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日本人の大和魂は、日本人自身に誤解されています。大和魂、と聞いて、まっさきに思い出すのは、吉田松陰でしょうが、彼は山鹿素行の兵学を学んでいました。吉田家は山鹿流兵学師範の家柄でした。乃木将軍も素行に心酔していました。そのように、古武士の意識というものを素行に見出していたのでしょう。素行は、赤穂事件・忠臣蔵が起きる以前に、浅野家に仕えて赤穂藩と関係があったという経歴もあります。やがて、素行の兵学というものは一人歩きするようになり、戦術となっていきました。それを強力に引き継いだのが吉田松陰でした。そのような戦術を研究していれば、幕府の側からいえば、目をつけられてもおかしくありません。その松陰塾の門下が長州閥として、明治維新で活躍するわけですが、一方、その陰を引きずったことも否定できません。忠臣というものが、忠君愛国思想へと入れ替わり、武士道が強調されました。(「忠君」の前は「孝行」が重要視されていたのですが。)そのように、明治の終わりから大正にかけての国民道徳論となりました。長州の奇兵隊にいた山県有朋は、農民などの武士以外の人々を兵隊にすることで大いに成功しました。これが、いつの間にか、日本人全体を武士化するように働いていきました。これが日本の軍国主義の正体です。素行の聖学自体は非常に実用的なんですが、世の中の混乱で、誤解が誤解を招いています。国家主義の祖形は荻生徂徠という人だといわれています。相当、話がそれてきました。元に戻します。大和魂は、その文字のとおりです。団結力をさします。個人主義になって、どのようにその大和魂をとりもどすのかといいますと、個々の共通認識ということからはじめたらよいと思います。それぞれの個性が尊重されれば、その共通認識のうえで、高度な団結力を生み出します。一見、ばらばらに動いているようでも、結果的には複合体のようなはたらきをおこなっている。ここに明治維新の精神があります。福沢諭吉や勝海舟にはその精神が見出されます。薩長同盟や江戸城無血開城なんかには、武士道の精神は皆目見当たりません。むしろ、純粋な大和魂が見出せます。大和魂に武士道がすりかわっていったことが過ちでした。大和魂はもっと平和的なものです。 |
道徳
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この神々は、思想だと思います。神という字は、示偏に申すと書きますが、指し示し申すことのできる、つまり意志のあるものをいうのではないかと思います。自分より優れたものを神と呼ぶ。それが八百万もおられるとなる。もし、当時の人口が八百万ほどであったらと、想像して下さい。そうしたら、それぞれの個々が神々ということになります。つまり、どういうことかというと、尊重しあう平等な社会ということになります。このとき、理念として、民主主義的な考え方が存在することになります。つまり、建国の精神として、民主主義的な考え方があったのではないでしょうか。天孫族は、国津神を帰属させるとき、大国主命を盛大にまつることで、その権利を得ますが、このことの困難さは、後々まで引きずっています。また、神武天皇が日向の美々津から出港する前に、都農というところに大国主命をまつった社をつくって、参拝しています。この都農神社が日向一の宮です。宮崎神宮は阿蘇の神様(神武天皇の孫)がつくったとされています。大国主命をまつった神社が一の宮ということは、かなり国津神の人々を尊重していたことになります。大国主命の理念みたいなものを引き継ぐことで、初代天皇と呼ばれるまでになったのでしょう。だから、今でも出雲大社を天孫族は仰ぎ続けるのです |
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何かの本で、明治時代の庶民のつぶやきを見たことがありますけれど、犯罪が多発するようになったのは、明治になってからのようです。 |
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江戸時代の日本で、飢饉があった時期には、すでに道徳の衰退が起っていました。 |
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最近、淘汰の反対語が道徳だと感じるようになりました。淘汰というものは、弱肉強食により、生死が決められるという自然によって、行われます。ダーウィニズムで、表に噴出してしまったものです。原始時代、まだ、道徳がなかった時代に、人々は自然の摂理に怯えて暮らしていたと思います。だから、その摂理に従うままに、生贄を差し出していたのです。自分たち全体が淘汰されないように…。しかし、ある人々は、この自然の摂理に従わなくてもよい法則を発明しました。これが道徳だと思います。老人は孝の原則で、息子に守ってもらえますし、仁という原則で互いが淘汰されないように思いやることを考えました。そして、自然の摂理があるにもかかわらず、道徳の原則にしたがって行動することによって、種全体の自然淘汰から抜け出すことに成功したのです。そして、大きな社会を築くことができるようになって、やがて文明が発達したのです。ダーウィニズムのせいで、自然淘汰が明るみに出て、道徳が廃れたとき、世界がどうなったかというと、戦争になりました。つまり、道徳が人類の自然淘汰を防いでいたのですね。 |




