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小説・霧山幻想2

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冬月と夕子は結婚することができるのか?







ゆっくりと二十歳の生涯の恋人・荒木田未希の存在が明かされていく。


未婚化や少子化から解放されるような心情をつくりあげたい。

「山人会」に進入して、裏で操る謎の集団“Carmilla”の脅威が訪れた…。

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 私が常に悩ましている問題は、冬月から渡された莫大な日向の歴史の資料にあった。神話の世界から古代に通じているものだ。これは近代においても、伝承されてきた事実であり、生活でもあった。だが、急速に宮崎は南国情緒がなくなってしまったのだ。暑いには暑いのだが、南国の風俗が消えてしまっている。それは、信仰の喪失であろう。山の神への信仰、海神への信仰、それをもとにした生活系がなくなってしまった。神楽なんかは、伝統芸能として残存したが、それは生活に根付いたものではなくなってしまっている。もはや、南国宮崎の生活は、博物館の中にしかない。民俗学の創始者とされる柳田國男は、『後狩詞記』(日向国奈須の山村に於て今も行はるゝ猪狩の故実)によって、日向の民俗に独特の視点を与えた。そして、後世の文学者たちは、神話を、歴史を、風俗を、興味の対象として、作品に仕上げてきた。宮崎の抱える問題とは、日本の創成期、往古の生活を守り続けねばならない使命によって、その発展を妨げられ続けて来たことだ。だから、宮崎は経済的発展から取り残された。ただ、観光地としての経済効果だけが、現金収入であったという厳しい事実がある。その観光地としての地位が崩れて、M交通は、その原動力としての役割を果たせなくなった。冬月は、M交通の再生機構入りに奇しくも関わってしまった。そういう責任が彼には圧し掛かっていた。そして、私もそれを預かっている。綾の叔父が、県知事になって、観光地宮崎の期待は高まっている。だが、やはりM交通の創始者の行跡に勝ることはできない。そして、その行跡を支えたのは、戦前戦中戦後において、数々の文学者たちの活躍があったことを忘れてはいけないだろう。
 万世一系のナショナリズムの幻想もあり、日向民独自の民俗もあり、それらが敗戦によって、ともども消え去りつつある時代だ。作家の中村地平や画家の塩月桃甫なんかは、台湾時代に自分たちのルーツをそこに見出していた。しかし、アカデミックな連中は、日本浪漫派というものを拵えて、国粋への純粋化を行い、封建主義から進化したファシズムを擁護しつつあった。霧山における幻想は、神武天皇の銅像とともに、黒煙を上げつつあった。八紘一宇の塔は、大陸の岩々を切り裂いた。それでも、忘却だけが我々に許された道だというように流れていく。地平と太宰の師、井伏鱒二の『黒い雨』も降り終えて、昨今長崎市長が銃殺される事態に及ぶと、歴史の忘却が進行しつつあった。城山三郎や吉村昭もいなくなり、植木等もいなくなった。戦後というものが遠く遠くなりつつある。終戦の記憶が消えて行く。高度経済成長の記憶も消えて行く。過疎と高齢化は進んでいる。アボリジニの言う「ぬすまれた世代」が増える。日本というものを知らない。生活を知らない。ロスト・ジェネレーションだともいう。だが、それ以上の日本の歴史以上の問題も、人類として抱えているのだ。それは、冬月研究所の進化の研究に委ねられていた。
 杉原夕子は、高速レストランで売り上げを計上していた。冬月と婚約したとはいえ、所得の低いこの地方では、共稼ぎをするしかなかった。だから、寿退社することもできないでいた。まだ、このM交通のレストランにいる理由は、他にもあった。やはり、心の中に、M交通のバスガイドに憧れる女心が残る。日本婦道の真髄を推し止めたるM交通のバスガールは、女の鏡だった。歌は本より、華道に、習字、さまざまな芸を嗜むのだった。やっぱり、儚くとどかなかったバスガールの夢は遠かった。フィアンセの冬月は研究室に閉じこもっているし、仕事においての売り上げもあまりかんばしくなかった。肩をたたきながら、現実の苦難にため息を吐いた。まだまだ、観光宮崎の道は遠い。どうしたら、この夫婦目前の二人を幸福に導いてやれるのだろうか。幸せはまだ遠くにあるようだ。
 追いかけても追いかけても遠くに逃げていく。研究とは、そういうものだ。さらに、すぐには結果がでないし、すぐに役にたつというわけでもない。冬月は、夕子との幸福を研究に費やすかのように、部屋にこもっていた。昔の妻との思い出を忘却させるために、いろいろな資料を読み、解剖し、収拾し、思索をめぐらす。不老不死の研究の果てが、進化の道筋を探ることだった。愛を踏み台にし、没頭する研究に何か価値があるのか。愛ほど、尊いものはないはずだ。そう、説き伏せても、冬月は夕子との幸せな生活を選ぼうとしなかったのだ。冬月が高速レストランと出の山公園との中間にある神の山という場所に、進化研究所を創って、閉じこもり出した頃だった。そのとき、私は出の山公園の民宿に泊まって、構想を練って、執筆をしようとしていた。ちょうど、冬月と夕子が結納をしたあとのことだ。私は、東国原綾と共に、夕子と冬月との仲をくっつけるように、骨を折ったのだった。だから、この二人の幸福を誰よりも願わないわけがなかった。今、私はM観光ホテルに帰って、執筆している。それは、冬月と言い争いをして、その地を離れることにしたからだ。その頃、綾の叔父が県知事に選出されている。それ以来、綾とは疎遠になっていた。冬月と私は、冬月と夕子のこれからの幸福な生活について、言い争ったのだ。私は、夕子といつも一緒にいるように言った。だが、冬月は夕子とは別々に暮らすというのだった。そして、冬月は研究室に籠り出した。私は、何度も冬月のいる研究室に出向いては、夕子を幸せにしてやるように説き伏せようとした。しかし、冬月は狂って何かに取り付かれているように見向きもせずに、恐ろしい形相になっているのだった。私は、その形相につられて、こう言い放った。夕子とお前をくっつけるんじゃなかったと。そうして、私は出の山の民宿を去ったのだった。その言葉はおそらく冬月の心に届いていないだろう。いや、すでに冬月の心というものは粉々になっていて、人間の心を取り戻すことはできそうもない。夕子の愛だけが、心を修復するものと期待していた。そして、それを望んでいた。だが、あの冬月は、研究の鬼となっている。恐ろしく、血に染まった白衣をまとっていた。

                                   つづく

※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。

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 私は、M観光ホテルに戻ってきていた。そういえば、真坂野社長に頼まれて、執筆し始めて、ちょうど一年になる。私は、大淀川のほとりに立っているフェニックスの老木を眺めた。その下には、川端康成の文学碑が横になってる。気負いした割には、たいした文章を書いていない。まあ、綾の叔父が県知事になったくらいだ。かなり、失言に苦慮しているみたいだ。執筆にも、失言がつきものだ。そのことによって、生活が困難になってしまうことだってある。それでも、そのリスクなしに文筆で飯をくうことなどできやしない。
 私はスランプに喘ぎながらも、ホテルで執筆を続けなければならなかった。去年できたばかりのフレンチの店で、食事をとりながら、考え続けた。書けないときは、なかなか浮んでこない。浮んでこないくせに、ご飯だけは食いたくなる。フレンチというものは、だらだらとメニューが続いている。次のディッシュが来るまでに、一つのネタが浮んでこないかと期待する。それでも、なかなか浮んでこない。ネタが浮ぶより先に料理が先に来たりもする。プティ・フランスパンにバタを塗りながら、頭をひねる。そのうちに、アントレがやってくる。アントレは、オードブルとか前菜のことである。パイ皮とアスパラガスになんらかのソースがかかっているものが出て来た。アスパラは貴婦人の指とかで、ビタミンEが多いんだったっけ。アスパラギン酸のアスパラはこのことだろうか。今度、冬月に謝りに行ったとき、ごまかしついでに聞いておこう。冬月と夕子はまだ、口数少ななんだろうか。アントレの次には、スープが出て来た。スープを味見すると、白身魚のだしに、人参、玉ねぎを裏ごししたものが加えられていた。サフランで色付けしてあるのだろうか。スープを残らず、スプーンで掬い取る。私の人生も、残らず掬い取ってほしいものだ。スープの後には、魚料理が出て来る。菜の花、たけのこ、レンコンの天婦羅のもとに、白身魚のホワイトソースかけがおいてあった。その白身魚を食べてみると、脂がのってとろりとしている。今まで食べたことのない魚の身だった。ウナギの味に近いだろうか。私は、シェフが来た時に、何気なく、この魚は何か聞いてみた。
 「それはチョウザメの肉です。」
「チョウザメですか。」
 こんなところに、チョウザメの肉がやって来ている。そういえば、冬月がチョウザメの研究なんとかと言っていた。孵化がどうとか、キャビア養殖がなんとかとか。冬月は、あの後、冬月第三進化研究所とか言う、さまざまなことをちゃんぽんにした実験室に籠ってしまった。実際、あの変人は、大学の研究室を追放されて、行くあてのない放浪人だったからな。やっと、人知れず暗闇の中に潜む事に成功したようだ。それにあんなに美人のフィアンセをもらうなんてな。憎い奴だ。しかも、彼女をほったらかしだときた。私と綾がどれだけ骨を折ったか知らないのか。まあ、あんな俗世間から逸脱した人も珍しい。貴重な天然記念物だ。絶滅危惧種であることには変わりがない。カネにも女にも目もくれない。何が楽しいのか。いや、研究だけだろうね。まあ、私も人の事は言えないかもしれない。
 私は、このチョウザメを食べたとき、書く意欲が湧いて来た。今度は、キャビアだなと思いながら、デセートのカルダモンののった日向夏ぜりー&ヨーグルトを食し、エスプレッソを飲み干し、ホテルの一室に戻っていった。今夜は徹夜で書けそうな気がしていた。しかし、宮崎の観光地復活の道筋は始まったばかりである。

※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。

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 「公的生活であろうと私生活であろうと、人間生活のさまざまな出来事は、建築とごく密接につながっている。だから、たいていの観察者ならば、公共建造物の残骸にもとづいて国家を、あるいは家庭的遺物の調査によって個人を、ありし姿のままに復元しうるくらいだ。考古学が社会的自然界に対する関係は、あたかも比較解剖学が有機的自然界にたいする関係のようなものである。魚竜の骨格が一つの世界の全容を無言のまま物語るように、一個のモザイクは一社会の全体をあらわに示す。すべては双方から由来し合い、相連絡する。それぞれの結果から原因にさかのぼることが可能であるように、原因はおのずから結果を推察させる。学者はこうして古い時代を、微に入り細にわたって復活せしめるのである。」
 冬月は、料理の修行に日々勤しんでいた。そして、夜には、研究所にこもって、進化の研究調査をしているのだった。冬月は、若き日の夢を取り戻すべく、勉強をつづけていた。あらゆる博物に興味を示していた頃、飽くなき探求心が、たくさんの書物を読み耽らせた。冬月は、科学の世界に進んだのだが、人間の心の問題を追究していくうちに、心の魅惑に取り付かれて、科学の世界を去ったのだった。人間の心、すなわち文学、言葉の世界に興味を持ち始めた。言葉の世界というものは、歴史の積み重ねである。冬月は、文学から歴史学に進んでいった。世界の歴史、日本の歴史を知る。そして、自分はいったい何者かという点につき当ったとき、地理と歴史の接合点が自分を形成していると思うのだった。つまり、逃れられない時空の接合点に挟まっているのだ。学問には歴史があり、その学問を勉強するにも時間が必要であるのだ。忍耐こそ、学問の原点だ。苦しみに耐えて、希望を持ち続けるために、人々は勉学に励んできた。そして、さまざまな発明発見をくりかえして、現在のような便利で快適な文明社会を築いてきたのだった。だが、人類は、はたしてその種としての繁栄を存続し続ける事ができるのかと考えたとき、その生存を維持するための基盤の確保、環境保全やライフラインの維持を疎かにしているのではないかと思った。つまり、人類以外の生命体に脅かされることになるということだ。人間の気力が衰えた時、容易に免疫力が低下し、インフルエンザや花粉症になりやすくなる。他の生物や異物に抵抗できなくなっていく。これが人類の繁栄を脅かしていくであろうことを予兆するものであった。冬月は、文明の政治・経済・社会を調べていて、これらがだんだんと理想の産物と化していって、人類の本体である体力が弱っていくことを思った。だんだんと文明の利器に慣れていくと、人間の体力は低下していき、自然の猛威に対抗できなくなってしまう。自然を開発して、自然の猛威を軽減しようという試みはすでに、自然破壊・環境問題という言葉があるように、限界に近づいていた。これ以上の開発は人類の存続に関わるといえるレベルに達したのだった。人々は、これ以上の外的発展開発ができない事を知ると、それを社会の複雑化の方に捌け口を求めたのだった。法律や制度がだんだんと難しくなって、数値で支配されるように進んでしまった。人々の生活は、難しく厳しくなってしまった。そして、弱体化も進んでいる。賢い人々は、歴史に学び、今までの風俗に親しむことによって、命の復原を試みている。それが、人類の叡智を継承するということに気付いている人々なのだ。
 生まれてこの方、学者肌だった冬月は、さまざまな文物の採集が好きであった。だが、激烈な競争社会を避けるように、霧山の地に舞い戻った。職業を転々としながらも、その研究心は収まらずに、社会・経済のしくみを人間の生理をもとに考え続けたのだった。史跡めぐりは、歴史を探究し、地域の歴史も知るようになった。二十代の放浪は、さまざまな恩恵をもたらした。何事も、複雑に要素を絡ませなければ気がすまない。何事も分子レベルで考えなければ気がすまない。そんな常識はずれなところがあったために、長く仕事が続かなかった。冬月は、そんな性格だったので、職人気質に近いのではないかと思ったのだった。そして、料理の世界に足を踏み入れた。食は人間が生きて行くために欠かすことができない。これは、人類の存続に必要不可欠だ。人間は生きるために、食べるのだ。その生命を維持するために、必要な栄養素を摂取する。これが食事の一次的意義である。しかし、人間は味覚に美味しさを追求するようになった。これは、ほとんど心の作用、つまり文学的な作用である。科学によって、人間の肉体を追究し続けたら、心の世界は見えなくなる。だが、実際の人間には心が存在する。それは、人間には想像する力が備わっているからであった。それを秩序付けるのが言葉の存在であったのだ。言葉と現実を直結させるということが、科学的および合理的という本義であり、確認確証の世界であった。人間が生活していると、どうしてもその確認する時間が持てなくなる。そこで、だんだんと迷信に埋もれてしまう。生活に追われている人々には、科学する時間がないので、現実を的確に捉える機会がない。これが、理想と現実の相違というものなのだ。研究室のように一つのことに取り組める環境ならば、きっちりと結果を出す事も可能だが、器具も無い時間も無い環境では、それは空理空論の仮説で終るしかない。空理空論を実証するには、カネと労力が必要なことは言うまでもなかった。結局、現実に縛られることによって、理想は理想に終始し、夢は夢のままになる。科学の世界は、現実社会に馴染めない、専門的なことなのだ。学問には、常識としてはならない分野も存在する。知識人だけが、胸のうちに秘めておかねばならない知識もあるものだ。その選別が非常に難しい。社会的常識とは、日本の慣習に根付いていたはずだし、科学的知識は、研究者においての隠語のようなものだったろう。言葉が氾濫すると、本質を見失って、社会や人間関係の歪みを引起す。それが、バブル崩壊後の混沌であった。言葉の秩序の崩壊した社会は、数値を追い求める獣たちの世界であるのだ。強者は弱者を助けることなく、弱者を辱めて、数値だけを蓄えようとした。道徳は、ダーウィニズムの適者生存の法則から、つまり人類が自然選択から逃れるために発明された人智であったのだ。人類が存続してきた秘訣は、道徳の発明にあった。つまり、どの生物種からも身を守ることを意味した。だが、今の社会において、我々の敵は他の生物種だけではなくなってしまった。それは、文明の利器である。増えすぎた人類を凌駕するように、数々の文明の利器も増殖した。人々の購買意識は、飽くなき経済活動を支え、人々からささやかな生活も奪うような競争社会を生み出した。大金を得た影には、借金に苦しむ恨みが潜む。富者が必ずしも幸福にならないのは、その怨念のせいである。日が射す影には闇がある。その恨みというものは、その子孫にかかってくる。裕福なものでも、子宝が恵まれない。何かを得たら、何かを失っているものである。子供は弱いまま、生まれてくる。そんな子供が競争社会の強くないと生きていけない社会に生まれてくるだろうか。少子化が、カネに縛られた競争社会の末路である。強い者が弱い者を守るという心が生まれて、はじめて大人になり子供を守り育てることができるようになる。その強さを自分のためだけではなく、弱い者のために使えるようになってやっと大人になる。そういう気持ちにならないと、父親になることはできない。身を捨てることができないといけない。慈愛とは、そこから生まれるのだろう。冬月は、夕子と結婚するということについての悩みを打ち消す。研究という砦に逃げ込んでいるところだった。だが、その決心が生じてきたのは、ひたすらに修行の賜物だったかもしれない。だが、冬月の研究肌の性質までは残ったままだった。なぜならば、長い月日がその性質を補強し続けてきたからだ。表面上は変化しながらも、中身のものは残り続ける。それは、樹木の年輪のように次々と蓄積されていくもののようだった。その教養が役にたつ日がくるまで、修行に明け暮れるだろう。
                                       つづく

※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。

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 私が見る限り、冬月はマリッジ・ブルーというやつにはまり込んでいるようだ。夕子との結婚に躊躇する。後戻りできないことへの恐れというものがあった。冬月の頭には、その深層意識が浮んできて、その意識と現実が激しく争いを続けた。夕子は、冬月のそのような様子に困惑しながらも、ただひたすら待ち忍ぶしかない。結婚式までに、冬月の通常では考えられない苦悩を抱きとめられるのだろうか。冬月の半生は、常軌を逸している部分があった。その生い立ちから、現在に到るまでの模範のない人生において、留まることのない放浪のような生活だ。鹿児島に五年、宮崎に二十数年、熊本に五年。冬月には、これといったふるさとがない。家を転々として、職を転々と渡り歩いた。そして、安住を結婚に求めるのだが、その性情がその固定されることに満足できるかが不安であった。また、ぶらりと何処かへ行ってしまうのではないかという不安もあった。それは、幼い頃に形成された潜在意識に刻まれている。戦中、水俣のチッソ工場にいた冬月の祖父は、満州に渡り、沖縄にて戦死した。祖母も長崎の方で看護士をしていたが、父を残して亡くなった。間接的に、戦災孤児となった冬月の父は、その心の淵に深い孤独の色を沈めこんでいたのだった。その影響を受けてか、冬月は孤独の籠の中にいるみたいだ。私は冬月の過去にまつわることを死ぬまでに書かねばならないと思っていた。それは、島崎藤村の『夜明け前』みたいになれば、と愚かながら思っていた。
 私は、池のほとりから、その水面を眺めていた。鯉がぷかりぷかりと浮んでいる。鴨らしき影が何羽ともなく、沈みゆく夕陽の底辺に留まっている。うっすらとして、何かに飲み込まれそうになる。私の抱え込んでいること、冬月の抱え込んでいること、夕子の抱え込んでいること、それぞれの苦悩が出の山の抱える池の重たい憂鬱となっているようだった。冬月は、過去の楔を無理やりにでも深い水底に沈めて、新しい人生に踏み込まねばならない。そして、夕子にしてみても、霧山人を継承するはずの冬月の妻になるという荷物を抱えねばならないという苦痛が胸のうちにあった。果たして、重い重い冬月の抱える人生と冬月の抱えねばならないであろう伝統という継承を支えねばならない立場が務まるであろうか。五十年後の日本を思うとき、敗戦によって辱められた日本の伝統文化、公害によって傷つけられた自然の恩恵をどのように維持していくかが非常に重い重い逃げることのできない責務となる。私は、冬月の前の妻・亜季の父の半生についても書かねばならないだろう。そう、窮々亭今旧の話も書かねばならない。あまりにも、書きたいことが多すぎて、何を書いたらよいのかわからなくなる。冬月のやろうとしている進化の研究や伝統的食材の研究、食材と健康との関係。いろいろとあちらこちらから、湧いてくる清水のように興味の対象が多かった。だが、とにかく、一つ一つ成し遂げていかねばならない。理科にも、物理・化学・生物とあるように、それらの裾野は広く、それらが社会に及ぼしてきた影響がある。冬月は、フリーター時代において、学問の社会的意義というものを探し続けていた。そして、食べるために料理に行き着いていた。食育、徳育、体育という言葉があるように、人間が獣としてではなく生きていくには、それらの教育が必要であることは確かなことである。戦後の頽廃は、人間が人間として生きていくことを失ったということで、それらの教育は人間が人間として生きて存続していくには、どのようにしていけばよいのかを見失っていたのだ。
 私は、またくだらないおしゃべりをしているようだ。しかし、確実に人類は、サーベル・タイガーが長くなりすぎた牙によって滅んだように、その甚大に膨れすぎてしまった知識量に圧倒されることによって、滅亡に近づいていくのではないか。あまりにも、世の中が複雑になりすぎて、世の中の大事なことがわからなくなっている。生きていくのにふつうなことがふつうにできなくなっている。あまりにも、当たり前のことが当たり前になりすぎて、つまらなくなっている。そのつまらないことが生きることに如何に重要であるかということを回帰する。私は、冬月が抱え込んでしまった学問の集大成という魔物を伝えねばならないだろう。だが、知識を増やせば増やすほど、実行することができなくなっていった。興味が絶えないから、だんだんと焦点がぼやけていって、一体何のためにこんなことをしているのだろうかと疑問を持つ。すると、それが心理的に過去の深層意識の嫌な思い出と結合して、その世界に現実逃避する。現実に取り組んでいたのだけど、目の前の高い壁にぶつかって、過去の挫折の経験にしがみつく。それが、日本人の敗戦であって、想像する所の冬月の二十代の思い出なのだろう。どちらもほろ苦いのだ。酒に酔うように、ブルースに聞き惚れるように、過去に翻弄される。そういう過去も書かねばならないが、それはセラピーにならねばならない。だが、まだ、その時期ではなかった。小説『運命に刈りとられた愛の芽』は、今の段階では書けない。いや、書いてはならない。あと、十年は寝かせなければ、ただただ冬月の心の傷を深めるだけになってしまう。結納をすませたばかりの冬月を研究室に閉じこもらせたのは、私のつまらない功名心だった。幸せなはずの二人に水をさしてしまったのは、私のミスであった。あんなことを言わねばよかった。冬月の心を閉鎖するようなまねをした私は、友人としてあるまじきやつだ。私は、ここにやってきて、この地の今までの閉塞感に呑まれていたようだ。ここでは、過去が強すぎて、現在を描くことができそうもない。ここで、浮かんでくることといったら、過去ばかりだ。未来がえがけない。現実が一段落して、私は再びこの地で執筆することになるだろう。私は、ここで浮んできたいろいろなヴィジョンを何冊かのメモ帳に書き留めておいた。そして、ここでまとめた構想は少しばかり眠らせておくことにした。私は、一旦真坂野観光ホテルに戻ることにした。ここで得た素晴らしいインスピレーションを胸に秘めている。そして、また各地を転々として書きつづけねばならない。冬月の研究とやらは、冬月レポートを待つことにしよう。私には、片付けねばならないことが山ほどあるようだ。過去の思い出話を語るのは、まだ先のようだ。もうすぐ、枝垂れサクラの蕾がふくらんでくるだろう。ひとまず、冬月のことは、夕子にまかせておこう。夕子も成長して、冬月の心を抱えることができるだろう。それまでは、愛の熟成期だ。深い愛情が実るにはそれなりの苦難をのりこえねばならない。外野がでしゃばりすぎては、二人の木蔭が失われてしまう。それにしても、綾の身辺も大変なことになった。やっぱり逢えないということはつらいことだ。それが私にとって大きな心的ダメージになってしまったか。お恥ずかしい限りである。ああ、胸の苦しいことだ。早く戻ってきて欲しいものだ。そして、冬月にはただすまないというのだった。

                                     つづく

※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。

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 過去の恋人の姿が、黄泉の国にいる、イザナミノミコトの姿、と重なっていた。決して振り向いてはいけない。思い出してはいけない。そして、その姿を見たいと思ってもいけない。過去の幻影の女が追いかけてくる。その黄泉比良坂をどんどんと逃げていく。それでも追いかけてくる。逃げても逃げても追いかけてくる。救われる事のない永遠の逃亡が続いている。振り向いてはいけない。思い出してはいけない。それでも、女の幻影は追いかけてくる。追いかけてくる。追いかけてくる。追いかけてくる。逃げ切れるのだろうか。冬月は、いつまでもつきまとってくる女の幻影に悩まされていた。その顔は幾度ともなく、変貌しながら、ずっとずっと病魔のように追いかけてきた。研究に打ち込んでも、料理をつくっても、芸術品をつくっていても、どうしても頭の中に住み続けた。忘れなければならない。忘れなければならない。そう思いながらも、どんなに大酒を飲んでも、染み付いて忘れることのできない、亡霊のような記憶があった。そして、デ・ジャヴのように何回も何回も現実で繰返される悪夢があった。冬月は、その女の幻影を遮ってくれる千引の石を捜し求めていた。そして、このいなしこめしこめき穢き記憶を葬り去りたかった。何回も何回も禊をして禊をして忘れ去りたかった。この記憶が思い出される毎に、竺紫の日向の小門の阿波岐原の旅路に到っては、思い出すたびに何度も何度も禊ぎ祓いするのだった。
 過去に出逢いたるイザナミノミコトは、死をつかさどる西王母の記憶を秘めて、葡萄の実、竹の子、桃の実に象徴される文物とともにあった。その記憶は墳墓の宝物の中に潜んでいたのだった。滅び行く東洋の面影を魔界の境に沈めながらも、腐食していく肉体が永久に記憶を残しながら、幻影をうつしだす。それが鏡である。神仙の影響のある鏡が発掘される。この不思議さは、この世のはかない移り変わりに、妖しく光を放った。勾玉、鏡、蛇行剣。夕子が結納の儀で見せられたもの。その秘められた伝統の闇に沈められていた。遠い遠い記憶だけが映し出す深層心理の謎の結びつきがある。常識では理解できない文脈のストーリーがある。薄められてしまった色濃く残るルールがあった。それは戦争が終っても、終っていない。続いている。続いている。追いかけてくる。追いかけてくる。続いていく。続いていく。この霧山の結界の中において、いまだに途絶える事のない不思議なルールは、現実の常識と激しくバトルを繰返している。精神の戦いはひどく恐ろしい戦いであった。東洋か、西洋か、保守か、革新か。稲妻のように激しく繰返す雷鳴におびえているのは誰だ。古代の記憶。江戸の記憶。戦争の記憶。バブルの記憶。記憶。記憶。記憶。記憶が交錯する中、狂ったように身をかがめながら、時間という流れに抗う。現実を自分の思い通りにしたい。だが、現実は一つ。誰のものでもなかった。人々は、それでも諦めずに現実をつかもうともがいていた。縄張りに、権力。つかむ事もままない現実に翻弄される人々がいる。冬月は、隠士になりたかった。表に出ずにひっそりと自分の世界に留まっていたかった。地位や名声というものが、一体、精神の静寂を与えるだろうかと疑問に思った。栄枯盛衰。栄えたものは、その栄華を守ろうとして苦しむことになる。そのような苦しみはいらない。脳に溜まった滓のような知識と戦い、その残渣によって悩み苦しむ。なんという窮屈さであろうか。何事も考えずに、南国の楽園に一瞬でも出会いたい。だが、幸せということに不安を感じる屈折した心がある。結納を交わしたというのに、何とも重く苦々しいことだろう。それも宿命あるがゆえだ。これでは、夕子があまりにも可哀想だ。そうであっても、捻じ曲がった冬月の心が温もりを欲することはなかった。しかし、冬月が家族を見て、喜びを感じないということはなかった。子供を見ると、愛おしくてたまらないのだった。それでも、何かがその喜びを許してくれない。冬月にとっての黄泉の国の記憶のせいであるのだった。
 家族の生活がとても楽しいということは、わかりきったことだ。だが、どうして孤独を選んでしまうのであろうか。それは自由すぎる孤独を好み、束縛される団欒を嫌うからだった。人間への脅えというものがあり、つかめば届く愛を怖がってばかりいるのだった。それは、結納を交わすまでしてくれた夕子に対しても同じだった。あまりにも狂おしい胸の孤独に耐え切れず、プロポーズをしてみたものも、再びもとの殻の中に閉じこもっていく。自分は幸福になってはいけないのだといったような暗示にかかっているのだ。敗戦の傷跡か、民族の誇りの喪失か。人間の社会が分解して、個人主義が跋扈して、個人の共通項がだんだんと遠ざかっていくと、文化がなくなっていく。個人主義の果てに、文化がなくなっていく。文化がなくなれば、それは獣の世界があるだけだろう。人間は、万物の霊長の地位を失って、他の獣と同じように弱肉強食で生き死にを繰返すだけになる。人間には魂がある。魂は観念である。観念は学問の世界を形成した。現実という三次元世界を、みんなに解りやすくした二次元の学問の世界だ。現実を解りやすくすれば、物事の情報が伝達しやすくなり便利になった。これが学問の役目である。魂の発明は、学問の始まりである。ただ目の前にある物だけを追い求めるのではなく、未来永劫に続く魂の世界を信じればこそ、現実の子孫の繁栄をイメージすることができるようになる。この魂の喪失は、人類の存続に対するヴィジョンを失わせることになる。複雑な未来像を魂という言葉だけで伝える。自分が死した後に、自分の魂を子孫が継続してくれる。これは自分たちのつくりあげた社会が存続していってくれるという希望であるのだ。

                                        つづく

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