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古典

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和泉式部 5

「女房の身こそあれ、男の守刀をかけたるためしは、いかに」と仰せければ、道命「これはよしある刀に

て候。いかにと申すに、われは是五条の橋の捨て子にて候を、養子の父の育てて、人となされ候也。また

われに此刀を添へて捨てられし刀なれば、これを母と思ひ、身をも放たず持ちたる」と申しければ、女房

なほあやしく思ひ、「さては御身はいくつになり給ふぞ」と問ひ給へば、道命「子にて捨てられ候よし承

り候。今ははや大になり候」と語りければ、「産衣は何にて候」と問ひ給へば、「あやめの小袖のつま

に、一首の歌を書きたり」。「いかに」と仰せければ、やがて道命かくとあり。

 「百年に又百年は重ぬとも七つ七つの名をばたへじな

とよみ候歌也」といへば、和泉式部は捨てし時、鞘をば留め給ひて、是をばわが身のかたみと思ひし故

に、身を放たず持ちたりし程に、鞘を取り出して合はすれば、疑ひもなきもとの鞘なり。こは何事ぞ、親

子を知らで逢ふ事も、かかるうき世にすむ故なり。是を菩提の種として、都をいまだ夜深に出でて、尾上

の鐘の浦伝ひ、響は何と飾磨潟、霞をしのぎ雲を分け、播磨国書写へ上り、性空上人の御弟子となり、六

十一の年得心し給ひける時、書写の鎮守の柱に、御歌を書き付け給ひ、かくばかり、

  暗きより暗き闇路に生れきてさやかに照らせ山の端の月

とよみて、書きつけ給ひけるによりて、歌の柱といふことは、播磨国書写よりこそははじまりたると申す

なり。

(『御伽草子』 和泉式部 より )

和泉式部 4

 さる間禁中此事を聞しめされ、ただ今の商人の帰るさを見よとて、人をそへて見せ給ふに、道命内裏を

出でて心に思はれけるは、今日は日も暮れぬ、明日こそと思ひ、宿をとりけり。さる間下女宿をよく見お

きて帰り、此よしかくと申し上ぐれば、禁中より仰せけるやうは、「彼商人のいひつることばを、よも知

らじ、伊勢が源氏を恋ひてよみし歌也。

  君恋ふる涙の雨に袖ぬれてほさんとすれば又はふりふり

といふ歌の心ばへ也」と仰せ言有りければ彼局の女房、さては浅からぬ心あこがれけるよと、つくづくと

思ひ続けて、「小野小町は、若盛りの姿よきによりて、人に恋ひられて、その怨念とけざれば、無量のと

がによりて、その因果のがれず、つひに小町四位の少将思ひはなれず、『いひすつる言の葉までも情あ

れ、ただいたづらにくちはつる身を』と云ふ歌の心を忘れずして、常に人にわりなき情を、こめたき事に

て」と案じ続けて、下女一人つれて内裏を出で、道命が宿へ行きて、戸をほとほととたたきてかくなん、

  出でてほせこよひばかりに月かげにふりふり濡らす恋の袂を

とよみ給ひければ、道命内にて是を聞き、夢の心地して、表の戸を開けて、さらば外へも出でずして、か

こち顔なる風情して、かくばかり、

  出でずとも心あらばかげさして闇をば照らせ有明の月

とよみて、うちほれたる風情、もとより彼女房情深きにより、内にさし入りて、其夜は鴛鴦の衾の下に、

比翼の契をこめ、夜もやうやうふけ、きぬぎぬなりし折しも、道命がもちける守刀を、などやらん心にか

け給ふけしきにて、仰せけるやうは、

(『御伽草子』 和泉式部 より )

和泉式部 3

 又都へ上りてあこがれ見し人のおもかげを、今一目見ばやと思ひ、柑子商人になりて、内裏に越し入り

て柑子を売りけるに、彼見し人の局より、下女一人出でて、おあし二十ばかりにて柑子をぞ買ひにける。

それは二十数へて売りけるが、ことばにては数へず、恋の歌にて数へつつかくなん、

  一とや、ひとりまろ寝の草枕袂しぼらぬ暁もなし

  二とや、ふたへ屏風の内に寝て恋しき人をいつか見るべき

  三とやか、見ても心の慰までなどうき人の恋しかるらん

  四とかや、夜深に君を思ふらん枕片敷く袖ぞ露けき

  五とや、今や今やと待つ程に身をかげろふになすぞ悲しき

  六とかや、むかひの野辺にすむ鹿もつま故にこそなき明しけれ

  七とや、なき名の立つもつらからじ君故流すわが名なりけり

  八とかや、やよひの月の光をば思はぬ君が宿にとどめよ

  九や、ここであはずは極楽の弥陀の浄土であふ世あるべし

  十とかや、とやをはなれしあら鷹をいつかわが手にひきすゑてみん

  十一や、一度まことのあるならば人の言の葉うれしからまし

  十二とや、にくしと人の思ふらんかなはぬことに心つくせば

  十三や、さのみ情をふりすてそ情は人のためにあらぬば

  十四とや、死なん命も惜しからず君故流すわが身なりせば

  十五とや、後世の障りとなりやせん身のはかなくも逢はではてなば

  十六や、陸地の程を過ぐるにも君に心をつれてこそ行け

  十七や、七度詣での度々も逢ふ世と祈りこそすれ

  十八や、はづかしながらいふことを心強くもあはぬ君かな

  十九とや、くるし夜毎に待ちかねて袖いたづらにくちやはてまし

  二十とや、にくしと人の思ふらんわれならぬ身を人の恋ふれば

といひければ、かの下女、是を聞きて、柑子よくぼるべきにはあらねども、あまりに歌の心のおもしろさ

に、「柑子一つ添へよ」といへば、一つ添へてかくなん、

  二十一と、一度の情こめんとて多くのことば語りつくしつ

とよみてんげれば、彼下女、道命をつくづくと見て、「かほどやさしき業をして、柑子売り給ふぞ」とい

ひければ「ふりふりして」と答へける。下女は心得ず思ひける。

(『御伽草子』 和泉式部 より )

和泉式部 2

 さる程に学問心ざし深く、ならびなく、みな心をかけぬ法師もなく、其名惣山に隠れなく、情の色もわ

りなきさま也。惣山のもてあそびのみならず、仏道の道たのもしく、其名天下にひろめ、道命阿闍梨と

て、世に隠れなくして、道命十八の年、内裏の八講をつとめ給ひし時、風吹きて局の御簾を、二三度吹き

上げて、年の程三十ばかりなる女房の、眉はこぼれてよしありて、論議聴聞して、思ひ入りたる風情にて

おはしけるを、道命ただ一目見しよりも、浅からぬ身にあこがれて、わが宿に帰り、山に上り給ひても、

見し人のおもかげ身にそひて忘れぬは、前世の宿業なり。

(『御伽草子』 和泉式部 より )

 一目見て、懐かしく忘れがたい人がいるのは、一目惚れに勘違いするけれど、それはおそらくこのような前世の宿業がある人なのだろう。

和泉式部 1

 中ごろ花の都にて、一条の院の御時、和泉式部と申して、やさしき遊女有り。内裏に橘保昌とて男有

り。保昌は十九、和泉式部は十三と申すより、不思議の契をこめ、情深くして、十四と申す春のころ、若

一人まうけ給ひ、あひの枕の睦言に、はづかしとや思ひけん、五条の橋に捨てにけり。産衣、あやめの小

袖のつまに、一首の歌を書き、鞘なき守刀を添へて捨てけるを、町人拾ひ養育して、比叡の山へのぼせけ

り。

(『御伽草子』 和泉式部 より )

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