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子曰く、君子は重からざれば則ち威あらず。
学も則ち固からず、忠信を主とし、己に如かざる者を友とすることなかれ。
過つては則ち改むるに憚ることなかれ。
(『論語』 学而第一 より )
人の上に立つ者は言語動作が重々しくどっしりしてないと、威厳がなく、学ぶ所もまた堅固でない。常に忠信を失わぬようにし、己に及ばない者と交わってえらがるようなことがあってはならぬ。過ちがあったならば体面などを考えないで直ちに改めるがよい。
人の上に立つ者が、誠意を欠いたり、二枚舌を使ったり、くだらぬ人物を相手にして自分一人えらい者になりたがったり、体面を保とうとして過ちを取りつくろったりすることは、いつの世にも変りがないと見えるが・・・。
「学則不固」を「学べば則ち固ならず」と読んで、「博く事物の理を学べば固陋でなくなると解する説もある。
現代には、このような君子が全く見受けられない。残念なことだ。
霧山人
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悠塾の心得4
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子曰く、質、文に勝てば則ち野。文、質に勝てば則ち史。
文質彬彬として然る後に君子なり。
(『論語』 雍也第六 より )
孔子が言った。質(きじ)が文(かざり)より過ぎると田舎者のようになる。
文(かざり)が質(きじ)より過ぎると文書を掌(つかさど)る役人のようになる。
文(かざり)と質(きじ)とが平均して初めて人格の完成した君子となるのである。
子貢と顔回が融合して、相平均しているような人物が君子かもしれない。
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子曰く、君子は義以て質となし、礼以て之を行ひ、孫以て之を出し、信以て之
を成す。君子なるかな。
(『論語』 衛霊公第十五 より )
孔子はおっしゃった。君子は事を行うのに義をもって根本とする。義に従ってそのままに行えば角が立つから、礼(中庸や誠意も含む)に因ってこれを節制して過不及のないようにこれを行う。礼は譲ることを根本とするから、謙遜をもってこれを出す。少しの偽りもなく始めから終りまで信実の心をもってこれを成し遂げる。このようにするならば事を処置することに善を尽くすことができて、誠に成徳の君子の道である。
君子の道を説いたのである。
義を保つことも難しく、ましてや譲り合いの気持ちを持つことも難しい。しかし、そういうものは、実は簡単であり、利を争うことを止めればたやすいのである。無私無欲になることができれば、君子の道は簡単にきわめられるけれども、欲望をなくすことがそうたやすくないものである。欲望の世紀には、君子の道は得がたいものであるな。しかし、欲望を捨てない限り、景気はよくならないだろう。
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子曰く、君子は器ならず。
(『論語』 為政第二 より )
人格の完成した人は、器物がただ一つの用に立つだけで他に通用のできないようなものではない。
道具はただ一つの役に立つだけである。
船は車の代りに陸上を運転させることはできない。
車は船の代りに水上を進行することはできない。
君子は一能一芸を守らないことを述べたのである。
君子は広く事物の道理を究めて何事にも応じることができるのである。
君子とは、とても自由な人である。
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子曰く、君子は貞にして諒ならず。
(『論語』 衛霊公第十五 より )
君子は道理の正しいのを見て固く守るけれども、道理の是非を撰ばないでこれに執着することはない。
事に応ずる道を示したのである。
「適なく義と与に従ふ」(里仁篇)のが君子である。
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