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鯉の羹食ひたる日は、鬢そそけずとなん。膠にも作るものなれば、粘りたるものにこそ。 |
古典・食
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筑紫に、なにがしの押領使などいふやうなる者のありけるが、土大根を万にいみじき薬とて、朝ごとに二つづつ焼きて食ひける事、年久しくなりぬ。 |
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真乗院に、盛親僧都とて、やんごとなき智者ありけり。芋頭といふ物を好みて、多く食ひけり。談義の座にても、大きなる鉢にうづたかく盛りて、膝元に置きつつ、食ひながら、文をも読みけり。患ふ事あるには、七日・二七日など、療治とて籠り居て、思ふように、よき芋頭を選びて、ことに多く食ひて、万の病を癒しけり。人に食はする事なし。ただひとりのみぞ食ひける。極めて貧しかりけるに、師匠、死にさまに、銭二百貫と坊ひとつを譲りたりけるを、坊を百貫に売りて、かれこれ三万疋を芋頭の銭と定めて、京なる人に預け置きて、十貫づつ取り寄せて、芋頭を乏しからず召しけるほどに、また、他用に用ゐることなくて、その銭皆に成りけり。 |
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また、ふもとに一つの柴の庵あり。すなはち、この山守がをるところなり。かしこに子童あり。時時来りて、あひとぶらふ。もし、つれづれなるときは、これを友として遊行す。かれは十歳、これは六十。その齢、ことのほかなれど、心をなぐさむること、これおなじ。 |



