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モロヘイヤ・あさつき・水菜・レタス・じゃがいもの苗が大きくなりました。
一家族分しかありません。武家のたしなみ(笑)でしょうか?
春先にはなくなるものや勝手に出て来るものや年中そこに生えているのや
ら、それぞれに生きている。
本当に、気ままな連中である。
ときどき身体を分けてもらって、食料にさせてもらっている。
動物というものは、身勝手な生き物だなぁ。
どうせ種子をのこしさえすれば、また自然と生えてくる。
お金がかからない究極の節約である。
田舎でよかった。
しかし、俗世間は実に騒がしくなってしまったよ。
数字でつくられた限界に挑戦して、追いかけられてしまってね。
そんな世界とは無縁の吾輩は、自分で厄介事をこしらえて、騒いでいる人々
を尻目に悠々と生きている。
住む世界が違うんだなぁ。
霧山人
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植物の生育
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苗を植えたとき(四月下旬)のチコリ
現在(11月初旬)のチコリ
梅雨の時期、雨にやられてただれていたチコリだったがようやく回復し、夏の
暑さにも耐え、最近の寒さにも耐え、丈夫な身体になりました。霜が心配だけど
も、レタスみたいな葉っぱなので、大丈夫だと思う。
本来、暗室で軟白栽培した円錐形の結球した芽を食用にする。早く種子を採
取したいものだ。君しかいないから、枯れないでくれたまえ。
やっぱり二、三年待たないと駄目かな・・・。
本当に植物とのつきあいは暇がかかる。
霧山人
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ブロッコリー、春菊、らっきょうの苗が育っている。
頭の中のゴミのような雑念を忘れさせてくれる。
最近、目に見える形で成長をみせてくれる。
頭の中で浮んでくる言葉たちは、なかなか芽を出してくれない。
野菜たちは、だいたい成果を出してくれるものだ。
人生の進展がなくても、野菜たちにその期待を寄せる。
まあ、いいじゃないか。
人生がうまくいかなくても。今は・・・。
そのような暢気な心で生きていくのも幸せの一つだ。
寒く厳しい時代にしか、実りを得られない作物もある。
そういうふうに、思うこの頃である。
霧山人 |
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イタリアンパセリの三年目は去年の秋に芽が出たものだ。いや、春先に出た
ものだろうか。まあ、いいや。そんな細かいことは、専門家にまかせておけ。
今年は、秋には芽がでてこないな・・・。
イタリアンパセリは、気候があったのか、単に生命力が強いのか、残ってい
る。ラベンダーやバジルなんかは、残らなかった。不思議なものだ。
ふるさとしか認めない頑固者が西洋にもいるようだ。
しかし、死に絶えてしまっているのは悲しい・・・。
生き残れるのは、適応力の強いもので、攘夷者ではないのだろう。
その何かを見つけることができればいいのだが・・・。
草は枯れて、種子になることによって、春夏秋冬と生存競争しなくてもいいよ
うに、住み分けている。とても道理に則った生命であるなぁ。
農業になると、間引きをするから、生存競争が見えてしまうけど・・・。
自然の営みに適うことが一番であるよ。
霧山人
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ホウレン草、セロリ、パセリの苗を植えた。
なかなか大きくならない。そうやって、油断した頃に大きくなっている。
野菜を育てるのは、大らかでないとできない。せっかちにはできない。
物事は、そういうふうに少しづつ少しづつおおきくなるものだ。
あせらず、腐らず、ゆっくりと進んで行くしなかない。
無理をすれば、長くは続かないものだ。
楽々と清く貧しくやっているうちに、運が向いてくるだろう。
霧山人 |



