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冬月の話す話は、難解な学問の話ばかりだった。しかし、その赤ぼった眼の奥には悲愴が漂っていた。特に、悠塾の話になると、その目の奥の影は深くいりこんでいくのであった。私は、それでも冬月に話しておかなければいけないことがあった。 |
小説・霧山幻想2
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西洋と東洋の狭間に位置する日本がある。近代化以前の日本人は、東洋的世界観で、西洋文明を許容していった。しかし、今の日本人は、このグローバルの世の中においては、逆に西洋的世界観から東洋文明を学ばなければならないのかもしれない。冬月は、学問において、そのように認識しているのだろう。日本の現代における教育は、西洋的な学問である。少しは、伝統的な教育も残存しているであろうが、その変遷の過程で、かなりの継ぎ接ぎの部分が生じてしまった。この継ぎ接ぎの部分こそ、特に今の日本の教育において、審議しなければならないと思っていた。今の教育の側面では、合理性ばかりが追求されてきたのであるが、その半面、心の問題が疎かにされてしまった。どうして、合理性と心という二面性が、人間に備わっているのかといえば、人間の脳のつくりとして、左脳と右脳に分け隔てられているからであろう。 |
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鵜戸神宮の社殿を後にする冬月と私は、鵜戸山八丁坂と呼ばれる、約800mもの石段をかえることにした。行きには気づかなかったが、石段はまっすぐと山の頂上まで続いており、その山頂には別当の墓地が広がっていた。別当とは、神宮寺の寺務を司る者で、ここにお寺があったことを意味していた。明治の廃仏毀釈のときに、廃寺にされたのだろう。それまでは、神仏習合とか言って、別段、厳密に神や仏を分けて信仰していたわけではなかった。神と仏を分けて祀ろうとし始めたのは、合理的な思考というものが西洋から入ってきたためだろう。鵜戸山では、両部神道という神仏習合した一大道場となっていて、「西の高野」とも呼ばれていた。 |
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海際の席に座っている冬月だが、冬月はどうも陸地の方のフェンスの向こうに生えている植物に興味があるみたいであった。タクシーはスピードに乗っているので、すぐに通り抜けていく。 |
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冬月と私は、会社の用意したタクシーに乗り込んだ。黒塗りの重々しい車である。二人は、後部座席に乗る。私が先に乗り込み、冬月が後から乗った。そうなれば、運転座席の後ろに私で、助手席の後ろに冬月が乗ることになる。タクシーが動き出すと、だんだん、その意味が分ってきた。冬月は海側で、私は道路側になるのだ。「しまった」と思ったが、冬月の沈み込んだ姿を見ると、何も言えない。仕方なく、仕事の話になる。 |


