|
明治になりましてからの書家には、往々そういうことを決めて書いているのが随分あります。これは幼稚な人から見れば、某の書は何十回書いてもちっとも違わないと感心しておりますが、それは感心することでなくして、むしろ笑ってよいことだと思うのであります。何十回、何百回同じ字を書いても少しも違わない字が書けるということは、造り癖が出来ている証拠で本当によいのではない。かといって、いたずらに違えようとする計画でなく、自由な気持と練習の結果、自ら百字が百字違って来るようにならなければならぬと思うのであります。そこで形に引っ掛かり、こうでなければならぬということになると、その心持は、すでに他所行きの作意ある心持となって、人に見せるための字になっている。自分で嗜みに字を書くにあらずして、人に見せるという見栄を切る不純な了簡があるために形に引っ掛かって来る。それが看板書きだとか、あるいはペンキ書きのように体裁のよい字を書いて飯にしようというような人は、夫々条件に註文があるのでありますから、勢い金になるとか、報酬を貰える書を書かなければならぬという立場上、仕方がないと思うのでありますが、そうでなく自分だけの嗜みで、また楽しみで書というものがなんとなく好きなために、上手な良い字を書いてみたいというふうに字に習うものならば、必ずしも形や体裁に引っ掛かる必要がない。それは自分だけが得心して行けばよいので、そういう考え方が本格的の意味において立派な字を生んでおるように思うのであります。結局、自分の字というものが生まれて来ないとおもしろくない。
相当な人物になると、たいてい誰それの字という一種の見識ある字が生まれて来るようでございます。
(『魯山人書論』 北大路魯山人 平野雅章編 より )
|
魯山人の書論
[ リスト | 詳細 ]
|
例えば、ここに大雅(池大雅)の書があります。これを習おうと思います場合に、どこからどこまでこの通りに書こうとしないでよろしい。ごらんの通り「花柳自」という字は続いておりますが、習います場合には、やはり、あの通りに続けなくては習ったことにならぬと思って、丁寧に続けて書くことを習うというような習字法が普通に行なわれておりますが、そういうことはどうでもよいことと思います。要はただ気持の点で、あそこを続けてみて気持が好い、あの続けたところに仮りによいところがあるとすれば、自分で書く場合に実際より太くなっても細くなっても、そういうことはどうでもよい。太くなるか細くなるか、続けるか続けないか、こういうことは初めから分らないとしてよい。書いて見なければどうなるか分らない。この大雅の書もはじめから、こういう点を決めて書いている訳ではないと思います。
(『魯山人書論』 北大路魯山人 平野雅章編 より )
|
|
要するに人物が出来ておらなければならぬ。人物が出来るというのはどういうことかと申しますと、人物が出来る修養をしなければいかぬということでありまして、今度は手習いでなく人物をつくる方が根本問題であって、これが一番書道の上にも肝要なことであります。書を習うということ、即人物をつくるということになるのであります。
しかし、なるほどと分ったからといって、すぐに人物を向上さすという訳には行かぬ。如何に習書上練達の人物が字を書いた所で、その人物(人間的価値)だけしかの字の価値はない。ところが人物が立派であれば、別に字を習わなくても相当能書的な字が書けるものです。例えば、東郷元帥(東郷平八郎)の如き、その書は書家から見て決して上手な書ではない。習われた書でもない。実にがむしゃらな字だと思いますが、それでも東郷元帥の見識で、下手上手ということでなしに、俺が書いたら良い字だというような調子で、あの人の個性そのままが出ておって、かえって愉快に生きているのであります。これはやはり人物が相当に出来ているから、ああいう釘折れのような字でも、ちゃんと見られるのであります。
要するに人物の値打ちだけしか字は書けるものではないのです。書けるというと語弊がありますが、字というものは人物価値以上に光らないものです。入神の技も、結局、人物以上には、決して光彩を放たぬものであると思います。ゆえにこのことを常に心掛けて置きまして、人物をつくる心掛けと手習いと両方致しましたならば、なんとか向上して行くものであろうと私は考えております。
それで、「形」、いわゆる書で申せば書体に捉われないこと、書体を余り有難がらないこと、最後に手習い致します心掛けとしては、手本通りを望まないこと、その通り似せて書こうとのみ考えないことが肝要であります。
(『魯山人書論』 北大路魯山人 平野雅章編 より )
|
|
技術的には、なんとしても練習をさかんに致すことであります。技巧の練達は、昔から申しております技神に入るということになるのでありまして、図らずも自分の予想以上の実力が練習の結果として生ずるのであります。自分の思いも寄らない結果が起こって来るのであります。ところが、これを簡単に申してみますと、技神に入るということは、誰しもいっておって、それでお互いが分っておるつもりでありますが、この技神に入るということは、一体どんなことかという点を、余り詳しく解かれておらぬようでありますが、これはとりもなおさず、精神的なことだと思うのであります。なるべく精神的に腕を働かすこと、理智的性能ばかりではない。この頃の言葉で申しますなら芸術的である。芸術というのは、理性のみの産物ではない。これは主として精神的なものであって、その人の個性とか、俗にいう魂とかいうものが、その作品の中に織り込まれて精神的なものになって来る。技術があるところまで練達しますと、技巧が自ら精神的になって来る。従って図らずも思いがけない結果を顕して来る。そこで初めてその書が自分の身についたということがいえるだろうと思うのであります。
かように猛練習をやりまして、盛んに書く結果、能書が生れて来るのであります。しかし、誰でも普通に猛練習をやっておったら、ある程度に入神するかと申しますと、ただ、これは習っておっただけではいかぬと思います。
名前を表わして相済まんと思いますが、明治年代の書家中林梧竹 という人は、毎日朝起きると五百字いつも手習いをするとかいう話を私は聞いておりました。ところがその結果はどうかと申しますと、今日から見ますと、一向感心した書ではないのであります。それでも今日名書家とかいわれている人々に比しては、狙いも調子もよし、筆の運びも秀れておりますが、もしそれを副島伯爵(副島種臣)の書と較べてみますと、副島伯は書家風の書を学んでおりながら、しかも、書家風には学んでいないところの自己流でもあるかの如き自由さがありまして、ちょうど梧竹翁は副島伯の書の贋物のように、また副島伯が名優であるといたしましたら、梧竹翁はその声色づかいのようなものでありまして、声色づかいでは幾らそれが上手でも結局は声色づかいで、永久に名優ではないのでありますから、全く価値がないのであります。しかし、今日においては、まだ一方に梧竹信者がおるようでありますが、これとても、段々と消えてなくなるものだと私は信じております。
では書道を根本的に理解して段々手習いしていけば、お前のいうように書が上手になるかというふうに詰問されると甚だ困るのでありますが、これにはまた生まれつきというのがありまして、俗にいう瓜の蔓には茄子はならぬと申しますように、瓜は瓜にちゃんと生まれついておるのですから、いまさら瓜に茄子がなるはずがないのであります。しかし、それは少しも恥ずかしいことではない。自分は自分だけの天分を守って、自分に安んじて可なるものだろうと思うのであります。
(『魯山人書論』 北大路魯山人 平野雅章編 より )
|
|
書も習うということになりますと、とかく他所行きの姿になりやすい、いわゆる気張って書く。なんのために気張るのかというと、そこまでは考えないで、なんだか知らぬで気張って書こうという了簡が起こるのであります。これが手紙やなにかを書きますと、そう考える余裕や閑がないので、すらすらと大概の人は書きます。結果から見ると、大抵の人は手紙なら生きた字を書くが、あらたまったものを書くときには、うんと技量が低下して字が死ぬ。いわゆる匠気(芸術家なんかが大衆をあっと言わせることをねらってする工夫や自己顕示欲)というものが出て来る。別に金を取る匠人でなくても匠気というものが生じるのです。つまり、虚栄とか虚飾とかいうものが自然と生じて来る。そういう場合は体裁よくは書けますが、その体裁がよいというのがかえって悪い結果を招いておるのであります。
手紙を書いたときの方が実に上手で、今度、体裁張って如何にも格好よく書いたときは、かえってそれが悪い死作になっておるのであります。そういたしますと、体裁のよい字というのは、これは別に必ずしもよいのじゃないということになるのであります。要するに、それは書道趣味者の眼を喜ばせるだけであって、自分が心に顧みたときには、なんだか心苦しさがあって、良心に咎めるものが残る。また識者から見たときには、誤ってつまらない点に力を入れて気張っておるものだ、というように思われるのであります。それこそ骨折り損でつまらないのであります。
そこで形をよくして、内容を尊く、よくするということになりますと、申し分ないのであります。では一体どうしたらよいかといいますと、それには書の概念知識というものを根本的に進め、他方手腕の猛練習をやるより外に仕方がありません。練習が足りませんと、筆が自由に運びませんから、勢い不自由な造り字になってしまう。従って思うように練達的な線が引けない。それについても、初めから計画して線を引いたり、点を打ったりして書くということは、根本的にまちがいだと思います。
初歩的未熟だから、習書の心掛けで計画して書くということは仕方がありませんが、最初から一点一画を計画するため不自然になり、自由に筆が運ばない。そのために、不自然な線を書き、不自然な点を打つことはまま見る実例であります。改まると手紙を書いたときのように自由な線にならない。改まっては、無意識に気張る。つまらない見当ちがいな方面に力瘤を入れるために、不自然な線ができて、識者から認められないというような結果を招く実例は、習書家に見る常態であります。
(『魯山人書論』 北大路魯山人 平野雅章編 より )
|



