平成17年4月6日から平成23年9月6日までのブログ

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民約訳解

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『民約訳解』  序

                        
 
 光りかがやき、日や月と明るさを競う六経(儒教の根本をなす詩、書、礼、楽、易、春秋)によって、聖人が教えを垂れ、法を示すとき、人倫の道は、ここにきわまる。
 政治について(聖人は)、「夏の暦を用い、殷の車に乗り、周のかんむりをつけ、舞楽といえば舜の舞楽、鄭の淫蕩な音楽をしりぞけ、口のうまい人間を遠ざける」と言う。つまり、政治というものは、時代とともに移り変わり、人情にさからわないのがよいとするのである。『史記』によると、「よい政治家は時勢・人情にしたがい、二流の人物は利をもってひとを誘い、最低の連中は人民と利益を争う」と言う。だから、堯と舜は天子の位を賢者にゆずったために勃興したが、燕の王、噲(かい)はゆずったために滅亡し、禹は(賢者にゆずるのでなく)子供に伝えて、万世の帝王の範となった。人民が誰のところへ訴訟をもってゆくか、誰の徳をたたえるかということも、民心の動向を見るのに十分役立った。
 漢の宣帝の時代に、魏相と丙吉という立派な宰相が政治を行ない、名将趙充国が軍事をにぎって、漢の勢いがふたたび盛んになったとき、蓋寛饒のような人物は、「五帝(黄帝、堯、舜など中国古伝説の五人の聖帝)の時代には、天下は公のものであった(賢者でなければ天子になれなかった)」としきりに説いたために、みずからわざわいを招いてしまった。節操をまもり、正義の道に直進したといっても、時勢を見ず人情を顧みないとは、なんと向こうみずで愚直なことだろうか。
 最近、西洋の諸国は、それぞれ雄強を誇っている。文物が豊かで、学術が精巧、兵馬のつよい点では、フランス、イギリス、ドイツ、北アメリカが、もっとも代表的なものである。その政治の仕方は、ある国では君主を立てて大臣をおき、ある国では人民が共同して政治にあたる。体制はそれぞれ同じではないけれども、要するにみな、いわゆる国会というものをおいて、人望のある者を人民に選挙させている。租税や法律、海陸の軍政をはじめ、隣国との往来や交際にいたるまで、もっぱら衆議によって決定する。人民の意志を広く通じさせ、争乱を未然に防ぎとめることは、人情にしたがって政治を取りしきるものと言えないだろうか。
 『大学』には「物には本末がある」という文句がある。本をきわめなければ、どうして末を知ることができるだろうか。西洋諸国が政治の制度を定めたのも、本があったのである。ギリシア、ローマは高尚すぎるから別にするとして、フランス、イギリス、ドイツの三国についてみるなら、今から数十年または百年ほど前、モンテスキュー、ルソー、ロック、ベンサム、ライプニッツ、カントなど、いずれも卓越した人物が、きわめて広い知識と、スケールの大きい才能をそなえて、書物を書き、政治の根本を論じた。その理論はあくまで緻密であり、文章は実に美しい。世のなか全体が濁って、自分を知ってくれる者もなく、非難の声がごうごうと起こっても、彼らはすこしも屈することなく、古今いつの時代に適用しても、自分の考えは間違っていないと信じた。
 その後、すぐれた学者が多数あらわれ、相互にみがき合って、学問を教え政治を論じ、間もなく天下の人は争ってその風潮に従った。学者や紳士から下町の庶民にいたるまで、風俗を改め制度を変えることが、現代にとって必要であることを知って、一身を投げ出し、力をふるって、死をも恐れなかった。こうして従来の悪い風習を洗いおとし、古今のあいだに大きく一線を画することになった。
 このように観察すると、その根源として、モンテスキュー、ルソーなどの力が実に大きい。そして、後世がもっともルソーを推して第一級の人物とするのは、彼の主張の主旨が、人民にみずから修身治国させて、官(政府)の抑圧がないようにする点にあるからである。
 わが国は昔から代々聖天子が立たれ、大いに徳の政治が行なわれてきた。そして明治維新いらい、政治の仕方について広く西洋諸国を観察し、長所をとり短所をおぎない、文物はますます備わってきた。また、有識階級や庶民も、きそって自治をめざしている。そうだとすれば、ルソーなどの業績を説明し、それによって西洋の制度の源泉をつきとめることは、今日においてまさしく急務である。
 わたしは愚かで、世間については知らないけれども、横文字の書物については早くから心を入れて勉強し、いくらかものになった気がして、数年来、学生をあつめて教えてきた(仏学塾のこと)。最近、二、三のひとと相談して、ルソーが書いた『民約』(民主主義における最大の古典)をとりあげて訳出し、巻を追って印刷し、世に問いたいと思う。
 願うところは、ただ聖代の民としてふさわしくありたいと思うことだけである。やたらに異国の習俗を崇拝し、それによってわが国の篤実な人心を激発するようなことを、どうしてわたしがするだろうか。
   明治十五年秋九月
                                  中江篤介述
 
(『民約訳解』 中江兆民 より )

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