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夕子は、冬月の心の中に住む女性の影に気付いていた。去年の今頃、冬月は夕子に「夢のために別れよう」と言い残して、高速レストランを後にした。それは、冬月の心の奥底に深く眠る古い失恋の傷跡があることによるものだった。夕子は、冬月の心の扉を何枚も何枚も開いて、やっと最後の一枚の扉を開いて、冬月の心を掴み取ったと思った瞬間、凍りつく思いをしたのを思い出した。この人は、人を愛することができないのではないか。そういう傷ついてボロボロになった心を垣間見たとき、夕子はさっと身を翻すように、冬月と距離を置いたのだった。どうやら、その古傷は前の妻・亜季との離婚よりも昔のことであり、亜季と幸せになりきれなかった原因であり、冬月に普通の人生を歩ませない道を選ばせた理由でもあった。この事実は、夕子と冬月との結婚生活において、深刻なダメージを与えるにちがいない。だが、それは夕子の愛で癒せるにちがいあるまい。 |
小説・霧山幻想2
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私が出の山公園のレストハウスと呼ばれる民宿に宿泊しているのは、冬月と夕子の結納のためだけではなかった。やはり、仕事のためでもあったのだ。新連載が決まって、新しい小説を書くためでもあった。題名は決まっている。『運命に刈りとられた愛の芽』というものだ。冬月を主人公にするが、名前を変えて、少しばかり創作を凝らしてみようかと思う。私の師匠でもある窮々亭今旧は、冬月の前妻の父であった。だが、窮々亭は死んでしまった。その無残な死に様は、書き残さずにはいられない。そして、冬月と亜季とのつらい別れというものもあった。そのままで、書くと彼らに迷惑になるので、かなり脚色しなければならない。しかし、現実は小説よりも奇なり、というが、本当に現実の方が小説よりも面白かったりするものである。私の力では、現実の奇怪さを陳腐なものにしてしまいそうである。しかし、池でも眺めながら、着想すれば、きっといいものに仕上がるであろう。 |
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私と綾が、出の山公園にやってきたのは言うまでもない。夕子と冬月との結納をすませるためであった。 池のほとりにあるレストハウスで、宴会をしようというのである。これで、二人は晴れて許婚の仲になるわけである。ハーブ園を逃れた冬月だったが、今でも山人会の手の平で踊っている状態だった。しかし、何とか私と綾との協力によって、二人の結納にまでこぎつかせたわけだった。我々は、夕子と冬月との仲人ということになるだろう。それでも、古風なる山人会の慣習は破れずして、結納の儀を厳かに行うこととなってしまった。少しばかり堅苦しいかもしれないが、永久の幸福は確定したようなものである。しかし、問題もないわけではない。大体、女というものは開明派が多いというのが通説で、夕子もその説を離れていないということだろう。昔は女が慣習に縛られすぎていたことによる反動が今になって現われて来ているといえるだろう。そして、今では男の方が古風を保つという保守になりがちであった。だから、家庭を持つにすれば、そのアレンジこそが目下の課題ということになってくる。 |
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霧山の冬は澄んで清い。 |
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霞仙女の愛を信じて、ハーブ園を辞した冬月は、春陽草庵に戻ってきていた。霞仙女は、冬月の許には訪れなかった。霞仙女は、そのハーブ園に縛られていて、そこを抜け出すことはできなかったのだ。それは、仙女としての宿命なのであろう。もし、少なからずの愛があったにしても、それは偽りに近く、未熟なものであったに違いない。だが、それは時を重ねれば成就するにちがいなかったが、冬月にはソレに対する忍耐も気力も失っていた。だから、その時を待たずして、別れを選んだのだろう。愛とは時の積み重ねである。冬月は、心の中に過去の幻影を持っている間に、女性と付き合うということにおいては、失礼ではないかと思っていた。だから、霞仙女との生活を許すことができなかったのだ。 |


