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私が常に悩ましている問題は、冬月から渡された莫大な日向の歴史の資料にあった。神話の世界から古代に通じているものだ。これは近代においても、伝承されてきた事実であり、生活でもあった。だが、急速に宮崎は南国情緒がなくなってしまったのだ。暑いには暑いのだが、南国の風俗が消えてしまっている。それは、信仰の喪失であろう。山の神への信仰、海神への信仰、それをもとにした生活系がなくなってしまった。神楽なんかは、伝統芸能として残存したが、それは生活に根付いたものではなくなってしまっている。もはや、南国宮崎の生活は、博物館の中にしかない。民俗学の創始者とされる柳田國男は、『後狩詞記』(日向国奈須の山村に於て今も行はるゝ猪狩の故実)によって、日向の民俗に独特の視点を与えた。そして、後世の文学者たちは、神話を、歴史を、風俗を、興味の対象として、作品に仕上げてきた。宮崎の抱える問題とは、日本の創成期、往古の生活を守り続けねばならない使命によって、その発展を妨げられ続けて来たことだ。だから、宮崎は経済的発展から取り残された。ただ、観光地としての経済効果だけが、現金収入であったという厳しい事実がある。その観光地としての地位が崩れて、M交通は、その原動力としての役割を果たせなくなった。冬月は、M交通の再生機構入りに奇しくも関わってしまった。そういう責任が彼には圧し掛かっていた。そして、私もそれを預かっている。綾の叔父が、県知事になって、観光地宮崎の期待は高まっている。だが、やはりM交通の創始者の行跡に勝ることはできない。そして、その行跡を支えたのは、戦前戦中戦後において、数々の文学者たちの活躍があったことを忘れてはいけないだろう。 |
小説・霧山幻想2
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私は、M観光ホテルに戻ってきていた。そういえば、真坂野社長に頼まれて、執筆し始めて、ちょうど一年になる。私は、大淀川のほとりに立っているフェニックスの老木を眺めた。その下には、川端康成の文学碑が横になってる。気負いした割には、たいした文章を書いていない。まあ、綾の叔父が県知事になったくらいだ。かなり、失言に苦慮しているみたいだ。執筆にも、失言がつきものだ。そのことによって、生活が困難になってしまうことだってある。それでも、そのリスクなしに文筆で飯をくうことなどできやしない。 |
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「公的生活であろうと私生活であろうと、人間生活のさまざまな出来事は、建築とごく密接につながっている。だから、たいていの観察者ならば、公共建造物の残骸にもとづいて国家を、あるいは家庭的遺物の調査によって個人を、ありし姿のままに復元しうるくらいだ。考古学が社会的自然界に対する関係は、あたかも比較解剖学が有機的自然界にたいする関係のようなものである。魚竜の骨格が一つの世界の全容を無言のまま物語るように、一個のモザイクは一社会の全体をあらわに示す。すべては双方から由来し合い、相連絡する。それぞれの結果から原因にさかのぼることが可能であるように、原因はおのずから結果を推察させる。学者はこうして古い時代を、微に入り細にわたって復活せしめるのである。」 |
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私が見る限り、冬月はマリッジ・ブルーというやつにはまり込んでいるようだ。夕子との結婚に躊躇する。後戻りできないことへの恐れというものがあった。冬月の頭には、その深層意識が浮んできて、その意識と現実が激しく争いを続けた。夕子は、冬月のそのような様子に困惑しながらも、ただひたすら待ち忍ぶしかない。結婚式までに、冬月の通常では考えられない苦悩を抱きとめられるのだろうか。冬月の半生は、常軌を逸している部分があった。その生い立ちから、現在に到るまでの模範のない人生において、留まることのない放浪のような生活だ。鹿児島に五年、宮崎に二十数年、熊本に五年。冬月には、これといったふるさとがない。家を転々として、職を転々と渡り歩いた。そして、安住を結婚に求めるのだが、その性情がその固定されることに満足できるかが不安であった。また、ぶらりと何処かへ行ってしまうのではないかという不安もあった。それは、幼い頃に形成された潜在意識に刻まれている。戦中、水俣のチッソ工場にいた冬月の祖父は、満州に渡り、沖縄にて戦死した。祖母も長崎の方で看護士をしていたが、父を残して亡くなった。間接的に、戦災孤児となった冬月の父は、その心の淵に深い孤独の色を沈めこんでいたのだった。その影響を受けてか、冬月は孤独の籠の中にいるみたいだ。私は冬月の過去にまつわることを死ぬまでに書かねばならないと思っていた。それは、島崎藤村の『夜明け前』みたいになれば、と愚かながら思っていた。 |
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過去の恋人の姿が、黄泉の国にいる、イザナミノミコトの姿、と重なっていた。決して振り向いてはいけない。思い出してはいけない。そして、その姿を見たいと思ってもいけない。過去の幻影の女が追いかけてくる。その黄泉比良坂をどんどんと逃げていく。それでも追いかけてくる。逃げても逃げても追いかけてくる。救われる事のない永遠の逃亡が続いている。振り向いてはいけない。思い出してはいけない。それでも、女の幻影は追いかけてくる。追いかけてくる。追いかけてくる。追いかけてくる。逃げ切れるのだろうか。冬月は、いつまでもつきまとってくる女の幻影に悩まされていた。その顔は幾度ともなく、変貌しながら、ずっとずっと病魔のように追いかけてきた。研究に打ち込んでも、料理をつくっても、芸術品をつくっていても、どうしても頭の中に住み続けた。忘れなければならない。忘れなければならない。そう思いながらも、どんなに大酒を飲んでも、染み付いて忘れることのできない、亡霊のような記憶があった。そして、デ・ジャヴのように何回も何回も現実で繰返される悪夢があった。冬月は、その女の幻影を遮ってくれる千引の石を捜し求めていた。そして、このいなしこめしこめき穢き記憶を葬り去りたかった。何回も何回も禊をして禊をして忘れ去りたかった。この記憶が思い出される毎に、竺紫の日向の小門の阿波岐原の旅路に到っては、思い出すたびに何度も何度も禊ぎ祓いするのだった。 |





