があり、温度と湿気がわれわれの健康を脅かすのだ。とくに、朝夕の気温差が激しく、湿気の多い場合、風邪にかかりやすい。昔は、風邪のことを傷寒といった。風邪は万病のもとというほど、風邪にならないように気をつけた。一般では、病気は細菌やウイルスの仕業とされているが、実は細菌やウイルスが、人体の細胞や器官よりも強くなりすぎたときに、発病するといったほうがよいだろう。肝炎ウイルスを保有していても、しばらくは発病しないのはこれにあたる。病気になるのは、環境の変化に適応できずに、食生活を乱し、身体の調子をくるわせたときに、細菌類によってやられてしまうということだろう。外邪に戻れば、特に湿気に注意せよ、という。湿気はせき・痰に関係する。湿気は細菌の繁殖を活発させるので、細菌の増殖した湿気を肺に吸い込むと、せき・痰が生じやすいことになる。カビには注意したい。漢方の五臓で、肝・腎の役割を現代の言葉で理解することはできた。肝臓と腎臓が弱ると、身体の機能が著しく低下するので、病原菌に感染しやすくなる。そうなると、免疫が最後の砦となる。こうなると、病気ということになる。病気を防ぐ、予防するということが、庶民の願いであることはまちがいない。食生活を気をつけて、栄養素のバランスに心がけようという。だが、言うは易し、行うは難し、なかなか具体的に実践できないのが世の常である。しかも、難しいのが、この外邪をふせぎながら、仕事のストレスを受けながら、内因である食事に気をつけねばならないということがある。医者の不養生とは、よくいったものである。
 料理人は味にこだわるが、庶民は滋養にこだわる。仕事が多忙で、疲れた者が多い世の中で、薬局が繁昌するのは、このためである。肉体を酷使するものは、味よりも滋養によりすがるものだ。だから、庶民の料理というものは、あっさりではなく、こってりとして、塩気が多くなりがちである。それは、舌が欲しているのではなく、身体全体が発しているものであるからだ。現代のように、多忙な世の中において、食材の力だけでは、回復できないくらいの過度のストレスに覆われている。これは異常な世の中であるといえる。ふつうの栄養の入った料理だけでは、健康を維持できないという狂った社会でもある。それでも、人間の健康を支えているのは、食事で、五大栄養素であるといえる。ここがまた、悩ませることである。食材にもさまざまな効能がある。だが、その摂取量や体内における不足具合というものは、なかなかすぐに見極められるものではない。検査することのできなかった昔において、医師たちは、それを全身全霊を用いて、見極めようとした。触診、舌診、脈診、顔色、あらゆる方法を駆使して、その現象を理解して治療しようと工夫した。その時代には診察法も機器すらもなかった。この時代には俗信・迷信といわれようとも方法がそれ以外なかった。そういった智恵であった。わからないものをなんとかしようという努力があったのだ。科学をかじっても、俗世に落ちれば、カネがなければ高度な医療を受けられない。設備と資金がなければ、科学知識を役立てられないと気付くにおいて、今ある物事の中から現状を改善していかなければならないことになる。そうなれば、先人の智恵においてほか、その道をひらくものが見当たらなかった。資金があれば、施してやることもできる。カネも力もない。どうすることもできないように思えるが、なんとかしなくてはならない。食べることすらままならない。そういう状態を知るものとしては、今の時代のギャップを嘆く。見てしまったものは、どうしようもない。
 何の突拍子もなく、当たり前のことだからこそ、実行できないという事の方が多い世の中になっている。原点は、水だ。生き方も水のように、色を変え、形を変え、低きに流れる。長く口上を垂れるほど、不安になる。実行する。不言実行。料理人の口少なきこと。巧言令色慎むべし。饒舌な時代になって、実践が疎かになってしまった。これが政治の失態。実践よりもカネ優先になっていた。政治不信。納涼野菜なのに、これだけの言語を放出しなければならないのは、台風の接近のせいだろうか。政治が混迷に入れば、天変地異がおきるのが、この日本の国である。脳の塵が少しばかり掻き出されたろうか。

                                   霧山人

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