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今は中国が自由を求め、アメリカが忠義を求めてくる。
自民党が文明開化だったけど、民主党が文明開化をしようとしている。
中国を敵視するけれども、お客さんが中国である。
文化的には、自民党が文明開化だけど保守で、民主党は江戸だけど革新。
貨幣を獲得することが義になっている。
give&takeがgive&giveあるいはtake&takeになっている。
ささいなことが重要になって、重大なことが大した事でなくなっている。
個人主義で大多数を動かそうとし、社会主義で一人のことを思っている。
お金が貯まる前に、借金して、物を買ってしまう。
経済大国だけど、赤字大国である。
事業仕分けをして行政縮小している。
改革をしているのだけど、現実的にはできない言い訳になっている。
お金の世の中にして、お金がない。
お金がないから自給自足するけど、それが経済をさらに縮小させる。
従業員をリストラすることが、結局御客を減らすことにつながる。
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無題2
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学者みたいなことをしていると、頭の中が言葉や知識でいっぱいになって、身動きが取れなくなる。それを、まわりの人はパソコン病と呼ぶ。
頭の中が知識に縛られて、何もできない。
そういうことから、座禅をして、頭をからっぽにする訓練が必要だとわかる。
頭を無の状態にして、肉体の実感を取り戻さねばならない。
頭の中を空っぽにして、必要なことだけを頭に浮ぶようにしよう。
身体の方は、修行によっていろいろな技法が身につくようにしよう。
頭の中を、料理のことだけにして、料理が考えられて、料理がつくれる状態に
まで持っていく。
なかなか料理人の思考がでてこない。だから、皿洗いをするのだろう。
しかし、パソコン病の場合、料理のことを考えたくない。
そこで、堂々巡りになって、結局食材を調べるだけで終ってしまう。
知識というものは、その道に入らなければ役に立たないものだが、その道が一体何なのかがわからないのだ。
しかし、道というものは信者を増やすということではなくて、自分自身を悟ることにあるだろうから、自立していくのだろう。
ふと座禅をやめて、十牛図のように前にすすめば、二次元から三次元に解脱できるのではないだろうか。
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すべての時と所におけるすべての罪悪を全部あつめてみても、一つの野戦によって生じる害悪をこえることはない。〔ボルテール〕
戦争は、人間の財産と身体に関してよりも、人間の道徳に関して、もっと大きな罪悪をおかす。〔エラスムス〕
大砲と火器は、残忍で嫌悪したくなる機械である。これは、悪魔の直接の勧奨によってうまれたものである、と私は信じている。〔ルター〕
時がきた。真理のために、正義のために、社会・万民の利益と幸福とのために、戦争防止を絶叫しなければならない重大な時がきた。
思うに、人類のエネルギーをみちびいて、もっぱら博愛の道をつくさせるがために、人種の区別、政体の異同を問わず、世界をあげて軍備を撤去し、戦争を禁絶するのが緊急・重要であることは、『平民新聞』創刊の日に、われわれは、すでに宣言した。その後の紙上で、とくにこの問題に向かって全力を傾注する機会をまだもてなかったが、それでも、各欄・各項で、事に接し物にふれて、つねにこの主旨を説明・評論・報道につとめてきたことは、具眼の読者が諒解せられるところであろう、と信じている。
そして、いまや日露両国の関係は、ずるい男が、紛争をこのんで、しきりに人心を煽動し、短慮な人間が、計略をあやまって、ふかく危地におちいり、反発・離反・衝突をくりかえして、日一日と、ひどい状態になっている。中国の故事にいうとおりで、おそろしい虎が、みたびも盛り場にあらわれてくると、正気の人間までが、気ちがいのあとを追うて、にげまどわずにはいられない。いきおいのおもむくところ、もののハズミで、横死・流血の戦争の突発もまた、予測できないような切迫した状態になっている。高いけわしい山から、転落するような危険が感じられている。そればかりではない。わが同胞中、ある者は、戦勝の虚栄を夢想するがために、ある者は、時流にのってボロもうけをかせぐがために、ある者は、好戦の野心を満足させるがために、焦燥し、熱狂し、出兵をとなえ、開戦をさけび、まるで気味のわるい悪魔の咆哮のようである。この重大な危機において、われわれは、われわれ同志の責任がふかくなってきたことを痛感している。さよう、われわれが、大いに戦争防止を絶叫しなければならない時がきたのである。
われわれは、絶対に戦争を否認する。これを道徳の立場から見れば、おそろしい罪悪である。これを政治の立場から見れば、おそろしい害毒である。これを経済の立場から見れば、おそろしい損失である。社会の正義は、これがために破壊され、万民の利益と幸福とは、これがためにふみにじられる。われわれは、絶対に戦争を否認し、戦争の防止を絶叫しなければならない。
ああ、政府も民間も、戦争のために、熱狂しない者はなく、多数国民の眼が、これがためにくらみ、多数国民の耳が、これがためにツンボになっているとき、ひとり戦争防止を絶叫するのは、片手で大河の流れを食いとめるよりもむつかしいことを、われわれは十分に知っている。それでも、われわれは、真理・正義の命じるところにしたがって、信じるところをいわなければならない。絶叫しなければならない。すなわち、今月今日の『平民新聞』第十号をもって、全紙面をあげて、これにあてたのである。
ああ、わが愛する同胞よ。今からでもおそくないから、その人間の本性に立ちかえれ。その狂熱からさめよ。そして、君が、刻一刻・歩一歩、おちいろうとしている罪悪・害毒・損失からまぬがれよ。大自然のもたらす災害は、まださけることはできない。が、人間のつくりだす戦争は、さけることができる。戦争がいったん爆発すると、その結果の勝と敗にかかわらず、つぎにやってくるものは、かならず無限の苦痛と悔恨であろう。真理のために、正義のために、社会・万民の利益と幸福のために、半夜、君の良心に問いたまえ。
(週間『平民新聞』10号・明治37年1月17日「吾人は飽くまで戦争を否認す」より)
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たった一つの違いは、大盗人は、小さい盗人を処罰して、彼らを服従させることにある。しかも大盗人は、月桂冠や凱旋式で報いられる。何故なら、彼らは弱いこの世の正義の手に余るほど大きいし、罪人を罰すべき力を自らの手に握っているからである。私の家に押入った盗人に対して私の得ることのできる救済は何であろう。正義のため法に訴えることである。けれども多分、正義は拒否されるだろう。あるいは私は不具になり、動くことができないし、盗まれても、法に訴える手だてをもたないだろう。もし神が、救済を求める一切の手段を取去ってしまえば、忍耐以外には残っているものはない。しかし私の息子に、もし能力があれば、私には拒否された法の救済を求めるかも知れない。彼、あるいはさらに彼の息子が、その訴えをくり返し、ついには権利を回復するであろう。(省略)
不正な戦争で征服する者は、それによって被征服者の従属と服従を要求する何らの権原をも得るものではない。
(『市民政府論』 ロック著 鵜飼信成訳 より )
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他人に対して戦争状態に身をおき、不正に他人の権利を侵略する侵略者は、そのような不正な戦争によっては、決して被征服者に対して権利をもつようになることはないということは、誰でも容易に同意するであろう。盗人や海賊が、彼らの支配し得るだけの力をもっている人々に対して、絶対支配の権利をもっているとは誰も考えないからである。あるいはまた人間は、不法な力で無理矢理に約束させられたことに、拘束されるとは誰も考えない。かりに盗人が私の家に押入り、短刀を私ののどにつきつけて、彼に私の財産を譲る証文に判を押させたとする。これで彼はいったい権原を得るであろうか。私を強要して服従させた不正な征服者が、その剣で得たものは、この種類の権原に過ぎない。それが王冠を頭にした者によってなされようと、誰かつまらない悪人によってなされようと、侵害と罪とは同じである。不法な行為を行った者がどんな称号をもち、その臣下の数がどんなに多かろうと、罪の性質はかわらないし、かわっても、それはむしろ罪を重くするだけである。
(『市民政府論』 ロック著 鵜飼信成訳 より )
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