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かやうに、御心を互に慰め給ふほどに、三年ばかりありて、春の初より、かぐや姫、月の面白く出でたるを見
て、常よりも物思ひたる様なり。ある人の、「月の顔見るは、忌む事」と制しけれども、ともすれば、人間にも月を
見ては、いみじく泣き給ふ。七月十五日の月に出で居て、切に物思へる気色なり。近く使はるる人々、竹取の翁
に告げていはく、「かぐや姫の、例も月をあはれがり給へども、この頃となりては、ただ事にも侍らざめり。いみじ
く思し歎く事あるべし。よくよく見奉らせ給へ」といふを聞きて、かぐや姫にいふやう、翁「なんでふ心地すれば、か
く、物を思ひたる様にて、月を見給ふぞ。うましき世に」といふ。かぐや姫、「見れば、世間心細くあはれに侍り。な
でふ物をか歎き侍るべき」といふ。かぐや姫の在る処にいたりて見れば、なほ物思へる気色なり。これを見て、翁
「あが仏、何事を思ひ給ふぞ。思すらむこと何事ぞ」といへば、姫「思ふ事もなし。物なむ心細くおぼゆる」といへ
ば、翁、「月な見給ひそ。これを見給へば、もの思す気色はあるぞ」といへば、姫「いかで月を見ではあらむ」と
て、猶、月出づれば、出で居つつ、歎き思へり。夕闇には、物思はぬ気色なり。月の程になりぬれば、猶、時々は
うち歎きなどす。これを、仕ふ者ども、「なほ物思す事あるべし」とささやけど、親を始めて、何とも知らず。
(『竹取物語』 天の羽衣 より )
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古典
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其身をもかへずして、成仏し給ふこと、希代不思議のためしとかや。上代も末代も、かかるめでたきためしな
し。今は末世のこと、か程にこそはおはせずとも、神や仏を念ずる人は、やはか其しるしなかるべき。南無薬師瑠
璃光如来、南無薬師瑠璃光如来。おんころおんころせんだりまとうぎそはか、おんころおんころせんだりまとうぎ
そはか。
(『御伽草子』 さざれ石 より )
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さざれ石の宮、あるよもすがら灯火をかかげ、薬師真言を念じおはしけるに、かたじけなくも薬師如来、いともた
つとき御姿にて、巌の宮にむかひのたまふは、「汝はいつまで此世界にあらん。人間の楽しみは、わづかのこと
也。それ浄瑠璃世界の地は、すなはち瑠璃也。汝を移さん浄土は、七宝の蓮華の上に、玉の宝殿を立てて、金
の扉を並べ、玉の簾をかけ、床には錦のしとねを敷き、綾羅荘厳をもつて身を飾りたる数千人の女官、時々刻々
に守護を加へ、百味の飲食を捧ぐる事ひまもなし。此世界にて契深き人は、目の前にまみゐつつ、何事も心のま
まの極楽なれば、さのみはいかで八苦の世界にあらん」とて、巌の宮を東方浄瑠璃世界に導き給ふ。
(『御伽草子』 さざれ石 より )
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其後年月を送り給ふに、聊かもののかなしきこともなく、いつもときはの御姿にて栄花にほこり給ふ。御命長く
わたらせ給ふことは、すべて八百余歳也。
成務天皇 仲哀天皇 神功天皇 応神天皇 仁徳天皇 履中天皇 反正天皇 允恭天皇 安康天皇 雄略天
皇 清寧天皇 十一代の間、いつもかはらぬ御姿にて、栄へさせ給ふなり。
(『御伽草子』 さざれ石 より )
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さざれ石の宮、世間の有為転変のことわりを、つくづくおぼしめしよりて、それ仏道を願ふに、浄土は十方に有り
と聞けども、中にもめでたき浄土は、東方浄瑠璃世界にしぐはなしとおぼしとりて、常に怠らず、薬師の御名号南
無薬師瑠璃光如来と、となへ給ふ。ある夕暮のことなるに、月の出づる山の端を打ちながめ給ひ、わが生れん浄
土はそなたぞとおぼしめし、ひとりたたずみ給ふに、御前に虚空より金の天冠を額にあてたる官人一人参り、さざ
れ石の宮に瑠璃の壺を捧げ申し、「われは薬師如来の御つかはしめ金比羅大将なり」とぞ申しける。「此壺に妙
薬有り。これすなはち不老不死の薬なり。これをきこしめされば、御年もより給はず、わづらはしき御心地もなく、
いつもかはらぬ御姿にて、御命の終もなく、いつまでもめでたく栄へ給はん」とて、かき消すやうに失せにける。さ
ざれ石の宮、此壺を受け取らせ給ひ、あらありがたや、年月願ひ奉るしるしかなとて、三度礼し、良薬をなめ給ふ
に、あまき味はひいふはかりなし。青き壺に白き文字有り。よみて御覧ずれば歌なり。
君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで
とあり。これすなはち薬師如来の御詠歌なるべし。それより御名を引きかへて、巌の宮とぞ申しける。
(『御伽草子』 さざれ石 より )
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