平成17年4月6日から平成23年9月6日までのブログ

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冬月研究所

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景気回復へ7 古城啓介

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冬月は、北朝鮮について考え始める。北朝鮮といえば、高句麗かと頷くのだった。北朝鮮の人々とは、まだ感覚として、近代というものを知らないで、むしろ高句麗という昔の歴史観の方が強いであろうと推測した。だから、金正男氏は難ともなしにディズニーランドに行こうとしてしまった。国境や主権国家という考え方が未熟であったのだ。だが、やっと、北朝鮮は自分たちの周りの世界が、自分たちの世界観と異なるものになっているということに気付くのだった。近代化したら生活が良くなると気付いたとき、心をひらこうとする。昔の日本人がそうだったように。
それと同じように、最近まで中世以前を貫こうとしてきた国があった。今、復興が進んでいるアフガニスタンであった。タリバン政権は、日本でいえば江戸時代を続けようとした連中であった。先進国という人々は、近代化がされていることを当然と考えているみたいだが、依然として中世以前を保持しようとしている者たちもいたのだった。そもそも、近代とか中世とか、欧米的な発想に過ぎないので、その選択は自由なのであった。ただ、近代化した方が生存には適してくる。
イラクという国家は、メソポタミア文明を抱えており、そのプライドがアメリカに対して、その影響下に置かれることを好まないのだろう。その心境を察しなければ、いつまでも敵対関係は終わらないだろう。つまり、押し付けがましい、おせっかいの民主主義という名の宣教師では、変えられない思想があることに気付かねばならなかった。パレスチナ問題にしても、歴史という鎖につながれた思想がつくりあげた心理というものを理解しなければ解決は進まない。先祖が果たせなかった歴史を踏まえた議論ということなしに、世界の問題に接近をすることができないのだ。その民族の歴史を知るということは、その民族の存在を知ることであるからして、重要である。
そのことを忘れていたアメリカは、超大国になった時点で謙虚さと気配りを失っていた。その結末が、あの同時多発テロによる世界貿易センターの崩壊であった。ワールドという言葉がアメリカ中心主義自身となっていたことが破壊されていた。途上国による「世界は俺たちも含まれているのだ」との叫びのようでもあった。独尊を続けたアメリカが地球という視野に、目を覚まさせる出来事が起きていた。
何度見ても、あのビルに飛行機が突入する姿は信じられない。あの飛行機が存在し、あのビルが存在していた時間は、全く変わらない平穏が続いていたはずだった。しかし、ビルが炎上し、上から下まで轟音とともに崩れ落ちると同時に、人々の平穏も理性も崩れ落ちていた。今までのアメリカ人の思想が強烈に批判されたような衝撃が現れていた。だが、自我の強いアメリカはあごにパンチを突然くらって、意識が遠退いてきても、報復攻撃をおこなっていく。人間は強烈な批判に対しては強硬な姿勢を現すものである。やはり、アメリカもイラクも同じ人類なのだなと冬月の心が唱えていた。
日本が近代化を推進し、成功したのは、欧米諸国が強引に近代化を勧めなかったからだろう。だが、歴史が進むと共に、東洋と西洋の価値観の違いにぶつかり始めるのだった。それと同じ価値観の違いが戦争の引き金になりつづける人間の歴史がある。だが、この価値観の多様性が認められれば、地球という世界は一つになれるほど、時代は進んでいた。
ビン・ラディンという人物は、すでに★になっているであろうが、スーダンにいるときは、独自の組織と思想で発展をさせようとしていたようだ。だが、スーダンを追放されて、アメリカを敵と見なしたことが、歴史の過ちとなっていく。両者が理解不能に陥ったとき、敵対関係になっていくという負の連鎖が生まれた。そこでは、もとより対話という手段が重要であった。自分が持っている世界観と異なるものが存在する時、それを融和させるか、破壊するかという選択がある。日本人は融和させることを得意とする民族であるようだ。だが、砂漠の民族は、融和を苦手とし、破壊するという思考に走っていく。
その考え方を変えるためには、緑の木々を増やすことが重要である。生か死かしか存在しない砂漠では思考が破壊に向かいやすい。生存の選択肢の多い森をつくればよいのだ…。報復の連鎖を取り止めた例が、戦後の日本人でもあった…。小泉首相は広島原爆記念日、終戦記念日から別人になった。これが訪朝へのきっかけかもしれない…。深夜遅くまで、冬月は世界のことを考え続けるのだった。
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やがて、慎二は「日本の底辺から景気を支え踏ん張る会」の声明文を考える時間もなく、仕事に追われることになる。現実というものは、思った以上に過去の放蕩ぶりが大きく、複雑で仕事量が多く、どうしようもないものに思われるのだった。しかも、現実では前世代に創り上げられて蓄積した仕事にすがりつき、カネだけを稼ぐことが仕事となっている現役世代の憐れな現実の姿に直面していた。彼らは、なぜ仕事をしなければならないかという点で忘却していた。その忘却が、社会の秩序にまで影響を与えていた。
残業をしなければならないのは、過去の清算に追われる犠牲である。毎日毎日を着実に怠らず、仕事をこなしてきていたならば、無駄な残業などは行わずに済んでいるはずだった。だが、まずはゼロに戻すことからが始まりなのである。それと、少しずつでもいいから改善していくという気持ちを忘れないことも大事であった。会社の従業員の心理が隠蔽、偽証、怠慢に覆われていた。これが一般的な日本企業の姿であるとは、どうしても思いたくなかった。仕事の全体像を把握していないがため、自分の会社の社会的役割というものが欠如しており、自己中心的な人達は互いに仕事を邪魔して、足の引っ張り合いをしているのだった。
九州南部の景気はマイナスなれど、改善の兆しが見え始めていた。慎二のような真面目な社員が受け入れられる会社が増えてきたのだ。これまでは、真面目な人間より、要領の良い人間が得をする社会であったのだ。その要領の良さが仕事に穴を開け続けていった。その後、彼らがみんな辞めていき、その穴を、新しく入った、至って真面目な連中が埋めさせられる破目になっていた。この欠失を埋める作業は困難ではあるが、楽しく感じられている慎二であった。
ついでに、株価が二十年前の水準まで下がっていった。慎二は当たり前のときの株価にやっと戻ったのだと安心していた。つまり、現役世代が自分たちの手で株価が上がるような仕事をしていこうという目標ができてきたのである。今までは親の世代の労力が創り上げた株価の高水準であったのだ。我々がそれに甘えていただけであった。株価が4万円近くまで上がったのは、世紀末現象にしか過ぎない。株というシステムの本質を見つめ直す絶好の機会である。二十一世紀にふさわしい物亊を作り、売り出す、そのような会社を育て、応援する。それが投資家の真の姿であった。その投資家の期待に応えるのが、企業の心というものである。企業が向上心を失い、カネに腐心する。投資家も役割を忘れ、カネに腐心する。そのツケが慎二に残業という名の苛立ちを与えていた。
慎二はこのように考える事にしていた。
「これから、自分たちの会社を建ち上げていくのだ。それは決して前世代の責任ではない。我々がみんな、創業者なのだ。」
そのような言葉を胸に黙黙と仕事をこなしていく事しか道はないのだった。
現実は厳しいが、その道を行きさえすれば、道が必ず開けているということだけは確信していた。そのようなことを、何度も教えてくれたのが自然であった。人間は苦難を超える度に成長する。人間の気力というものが、大きくなるのだった。慎二が古武術の修行に熱心であった頃、そういうことを学んでいた。どんなに高い山であったとしても、頂上に辿り着くし、どんなに遠いところでも、徒歩でも行く事ができる。さらに、過去の人間が成し遂げたものであっても、現在の人間が成し遂げたものではないということが多い。その癖、現代人は自分ではやってもみないのに、すでに自分が成し遂げたような錯覚にみんな陥っているのだ。自分自身は成長していないのに、社会は進歩したと思い込んでいた。まさに、バーチャルリアルな世界にだけ住んでいるのであった。もっと、現実に挑まなければならない。
発展途上国の現状というものを、テレビや新聞で見聞きされるが、それは日本の田舎の問題と何ら変わらない問題であった。それなのに、なぜ、外国の問題ばかりをクローズアップさせたがるのかの本質が見当たらなかった。だが、根本問題の共通点というものが浮かび上がってくる。貧富の差の問題は、先進国内の問題でもあった。そのことに、目をむけられないから、この貧富の差の問題にはメスが入っていかないのだろう。慎二は、先進国というものに、裏付けがなくなってきている事実に気が付いていた。その先進国という価値を崩すのは、環境問題である。超大国アメリカが嫌がられるのは、そのパワーとインテリジェンスを背景に、カネで価値観を縛ってしまおうとするからである。そのことを先進国は模倣していた。
環境問題という文明社会と同等な価値を持つものが現れた時点で、先進的意識は破壊されてくる。それが直接、株価にも影響を与えるのは必至である。だが、文明によって形成された社会が人間の生存を支える手段として成立し続けるならば、経済というものは廻り続けるのである。だが、それが廻って行かないということは、どこかに社会的欠陥があるということを暗示しているのだ。先進=文明の構図が耐え切れない世紀に突入している。
カネで廻って行くカネ社会の範疇にない、人間社会の全容を把握しなければなるまい。文化、伝統、精神性、環境において、日本は努力しなおさねばならない。社会という人間同士が互いに支えあって生きている現実を取り戻さねばならない。自分だけでは生きていくことはできないということを知らねばならないのだ。絶対に無理であるのだ。自分中心で生きて行こうとする事は、無理なのだ。カネを幾ら積み上げられようとも、無理なものは無理なのだ。なぜなら、みんなが助け合いながら生きているに過ぎない社会であるからだ。そういう社会を崩したから、こういう有様になった。
 

景気回復へ6 古城啓介

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地球という大きなものを抱え込むと、身近なものが進まなくなるものである。これは慎二、改め冬月の状況であった。それと同時に、日本という国も、グローバル化という世界を相手に攻めあぐねていた。だが、冬月は大学を卒業してから社会を考え続けて、環境への取組みこそがこの大きな問題解決の糸口となる予感がしていた。自分の部屋の掃除をすれば、気分が爽快になって、仕事がはかどる。そのように、環境を整えることが求められていた。
それから、冬月は数年にわたって、新聞社に読まれているかもわからない投書を送りつづけていた。環境問題から政治に関しての叱咤激励を送りつづけた。教育に対しての提案や経済に対しての思案を書きつづけた。環境対策が日本経済を立て直す原動力であるというのが自論であった。やっと、これからその思いが通じるようになってきた。環境開発サミットが開催されるということは、「世界はひとつ」ということへの第一歩であった。この世界不況というものは、その現実を逃避しようと続けてきた顛末である。
三年前、日本の政治の有様が機能していない事に気付いた当時、冬月は政治に対して果敢にも批判し続けていた。実に当たり前のことばかり書いているつもりだったが、何故か書きづらいことばかりになっていた。だが、同時多発テロ事件以降、変化が起こってきた。アメリカが大打撃を被ってしまい、日本はアメリカ追従だけでは危うげないと気付くことになっていた。この忌日が二十一世紀の転換点になってしまった。日本はワイドショー政治を楯に、ひそかに変革の力を蓄え始めていた。日本が自分の内部から変革を始めたのである。
この変革は、国民にとっては大した利益はもたらさないかもしれないが、地球にはかなりの影響を与える。国民は国家に頼る事なく、自由に自立した生活を覚悟しなければならなくなっていく。だが、国としての最低限の保障というものは保ち続けられる。この保障を基にでも、仕事の精度を引き上げ、日本経済を再建するしか道はないのだ。もはや、日本経済には王道を行くしか道はなく、その他のうまい話はないものと心得なければならない。
慎二は、仕事場でも、そのように思いながら、その日その日の仕事を残さずに、平らげていった。毎日が肩のこる日々が続く。ましてや、品質管理部の課長が退職してからというもの、その重圧が圧し掛かってくるのであった。だが、慎二はマイペースを崩す事なく、とにかく積み上げる事だけに専念していた。周りに変革がおこるように、毎日の仕事を続けるしか考えつかなかった。継続は力なり、その力が周りをジワジワと制し始める。つまらない毎日を過ごしてきた同僚や上司は、やはり、そのつまらない仕事の中に何か不思議な魅力が潜んでいる事に気が付き始めていた。今までの嫌で、嫌で、たまらなかった仕事たちが面白い別の次元の出来事に見え始める。
新しく主任になった久保田氏は、困惑しながらも問題に右往左往していた。そんな姿を見た慎二は、なんだかいらいらしてきた。できるだけ、サポートして順調なレールに乗せようと、地道に努力してきた慎二は叫んでいた。
「前向きに行きましょうよ。」
その後から、何だか部内の雰囲気が変わり始めていた。ゴタゴタが少なくなり、邪魔をする人がよりつかなくなっていた。先輩二人の家庭で病人が出たりして、悪い膿が出始めてきた。今まで仕事の話などをあまりしたがらない雰囲気から、仕事の話を熱心に行う空気に変わり始めていた。景気の悪い会社というものは、社員がお互いに足を引っ張りあって仕事がはかどらないでいるものである。だが、その足の引っ張り合いを無視して、仕事を続けていくと、周囲はその引っ張りあいを無駄だということに気付き、あきらめて、仕事をするようになるのだ。ここには、精神の強さが要求された。だが、慎二の集中力は相当なものであった。二時間、三時間は、周りに気付くことがなかった。みんな、何がそんなに熱中できる事なのかと不思議に思い始めたら、勝利が近づいている。
もう、この会社は大丈夫であろうと、慎二は安心していた。慎二は書斎に戻ると、冬月の姿に変貌していた。会社で抑えられていた自我を自由にするために、文筆活動を始めるのであった。ストレス発散である。上司という作られた階級に従い、仕事を円滑に進めさせるためには、人のやりたがらないことをしなければならない。その嫌な仕事を誰がやるかという問題で、仕事自体の能率が遅くなる。そこで、そのようなことを喜んで進んでやるということが、慎二のような新人の務めであった。
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誰でも家に帰ると、仕事のことは忘れたいものである。そこで、冬月は歴史や世界に目を向けて見る。日本の歴史を調べていると、中国や朝鮮を無視する事ができないことに気付いた。中国大陸で国家が滅ぶと、その亡国の民が大量にやってくる。その大量の亡民こそが、日本を変えつづけたのだった。いわゆる、縄文文化と弥生文化という変遷も、亡国の民の到来を示唆している。この時期こそ、重要な時期であり、西洋文明以前の東洋文明の到来が始まるのである。
日本人の成立を考えるために、言語つまり日本語のことを考えるのが必要であった。日本語というものは、アルタイ語族の一派と呼ばれているが、その類縁言語が見当たらない不思議な言語とされていたようだ。近隣の韓国語が近いとされながら、そうでもないというのが定説である。日本語の中には方言があるが、宮崎弁の中に韓国語に類似する言葉が残ることに気付いているのだった。宮崎弁のイントネーションが韓国語に何気なく似ている。小丸川中流にある、百済の王族を祀る神門神社があることからも、何らかの関係が韓国とあったことを推測させていた。近くの耳川の河口にある美々津は、神武東征の出発地点であることも忘れられなかった。
韓国語と日本語の違いを考えると、明治日本語の成立を除かなければならないが、置いておくとして、やはり昔の朝鮮半島情勢を考慮しなければならないと、冬月は考え始めた。弥生中期辺りの朝鮮半島は、新羅や百済、加羅、高句麗の建国神話のラッシュ時期であった。この建国ラッシュは前漢の衰退と無関係ではないだろうが、それよりも興味深いのが駕洛国の建国神話である。駕洛国は、加羅、狗邪韓国とも書かれ、伽邪ともいわれる。日本では、任那と呼んでいた。その国であるが、国と行っても、ムラ程度であり、そのムラムラが盟約を結び合っていたのだった。
その駕洛国の初代首露王に嫁がいないとき、それを聞きつけた南天竺国または阿踰陀国の王と皇后が自分の娘に嫁になるように勧めたそうだ。そこで、その娘は舟一杯の財宝珍物を携えてやって来て、結婚した。その妃の名は、許黄玉といった。このような説話があった。ここで出てくる南天竺国とは南インドをさし、阿踰陀国とはアユタ国を指している。つまり、インドから中国を経由して、朝鮮南部までやってきたこの部族の存在が伝えられていたのだった。冬月はこの重要な事件と結びつく、日本語の成立の要因にインド・ドラヴィダ語族のタミル語が関連してくるという書物に心を踊らしていた。
この問題を考えることは、日本神話の天孫降臨に深く関わってくる。天皇は何処からきたのかの謎が近づいてきた。その確証を語るには時間がかかるに違いないが、古事記から読み取れる話でも、インドっぽい沐浴(禊)の風習があることからも近づきつつあった。霧島神宮などの彫刻にゾウが彫ってあったりする謎も解けそうである。駕洛国初代首路王が満州あたりの夫余族の出自であれば、父系の北方種族、母系の南方種族の融和が朝鮮南部でおこなわれた可能性が認められるのだ。北部九州の遺跡の中に南インドの類似物が出土している事実もあった。
この王族の一部が日本にやってきたということに、天孫降臨の予感がするが、国譲りの件なども踏まえて考えなければ、まとまりがつかないので後日に廻すことにした。日本神話の観点からこの問題は推測していかねばなるまいと冬月は思っていた。二千年という時間が事実をより複雑にしていく。まあ、単純にいえば、日本語は支配者層のアルタイ語族と被支配者層の南方種族との融和から成り立つ。当時、支配者層は文法までは民に影響を及ぼせたが、様々な単語まではすべてに影響を及ぼすまでは至らなかったのだろう。
                                  つづく

景気回復へ5 古城啓介


盆休みに入ると、慎二は「日本の底辺から景気を支え踏ん張る会」の声明を出すために思案しはじめていた。何かをしようとして、満ちている社会に対して、ヒントを提示するためであった。
再び、ノートを取り出した。そのノートの空白に書きしたためる。
一番上に、「人間が生きる」と書き始められる。その次に、「それを肯定する社会システムではない」と続く。「不況が続いていく」「生命力の減衰」と挙げられている。人間が文明によって、自身の生命力を弱体化させたため、人類は窮地を突破させる力がなくなってしまったと考えていた。
「カネをとってきて、賄うためだけの仕事」という文章には、現状を改良せずに、黙黙と与えられた仕事しか行えない人間の姿が込められていた。仕事をすることによって、人間の住みよい社会環境に変えていくという目的が失われている生き方がここにある。
「自己決定力の不在」と書かれた後に、「過去にすがる精神の弱さ」とあった。未だに、老人にすがろうとする壮年層の頼りなさが浮き彫りにされていた。そこには、まだ、自分の守られた生活から自活できない大人の姿が描写されているようだった。そこには、「超えることのできない壁」が立ち塞がり、それを「自分で切り開こうとしない」市民の心境が淀んでいる。
そこには、「新たに創造する力がない」のだろうか。「他力本願では駄目」で、「和を貴しとするだけでは駄目」であり、「善を行おうとしているだけでは駄目」でもあった。「自分たちの社会は自分たちでつくらねばならない」。実は自分たちでつくっていることに気付くべきだ。
周りからは、セミの鳴き声が響き渡っているが、慎二の耳には頑として受け入れてはいなかった。一行が開けられると、どんな社会がふさわしいかという問いに対し、「過度に身を損ねることなしに、能力を発揮し、報酬を得られる社会」と答えられる。この底打ちの状態は、「現状をはじきかえすことのできるパワーの蓄積」と表現されていた。
今の日本の政治状況に対して、「『政治家の腐敗こそが政治の最重要問題』という認識の消滅」とされていた。これで、国民の視点は、「日本官僚の独裁主義の行方」だけを注視することができるようになってきたと記していく。
再び、どんな社会になって欲しいかを考えて、「おだやかな生活を行える日本社会の創造」と「過去の日本人の偉業に頼り切ってはいけない。」と忠告していた。「家庭内の男女の分業は楽であった」と思いつき、「決して政治的決定された内容は説明され尽くしていない」と走り書きされている。
休日というものをこのような思索活動に費やすことが、慎二の趣味である。コーヒーを飲み干し、「国をつくっているのは人々だ」とノートに綴ると、「日本の国益となるのは、市民の利益となること、すなわち、民主主義が実現されることである」という、当たり前なはずなのに、偽りのリアリティに騙されている言葉を確認していた。
「生産者や金融機関に有利なだけでなく、きちんと一般の消費者の生活が改善されなければならない」と発して、空白の中に、ポツリと「政治的説明責任の中枢の不在」と曖昧さを暴露していた。その直下に、大きな文字によって、「人間には現状を打破する力を必ず有しておるのだ」と確信する意志を存在させた。
なぜ、経済という数字による困難を解決できないでいるのかという疑問に対して、頭をひねり始める。経済は所詮、過去の人間が創り出した約束事を忠実に守りつづけている不完全さがもたらした融通の効かないシステムなのではないかと思う。数字であるから、プラスとマイナスがあるのは当然であるから、そのプラス・マイナスを絶対的な価値にしている事がそもそもの間違いではないのかと考える。「生きる」ということを考えると、数字はマイナスであっても、「死ね」ということには事実上、なっていないことに希望を見出した。アメリカにしろ、日本にしろ、滅亡はしていないという事実が、数字にこだわる必要の無意味さを暴いているように感じた。
そこで慎二は、次のように書き記す事になる。
「やろうと思えば、世界各国の赤字をゼロに戻すことも可能である。」
「人類存続の名において」
「世界的合意において」
人間の生命力が高まって、あらゆる困難や問題を跳ね返すことができれば、数字を超える事がきっとできるのだ。慎二は、二杯目のコーヒーを注ぎながら、思考を練り続ける。
「経済危機を回避する方法が不可能であった過去においては、戦争だけが、すべてをリセットするための手段であった」という事実を踏まえて、創り上げられた理論として、「それならば、それに対する世界平和ということが、リセットするための手段になり得るはずだ」と結論した。
世界平和という大きなことは、世界の首脳陣にまかせるとしても、身近な我々の社会においては、どのように心がけていかねばならないかをやはり考えなければならないようだ。
「人生をよくするためには、決してカネをたくさんかせげばよいというわけではない。まず、社会を構成する人間関係のあり方を構築して、それぞれの生活が安心して送られる社会にしなければならない。つまり、人間の生命力を高めるためのシステムが必要である。」
そのようにまとめたのは、何よりも人間の生活を優先しなければならないからである。この社会は、カネを増やす事を優先する社会で止まっていた。
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まだ、景気回復という予兆ともいえる感覚が見られない。そこで、再び、「日本の底辺から景気を支え踏ん張る会」の活動としての声明を発表することにした。次の声明では、関西支部のボブの意見を取り込もうと思い、電話をかけた。
「お客様のおかけになった番号は、現在使われておりません。…」
逃げられたか…。億の借金持つ男、ボブは一発逆転を考えて、京大の大学院の研究生として潜り込んでいた。親父の鉄鋼会社が経営不振で、銀行に生き長らえさせられ続けている状態であった。慎二と出会った時期、ボブは危機を打開するために、使命を背負い大学に入学するも、プレッシャーに敗れ、酒と女とノイローゼの時代を過ぎていた。その後、心機一転して、京大に入学していたのだった。だが、とうとう消息不明になってしまった。
慎二の心に不安がよぎったが、これこそ、不況の原因のような気がしていた。関西人は人間不信に陥っているようだ。カネを追い求めすぎて、大切な人間関係のあり方を喪失してしまっている。また、京都などの貴族文化が人々の求心力を失い、それに依存していた人々が生きる力すら失ってしまった。ボブは人間関係を大切にすることが、ついにできなかった。これでは景気が循環する足下を崩壊させていったに等しい。
慎二は、東京のハマにメールを送る。
「ボブが音信不通になった。」
すると、返事が返ってきた。
「今、大阪に来てみたが、ボブに電話がつながらなかった。」
「・・・。」
この先、「日本の底辺から景気を支え踏ん張る会」はどうなってしまうのか。だが、それでも、この会の目的を推進しなければならない。ハマにメールを送る。
「我々に敗北はない。あきらめたときが敗北だからだ。」
「そのとおりだ。日本を支えていくのは、我々、第二次ベビーブーム世代だ。」
そうして、慎二は第二の声明の草稿を準備し始めた。
「少子化が進んだといえども、我々が砦であるのだ。古き時代と新しき時代の境界に生まれ、受験戦争と超就職氷河期、バブル崩壊を経験してきた最悪の世代は、いまだに長く冷たい時代を生きている。就職をしたとしても、長引く不況の影響で給料の増加を期待するにも野暮とされる。そんな中、立ち上がるべく我ら二名は、この日本が沈む事を阻止せんがために、生まれながらの不遇に耐えていく。若年共のカネだけの精神が、この国を蝕んでいく。この国の歴史、風土、人情をまもり、創り上げていくためには何が必要であろうかを我々は考えなくてはならない。カネによって、この国を滅ぼさないために成さねば成らぬ。人間関係を円滑にして、よりよい社会に創りかえるのだ。さもなければ、一生後悔することになろう。」
まだまだ、気持ちの移入が十分ではない。神仏にすがってでも、耐え続けねばならないようだ。すべてのものは、意味のないことだ。自分という存在も無意味なものだ。だからこそ、すべての観念を捨て去らねばならない。特に、カネへの執着を断ち切るべし。それから、自分たちの社会の理想像を思いえがくのがよい。そのような社会の人間関係を、満喫できる社会に必要なものは何か。仏教、儒教の教えでもよい。道徳であってもよい。それらが必要である理由をはっきりさせて、普及させれば、文明以前でも成立していた社会の謎を解き明かす事ができる。それらが失われて、社会がどのようになってしまったのか。
貧困の中でも、有意義に暮らせていた時代の智恵を、現在では多く失ってしまった。このカネで豊かな時代に必要な緩衝地帯とは、こういった智恵なのではないか。慎二は、深く考え続けた。人間の社会のルールとして、必要で便利な思想があった。東洋と西洋では、その思想が非常に異なっている。東洋では戦争が少ないが、西洋は戦争が絶えない。これは、東洋思想の恩恵が深いだろう。人のルールの根源は、殺さない、盗まない、の二つであろう。この二つが守れないとき、戦争が勃発する。
これらの深いテーゼを考えることは、人生において生きるに有意義なものである。21世紀において、人類は貧困と戦争を克服したという時代にすれば、進化したということができる。そうでなければ、人類はやがて淘汰されていくに違いない。力というものは、力によって滅ぶ。強大な力を操れずに、滅んでいこうとしてはならない。

                                  つづく

景気回復へ2 古城啓介


慎二が深くため息をつき、ハマは唾を呑み込んだ。
「今まで、寄せられた手紙を読んだんだが、いまいち実感が湧かないのだが、ハマの生活というものは、実際どうなのかい。」
「俺の生活か。いつも同じことの繰り返しだ。朝八時に出勤して、夜の十一時過ぎまで残業だ。」
「その繰り返しが正社員なのだろうな。俺はパートなんだが、その生活は何かが違うから、そのような社員になれないんだよ。」
「そうか。俺も一時期は自由と理想に燃えていた時期があったよ。だが、やめてしまったんだ。」
「日本人として、生活をするための仕事環境ではないところが、気に食わないんだよ。カネを稼いでも、家族と一緒に生活する暇がないんだ。モノはたくさん良いモノは買えるかもしれないが、家族との生活は充実できない。」
窓のすきまから突風が入り込んできた。
「まあ、今の景気じゃ、しょうがないよ。」
「だがね。俺は、その景気というものが曲者だと睨んでいる。景気とは、社会つまり人間関係を見渡して、株価やらなんやらで、判断するじゃないか。その株価やらなんやらが、低く抑えられていれば、それが社会の人間活動の状態と見られている。だが、それは、それで、個人の生活に直接関係するわけではない。みんなの仕事が忙しくなって、仕事が増えてくるのは、所詮、みんなが信用を勝ち得るほどの仕事をしているか、その結果にかかっているんだ。」
「つまり、みんなが働かなくなったから、景気が悪くなったというわけかい。でも、そうでもないぞ。」
「では、なぜ、そうじゃないか。それは、みんながきちんと働かないで、つまり社会的信用を得ないで、カネを稼ぎたいと思っているからさ。」
「確かに、カネさえあれば、という考えが広まってから、不況になったような気がする。」
「宝くじなんかに群がるのは、その考えの現れであろう。とにかく、カネを使って人間社会を構成するのに必要な出来事を解決しようとしすぎたんだ。」
「住みにくいな。」
「ああ、住みにくい。」
電話を切ると、早速、考えをまとめ始めた。
慎二はノートを取り出し、表紙に「社会」とマジックで書いた。今まで学んできた学問がどれだけ、現実の社会において役に立たせられるかを試す時がきた。表紙をめくり、一ページ目に、社会とは人間関係を成立させるために、あるいは人間が生きていくために必要な生活集団、と書き記した。一行あけて、人間が生きていくためには、食糧が必要である、と書いた。その後に続いていく考えは次のように記していた。

人間関係とは、夫婦から始まり、親子が生じる。子供が増えると、兄弟が生じる。当たり前であるが、これが家族である。この形態を混乱し始めている日本社会。これだけでは、社会とは言えないが、基本はここから始まっている。家族内のルール、いわゆる家訓が実行されることによって、社会の掟、ルールを守る基礎が学べた。家族が食料を得るためには働かなければならない。そこで、農業や狩猟採集といった方法が取られていた。だが、現代の生きる手段は、都会では特にカネを得る事に絞られてくる。昔のような家族同士の協力関係がなくても、カネを得られれば生きていけるという錯覚に落ちているのではないか。
次のページに書いてあることは、家族から社会へと人間関係は広がっていった理由があった。
家族だけで生活することの厳しさを知る人々は、となりの村や部落に助けを求める事が数多くあった。助けを求められる人達も、明日はわが身なので快く引き受けていく。これが社会の始まりの姿であろう。ここに、物物交換や貨幣が入り込んできた。とにかく、人間が生きていくために、社会を形成することが必要であった。信頼できる者を王として社会の混乱や困難を乗り越えようとした。
見ず知らぬ人々で創り上げる社会は難解で混沌としたものになるであろう。

やがて、慎二はいつものパートの時間に追われる事になる。現実の苦しさを紛らわすために、公表した声明が露呈したのか、突然、工場長から呼びつけられた。慎二は工場長の後ろについて行くと、会議室の椅子に座る事になった。そこで、話されたことは次のようであった。
「今の仕上げの部署から、品質保証の方へいってくれないか。」
それ以外にも、いろいろ言われたのだが、何も頭には入っていなかった。引っこ抜かれたようである。確かに、周りのおばちゃんたちが目に入らないほどに、検査や箱詰めをこなしてきただけに、その異質さを見つけられてしまったに相違ない。実は「日本の底辺から景気を支え踏ん張る会」の活動のために、目立たないようにしていたつもりであったが、景気回復は当社から始めろとの指令であろうか。
現実の身近なものを回復させずして、どうして日本経済全体を回復させることができようかという暗黙の意思が働いていた。だが、現実をどうする事もできないが故に、パートの仕事に甘んじていたわけであるので、慎二にしてみれば、戸惑いも甚だしいものであった。だが、言い出ししっぺは責任を取らねばならない。周りを変えていくことができなければ、結局、すべては変わらないと言うことを痛感させられた。
慎二のノートに書かれていた思案というものを、どれだけ現実に適応させていくことができるかが重要となってくる。だが、ノートの理想論が現実ではすべてを実行させるには不可能であろうということにも、気付かねばならない難点があった。現実というものは、自分以外の人間の主観で出来上がっている事が多い。慎二の影響力が絶大ならば、理想を現実に変え得るが、そうでない以上、少しでも適応させていかねばならない。
だが、慎二は偶然によって、周りを変えていくという天性のバランスを持ち合わせていた。だから、今まで、だいたい10くらいの職場を改善し、転々と渡り歩く事ができた。慎二は、社会を研究するという建前で、その不遇を正当化していた。慎二の理想の高さというものが、大抵の会社の方針とぶつかり、慎二の出勤を阻害するのだった。会社の方針が真の現実で、慎二の厳密なる理想では採算が取れないというジレンマにあった。会社も理想を追求したいのだが、人材や資金が限定されている。そのような悩みをいろいろな日本企業は抱えている。
そんな中、賃金が安くとも、時間内で最高の仕事をすることが、「日本の底辺から景気を支え踏ん張る会」のモットーである。このモットーは、慎二が数々勤めた仕事の中で、最高の能力を維持し続けるために導き出されたものである。無駄に残業をして、会社から賃金を多くもらうことなく、時間内に決められた仕事をこなし、次の日に疲れを残さないという、不況においては能率的なやり方であった。さらに、家では自由な時間が過ごせるのだ。
正社員は仕事ができるがゆえに、残業残業で段々と疲れ、能率を下げていく。これでは賃金の無駄遣いと、正社員の能率低下ばかりに陥っていく。そこで、能力の高いパートを雇うことで、正社員の酷使を防ぎ、正社員の能力を毎日、最大限にひきださせるようにしなければならない。疲れさせると、やる気を無くし、どんなに優れた人物でも、能力が発揮されないで、仕事がうまくいかなくなる。そのようには、誰もなりたくないだろう。
だが、現実は違う。従業員は誰もが、たくさんの賃金を欲しがるものだから、残業をしたがり、仕事をわざとでも能率悪くしたがる傾向があった。そこで、時間の割には、仕事のスピードがおそくなるのだ。つまり、楽して、給料をもらおうというわけだ。これでは、企業はたまったものではない。時間給の1.1倍でも多く働いてくれたら、企業は黒字であろうが、半分しか働かなければ、計画は遅れ、赤字になっていく。これが、不況の実態だ。そのようにした人達がリストラされたのか。
校庭の隅で、二宮金次郎が泣いている。その黒ずんだ石像がくすんだ涙をながしているのだった。

冬月レポート 1

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わが冬月研究所の計画どおり、景気回復は推進されている(願)。

国民の給料が上がらなければ、税収が上がらない。
フリーターを減らして、税金を納めることのできるようにする。少子化対策にもなる。
市民生活が安心して暮らせるように、実用的生活を高めて、カネ依存を減らす。
質実剛健によって、ローンを返済。堅実さの確保。
サラリーマンの給料が上がらなければ、消費の拡大は見込めない。
民主主義が主役の資本主義社会。
国債が返還できるように、税収を増やす。税率増より、税収の元(サラリーマンの給与)を増やす。
高価な石油に依存しないエネルギー源を活用する。
環境産業の活性化、つまり持続可能な社会の実現へ向けたシナリオづくり。
国民が窮地に陥らないための施策。
食料の自給自足。団塊の世代の活躍。農機具の普及。
高度経済成長時代のような子や孫を支える農村の団塊世代となる。つまり、田舎の親の有り難さ。
サラリーマンの息子に野菜や米を送ってくれる心強さ。これがかつての日本のビジネスマンの強みであった。負けても帰る場所が残される安心感。
外資から何もかも持ち去られないように用心する。国債の無責任な増発とその下落ほど、恐ろしいものはない。郵政民営化のスキをつかれないようにする。
日本の人口は一億ほどだから、まだ、政治・経済はやさしい。まだ、それらを行き届かせるに可能な人口だ。日本の歴史において、昭和三十年代がある完成形でもあった。この伝統を研究するべきで、伝承する必要性あり。    
 まあ、今のところこんなところである。
                                 古城 啓介

※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。

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