平成17年4月6日から平成23年9月6日までのブログ

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二十四孝

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二十四孝 王裒

 王裒は営陰といふ所の人也。父の王義、不慮の事によりて、帝王より法度に行はれ、死にけるを恨み

て、一期の間、その方へは向うて、座せざりしなり。父の墓所にゐて、ひざまづき礼拝して、柏の木に取

り付きて泣き悲しむ程に、涙かかりて木も枯れたると也。

母は平生雷を恐れたる人なりければ、母空しくなれる後にも、雷電のしける折には、急ぎ母の墓所へ行

き、王裒これにありとて、墓をめぐり、死したる母に力を添へたり。かやうに死して後まで孝行をなしけ

るをもつて、生ける時の孝行まで、推し量られて有りがたき事どもなり。

(『御伽草子』 二十四孝 より )

二十四孝 黄香

 黄香は、安陵といふ所の人也。九歳の時母に後れ、父に能く仕へて、力を尽くせり。

されば夏の極めて暑き折には、枕や座を扇いですずしめて、又冬の至つて寒き時には、衾のつめたきこと

を悲しんで、わが身をもつて温めて与へたり。

かやうに孝行なるとて、太守劉讙といひし人、札を立てて、彼が孝行をほめたる程に、それよりして人皆

黄香こそ孝行第一の人なりと知りたるとなり。

(『御伽草子』 二十四孝 より )

二十四孝 董永

 董永は、いとけなき時に母に離れ、家貧しくして、常に人にやとはれ、農作をし賃をとりて日を送りたり。

父さて足もたたざれば、小車をつくり父を乗せて、田の畦に置いて養ひたり。

ある時父に後れ、葬礼をととのへたく思ひ侍れども、もとより貧しければ叶はず。

されば料足十貫に身を売り、葬礼を営み侍り。

偖かの銭主のもとへ行きけるが、道にて一人の美女にあへり。

かの董永が妻になるべしとて、共に行きて、一月に縑の絹、三百疋織りて、主もこれを感じて、董永が身をゆるしたり。

其後、夫人董永に云ふ様は、「我は天上の織姫なるが、汝が孝を感じて、我を下して負目を償はせり」とて、天へぞ上りけり。

(『御伽草子』 二十四孝 より )

二十四孝 楊香

 楊香はひとりの父をもてり。ある時父と共に山中へ行きしに、忽ちあらき虎にあへり。

楊香父の命を失はんことをおそれて、虎を追ひ去らんとし侍りけれども、かなはざる程に、天の御あはれ

みを頼み、「こひねがはくは、わが命を虎に与へ、父を助けて給へ」と、心ざし深くして、祈りければ、

さすが天もあはれと思ひ給ひけるにや、今まで猛きかたちにて、取り食はんとせしに、虎にはかに尾をす

べて逃げ退きければ、父子ともに虎口の難をまぬがれ、つつがなく家に帰り侍るとなり。

これひとへに孝行の心ざし深き故に、かやうの奇特をあらはせるなるべし。

(『御伽草子』 二十四孝 より )

二十四孝 唐夫人

 唐夫人は、姑長孫夫人年たけ、よろづ食事、歯にかなはざれば、つねに乳をふくめ、あるひは朝毎に髪

をけづり、そのほかよく仕へて、数年養ひ侍り。

ある時長孫夫人わづらひつきて、この度は死せんと思ひ、一門一家を集めていへる事は、「わが唐夫人の

数年の恩を報ぜずして、今死せん事残り多し。わが子孫、唐夫人の孝義をまねてあるならば、かならず末

も繁昌すべし」といひ侍り。かやうに姑に孝行なるは、古今まれなるとて、人皆これをほめたりと。

さればやがて報ひて、末繁昌する事、極まりもなくありたるとなり。

(『徒然草』 二十四孝 より )

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