平成17年4月6日から平成23年9月6日までのブログ

日本の四季を大切にしよう。引越し先でも閲覧可。下の一言が入り口↓ 容量2GBを超えたので引越ししたよ。

二十四孝

[ リスト | 詳細 ]

その心は?

記事検索
検索

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ ]

二十四孝 孟宗

 孟宗は、いとけなくして父に後れ、ひとりの母を養へり。

母年老いてつねに病みいたはり、食の味はひも度毎に変りければ、よしなき物を望めり。

冬のことなるに、竹の子をほしく思へり。

則ち孟宗竹林に行きもとむれども、雪深き折なれば、などかたやすく得べき。

ひとへに天道の、御おはれみを頼み奉るとて、祈をかけて大きに悲しみ、竹に寄り添ひける所に、にはかに大地ひらけて、竹の子あまた生ひ出で侍りける。

大きに喜び、則ち取りて帰り、あつものにつくり、母に与へ侍りければ、母是を食して其まま病もいえて、齢をのべたり。

是ひとへに、孝行の深き心を感じて、天道より与へ給へり。

(『御伽草子』 二十四孝 より )

二十四孝 丁蘭

 丁蘭は、河内の野王と云ふ所の人也。十五の年母に後れ、永く別れを悲しみ、母のかたちを木像につく

り、生ける人に仕へぬる如くせり。

丁蘭が妻、ある夜のことなるに、火をもつて木像の面をこがしたれば、瘡の如くにはれ出で、うみ血流れ

て、二日を過しぬれば、妻の頭の髪が、刀にて切りたる様になりて落ちたる程に、驚いて詫言をする間、

丁蘭も奇特に思ひ、木像を大道へ移し置き、妻に三年詫言をさせたれば、一夜の内に雨風の音して、木像

は自ら内に帰りたる也。

それよりしてかりそめのことをも、木像のけしきをうかがひたるとなり。かやうに不思議なる事のある程

に、孝行をなしたるは、類少なき事なるべし。

(『御伽草子』 二十四孝 より )

二十四孝 漢文帝

 漢の文帝は、漢の高祖の御子なり。いとけなき御名をば、恒とぞ申し侍りき。

母薄太后に孝行也。よろづの食事を参らせらるる時は、まづ自らきこしめしこころみ給へり。

兄弟もあまたましましけれども、此みかどほど、仁義を行ひ孝行なるはなかりける。

此故に、陳平・周勃などいひける臣下達、王になし参らせたり。それより漢の文帝と申し侍りき。

然るに孝行の道は、上一人より下万民まで、あるべき事なりと知るといへども、身に行ひ、心に思ひ入ることはなりがたきを、かたじけなくも四万余州の天子の御身として、かくの如きの御ことわざは、たつとかりし御志とぞ。

さる程に、世もゆたかに民もやすく住みけるとなり。

(『御伽草子』 二十四孝 より )

二十四孝 大舜

 大舜は至つて孝行なる人なり。父の名は、瞽叟といへる。

一段かたくなにして、母はかだましき人なり。弟は大いにおごりて、いたづら人なり。

しかれども大舜は、ひたすら孝行をいたせり。ある時歴山と云ふ所に、耕作しけるに、かれが孝行を感じ

て、大象が来つて、田を耕し、又鳥飛び来つて田の草をくさぎり、耕作の助けをなしたるなり。

扨其時天下の御主をば、堯王と名づけ奉る。姫君まします。姉をば、娥皇と申し、妹は、女英と申し侍

り。堯王すなはち舜の孝行なることをきこしめし及ばれ、御女を后にそなへ、終に天下を譲り給へり。

これひとへに孝行の深き心より起れり。

(『御伽草子』 二十四孝 より )

 

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ ]


.
霧山人
霧山人
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

エコロジー

日本的なもの

標準グループ

感覚として

健康について

わーるど・ネット

小説家たち

政治勢力

料理ひと

Yahoo!からのお知らせ

友だち(8)
  • ゆきの@冬地蔵
  • 馬上侍
  • C-KOA
  • ayumu
  • oxauco
  • cafeherb
友だち一覧
検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事