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小説・霧山幻想2

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冬月と夕子は結婚することができるのか?







ゆっくりと二十歳の生涯の恋人・荒木田未希の存在が明かされていく。


未婚化や少子化から解放されるような心情をつくりあげたい。

「山人会」に進入して、裏で操る謎の集団“Carmilla”の脅威が訪れた…。

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 私たちはオペラ座の近くのホテルに到着した。ホテル・ウェストミンスターというところだ。どうして、こんなところに泊まれるんかね。サラは恐ろしい女だね。ヴァンドーム広場はきれいな夜景だね。しかし、この玄関の豪勢さには、圧倒だね。バロック調のものなんだろうけど、グロテスクで懲りすぎといったら失礼だよね。まあ、モダンな建築様式に比べたらそうだろうけど、バッハの髪型みたいな、金持ちの心理状態を表現しているんだろうね。闇夜にはサタンがいるような時代だからな。まあ、移ろい行く愛の調べを奏でたくなるね。バロックという言葉は、ポルトガル語の歪んだ真珠を意味するバロッコ(Barocco)という語に由来するとされているそうだ。サラは、何かを伝えたいんだろう。なんとなく、わかるけれど…。くらくらしてきたから、チェックインしとこう。私と夕子は、二人きりになる。サラは、「ごゆっくりー」と帰っていってしまった。部屋に案内される。なんだか、おかしいんだけど。
 ガチャンと、扉が閉まって、私と夕子が部屋にいる。なぜ、アンティークなスイートなんだろう。どういった勘違いなんだろうね。サラにとって、私は仮面をとったファントムだったのだろうか。いや、そんなはずはないぞ。仮面をとったファントムは、世を欺く姿だぞ。あれは、罠だぞ。罠にはまって、そんな姿になってしまったんだ。それにしても、夕子は美しいね。バロック調は、夕子にはふさわしくないけど、冬月とあんな形で離れてしまえば、その心は通じるね。そして、ショパンの調べが似合ったあの頃とは違う影がある。その影に無理やり豪勢に見せる化粧がのっていた。私は、夕子を椅子に座らせた。逃れられない運命の色彩に、夕子は崩れそうだった。私は言葉に詰まったが、ふと綾を思い出して、綾のことを聞いてみた。「綾の消息を知らないかね。」夕子はうつむいたまま、「綾は結婚しました…」とだけ言った。深い沈黙の流れの先に、「私の昔の恋人と…」と続いていた。私も夕子の深い暗闇の中に引き込まれるように、「あの真坂野社長のご子息の…」とつぶやいた。私は、タバコを取り出して、外を眺めた。rue de la Paixという通りにポツポツと明かりがある。最高潮の豪勢さなんだけど、物静かで、内面的には満ち足りない坂の上に立ったような空しさがあった。私が好きだった女と夕子が好きだった男が結婚していたなんて…。私はテーブルの上のワインの栓を抜く。そして、グラスに大量に注いだ。そして、夕子に渡す。私も同じくらいの量をグラスに注いだ。すべてを真っ赤な液体で流してしまいたい。
 夕子は眠っていた。その仮面は崩れ落ち、素顔が見えている。私は、その寝顔を見ながら、髪をなでたくなった。しかし、冬月の顔が思い浮かぶと止めてしまった。サラのやつ、なんて酷いシチュエーションをこしらえてしまったんだ。さ、明日は何処の別荘に行くんだろうな。のんびりとできる場所がいいだろう。
 明くる朝、私は紳士的にふるまった。傷つく者どうし、話す言葉が見つからなかった。私は、小説のことを考えていた。夕子は、絵でも描いているのだろう。ドアがノックされる。サラの姿が見えた。
 向かうところは、フランス中西部ベリー州らしい。サラは、記念館として公開されているジョルジュ・サンドの城館を借り切ったらしい。ここに二人を閉じ込めるつもりらしい。向かうところ敵なしの歌姫の
することは常識人の私にはわからない。でも、夕子は癒されるにちがいない。夕子には、穏やかな農村地帯が似合う。ノアンの田園風景は、忘れ去らせた過去をおもいださせるだろう。Remenber,eye of the children.

                                つづく

※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。

 

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私は、冬月と夕子に危害を加えようとする人々がいることを知った。だから、私は夕子を遠くに避難させることにした。ニューヨークにいるミュージシャンの友人に頼んで、フランスへ行くことにした。冬月は、黙って、それを承認した。冬月を狙っている連中は、どうやら複数いるらしい。だから、誰が冬月と夕子に危害を与えるか、わからなかった。私は、警察に問い合わせたが、全く手がかりがなかった。そして、ニューヨークの友人の持つフランスの別荘に向かった。冬月は、黒幕を洗うのだそうだ。私は、「あまり深入りするな」とだけ忠告した。でも、冬月の性格だと無理をするにちがいない。東国原綾も、その手の妨害で消えてしまったようだ。
 飛行機でのフライトは、私は初めてではないが、夕子はあまり落ち着かない様子だった。宮崎空港からSNAの便に乗り込み、羽田に到着。その後、成田に向かい、そこでパリ行きに乗り込んでいた。冬月のフィアンセをつれて、フランスへ逃避行だ。シャルルドゴール空港に到着すると、ニューヨークの友人が待っていた。その友人の名はサラだ。日本人だ。最初は、メールでつながりができたんだが、そのうちネットをやっているうちに、仲良くなってしまった。彼女は有名なミュージシャンである。日本では、彼女のことを『歌姫』と呼んでいる。そして、サラと私は、音楽と小説で競い合っている。あくまでも、友人である。しかも、初対面である。とりあえず、名前を書いたプレートでわかったみたいだ。そして、会って一言。「あんた、誰?」と言われた。そして、「ネットの小説家です」とだけ応える。すかさず、夕子を紹介した。「初めまして、杉原夕子といいます。」「サラ…。」
 金持ちの気まぐれは、わからないものだ。まあ、よく初対面の者に、別荘を貸す気になったものだ。ネットの中では、懇意になっていたけど、脳内恋愛はむずかしい。恋愛シュミレーションに似ているよね。でも、会った感じ、どうだろうね。夕子の目を気にしておこう。そういえば、冬月のフィアンセだったな。でも、頭の中で、このままフランスに夕子と留まるという悪い考えが浮かぶよね。夕子の妹と不倫しているからな。仲人としては、ちょっと許せないからな。とりあえず、サラの好意に甘えておこう。サラのプランは、夕子を他の別荘に一人だけ宿泊させて、守衛をつけて、私と二人でスペインのマヨルカの別荘に行くというものらしい。ジョルジュ・サンドとショパンのように、芸術活動を二人でしようというつもりだろう。でも、夕子がいるからな。何も知らないサラは、夕子のことをライバル視していた。まあ、冬月の火傷以来、冬月と夕子の関係は冷え込んでいた。夕子の妹、真矢のところに泊まったのも、悪印象だ。
 私たちは、サラ所有のフィアット500に乗り込んで、モンマルトルを通り過ぎ、オペラ座を過ぎた。冬月は、霧山人を継ぐ前に、「オペラ座の怪人」になっているよなと思った。左手が野口英雄になってしまっている。歌姫・サラがこう歌った。カルロッタの歌だ。

「♪私を想って 優しく思い出して “さよなら”を言ったあの時を
 私を思い出して 時々でいいから 私のことを想って お願い そう約束して 
 いつか思い直す時が来るわ 自由を取り戻したいと思う時が
 そういうときがあなたに訪れたら 一瞬でもいいから 私のことを想って
 私たちは誓っていない “愛は永遠で―”
 “海のように変わらない”などと 
 でも もし今でも 思い出せるなら― ちょっと立ち止まって 私のことを想って
 私たちが分かち合ったもの 一緒に見たものを思い出して 悔いは忘れて
 過ぎたことは 取り戻せない だから 私を想って 目覚めている時の私を♪」
「♪望みに見放され 口をつぐんでいる私を 心の中から あなたを追い出そうと
 懸命に闘っている 私を想って あの頃を思い出して
 私たちが出来なかったことの数々 生きている限り 私は想いつづける 
 愛しい あなたのことを!♪♪」

 なんとも美しい歌声で歌ってくれているけど、何とも複雑な気分だな。ネット上のバーチャル・リアルな私と本物の私は、どちらがよかったのだろうか。ネットの幻想という仮面を外した「オペラ座の怪人」は、どうだったかな。クリスティーヌは、ファントムを「音楽の天使」だと想っていた。そのように、サラも、私のことをそう想っていただろう。さて、本物はどうかな。これは、クリスティーヌの歌じゃないよね。でも、この選曲は冬月と夕子のためのものだろう。私の心にも、綾が浮かんできたか。綾は結婚したと聞く。ま、代わりはいくらでもいるけどね…。でも、結婚というものは、ファントムの仮面を剥ぐようなものだ。ファントムの仮面を剥いでも、一緒にいられる二人には、真実の愛だ。私もファントムの仮面を被った女と、デカダンな生活を送っていた時期があった。今、執筆中断している『引き裂かれた愛の芽』の内容だ。日本では、書けないよね。フランスでも、どうかな。
 夕子の心境は、想像できる。たぶん夕子は冬月を愛している。でも、冬月にとって夕子自身の存在は足手まといなるだけだから、無理やり、心を捻じ曲げて、我慢している。いや、本当はそのようにすべきじゃないだろう。でも、災いが又もや二人を引き裂いた。やっぱり冬月の左手のリハビリを手伝いたかったにちがいない。活動家の冬月は、夕子の優しさを省みない。愛をためらう二人を仲人してしまった私は罪な男かもしれない。どうしたらいいのか、まだわからなかった。

                               つづく

※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。

 
  

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 冬月は、夕子の妹・真矢の子守りをするようになっていた。おしめを変えたり、ミルクを飲ませたり、あやしてやったりと大忙しだ。そして、フィアンセの夕子をほったらかしにしていた。なるほど、子育ては大変だ。本当に、子供を育てることは大変だ。看護婦の真矢は、旦那が単身赴任なので、一人で子育てをしなければならなかった。仕事のときは、託児所に預けるが、仕事から帰ると、ぐったりして、子供にまで目が回らなかった。こんなときに、旦那がいてくれればと思う。でも、帰ってくる予定はなかった。今度の原油価格の高騰で、勤める貿易会社も厳しくなってきた。共稼ぎだからいいが、少しばかり収入にも影響が出そうだ。ますます、厳しくなる家庭事情が出て来た。稼ぎがいいときは、幸福感があったが、だんだんと出費が増え、収入が減り、会う回数が減るにつれて、愛が冷め始めていた。そう、真矢の家庭は、離婚の危機に瀕していた。「子はかすがい」という、その言葉で持っているような夫婦だ。冬月は、なんとか、夕子の妹を助けたいと思っていた。結婚すれば、杉原家とは一族になるからだ。
 しかし、真矢の旦那からは連絡はなかった。真矢の心に、浮気をしているんじゃないかという疑惑が浮んできた。これが、ますますこの夫婦を凍結した。バブル離婚の前兆があった。そこには、結婚という問題において、家と家のつながりを無視した結果だろう。真矢の旦那の両親は、離婚していて、真矢の旦那に、家庭という温もりをつくることができないということがあった。そして、旦那は仕事にかまけて、真矢をほったらかしにした。愛のある家庭とは、何かを冬月は考えていた。それは、夕子との結婚において、重要な問題であった。しかし、夕子との関係をほったらかしにしているので、ちょっと心配になった。このままでは、やばいのではないか。そして、夕子がいなければ、自分の活動に支障が来すということに戸惑った。冬月の左手の火傷はなかなか完治しない。その焦りから、ますます真矢のもとへと入り浸る泥沼の様相がある。このままでは、取り返しのつかないことになりはしないだろうか。冬月は、真矢に実家の両親に子供を預けることを進めた。そして、冬月は夕子のもとへ帰ろうと思った。
 春陽草庵に帰ると、夕子はいつもの夕子ではなく、別人のようだった。顔は青白く、少し痩せこけて、鬼気迫る表情だった。冬月は、何もやましいことがないので、堂々としていた。でも、誤解が解けるまでは、時間がかかりそうだ。まだ、二人の結婚への道のりは険しそうだ。冬月は、ひさびさに夕子にご馳走をつくってやった。お菓子もつくってやった。それでも、一流をほこった料理人の腕は戻ってなかった。芸術家としての霧山人への道は閉ざされていた。火傷の後遺症は、生々しい。そして、精神的にも、肉体的にも疲弊していた。夕子が支えてくれなければ、冬月は駄目だ。あのすべての能力がふいになる。では、一体誰が冬月へ妨害を加えたのか。M交通を辞めて以来、何だか妙なことに巻き込まれていた。それでも、夕子とは結納まで済ませたが、それから先に進めなくなった。何が、この二人の関係を妨害しているのか。確かに、山人会は冬月と霞仙女をくっつけようと策謀した。冬月は、惑わされなかった。夕子の暗い過去に問題があるのだろうか。やはり、真坂野社長のご子息の件があるのだろうか。そして、高速レストランで働く夕子を退社させようと目論んでいた。その圧力が、冬月と夕子にかかってきていた。夕子のやつれ方は異常だ。何か、経理の問題でもあるのだろうか。最近の異常気候で、観光客も少しばかり、陰りが出て来た。光あるところには、影がある。冬月は、夕子を守り続ける決意を固めた。それが、旦那になる男の使命だ。男は強くなければならない。冬月は、さまざまな困難に遭遇して、すべて乗り切ってきた。でも、左手を失っては、その力も半減だ。耳を失ったベートーベンのように、作曲するしかない。冬月は、そのようになっても、まだ夕子への愛によって、創作活動を続けていた。満足できないけれど、なんとかつないでいた。それは、夕子の愛があればこそだ。もし、ここで夕子がいなくなってしまえば、永久にすべてを失ってしまうだろう。すべての芸術活動の源泉は夕子にあるのだ。
 私は、冬月のいる春陽草庵にやってきた。私の執筆活動もスランプにきた。なかなか、小説が上手くいかない。東国原綾も来なくなった。やはり、孤独が似合うのだろう。それでも、チビチビとワイングラス片手にやるのが性に合っていた。玄関に入ると、夕子がでてきた。なんだか、落ち着いてはいたが、やっぱり元気がない。田舎の暮らしは楽じゃないってやつか。私も少しばかり貯蓄をすり減らしていた。世の中、世知辛くなったもんだ。巷では、原油価格の高騰がどうとか言って、物価が上がっただの、給料が変わらないだの、いろいろとあるもんだが、私には、そんなの関係ねえって感じだ。とにかく、『霧山の歴史』も、小説『引き裂かれた愛の芽』も中断していた。自棄酒もほどほどにしないとなあ。少しばかり、スペインのマヨルカにエスケープしたいくらいだ。有閑暮らしも楽じゃないね。気苦労が多い。身体も運動不足で、あちこちが痛む。とくに腰痛がひどい。目が痛い。肩も痛い。何にも、考えないで働く労働者の方がよっぽどましだ。筋肉はつくし、太れる。私なんか、変なことばかり考えるので、全然太らない。それどころか、寝不足と食欲不振で、ガリガリに瘠せるのが常だ。難儀な職業についたもんだよ。最近、薬漬けの生活だよ。栄養剤と睡眠薬だ。これじゃ、健康的とは言い難い。自殺に追い込まれんように、冬月をからかいにきたのさ。しかし、冬月の先見の命ってやつか。料理人になって、料理を自分で作れるようになるっていうのは…。冬月は、全部自分でできることは、自分でやってしまう器用な男だ。だから、給料が下ろうが、物価が上がろうが、こいつには関係ないだろうね。私みたいに、お金がないと生きていけない人間とは違うようだ。でも、気晴らしにちょっかいだすか。
 やがて、夕子は冬月を呼んできた。左手にはグルグルと包帯を巻いているかと思ったが、絆創膏を二、三枚貼り付けているようだった。やはり、無骨もののようだ。繊細な感受性をもっていたが、今回の一件で、眠れる龍を起こしてしまったかの形相があった。こりゃ、からかうどころじゃないな。冬月という男は、よくわからん。器用で繊細なんだが、芯の強いところがあり、かなり忍耐強い。こういう二面性がある。そして、危機に際しては、必ずその危機を乗り越えるだけの技量があった。それは、M交通の一件だけではない。裏の世界では、かなりの修羅場を踏んできている。だから、土壇場で強い。土壇場にならないと本領を発揮しない。だから、平常はこいつはバカではないかという面ばかり見せるが、実際の冬月は、恐ろしいところがある。恐ろしいとは恐怖ではなく、尋常ではないということだ。いつもは、しとやかな装いだが、やはりこういった場面では、本性を顕にしてきた。こいつがいなければ、私の作家生活は終ってしまうんじゃないかというような奴だ。
 「何しにきやがった。先生。」
 冬月は、いつもの調子ではなく、ぶっきらぼうに言った。やはり、二年前とは違う。変わってしまっている。やはり、結婚前の男晴れってやつか。ちょっと、違うか。
 「ちょっと、見舞いに…。」
 「見舞いねえ。ただ、書けなくなっただけだろ。」
 「するどいね。」
 私は、ちょっと焦ったが、まあそれしかないから、仕方がない。
 「まあ、上がれよ。」
 冬月は、警戒心を抑えて、少し落ち着きを取り戻したようだった。持つべきものは、やはり友か。居間に入る。以前、古城啓介が居候していたところだ。今は、進化研究所があったところに移って、政治・経済についての分析を開始していた。しばらくして、夕子がお茶を持ってきた。ほうじ茶だ。コーヒーで荒れた私の胃にはぴったりだ。カフェインは遠慮しておく。とにかく、ぐっすりと眠りたいものだ。一口、二口、舌に乗せると、
 「で、どうなんだい?」と聞いた。
 「霧山人を気に食わない奴等がいる。夕子との結婚に邪魔がある。」
 結納のお膳立てをしていただけに、責任の一旦はある。結婚して、家庭を築くということは、土地に定着することだろう。でも、そこに問題があるというのだろうか。田舎の事情はよくわからなかった。冬月を春陽草庵から追い出そうとしているのだろうか。それにしても、よくわからない。何らかの利害関係に巻き込まれてしまったようだ。料理の競合のときからだ。料理界からの何らかの圧力か。それとも、地域ぐるみの嫌がらせか。どちらにしても、穏やかではない。せっかく、夕子との結婚も進みそうな時期なのに、横やりが入った形だ。

※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。

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 山人会の競合での出来事だ。冬月は、鹿のヒレ肉でヒレカツを作って、油で揚げていた。その油の鍋に仕掛けがしてあった、冬月が一枚一枚とヒレカツを仕上げていると、突然油がひっくり返り、冬月の身体に襲いかあっていったのだ。冬月は、体をひるがえし、熱した油を避けたつもりだった。だが、その油は、冬月の左手にかぶざってきた。油の鍋の乗った台がこわれるようになっていたのだった。その陰謀の蔭には、地元の有力者の配慮があった。霧山人に冬月がなることを恐れたものの仕業だった。冬月の左手は重度の火傷に見舞われた。これでは、料理をつくることは困難になってしまった。心配する夕子は、夕子の妹・真矢の務める共立病院に、冬月を連れて行った。真矢は、冬月の前妻の亜季の同僚であった。
 真矢は、冬月の手に、ピンセットでつまんだ綿の先にヨードチンキをひたし、火傷に塗りつけた。火傷は、皮膚をただれさせ、真皮まで到達した。真っ赤に充血した真皮の痛々しさの周りを白色の溶けた皮膚が回らされていた。すぐに、黄色い膿が出てくる。それをふき取り、ヨードで殺菌する。ひととおり、きれいになると、黄色いガーゼと茶色の油紙で包み、包帯でぐるぐる巻きにして、治療を終えた。全治、三ヵ月の診断だった。冬月は、亜季のことを思い出した。そして、亜季のナース服と真矢のナース服姿をだぶらした。冬月は、真矢を食事に誘った。真矢は、結婚していて、二歳の子供がいた。旦那は、貿易関係の会社に勤めていて、ほとんど家に戻らなかった。冬月は、食事をしながら、よく亜季と医学についての話をしていたことを思い出して、そのような感覚で真矢と話を続けた。真矢も亜季と親しかったので、亜季の話も交えて、ついつい長く楽しくなっていった。ついつい、姉のフィアンセを家に連れてきてしまった真矢だった。そして、部屋の奥には、すやすやと眠る子の姿が見えた。冬月は錯覚していた。亜季との結婚生活への想いがだんだんと蘇ってきて、その部屋で一夜をすごしていた。冬月が眼を覚ましたのは、その小さな幼子のとなりだった。冬月は思った。亜季とは、このような生活をするはずだった。
 冬月は、いつの間にか真矢の部屋に通うようになった。そして、子供の面倒を見るようになっていた。真矢も夜勤のきつさと旦那のいない寂しさで、姉のフィアンセの好意を断る事ができなかった。そして、亜季と別れた冬月の暗い心を退けることができなかった。そして、亜季と冬月とを別れさせた一因を自分も背負っていることが心の奥にきっかかっていた。どうして、冬月と亜季を別れさせねばならなかったのかを、その一因をつくった真矢も知らなかった。でも、この火傷の件と亜季との件の黒幕が同一人物であることは何気なく勘付いていた。それは、真矢も断る事のできないほどの影響力の持主だった。冬月は、亜季との離別の件は、地域ぐるみではないかと思っていた。あまりにも根回しがよく、あまりにも出来すぎているからだった。冬月はひっそりとその真相を探っていた。だが、探れば探るほど、災いが身に降りかかってきた。春陽草庵に、夕子が来るようになっていた。冬月は、夕子に料理を食べさせてやって、ひと時を過し、夕子が帰った後に、今度は真矢の家に行くようになっていた。そして、亜季の話をずっと聞いて、子供を眠らせて、朝になって、草庵にかえるという日々を繰り返した。冬月は、左手に火傷を負ってから、何かが変わったように思われた。その暗い心は、別に夕子に後ろめたさを感じさせなかった。まだ、夕子との間に、亜季との別れを清算できない何かを潜ませていたのだった。その何かがわかるまで、冬月は真矢のもとに通うのだった。真矢の子供の姿を見るのが楽しみになっていた。子供がなついてくるのだ。
 石油の価格が高くなって、物価が上っていく。それは、輸入品の輸送代の燃料費が高くなるからなのだ。日本国内の自給率が下り続けて、日用品を海外から仕入れれば、どうしても燃料費が価格に入ってくる。これが物価高の原因だ。日本の国内の一次産業が衰退して、ほとんどのものが輸入品にたよるようになった。だから、日本は海外勢力にNOといえなくなっていた。別に、自衛軍が弱いからではない。国内の産業が弱体化していたからだ。だから、国内の産業を振興しようとすると、潰されてしまうのだ。冬月は、田舎の健全化を図ろうとしていたのに、どうしてもうまくいかなかった理由を見つけていた。内閣特務の仕事は内密に進めてきたが、政府の弱腰は国内の状態を軽視していて、多額の借金を恐れて、海外依存でしか国内をまとめられないところまできていた。国内をよくしようとすると、在外勢力につぶされるのだった。なぜ、原油価格が物価に影響を与えるのかは、海外の輸入に頼りきりであるからであると、政府に暗号文を送った。だが、それからの措置があたえられるかはこたえはなかった。巧妙に、原油価格と物価の関係が結び付いていた。これは、現代日本の根本的な問題だ。輸入品を流通させる経路が拡大され、地場物産を流通させる経路は道の駅くらいに縮小させられた。グローバルの名を借りた、利得権益の収奪が平成の不況の間に進められ、今の破滅的な景気回復の中で太り出す。それによって、日本のふるさとは見捨てられ、外国の労働者によってまかなわれていた。日本の若者は、ふるさとを捨て、楽だけを求めた。その重圧は、残された老いた親の背にのっかかり続けた。すべての悪は、女だと思う。女が日本を捨てて、カネに走った。これが日本の崩壊の原因だ。

                                     つづく


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 夕子と冬月の馴れ初めを思い出していた。私は、冬月が霧山のサービスエリアにある高速レストランから追放された経緯も書かねばならない。追放されて、もう、二年経つだろうか。サービスエリアには、上り線と下り線があって、それぞれで料理を作っていた。冬月がこの地にやってきたのは、四年前のことだ。内閣特務機関の仕事で、イラク攻撃を反対しようと論陣を張っていて、ついに前の職場を追われたのが、発端だった。いろいろと事情があった。冬月は、最初の四ヶ月くらいは、上り線にいた。そのとき、夕子におそらく一目惚れしていたのだと思う。つまり、夕子を一目見たときに、ピンと来て、妻・亜季と同じような感覚にとらわれていた。夕子を見ると、亜季を見ているのと同じ気がしていた。そのとき、夕子は真面目で奥手な娘であった。そのとき、冬月には妻がいたが、夕子はいつものボソッとした口調で、「彼氏になってくれないかな。」ってなことをつぶやいたのを覚えていた。冬月に妻がいる事は知らないでいた。しかし、次の日に、冬月は下り線に配属になってしまった。夕子はとても苦しかったろう。おそらく食事がのどをとおらなくなっていたようだ。冬月が下り線に行って、そこで東国原綾に出会った。当時、M交通は多額の負債を抱えており、労働状態も最悪であったのだ。そして、だんだんと怪我人や病人が出て、不足する人員で、売り上げを増加せねんばならなかった。今、冬月がボロボロであるのは、このときからはじまった地獄のせいであった。一人倒れ、入れ代わり立ち代りとなり、使い捨てのように疲れ果てていった。その恐ろしい世界を乗り越えて、皿洗いの日々があった。レストランの厨房の人数が通常より三人少ない状態で、冬月はアルバイトから準社員になれないでいたのだ。そして、その結果、妻・亜季と別れることとなる。冬月は、副料理長と共に、下り線の改革に乗り出した。そして、綾もそれに協力してくれたのだった。綾との友情はここから始まっている。厨房の人数がいなかったので、盛り付けなんかをホールの面子に手伝ってもらって、うどん・そばのスナックコーナーとレストランの厨房を夕方は、二人で切り盛りした。その疲労は計り知れない。そして、ついにM交通は再生機構入りを打電した。経営陣は総退陣してしまった。それまでは、会社が機能を果たして折らず、道路協団と渾然となっている状態だった。そこに、本社と再生機構がからんできたので大変な事になった。冬月が二年目にみんなで一致団結して、少ない人数で前年比120%を達成し、上り線に呼ばれることとなった。そのとき、夕子が背中をちらつかせながら、誘っていたのだった。そのとき、もう亜季とは破局が進みつつあったのだ。なかなか準社員になれずに、業を煮やすのだった。最近、子供一歳の母となった亜季から連絡があり、冬月が結婚したら会ってもいいと約束した。亜季も冬月と話をするのがたまらなくありがたいようだった。やはり愛し合った二人は不思議なものがあるのだ。
 冬月が上り線に戻ってからの二ヶ月は穏やかなもので、夕子ともいい感じが続いていた。そして、夕子が冬月に準社員になったことを知らせたのだった。二人はこのままの関係が続くものと信じていた。しかし、そこに北大路さつきがやってきたことが、二人の仲をこじらせた。さらに、東国原綾も上り線にやってきていたのだった。多面体の複雑な関係性がつくられていた。冬月は、この中に閉じ込められて、亜季との別離の苦しみを抱いてもがいていた。冬月の胸の穴に、それぞれの女性達の感情が流れ込んできて、冬月はやるせなかった。彼女たちは、あまりにも深く傷ついた冬月の心を感じて、母性本能をくすぐられていたのだろう。その優しさは罪なもので、無防備な冬月は操り人形のように、せわしなく働いた。冬月の心は、夕子にあったものの、女たちの戦いに巻き込まれた夕子が可哀想だった。そして、夕子は自分の心を隠して、他の男のもとに走ったように見受けられた。夕子は、そのような心の優しい娘だった。こうして、夕子と冬月は引き裂かれてしまった。仕事を効率的に行なうだけのパートナーとして、冬月は愛を求めながらも、得られない愛をぶら下げられながら、ひたすら働くしかなくなっていた。愛が信じられなくなった冬月は、そんな関係性の中で、夕子に言った。
 「夢のために別れよう。」
 そして、冬月は高速レストランを去ったのだった。利用されたのか、真実の愛だったのかを確かめることもなく、冬月は亜季との別れの悲しみの去るのをひたすら待った。涙ながら、待つのだった。北大路さつきの存在が、夕子を変えていたのかもしれない。そして、再生機構の秋水もいた。さつきがあまりにも冬月を惑わすので、秋水に連れて行ってもらった。さつきと秋水は、美男美女のカップルになりそうだったが、どうなったのだろうか。霧山の山奥では、何が起っていたのか。冬月のうつろな心境ではとらえられなかった。でも、そこには夕子への愛とわかれねばならなかった運命だけがある。その運命の愛の成就は近い。冬月は、女たちの猛然たる誘惑に苛まれながらも、ひかえめな夕子を愛した。女は恐ろしいものである。そう思っていた。追放劇は、数個の失恋の打撃となって、冬月の心を打ちのめした。私は、冬月を支えていたが、亜季との離婚は事実深い傷として残った。夕子は、冬月の心を癒すことができるのだろうか。一目惚れしたときの夕子に戻ってくれればいいのだがと、冬月は思う。でも、変わってしまったところは、どうしようもない。そして、冬月もかなり変わってしまった。霧山人を継ぐものとして、さまざまな苦労を背負ってしまった。夕子と冬月は、出会ったときに戻りたいと思った。そして、その愛だけで何もいらないと思っていた。それでも、運命は深く二人の肩にのしかかる。結納のときに見た翡翠の勾玉、蛇行剣、鏡が脳裏にあった。それは、伝安徳天皇伝とされた。トカラ列島に隠されていて、山人会がひた隠しにしてきたものらしい。そして、それが霧山の地で、夕子と冬月に託されるのだった。翡翠の勾玉は、赤ちゃんの象徴だ。あの形そのものは、胎児である。子宝の象徴が勾玉であるのだ。縄文時代から伝わる結びの信仰である。産霊の神は、それだけ古い信仰の対象であった。その信仰を取り入れた神話はさまざまな神話や占星術や易などの思想が散りばめられていた。しかし、その土壌は、やはり数千年もの縄文時代の生活や信仰が色濃くのこされていた。そして、勤勉な日本人は、いろいろな思想を取り入れて大和の思想を築き続けているのだ。そして、その大和の思想はいまでも活発に生成し続けているのだ。

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※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。


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