平成17年4月6日から平成23年9月6日までのブログ

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古典・食

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 鯉の羹食ひたる日は、鬢そそけずとなん。膠にも作るものなれば、粘りたるものにこそ。

 鯉ばかりこそ、御前にても切らるるものなれば、やんごとなき魚なり。鳥には雉、さうなきものなり。

雉・松茸などは、御湯殿の上に懸りたるも苦しからず。その外は、心うき事なり。中宮の御方の御湯殿の

上の黒み棚に雁の見えつるを、北山入道殿の御覧じて、帰らせ給ひて、やがて、御文にて、「かやうのも

の、さながら、その姿にて御棚にゐて候ひし事、見慣はず、さまあしき事なり。はかばかしき人のさふら

はぬ故にこそ」など申されたりけり。

(『徒然草』 兼好・作 )

 鯉の吸い物を食べた日は、耳の上の頭髪がほつれて乱れないということである。それほどに、鯉を煮詰めて作った膠(にかわ)は脂分やコラーゲンが多く、粘りのあるものなのであろう。
 鯉ばかりは、天皇の御前でも切って料理されるものだから、重んずべき魚である。鳥においては雉に並ぶものはない。ふだん、立派な人は、生き物を殺すことを不浄なこととして避けていた。材料を食材の形のままで、高貴な人の前にさらすことは恥ずべきことである。それでも、雉や松茸などは、天皇が御入浴をなされる「御湯殿」に続く、湯や食物を調える、高位の女官の詰所にかけられているとしても見苦しくない。その外の食材は、みっともないものである。中宮のおられる御殿の御湯殿の近くにある黒塗りの三重の棚に、雁が置いてあるのが見えたので、北山入道殿が御覧になって、お帰りになられた後、やがて、御手紙によって、「あのようなものを、雁のもとの姿のままで、黒み棚に置いてありましたのは、なじめない、その様子はみっともないことである。意見するしっかりした人が側にお仕えしていないからなのでしょう。」などとおっしゃられた。

                                      霧山人

 筑紫に、なにがしの押領使などいふやうなる者のありけるが、土大根を万にいみじき薬とて、朝ごとに二つづつ焼きて食ひける事、年久しくなりぬ。
 或時、館の内に人もなかりける隙をはかりて、敵襲ひ来りて、囲み攻めけるに、舘の内に兵二人出で来て、命を惜しまず戦ひて、皆追ひ返してンげり。いと不思議に覚えて、「日比ここにものし給ふとも見ぬ人々の、かく戦ひし給ふは、いかなる人ぞ」と問ひければ、「年来頼みて、朝な朝な召しつる土大根らに候ふ」と言ひて、失せにけり。
 深く信を致しぬれば、かかる徳もありけるにこそ。

(『徒然草』 兼好・作 )

 九州の筑紫に、なんとかという押領使などというようなものがいらっしゃったが、大根を万病にきく妙薬と思って、毎朝、二本ずつ焼いて食べて、長老になった。
 ある時、館の中に人もいなかった隙をついて、敵が来襲してきて、館を囲んで攻めていた。すると、館の中に兵士が二人出現して、命も惜しまず戦って、すべての敵を追い返してしまった。とても不思議に思ったので、「日ごろこの館にお出でになるとも思えない方々が、あのように戦いなさったのは、どのような人物であろう。」と問いかければ、「毎年毎年頼りにして、毎朝毎朝食べていた土のついた大根たちでございます。」と言って、どこかに言ってしまった。
 深く信心をしていれば、このような功徳もあったのだなぁ。

 毎朝食べていた大根たちが兵士になって、敵を追っ払ったということは俄に信じがたいことであるが、毎朝、長老のように、土のついた大根を食べることで強くなった人々がいたのではないかと想像すれば、取れたての大根も捨てがたい食材であることがわかるであろう。

                                 霧山人

つれづれ草 第六十段

 真乗院に、盛親僧都とて、やんごとなき智者ありけり。芋頭といふ物を好みて、多く食ひけり。談義の座にても、大きなる鉢にうづたかく盛りて、膝元に置きつつ、食ひながら、文をも読みけり。患ふ事あるには、七日・二七日など、療治とて籠り居て、思ふように、よき芋頭を選びて、ことに多く食ひて、万の病を癒しけり。人に食はする事なし。ただひとりのみぞ食ひける。極めて貧しかりけるに、師匠、死にさまに、銭二百貫と坊ひとつを譲りたりけるを、坊を百貫に売りて、かれこれ三万疋を芋頭の銭と定めて、京なる人に預け置きて、十貫づつ取り寄せて、芋頭を乏しからず召しけるほどに、また、他用に用ゐることなくて、その銭皆に成りけり。
「三百貫の物を貧しき身にまうけて、かく計らひける、まことに有り難き道心者なり」とぞ、人申しける。
 この僧都、或法師を見て、しろうるりといふ名をつけたりけり。「とは何物ぞ」と人の問ひければ、「さる物を我も知らず。若しあらましかば、この僧の顔に似てん」とぞ言ひける。
 この僧都、みめよく、力強く、大食にて、能書・学匠・辯舌、人にすぐれて、宗の法燈なれば、寺中にも重く思はれたりけれども、世を軽く思ひたる曲者にて、万自由にして、大方、人に従ふといふ事なし。出仕して饗膳などにつく時も、皆人の前据ゑわたすを待たず、我が前に据ゑぬれば、やがてひとりうち食ひて、帰りたければ、ひとりつい立ちて行きけり。斎・非時も、人に等しく定めて食はず。我が食ひたき時、夜中にも暁にも食ひて、睡たければ、昼もかけ籠りて、いかなる大事あれども、人の言ふ事聞き入れず、目覚めぬれば、幾夜も寝ねず、心を澄ましてうそぶきありきなど、尋常ならぬさまなれども、人に厭はれず、万許されけり。徳の至れりけるにや。

(『徒然草』 兼好・作 )

 芋頭(さといもの塊茎、おやいも)を食する僧侶の話。体調が悪い時に、芋頭を多く食べて、さまざまな病気を治したという。この僧侶に大金がはいったときも、すべてをこの芋頭にかえて食してしまったそうだ。

 また、ふもとに一つの柴の庵あり。すなはち、この山守がをるところなり。かしこに子童あり。時時来りて、あひとぶらふ。もし、つれづれなるときは、これを友として遊行す。かれは十歳、これは六十。その齢、ことのほかなれど、心をなぐさむること、これおなじ。
 或は、芽花を抜き、岩梨をとり、零余子を盛り、芹をつむ。或は、すそわの田井にいたりて、落穂をひろひて、穂組をつくる。もし、うららかなれば、峰によぢのぼりて、はるかに故郷の空を望み、木幡山・伏見の里・鳥羽・羽束師をみる。勝地は主なければ、心をなぐさむるに障りなし。
 歩みわづらひなく、心遠くいたるときは、これより峰つづき、炭山を越え、笠取を過ぎて、或は石間に詣うで、或は石山を拝む。もしはまた、粟津の原を分けつつ、蝉うたの翁が跡をとぶらひ、田上河をわたりて、猿丸大夫が墓をたづぬ。帰るさには、折につけつつ、桜を狩り、紅葉をもとめ、蕨を折り、木の実をひろひて、かつは仏にたてまつり、かつは家土産とす。
 もし、夜静かなれば、窓の月に故人をしのび、猿の声に袖をうるほす。くさむらの蛍は、遠く真木の篝火にまがひ、あかつきの雨は、おのづから、木の葉吹く嵐に似たり。山鳥のほろと鳴くを聞きても、父か母かとうたがひ、峰の鹿の、近くなれたるにつけても、世に遠ざかるほどを知る。或はまた、埋火をかきおこして、老の寝覚の友とす。恐しき山ならねば、梟の声をあはれむにつけても、山中の景気、折につけて尽くることなし。いはんや、深く思ひ、深く知らん人のためには、これにしもかぎるべからず。

(『方丈記』 鴨長明・作 )

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