平成17年4月6日から平成23年9月6日までのブログ

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小説・霧山幻想2

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冬月と夕子は結婚することができるのか?







ゆっくりと二十歳の生涯の恋人・荒木田未希の存在が明かされていく。


未婚化や少子化から解放されるような心情をつくりあげたい。

「山人会」に進入して、裏で操る謎の集団“Carmilla”の脅威が訪れた…。

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 私と杉原夕子は、M観光ホテルにいた。もちろん、別々の部屋である。
 私は夕子の部屋に来ていて、夕子の描いた絵を眺めていた。
 「君の絵は、小野彦三郎の描く絵に似ているよ。」
 「ええ、彼の絵は、何回か見たことがあるの。でも、好きな絵は、佐伯祐三の描いた絵が好き。色彩がきらびやかなの。」
 御池を描いた絵を手にとっていると、なんだかよくわかるような気がした。
 「あのうらぶれた町並みをあれほどに、あでやかに描き出すことは、なかなかできないと思うよ。しかし、我々の達成しなければならないことでもある。まあ、冬月だったら、山内多門を好みそうだ。」
 「そうね。美術というものは、写真と違って、真実を美化するということ。どんなに悲惨な状況でも、美化し続けねばならないわ。」
 夕子は何かをフランスで学んで帰ってきていた。私は、デカダンにとらわれた小説家に成り果てようとするところを、彼女に救われた気がした。
 「宮田重雄を知っているかね。」
 「いいえ。知らないわ。」
 私は持っていた絵を、テーブルにおいて、夕子を見た。
 「彼は、佐伯祐三の友人だった。パリのパスツール研究所に留学しているとき、彼の死の間際に会っている。医者で画家であるよ。」
 私は、頭の中に冬月を思っていた。夕子は女の勘なのか目をふせた。冬月が結婚に踏み切らない何かがある予感がした。
 夕子は、冬月が研究所で研究をやり始めたころに、国展で特選を二回取っていた。
 
 一方、冬月は相変わらず霧山人師匠のいる雲霧館において、土をこねていた。まだ、轆轤には触れさせてもらえていない。冬月は、頭の中で、何やら考え事をする癖があって、それが取れないことには轆轤を回させてくれないのだろう。いわゆる、無我の境地というやつに到達しなければならないようだ。しかし、冬月は今までかかえてしまったさまざまな技芸や約束なんかに縛られて、頭を空にすることができないでいた。だが、料理のことを考えたり、食材のことを考えたり、その成分のことを考えたり、その効能を考えたりすることをむしろ楽しみにしていた。師匠は、それを看破するからこそ、先に進めてくれないようだった。
 冬月は、火傷をしたり、監禁されたりしているうちに、自分の存在の無力さを思い知らされていた。それが夕子との結婚を促進させるような心理を生み出させるようにも思えた。また、男心として、自分の死に恐怖して、子供が欲しいという気持ちが湧き起こるには十分な出来事であった。しかし、そんな出来心で結婚をしてもよいのかという戸惑いもあるのも確実だった。師匠は、その心を見透いているのか、ずっと土をこねさせ続ける。これは、真実の愛を貫徹させるための修行なのだろうか。冬月の心が無になり辿り着いたところに、夕子との結婚の障害となっている何者かがわかる。ときどき、ふと空になることがあって、ぼやけた存在が浮かぶこともあるが、雑然となって消えてしまうのだった。そういうわけで、毎日毎日、土をこねる生活が続いていくのであった。そのうちに、心のもやもやは何なのかがわかるにちがいあるまい。そして、土をこねるということが何かがわかる日が来るだろう。美の裏には、醜が潜むし根付くということを忘れてはならない。これが現代文明の根源に流れる問題であるのだ。
 
                             つづく
  
※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。
 
                 
急いで、宮崎に戻って来たわけだが、フランスの片田舎・ノアンにおいても、景気においては似たようなもんだった。フランスは西洋の農業国で観光国、宮崎は東洋で農業県で観光県であった。農業は、地球温暖化でやりにくくなって、観光地は、世界的な不況の影響をもろにかぶる。つまり、長くその土地に滞在するにつれて、似たような状況がわかってくるのだった。結局、努力や根性、忍耐、我慢、辛抱しか、この状況を乗り切る手段はない。そういう感想をもつのだった。
 まあ、何もできないのだが、私においては義捐金の寄付、夕子においては絵画をオークションで出して、そのお金によって寄付ということを実行することにした。したがって、口蹄疫によって少しばかり停滞した商品を動かすには、その交換を促す資金が必要ということになる。県外への販路はもとより、商品の質や量、適正な値段が求められ、ブームよりもロングランを生み出す方がよいように思えた。宮崎は観光地でやってきたみたいだから、待つことばかりが得意になって、動こうとする気概が失われていた。宮崎は大都市圏の都道府県に協力を仰いで、販路を提供してもらったほうがよいだろう。県外のほうが、資金・設備・人材が優れている傾向があるため、資本主義的な競争においては、厳しい戦いになるだろうことは予想されていただけに、今回の被害は目を覆うばかりだった。ここは欲望をぐっとこらえて、国内の食物の生産基地であるということを自負するのがいい。高級路線を押さえて、もっと質実剛健な商品のあり方を考えねばならない。まあ、宮崎のやったことは、ほとんど他県に真似されてしまい、その策案は優れていたのだが、やはり優秀な他の都道府県の後塵に配するしかなかったようだ。宮崎は、南国なので狭い沖縄にできないことを考えるしかない。地球温暖化によって、ますます亜熱帯化するであろうから、商品作物で夏場にはブラジルとか、東南アジアの作物に注目するのもよいだろう。また、地元に自生する作物は、手間もかからない楽な商品になるだろう。元手がかからなくて、食べていけるだけの収入を確保できれば合格だと思える。あんまり、あせって荒稼ぎしようとすると無理がでるみたいだ。ブランドというより、宮崎特産物・宮崎名物といったほうが長持ちするような気がする。まあ、そのくらいしか、考えが浮ばないけれども、なんとか県民が健康で幸福を得られることを祈っている。
 高校野球で甲子園に行くことを夢見て、頑張る。そういう生き方もある。宮崎は、二十年遅れて、バブル景気を経験したんだよ。二十年前は、そのような景気は宮崎には来なかった。だから、都会にあこがれて、やっと夢が叶った。しかし、夢が叶うと、現実がやってくる。その現実は、実は夢を叶える前よりかなり厳しいものだった。それに、耐えられるものだけが、理想を掴める。そのようなものだろう。厳しい理想を実現して裕福になるか、現実を我慢して幸福になるか、二つに一つである。目の前にある現実を改善することだけを考えて実行しよう。そうすれば、目の前はいつの間にか必ず開けてくるものである。駄目だ、駄目だという悪魔の囁きを振り切って、とにかく自分のすべきことだけをとにかくやるだけだ。うまく行く方法を信じて、それをやり続けるのだ。それが生存する方法だ。
 宮崎牛について、血統主義よりも現実主義でなきゃいけない。血統主義だと、血統牛以外の牛を持つ人々が努力して精魂込めて育てても、いつまでもなかなか良い値段がつけてもらえないというジレンマがでてくる。霜降り至上主義が高級品であることは当然で、口を挟むことはしたくないが、やはりそれ以外の要素にも価値を見出さなければならないだろう。今のままでは独占的で、他の農家には全然チャンスがまわってこない。サシの入り方や色ツヤのよい順に5〜1、肉の多くとれる順にA〜Cの3段階、計15ランクに分けられるという。オリンピックの審査基準みたいなことばかりが優先されれば、畜産業の低級品には赤字が出るのは必至なので、食えない人たちがでてくることも考慮しなければいけない。品評会をやり直して、本当に高級牛はそれだけしかいないのかを探してみることもいい。何十年も経つと、突然変異が出て来ているかもしれないからだ。これは、冬月の持論だから、私が代わりに書いているにすぎない。
 
※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。

夕子がフランスへ旅立ってから、すでに二年もの歳月が経とうとしていた。冬月は精神の治療を終えていた。冬月の左手の火傷はほぼ完治しつつあり、元の生活に戻るかに見えた。だが、どういうわけか、冬月は料理をつくることができなくなってしまっていた。それは、夕子がいなくなってしまった哀しさがそうさせたのだろうか。冬月は黙々と土を捏ねていた。何事もなかったかのように、延々と土を捏ねていた。冬月は、霧山の奥深くにある雲霧館にやってきて、其処に棲む師匠の霧山人の許で陶芸の修行を続けているのだった。料理のできなくなった冬月にはもってこいの作業だった。心の傷を癒すかのごとく、冬月は延々と土を練り続ける。夕子を忘れるために作業を繰り返していた。轆轤を廻す霧山人は、遥か遠く、冬月を見下ろすかの如く、そこにどっしりと坐っていた。冬月は、その道に入り込んで、実に久しい。その時刻は悠久の自然に溶け込んでいくに相応しい流れを醸していた。夕子を棄てきることは、世俗を棄てるに均しい。その覚悟というか、諦念というか、そういったものが混ざり合った心境は、靄のかかった脳裏の虚ろさとなって、冬月を苦しめていた。悟りというには早過ぎるし、心療といえば俗に過ぎる。ただ、師匠の一声に冬月の作業は制御されているのだった。
一方、霧山の下界にある宮崎では口蹄疫が発生して、魔界の様相が生み出されていた。その幻魔ともいう状況は、政治・経済・社会を混乱の渦中に巻き込んでいた。せっかく、綾の叔父さんが頑張って、商品開発やPR作戦をして盛り上げていたものが、水泡に帰しつつあった。その一報は、もちろんフランスに滞在する私の元にも届けられたのだった。私はお花の栽培に夢中だった杉原夕子のいる場所に走っていって、その旨を伝えた。
「宮崎県が大変なことになった。口蹄疫というウィルスが県下に広がって、非常事態が宣言されたみたいだ。」
夕子は、赤い花を根元から摘み取りながら、
「どういうこと?」とつぶやいた。
「口蹄疫というものは、牛や豚に感染するウィルスで、感染を防ぐために殺処分をしなけりゃいけないんだ。十年前は、何百頭で終結したみたいだが、今回はすでに二十万頭を上回ってしまった。しかも、発生した区域には宮崎牛という高級ブランドの種牛がいるみたいなんだ。」
「それって、県にとっては大打撃ね。」
「いや、県どころか、国家の畜産界における大惨事だよ。しかも、県内にやってくる観光客の減少も招いている。」
 私と夕子は、フランスでの企画を中止して、宮崎に帰ることにした。私は、もちろん原稿の締め切りをかかえたままで、夕子にしても展覧会に出展するはずの絵画数十点を描いているだけだった。つまり、我々には如何なる手段も残されていなかったのだ。二年にも渡る仏渡航は、まあ政治家の外遊と同じようなもので、地元に対して恩恵を与えるような成果があるかはわからなかった。では、冬月はどうか?何者かに拘束されて以来、師匠の田山霧山人のもとで、何やら修行をしているようであるのだが、それは霧山の奥深くのことなので、全く連絡がつかない。一体、冬月は元気なのだろうか?そして、宮崎の行末を案じるのだった。
 
※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。

冬月は、山奥の穴の中に軟禁されていた。それは、為彦と夕子がフランスのノアン地方に行ってから、二ヶ月後のことだった。冬月を軟禁した連中の正体は不明だ。内閣特務機関の仕事で調査していた案件が原因なのか、それとも手を火傷したときの陰謀をめぐらした連中の仕業なのか、まったく状況はわからなかった。
 暗い闇の中で、見張りの足音だけが低く響き、ピタリと近くで停止する。その繰り返しの中、冬月は正気を失いそうだった。何も見ることができず、話すこともできない。暗闇の中の困惑は、耳の奥でぐるぐるとめざましく膨れ上がった。夕子がフランスへ去っていったという悲しみは、この中では虚無に等しい。いつともなく、過去の幻影が浮かんでは消え、後悔と自分への侮蔑に苛まれた。夕子を失うという傷みは、永遠に逢うことができなくなるという失望によって、拒絶され、その失望は諦めという忘却を生み出させた。ただ、前妻の亜季への罪の意識が大きくなって、夕子を遠ざけることを許した。そして、涙だけがとめどなくあふれた。独り言が多くなり、夜に眠ることができなかった。肉体だけでなく、心まで傷ついてしまっては、もはや動く気力もなかった。
 冬月が救助されたのは、それから一年後のことだった。すっかりと変わり果てた姿になっていた。今までの冬月よりも無気力になっていた。興味関心の対象がすっかりなくなって、生きているだけの状態だった。前のように、料理をつくったり、研究に没頭したり、そのような活発さを失った。何がそのような状態に導かせたのか、わからなかった。一体、何のために、すべてを奪うようなことが行なわれたのだろう。冬月は、精神科に通わされた。その症状は慢性的なものであったようだ。不眠症、独語、妄想のたぐいがでていた。これでは、夕子を幸せにできないのは当然であった。そのような症状は薬で治療するしかなかった。人間は極度の経験によって、もろく崩れ去るものなのだ。どんなに強がっても、灼熱の地獄の中では狂ってしまう。
 きびしい経済不況の中、人々の生活は慢性疲労のようだ。国際化、情報化によって、空洞化した国内産業は少子高齢化によって煤けていた。国際化・高度情報化の波は、地方の過疎化・高齢化を覆って、地場産業の減少、失業者の増加を生んだ。地方分権を叫びながら、中央の政治の混乱から来る疲弊を食い止めている地方自治体があった。国政がまとまらない。つまり、日本の進むべき道が定まらない。地方分権によって、少子高齢化社会をなんとかしようとするが、地方分権が先か、国政が先かで迷走している。問題は、少子高齢化社会をどのように解決するのか。都市部と田舎では問題点が異なっているが、財源の問題で宙に浮く有様だ。お金にならないものは、放置し続けられてきた。車輪の中の無のように、大事なものが別にある。食糧生産がお金にならなくなって、打ち捨てられる。多くの食糧需要は、価格の低下を招くという公式が、農業を停滞させる結果となり、外国からの輸入に頼る結果を生んだ。日本は経済大国で世界第二位の経済規模があるという公式が、国内産業の散漫さとなった。団塊世代の大量退職と会社の倒産は産業の空洞化となる。 
 
※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。


 

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 冬月は霧山の地に一人残された。夕子はフランスへと行ってしまった。どうして、あんなふうに夕子は逃げ出すように出て行ったのだろうか。為彦に連れて行かれた夕子に、冬月は戸惑いを見せていた。あれだけ、過去を引きずり、無駄な研究に熱を上げていたのが、まるで無意味に思えた。夕子がいなくなってしまった空虚感だけが、冬月に残されていた。冬月は夕子に騙されていたのだろうか。いや、何らかの理由があるはずだ。冬月の左手の火傷の一件からも、何らかの悪意が垣間見られていた。だが、その証拠をつかむことはできなかった。冬月は、悪意の正体を見破ることを止めてしまった。でも、現実社会においては、ガソリン価格の高騰やさまざまな物価の上昇が起きていた。しかし、庶民の賃金は一向に上がらなかった。急激なインフレは、消費を低迷させる。ピタリと、霧山地域の活動が沈静化したように見えた。
 また、あの失われた十年が繰り返されるのだろうか。バブルが弾けて、またミニバブルが弾けて、弾けても弾けても、誰も気付くことはなかった。どうして、この社会には愛がないのだろうか。愛を求めては、人々は遠くに逃げていく。愛を得ようとして、愛を閉じ込める。何かを求めて、それが崩れ去る破滅の酒を酌み交わす哀れな生き物が人間なのか。誰も食い止めることの出来ないカオスの暗闇に、人々は抵抗できずに、このまま朽ち果ててしまうのだろうか。速すぎる暗闇の攻勢は、幾度となく、人々を追いやっていく。ただ、愛と誠だけが、幻想を紡ぎながら、人々を甘美な罠から救い出す。現実を見続けて、初めて勝機を見出すだろう。夕子は離れてしまった。愛し合う二人と信じあいながらも、無残に打ち砕かれる現実に、冬月は霧山人を継ぐ決意を固めた。
 厚い雲に覆われてしまった霧山に、うっすらと霧が立ち込める。霧に希望を見出すことのできる人間はいない。青く澄み渡る大空を隠し、生き生きとした美しい緑をも翳らせる霧に、人々は惨憺たる思いを抱くだろう。しかし、人々は諦めなかった。人々は生き続けるだけだった。夢や希望を凌駕する現実の花を、この霧の晴れ間に造り上げようとする。為彦は旅立つとき、「ある企画がある」と言って去った。この言葉だけが、冬月の唯一の光であった。この惨憺たる霧山の静寂に、新しい息吹をもたらすのだろう。庶民の現実に与えられたのは、自給自足に近い生存環境であった。物価が上がって、節約して、必要な物だけしか買わない。そこに物品への審美眼が鍛えられる。本物を見抜く能力が芽生える。それは、生きる力であった。極限の状態に生まれる。人々は苦難に磨かれる。苦い愛の雫を、胸に抱えて、冬月は生きることにした。夕子の愛を信じている。
 愛を引き裂くことによってのみ、愛の存在を確認しようと試みる。愛のない苦しみは、愛のない苦しみを持つ者にしかわからない。その狂気は、人々に危害を与える。さらに、愛を失うものが増える。愛のない苦しみは、愛の存在を知らしめる。この苦しみこそ、愛の証である。そして、その涙の歴史に、人類の罪と罰があった。なぜ、人々は戦い、壊し続けるのだろうか。冬月は、もう戦うことを止めてしまった。失うことの恐ろしさを知ったからだ。夕子のいなくなってしまった世界に、戦うことの空しさだけ犇いていた。この黒い霧を纏うだけの人生が無意味に思えた。古い霧の世界に意味を見出せずに、新しい霧を手探りで造り出す。夕子も為彦も去ってしまった。古い霧の歴史に争いがあった。争いこそ、災いだ。新しい霧の息吹に、光をもたらし、希望の虹を見出さねばならない。
 動かない左手の指たちが、冬月を打ち砕いた。まさか、夕子が離れていくとは思いもしなかった。残酷な愛の結末にも思えた。ただ、夕子の愛を信じるしかない。もし、冬月が霧山人の名に値しない人物であったのならば、夕子にとって、冬月は霧山人というイメージだけの存在だったのだろうか。霧山人というブランドを愛していたのだろうか。何の価値もなくなってしまった冬月は、いずれ捨てられる運命にあった。愛はなかったのだ。いや、まだ愛が生まれない理由があった。恋のできなかった哀れな縁組に齎された悲劇だろう。フィアンセになっても、家庭を築くという心が生まれなかった。家庭に楽園を見出せないカップルたちだった。ともかく、離れてみなければ、愛はわからない。何のために、人々は連れ添い、家庭をつくるのか。今の現実が心地よいのだろう。自分の築き上げた空間を手放せない自由人の孤独がある。捨てられた…。捨てられた…。そういう疑惑を打ち消しながら、霧山人を継ぐしかなかった。
 冬月は、なぜ夕子がフランス行きを選んだのかを考えた。霧山の現実に耐えられなかったからだ。そして、現実を造り出す希望を捨ててしまったからだ。未来を捨ててしまったのだ。冬月と夕子の未来を捨ててしまった。そして、何かをフランスで得て、冬月のところへと無事に帰ってくると信じたい。しかし、この霧山に何が足りないというのだろうか。空気も美味だし、水も美味い。静けさに包まれた雨音だけが安らぎを与えた。癒される環境があった。本物を確かめることもせず、どうして出て行く必要があるのか。青い鳥が飛んでいっても、冬月はこの霧山を愛した。だから、芸術のパリに負けない活動をこの霧山の地で行えると確信していた。冬月は、この孤独で人を寄せ付けない霧山を愛した。この気持ちは、夕子を想う気持ちと同じだ。確固としたふるさとを持たない冬月には、この霧の都が愛おしかった。雨が降るたびに、美しく霧を生み出す雫に心を打たれる。どうして、人々はこの美しさに気付かないのだろうか。何もいらないと思わせるような自然に包まれる至福がある。あじさいに夕子を求めた。

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※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。


 
 

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