平成17年4月6日から平成23年9月6日までのブログ

日本の四季を大切にしよう。引越し先でも閲覧可。下の一言が入り口↓ 容量2GBを超えたので引越ししたよ。

小説・霧山幻想2

[ リスト | 詳細 ]

冬月と夕子は結婚することができるのか?







ゆっくりと二十歳の生涯の恋人・荒木田未希の存在が明かされていく。


未婚化や少子化から解放されるような心情をつくりあげたい。

「山人会」に進入して、裏で操る謎の集団“Carmilla”の脅威が訪れた…。

記事検索
検索

イメージ 1

 霞仙女の誘惑の影に、ある陰謀のあるを知った冬月は、彼女の身の境遇に同情するようになった。冬月は、その影のある瞳に惹かれながらも、これ以上深く入り込んではいけないという危険をまた感じてもいた。霞仙女の帯びた使命は、様々な薬草をつくることによって、不老不死の妙薬を作り出すということだった。そして、その使命を抱えて、それを実行するために、このハーブ園に囚われているように見えた。その隷属的な仕事というものは、見るに絶えない強制をも持ち合わせていた。そのうち、冬月は、霞仙女をハーブ園から自由にしてやろうと思うようになっていた。その使命のために、結び付けられようとした二つの赤い糸は、ある目論見によって、無理やりつながれようとした。しかし、その理不尽さは、やがて共通の同情を生み、その模造品ではあるが愛のしるしを生み出そうとしていた。
 だが、冬月は、不老不死の料理において、もはや幻想を懐いていなかった。なぜならば、老化現象とは、遺伝子レベルでも決定づけられていて、現実的には不可避であるということを知りつつあったからである。それでも囚われている霞仙女に、その現実を突きつけることはできなかった。彼女がその現実を知ったとしても、このハーブ園からも、山人会からも、抜け出すことはできない。では、霞仙女をその報われない使命から解放するためには、一体どのようにしたらよいだろうかとも考えた。それは、その誘惑に捕らわれたふりをして、そのまま脱出してしまうのが得策ではないかと思った。霞仙女は、冬月の自由奔放なところを好きになっていたので、そのような流れもあり得るであろう。だが、それは冬月の心に残る夕子への気持ちへの裏切りではないかとも思えた。だが、霞仙女はいつのまにか、冬月の心の闇を消し去っていたのを知った。これは、一体何なのだろうと思った。そして、その恩恵に返礼してやらねばならないとも思った。だが、冬月の内部では、それは誘惑に負けたのか、本当の同情なのか区別はつきにくかった。だから、すべては成り行きに委ねるしかなくなっていたのだ。
 冬月は、霞仙女に言われるままに、土を耕したり、収穫したり、その材料を使って、料理を作ったりしていた。そこに微妙な感情が生れるのは、ポッカリと穴が開いていた心には当然のことであって、自然の成り行きであった。そういった心情の隙間に、相手をあてがうといった山人会の手法は恐ろしいものがあるのだった。そういった心理的な暗黒にすんなりと入ってきた霞仙女は、自分の意志で冬月の心に入ってきたのか、山人会の使命のために冬月の心に入ってきたのか、自分でもわかっていないようであった。ただ、囚われているというしかない、その闇のある瞳だけが冬月を惹きつけた。そして、次第に冬月の心の闇を打ち消していくのがわかった。つまり、不老不死の料理を作ることにおいて、共通の話題を通して、その孤独を打ち払ってくれる相手に出会ってしまったということだった。だが、冬月には夕子との約束があった。だから、この運命の赤い糸の選択は、もはや天にまかせるしかないとまで思いつめていた。
 やがて、冬月は霞仙女をハーブ園から救い出そうと思った。それは、霞仙女が自分に想いを寄せていることを確認したからだった。だが、山人会から使命を帯びた霞仙女は、そこから抜け出すことは容易ではなかった。冬月は、ある賭けに出た。夕子との約束を守り、霞仙女を救い出す方法を実行するのだ。冬月は、ハーブ園を飛び出した。そのことが、霞仙女をハーブ園から脱出させる手段だと思いついたからだ。自分が辞めれば、彼女もその園を辞めるであろうと思ったのだ。それしか、彼女を報われない使命から逃れさせる手段だと思った。夕子との約束がある限り、霞仙女の誘惑には落ちない。そして、霞仙女の愛が本物ならば、受け入れようとまで覚悟していた。冬月は、ハーブ園を去ることにした。そのことによって、霞仙女の呪縛が解けるであろうと願ったからである。そして、冬月は夢として、不老長寿の料理を作ろうと、新天地を探そうと決めたのだった。霞仙女の瞳の奥に、二千年前の秦の始皇帝の時代の前世の出会いが写っていた。徐福が不老不死の妙薬を求めて、蓬莱山へ行ってしまったあとのことだ。妙薬は得られなかったけれども、そこに将軍と古朝鮮の姫とのロマンスがあった。そのような直感が脳裡に閃いたとき、冬月は霞仙女に感じた懐かしさを思った。無意識に秘められた運命の赤い糸の結末を知る術はない。だが、それは縁という奇怪なものにしか存在しない不思議さがあった。また、前世のすれ違った恋人達の現世におけるすれ違いがロンドのように廻っていく。

                                   つづく

※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。

霧山幻想39 中村為彦

イメージ 1

 霞仙姑のハーブ園で働く冬月だが、未だに真坂野交通の一件に苦悩していた。私は真坂野観光ホテルにおいて、神話伝説の研究をしている。なかなか、その研究は進展しないわけだが、何だか綾との関係はうまく行き始めていた。それは、さておくとして、今日はホテルの会議場で、重要な話し合いがあるらしく、関係者各位が集まって来ていた。その内容というものが、どうやら冬月が懺悔のために、真坂野社長に書き送った手紙が発端で催されたものらしい。その内容というものは、M交通のバスを太陽光発電で走らせるプロジェクトらしいのだ。私はホテルの一室にいるわけなので、詳しいことはわからないけれども、昨今のQ国攻撃による原油の高騰は、M交通においても燃費の増大を招き、大幅なバス路線の削減に追い込んでいた。そういった事態に、冬月はハーブ園の仕事の合間に、活動的に、M交通のスポンサー各社を訪問し、真坂野社長の意向も受け、増資を願って廻っていたのだった。動き出した冬月というものは、本当にとんでもないことを実行していこうとする。ソーラーバスの開発は、環境立国日本の、言わば“天岩戸開き”であり、太陽の国・日向にふさわしいエネルギー源であると思われた。去年は台風被害がひどかったが、今年は災害は比較的に少なく、稲作も豊作のようである。さて、みんなの協力によって、太陽神・天照大神を導き出して、再建の道を切り開いていくのであろうか。
 冬月のとんでもない活動の原動力というものは、離婚してしまった亜季や、師であり亜季の父でもある亡き窮々亭今旧との過去を紛らわせるためであるとも言えた。だが、ハーブ園で働くようになってから、もはや冬月は私にもその過去についても話そうとしなくなったのだ。だが、冬月は、この亜季との別離の一件について、ある種の疑惑を持っていた。一体、誰が亜季と冬月を別れに導いたのかということだった。今、冬月は、杉原夕子とも袂を別ち、そういった色恋沙汰から離れてしまっていると思われがちだった。だが、そこにも策謀が巡らせてあるのだった。冬月と亜季を別れさせたことは、実は別の女性とくっつけるためであったのではないか。冬月が霧山人となるためには、神仙の資格のある霞仙女こと、霞仙姑を妻にするべきであると決定がなされていたのだ。それを決定したのが、おそらく山人会という江戸時代から続くと言う結社である。今は、高天ヶ原神社に住む老師こと楚山人が、長老を務めている。山人会は、詩・書・画などの芸術のほか、料理や文化伝統を重んじる組織であり、どのような時期においても、まったく無事に乗り切ってきた。それは、GHQに占領された敗戦後においてもであった。それほど、頑強な組織が存続する理由はよくわからない。だが、そこに不老不死の秘薬の存在が仄めかされているかららしいのだ。
 長寿国・日本という国は、老人の増大によって、沈みかけている。老人が増え、それを養うために財政が崩壊しつつある。その崩壊は、若い世代の家計を直撃し、さらに子供を育てることが経済的に困難になっていくという負の循環を続けているのだった。正社員は、パートに落とされ、ますます少子化を進める原因を作っていた。経済的に自立できない壮年が増えるにつれて、晩婚化が進み、もはや人材を確保できなくなりつつあるのだ。医者も儲からない産婦人科や小児科を避け、いかにも功利主義的な教育が跋扈し日本の衰退を証明している。その恐ろしい利益優先によって、日本人の社会基盤は大幅に崩壊していく。日本が助かる道は、利益を度外視して、世の為人の為にと働くことだろう。
 冬月は、山人会の選んだ新しい妻の候補として現われた未知なる女性・霞仙女の誘惑に悩まされていた。夕子との遠い約束も、亜季との楽しかった日々の思いでも霞み行くかのようだった。それでも、冬月は仕事に没頭する事によって、その誘惑を断ち切ろうと必死であった。それでも、だんだんと心を奪いつつある霞仙姑の持つ影のある瞳は、冬月と似たものを持っていた。その面影、十数年前の冬月の心の古傷を彷彿させるものがあった。霞仙姑の故郷は、九州の天の川・筑後川の北部に在りしことに、冬月の心を大きく揺さぶり、二十歳の恋愛の屈辱を漱ぐべく、大事な出逢いと位置づけ始めているのだった。そういった心の動きを知りつつも、冬月は看護婦をしていた亜季との思い出をなぞる様に、料理と医療をつなげて、栄養療法の勉強もしていたのだった。だが、栄養学は霞仙女の専門分野、またしても手のひらに乗せられている冬月が居た。霞仙女は、不老不死の料理のカギを握って居ることは確かであった。冬月は、分子生物学の研究において、老化現象というものを遺伝子レベルで解明していた。だから、山人会が結婚において、この二人を結びつけて、不老不死を求めようと画策したのではないだろうか。それでも、恋の行方は二人の運命の赤い糸に委ねられているのである。だが、もはや冬月は恋愛はしたくない、恋愛をするのならば結婚前提でなければならぬ、と決めていた。それは、もう誰も失いたくないという心によるものであった。卒業しても、失恋しても、失業しても、離婚しても、死別しても、別れのショックはことごとく大きなものである。それは、老人においては、老化現象の開始点になるほどのストレスとなる。人との別れというものは、これほどまで人生に大きな影響を与えるものなのであろう。だから、冬月は孤独を愛し、出逢いに慎重になるのかもしれない。

                                     つづく

※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。

イメージ 1

 冬月が霞仙姑のハーブ園で料理の研究を始めて、ひと月が経とうとしている。霞仙姑は、栄養学の知識を持ち、冬月の料理の研究に拍車をかけていく。冬月が大学で勉強していた生体の構造や細胞のしくみというものと重なっていく。生命が維持されていくためには、食料を摂って、ボディの材料をそろえなくてはならない。ボディ・プランを設計するのが遺伝子であるDNAであるが、DNAが導き出す蛋白質が構造物である筋肉や神経をつくりだした。さらに、蛋白質は酵素という物質代謝に関与している。この酵素こそ、体内の新陳代謝を活発にして、疲労回復や成長に深く関わっているものであった。エネルギーを生み出したり、神経伝達物質をつくったり、さまざまな物質が生み出されることによって、人体が生育しているのだった。だが、人体は病気になったり、老化したりする。それは、生体の耐え切れないストレスを抱えてしまうからである。ストレスというものは、人体の回復よりも多い疲れによるものからくる。すぐに取れる疲れならば、ストレスとは言わないであろうが、だんだんと溜まってくる疲れのことをストレスというだろう。このストレスが続くと、人体は老化してしまう。しわが増えたり、白髪になったりする。どうして、そのようになってしまうのか。そういうことを、冬月は霞仙姑と共に、調べているのであった。冬月が考えていることは、栄養素の欠乏が基礎代謝を停止又は減少せしめてしまうからではないかということであった。つまり、体内の滞っているものをすっきりさせることによって、ストレスから解放されるのではないかといえた。
 中医によると、気が滞ってしまうという表現を使う。気が滞るということは、エネルギーが生み出されないで、身体の活力がストップしているとも言えよう。細胞レベルでいえば、解糖系やクエン酸回路、電子伝達系なんかで生み出されるエネルギーである。このエネルギーは、高エネルギーリン酸結合をもつATPに貯えられていて、必要なときに使用できるようになっている。このATPを生産する主な場所がミトコンドリアと呼ばれる部所であった。たいていは、ブドウ糖を使用して、このATP生産を行う。ブドウ糖の仲間をまとめて、炭水化物といった。ブドウ糖は、肝臓でグリコーゲンとして、貯蔵していて、必要なときにブドウ糖に戻されて、各組織の細胞で使用されることになる。このとき、アドレナリンやグルカゴンといったホルモンが血糖を上昇させるのに関わっている。この反対が、インシュリンで血糖を下げる役割をもっている。だが、このインシュリンの役割が何らかの原因で阻害されたならば、血液中の糖分が多いままになってしまう。これを糖尿病といった。血液中の糖分が多いと、コレステロールや血小板、赤血球なんかがくっつきやすくなって、血の巡りが悪くなってしまうようだ。そうしたら、血栓や壊疽なんかの病状につながってしまう。そのように、何らかの因果がめぐって、健康になるか、病気になるかを決定づけている。ストレスから病気になるか、解放されて健康になるかは、ほとんど食生活にかかっているといっても、過言ではない。
 食材に含まれる栄養素の成分はもとより、食材を生育していかねばならないので、冬月たちは骨をおっていた。日本においては、昔に比べて飛躍的に栄養状態がよくなって、さまざまな食品が手に入れられるようになった。だから、長生きする年寄りが増えてきたのだろう。それは、中国の文献によると、東の蓬莱山は日本のことであろうという言い伝えと一致する。縄文の昔から、日本列島に住む人々は、長生きをしていて、それを伝え聞いた中国の皇帝は、不老不死の妙薬があるからだろうと空想した。そして、秦の始皇帝は、斉の方士・徐福らに不老不死の薬草を取りに、東海に行かせることになった。だが、徐福は帰らずして、始皇帝はまもなく死した。人間の生死とはそのようなものかもしれない。人間が不老の術を体得するとしたら、副作用のある薬ではなく、バランスの摂れた食生活にあるのではないか、ということに行き着く。だが、さまざまなストレスの中、自分の体調がどの栄養素を欲しているかは、容易にはつかめない。だから、人々はだんだんと老いていく。ましてや、他人が作ってくれる料理が自分の体調にあった料理であるかは難しいところであった。そういうことを補うために、料理人は料理の心というものを磨くことを第一としてきたのだった。他人のことを理解しなければ、おいしいと言われる料理はできない。そして、さらに踏み込んでいけば、その健康を察した料理に至るということはなかなかできないものであるのだった。薬の処方と同じように、食材の処方を行うということも、それぞれの食べる人のことがわからなければ、できないことだ。知識があっても、現状に合っていなければ、誤診ということになる。そこまで、重大にならなくても、観察力が高まれば、おのずと性能が高まっていく。
 冬月は、霞仙女の心の中に、ある男の影を見た。そして、霞仙女の誘惑があっても、その男の影に躊躇した。だが、その影というものは、現実のものなのか、過去のものなのか、はっきりしなかった。それは、冬月の心の中にある、亜季の影に似たようなものであろうか。冬月は、料理の研究において、そういった心の古傷を忘却させていった。そして、亜季との離婚以前の、二十歳の失恋を癒してしまう、その霞仙女の符合に困惑した。かつて、大きな天の川は、九州を真っ二つに分けて、二人を引き裂いた。これは十年前のできごとだった。だが、霞仙女の故郷は、その天の川の北側にあるという。髪型は異なれども、忘れえぬ幻の恋人に背丈や性格が似ている霞仙女に、冬月は困惑していた。それは、夕子のことを、遠くに突き放すかのように見えた。あくまでも、研究のパートナーであるという理性的な分別が、やがて情念によって、揺り動かされていく。同じような心の闇を持つ二人の神仙において、その到達点がどのようになるかは、いまだにわからないことであった。運命というものは、おそらくそのようであっても準備されたものであろう。二十歳のころの約束を、干支が一回りして、その約束を果たすために、再来した幻の恋人のように思う冬月であった。だが、霞仙女の瞳の奥に潜む真っ黒い影だけが、冬月を迷わせるのであった。

※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。


 

霧山幻想37 中村為彦

イメージ 1

 途切れたる運命の赤い糸の行方は如何になりたることなるや。冬月と夕子の関係はこのまま終わってしまうのだろうか。冬月は、不老不死の料理を求めて、その食材たる植物を調べている。そこで、山人会の老師・楚山人の紹介で、霞仙女なる霞仙姑の経営するハーブ園に通うことになった。霞仙女は、崑崙山で不老不死の桃農園を管理する西王母のような存在だと、冬月は思っていた。桃は、中国では漢方五果の一つに挙げられる。漢方五果には、モモ、クリ、アンズ、スモモ、ナツメがある。そのように、身体によいとされる植物を探して栽培しているうちに、広大なハーブ園ができあがったようである。冬月は、料理を通して、今まで勉強してきた事柄を思い出して、人体と食事の関係をつなげることに行き着いた。食物は、消化管内でアミノ酸、ブドウ糖、脂質なんかに分解されて、体内に取り込まれる。肝臓では、多くの物質代謝が行われて、細胞の構成に必要な物質が用意されることになる。そういった物質は、血管を通って、各器官の細胞に分配される。その分配された物質を使って、体の組織をつくる細胞をつくるために、細胞分裂が開始される。だから、肉体というものは、食物を採らねば、生きていけないということになる。物質代謝には酵素が必要で、この酵素は遺伝子の発現によって、DNAからmRNAへの転写、mRNAからtRNAへの翻訳とつながって、タンパク質合成によってつくられる。tRNAには、各種アミノ酸がくっついていて、タンパク質の構成を秩序立てているのだった。これは、身体を構成する物質をつくるための働きで、もう一つは細胞や組織をつくるための働きが遺伝子にはあった。細胞が増殖しなければ、肉体というものは維持できない。細胞が増殖するためには、DNAが正しく複製されなければならない。DNAが複製されれば、細胞分裂が行われる。そのとき、細胞の中では、あわただしく酵素が活躍しているだろう。
 冬月は、形態形成の研究に興味があったが、ある事件によって、研究室を追放されたのだった。それは、遠い過去の話である。そして、今となっては、どうでもよいことでもあった。冬月は、不老不死の料理について、肉体の老化現象は、肉体の機能低下や代謝機能の不具合が解消されなければならないと見ていた。食物による栄養素の失調は、老化における最大の原因であるが、栄養素は食事において、完全であろうが、それでも肉体の衰え自体が、体内への栄養素の摂取を困難にすれば、もはや、料理による不老不死の成立は困難であるという答えに達していた。そうすれば、どうすればいいのか。やはり、健康なうちに体内の栄養のバランスが崩れないように気をつけるしかないということになる。体内の栄養のバランスの崩壊が、老化の始まりにつながる。栄養のバランスが取れた食事をしているということが老化現象を遅らせる初歩的な手段である。しかし、人間にはさまざまなストレスが存在する。そのストレスには、個人差が出現してくるために、容易に、栄養状態の偏在を見分けることは難しい。それを見極めなければ、不老不死の料理をつくるということは不可能だろう。不特定多数に適合するというような健康料理というものは、単純にはありえない。何事も、処方は、適宜に施す必要がある。そこの見分け方が非常に難しいのである。
 冬月は、霞仙女のもとで、そういった食物と健康について、考えているのだった。また、霞仙女もまた、そういった事象に詳しいようだった。だが、冬月は、そのような知的な問題とは別に、今までの感情的な欠落において、霞仙女の誘惑に悩まされることになっていた。霞仙女の面影が、別れた妻・亜季のものと妙に重なるのだった。冬月は、好きになってはいけないと思いながらも、妙に惹かれてしまう自分の肉体に困惑していた。別に男がいるかもしれないのに、感情だけは止めることができない。さらに、高速レストランに置いてきた杉原夕子への気持ちも混ざっていた。複雑極まりない冬月の頭脳は、ミノタウロスの迷宮のごとく、ぐるぐると天空を舞うとんびのように、行き場を失いはじめていたのだった。やがて、冬月は、惹かれゆく霞仙姑との間に、仕事とプライベートの区別をつけることができるだろうかと悩み始める。冬月の過去の古傷を、完全に癒してしまって、虜にしてしまう妖力に迷いはじめるのだった。仕事の疲れは、さらに、その容態を引き出していく。ハーブ園での植物の世話の仕事、そこから料理を作り出すことは、冬月に大きな疲れをもたらした。疲れれば、疲れるほど、支えというものが必要となるということ。孤独に強いはずの冬月が、だんだんと霞仙姑の包容力に屈服されていく。これは、夕子との間にはなかったことで、共通の目的というものが、運命のパズルの一片を埋め合わせることにつながっていくのであった。避ければ、避けるほど、深まっていく想いは、この世の不思議。過ぎ行く時だけは、駆け足で去っていく。
 
                                     つづく

※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。

霧山幻想36 中村為彦

イメージ 1

 冬月と夕子をくっつけることに失敗した綾は、私のいる真坂野観光ホテルにやってきた。
 「やっぱり、あの二人は恋人どうしになりきれませんでしたわ。」
 綾は、落胆していた。私は、綾をなだめるように、優しく言った。
 「七夕の日に、逢わせてやったのがいけなかったかな。どうやら、七夕というものは、中国の古い神話が元になっているようなんだよ。日本では、七夕と天女の羽衣伝説は、別々に伝わっているけれども、実際は一つのストーリーだったようなんだ。」
 「天女の羽衣伝説?天女が水浴びしているときに、羽衣を盗んだ男が、帰れなくなった天女と結婚するという話よね。」
 「まあ、そういうところだ。この二つのストーリーには、西王母という女仙が関わっていた。」
 「崑崙山に住むという仙女のこと?」
 綾は微笑みながらも、私に尋ねてきた。
 「ああ、そうだ。今では名前すら忘れられているけれども、仙女の頭領みたいなもんだよ。初めは、疫病や刑罰をつかさどる恐ろしい妖怪だったのだが、時代が下るにつれて、長命を得るといわれる仙桃を管理し、艶やかで麗しい天の女主人というイメージになった。まるで、君のようだね。」
 「まあ、お上手なこと。では、どうして、そんなにイメージが変化していったの?」
 私は頭を掻きながら、推測の論を答えるのだった。
 「中国の黄河流域のことを中原というのだが、初め、そこに住みついた人々は西の山岳地帯の人々を恐れていたのだが、時代が進むと西域との交流が進んで、だんだんと文物が入ってくるようになって、西の山岳地帯から来る人々のことに好意を持つようになっていったんだと思う。漢の時代になって、シルクロードを通した交流が活発になって、オアシス国家ができあがっていった。そのオアシス国家の中に、楼蘭という都市があったことを知っていいるかい。」
 「ええ、『楼蘭の美女』と呼ばれるミイラが発見されたところでしょ。」
 「その『楼蘭の美女』が西王母ではないかというわけだ。この『楼蘭の美女』は、だいたい紀元前19世紀ごろの人物らしいから、殷王朝ができる前くらいのことだ。『淮南子』という書物には、“西王母は流砂の瀕(ほとり)に在り”とある。これは地名をさすが、ほとりが水扁であることから、砂漠のオアシスが連想されるので、楼蘭のことだと思われる。エジプトでは、不老不死のために、まあ、死んだ後に、魂が戻って来れるようにミイラをこしらえた。肉体が朽ち果てないということは、生きているということではないが、当時の人々には不老不死を思わせるに十分だったにちがいない。だから、『楼蘭の美女』は不老不死の象徴であるとされて、中国では西王母という最高仙女にまで幻想的に高められたにちがいない。」
 「あんまりいい話じゃないわね。夢も何にもなくなちゃう。やっぱり、西王母は崑崙山の仙女じゃなきゃ。」
 綾は少しばかりがっかりしたような顔をした。私は、話を元に戻すことにした。
「七夕と天女の羽衣の話の方がよかったね。あまりにも、科学的に物事を追究すると、真実は見つかるけれども、夢も希望もなくなっちゃうね。冬月も、真実が正解であるとは限らないといっていたっけ。まあ、冬月と夕子の境遇に似た七夕の物語はこうだ。西方の果てにあるという崑崙山には西華という西王母の治める仙女の国があった。七夕の織姫は、西王母に仕える仙女の一人だった。だから、そのころは織女と呼んだ。ある日、織女は仲間の仙女と下界の湖で水浴びをして遊んでいた。天の羽衣を脱いでいるので、もちろん裸だ。そこを人間の若者に見られてしまった。その若者は老いた牛を友としていて、常に一緒にいることから牛郎(ニュウラン)と呼ばれていた。または牽牛ともいう。」
 私は少しばかり間をおいて、綾を眺めた。綾は、話が長くなりそうなんだが、冬月と夕子の今後につながる話ではないかと我慢して聞いていた。
 「その老いた牛は、牛郎に織女の衣を隠すように指示したので、その通り隠す牛郎だった。天の羽衣を隠された織女は、仙女の国に帰れずに、ただ一人取り残されてしまった。一人では生きていけない織女は牛郎の妻となる。そして、その夫婦は三年間をともに暮らし、二人の子宝に恵まれて幸せにくらしたとさ。ところが、このままでは終わらなかった。そこに西王母の使者が現れた。仙女の国の法律では、仙女と人間との婚姻は許されていない。そこで、織女は仙女の国に連れ帰され、二人の間は引き裂かれてしまった。牛郎は、牛皮を被って妻を追いかけた。仙女の国に牛郎がやって来れないように、西王母は銀のかんざしを引き抜いて線を引き、川をつくった。それが天の川だという。または銀漢ともいう。あきらめても、あきらめきれない織女と牛郎。二人は、互いに川の両岸で涙を流して悲しみ続けた。それを見かねた西王母はさすがに可哀想に思って、年に一度、七夕の夜だけ会うことを許したという。」
 「仙女の国の法律も厳しいのね。改正してやればいいのに…。それで、冬月さんはこの話をどのように解釈しているというの?」
 綾も少しばかり長い話にくたびれて、少しばかり現実に返っていた。
 「冬月のことだから、この逸話は知っていると思う。だから、冬月は前向きに霧山人への道を突き進んでいくと思われる。山人は、山中に隠れ住む人の意味だが、文人などが雅号の下にそえる言葉だ。また、ヤマビトと読めば、仙人のことを指す。冬月は、夕子のいる仙女の国の住人になるために、仙人になる修行をしているようなものだ。」
 「えっ、冬月さんは料理の修行をしているんじゃないの?」
 「それは表向きの話さ。仏道修行を終えて、解脱した冬月の向かう先は、仙道の修行にあったわけだ。料理の修行というのは、仙道における食養法、導引術が含まれる地丹法のことだ。別に、天丹法、人丹法とあるが、すべて気を強化する方術である。天丹法を究めれば雨司と呼ばれるシャーマンのように天候を操れるようになるそうだ。冬月によれば、地球温暖化によって、天候を操る術の理論も難しくなったようなことを言っていたよ。」
 綾は、突然、別世界に飛ばされたような気になったが、まあ普段から細かいことは気にしないので、とぼけたふりをしていた。
 「それで、冬月さんは今どこにいらっしゃるの。霧島神宮の近くの雲霧館というところにいると聞いているけれど…。」
 「うーん。最近はどうも霞仙姑と呼んでいる女の人のところへ入り浸っているらしい。まあ、霞権現の近くのハーブ園でなにやら調べているといったほうが正しい。」
 綾は驚いたふうに、何かを考えた。
 「確か夕子もあの辺りからやってくるわね。なにやら、面白くなりそうね。」
 「霞権現では、霧山での修験道の修行に入る前に、行者がそこで鍛練していたそうだ。何だか、本当に修験道の修行に入るつもりだったりして…。」
 二人は笑いながら他に雑談して、冬月と夕子の成り行きを見守ることにした。

                                       つづく
※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。


.
霧山人
霧山人
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

エコロジー

日本的なもの

標準グループ

感覚として

健康について

わーるど・ネット

小説家たち

政治勢力

料理ひと

Yahoo!からのお知らせ

友だち(8)
  • 杉山 浩司
  • ayumu
  • RYUMYAKU
  • oxauco
  • ゆきの@冬地蔵
  • C-KOA
友だち一覧
検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事