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夢さめて、また暁方にまどろめば、例の鼠来つて申すやう、「とかくこの体にては、京中の堪忍なりが
たし」とて、上京、下京の鼠共寄り合ひ、触を廻し、西陣組は舟岡山のすそ、小川組は御霊の藪、立売組
は相国寺の藪、聚楽組は北野の森、下京組は六角堂のうちへ寄り合ひ寄り合ひ、談合す。其中に分別顔す
る鼠、進み出でて申すやう、「所詮此体ならば、命と中違ひのほかは有るべからず。いかがしてか此度の
命、延びなん」と、いろいろ評定したりけり。「はや都の御触、五十日になるといへども、魚の骨を一つ
歯にあてず、油揚、焼鳥のかざをだにもかがず、猫殿に参りあはねば、自然に干死にまかりなるなり。き
つと案じ出したる事有り。此程聞き及びしは、近江国御検地有りしかば、免相について、百姓稲を刈らぬ
よしたしかに聞き届くるなり。まづまづ冬中はまかりこし、稲の下に妻子共をかがませ、年を越え暖かに
ならば、北の郡木之本の地蔵を頼み、左手右手の山々、いかが山、おくだに山、恐ろしけれど、伊吹山に
関が原、醒が井、摺針、佐和山、多賀の畑、鳥籠の山、はくさんじ山、上蒲生の郡の畑、布施山、布引
山、観音寺、八幡山、鏡山、朝日山、甲賀の郡鷲の尾の山、村々里々、三上山、信楽山、石山、粟津、松
本、打出の浜、長良山、園城寺、延暦寺、坂本、堅田、比良、小松、白鬚の明神近辺、打下、今津、海
津、塩津、志賀の浦、便船あらば竹生島、長命寺、沖之島などへも押し渡り、野老、蕨などを掘り食ひ、
一旦身命を繋がんと存じ候。何より心の残り候は、やがて正月に、鏡、はなびら、煎餅、あられ、かき
餅、おこし米など、春雨の中、徒然慰みにかぶり食ひて、じじめいて遊ばんとたくみしに、大敵の猫殿に
追つ立てられ、のき退くこそ無念なれ。さりながら猫殿も、犬といふ強者に、あそこここを追ひ廻され、
辻、川端に倒れ臥し、雨露にしほたれたるを見れば、報は有り」と勇みつつ、方々へのき退く。その中に
公家門跡などに、久しくすみける鼠、三首の腰折を連ねたり。
鼠とる猫のうしろに犬のゐてねらふものこそねらはれにけり
あらざらん此世の中の思出に今一度は猫なくもがな
じじといへば聞耳たつる猫殿の眼のうちの光恐ろし
(『御伽草子』 猫のさうし より )
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