平成17年4月6日から平成23年9月6日までのブログ

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小説・霧山幻想2

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冬月と夕子は結婚することができるのか?







ゆっくりと二十歳の生涯の恋人・荒木田未希の存在が明かされていく。


未婚化や少子化から解放されるような心情をつくりあげたい。

「山人会」に進入して、裏で操る謎の集団“Carmilla”の脅威が訪れた…。

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 冬月は、雲霧館の近くにある料亭で料理の修行をしていた。家に帰ってからは、食物や薬草の勉強をしているのだった。冬月は、なぜ高速レストランを去らねばならなかったのかを考えていた。前々から、その経営のずさんさに気づいていた冬月は全く重要な仕事をしようとせずに、皿洗いや生ゴミ捨てや調理ばかりの仕事をしていた。冬月は、責任者でも何でもなく、ただのアルバイトであった。しかし、去年の十二月になって、契約社員になったものであるから、少しばかり仕事の内情を見ることになってしまったのだった。再生機構が入ってきていたので、利益の出るやり方に変更することになっていた。真坂野交通は帰路に立たされていた。冬月は、少しばかり頭が切れるので、そのやり方にピンと来た。そして、改善するために尽力を尽くそうと思った。しかし、冬月は下の立場であり、何の権限も責任も持ち合わせていなかった。それでも、経理の杉原夕子は、そのような冬月に呼応するように、会社のやり方を改善する方向で協力してくれたのだった。今でも、それは正しいことだったと思う。しかし、今までのやり方を変えたくない人たちは非常に面白くない。安い給料で食いつなぐためには、どうしても食費を浮かすために、食材をちょろまかすことが必要だったのだろう。だんだんと、改善が進むと、きっちりと仕入れと売上げを出して、利益をだすことができるようになっていった。しかし、食材というものは、多く仕入れすぎると長持ちしないために腐ってしまう。その分が廃棄として損失となる。だから、なるべく、損のでないように仕入れるようにしなくてはいけない。客が増える昼のピークに揚げ物を揚げすぎて、余らせたりしないために、無駄な作業をしないようにもしていた。そのようにして、だんだんと職場は改善されていったのだった。しかし、ある棚卸しのときに、帳簿と棚が合わないということが発覚して、その責任がうやむやになったということがあった。冬月は責任者でなかったので、その理由はわからなかった。だが、それは霧の中の穴として、何十年として積上げられた山のようなものではないかと思っていた。そういった責任は、棚上げにされて、新しい会社として独立することになっていった。会社が小さくなれば、その分だけ会社のやり方も楽になるからだろう。冬月は、更なる改善のために、夕子たちと頑張るはずだった。
 冬月は、人参や大根を刻みながらも、新会社をますます発展させるということに対して、悔いを残し続けているのだった。だから、霧山を反対側から眺めていても、その向こう側の高速レストランのことを忘れることはなかった。そして、杉原夕子のこともである。冬月は、新会社の行く末だけを考えていた。だが、もうその手立ては断ち切られ、頭の中でああだこうだと考えるしかできなかった。再生機構の山川秋水も、真坂野交通から独立して、自分の会社をつくったとも耳にした。秋水とは、また会いたいものだと冬月は思っていた。六月になって、本社の経営状況が黒字に転換したというニュースが耳に入った。冬月は非常にうれしく思った。会社のために、身を退けた冬月であったから、それで満足であった。そして、夕子の残る新会社も今後の発展を続けてほしいと思うのだった。新会社のことも気がかりだし、また夕子のことも気がかりである。冬月は、そわそわする日々が続いた。亜季と別れたことの涙は今でも止まらないが、それは同時に夕子と別れたことの涙かもしれないと思うと、ますます胸の苦しみは大きくなっていった。どうして、あのときにもっと持ちこたえられなかったのだろうか。しかし、冬月の考えていたことは、あまりにも厳密すぎて、会社として受け入れられないほどの誤差の修正案だったのかもしれない。研究者肌を隠していた冬月は、やはり実業には向かない性質であったのだろう。だから、冬月は料理人の細かい作業を通して、その性質を満足させようと考えていた。食材の効能や成分を調べて、料理の効能や成分として、食事のバランスを考えてみようと思っていた。そういうことを考えていると、その先には、管理栄養士とか、食医といった職業がある事に気づいた。冬月の前の妻だった亜季は看護婦をしていたから、冬月も少しばかり医療のこともわかったのだった。冬月も以前大学にいるときに分子生物学から健康医学への学際研究に首を突っ込んでいる時期があったので、少しばかりの見識も持ち合わせていたのだ。だから、冬月はすんなりと料理と医学の接点を得る事ができたのだった。
 日本料理というのは、包丁技を主に重宝するものであり、旬の食材を年間を通して、順次取り続けることを旨にしているようだ。だから、その健康の維持というものは偶然に委ねられるということになりやすい。日本料理は難しいのだった。だから、栄養の面から言って、貧しい食卓の場合は、体調を崩しやすいということになってしまうのだ。冬月は、夕子の体調を心配していた。タバコの吸いすぎで、ビタミン不足になってやしないかと思った。また、ガリガリになってやしないかと心配した。それでも、もう会うことはできないのだと思うと、悲愴感に覆われるばかりになった。暗い面持ちで、太宰治の『人間失格』をぱらぱらめくりながらも、これではいけないと奮起するんだが、空回りする日々が続く。料理の道が、こんなに遠く奥深いものだと知って愕然としていた。そして、お菓子作りも滞っていた。新規開拓するつもりでいたが、やっぱり今までの積み重ねが尾を引いているんだなと思い知った。だから、結局、二十代に手をつけてきたことを放すことはできないと思った。余技として、料理や芸術をするのは結構だが、この歳ではもはや他の者たちに太刀打ちできない。そう思い知らされては、ため息を洩らした。しかし、冬月には、希望がないわけではなかった。それは、冬月研究所のある春陽草庵で、薬膳料理でも作りながら、有意義に暮らそうかと思うのだった。そのために、冬月は料理の修行をして、食材の勉強を続けているのだった。
 雲霧館の主人・田山霧山人は、冬月の前妻である亜季の祖父・救急亭独斗留の弟子であった。救急亭独斗留は、過去の戦争のときに、県の公安委員長をしていたらしい。医者ではあったが、短歌を愛でる様なところもあった。その息子・窮々亭今旧は一昨年に無残な死をとげて亡くなっていたが、この死がきっかけとなって、冬月と亜季は離婚してしまうことになったようだ。この窮々亭は無冠の作家であった。そして、その弟子に中村為彦がいるのである。為彦はまだ真坂野観光ホテルに滞在中である。冬月は、こういう環境の中で、自分の進むべき道を模索しなければならなかった。窮々亭は、冬月と出会うまでに、さんざんな生活を送っていた。亜季が冬月を連れてくるまでは、乱れた惨めな生活を送っていたのだ。だが、酒浸りでボロボロな身体ながら、娘を見るとだんだんと前向きに生きるようになっていった。家の修繕をしたり、ほっぽり投げていた作品の続きを書いたり、学問の話をしたりしていた。為彦は、そういう時期にやってきたのだった。冬月と窮々亭が、窮々亭宅で悠々塾を開いて、一条くんやら近所のガキ等を集めて、学問を教えていたのが二、三年前のことになるのか。その間に、冬月は高速レストランの仕事に縛られて、身動きが取れなくなってしまって、悠塾の解散と共に、亜季とも離婚して、心を痛めていたのである。そういう事態であったので、冬月が会社を去ることになった原因というものには、複雑な人間模様が絡んでいたのだろう。さまざまな人間の思惑が複数にからまった上で、冬月の身上の行く末が決まっていったとしかいえないのだ。だから、そのようになってしまえば、もう未来ばかりを見るしかないのだ。
 今の時期というものは、冬月の人生を決定付けるような時期なのだろう。だから、一層冬月は慎重にならざるを得なかった。複数にも見える幾重にも重なる道を眺めながらも、選びかねる道ばかりに見える。そして、人生の伴侶も失って、片方の翼だけでふらふらと戯れているような日々であった。悲しみに覆われながら、何らかの希望を見つけようとただ料理を作り続けるだけだった。神話の研究も、為彦に預けてしまったし、さまざまな問題は研究所の古城啓介にまかせっきりであった。とにかく、冬月は心の傷を癒すという時期にきているに違いあるまいのだ。そうはいっても、すべてをまかせっきりにされている啓介は堪ったもんじゃない。早く、冬月研究所に帰ってきて、さまざまな問題を解決してもらいたいもんである。しかし、冬月には、それだけの心的余裕がないようだ。だから、仕方なしに啓介がいろいろと考えていたのだった。啓介は、文学部だったので、ある程度の知識はある。そして、資料のまとめ方だけは早かった。言葉だけで物事を解決する事はできないが、物事があまりにも多すぎるので、言葉で整理できなければ物事を動かすことはできないのだった。しかし、そこには盲点もある。物事以上に、言葉の世界も広く巨大であるという罠もある。冬月は、その言葉の広く巨大な世界から逃げ出すかのように、料理の世界に踏み込んで、またその奥深さに魅了されている。でも、啓介は与えられた言葉の広く巨大な世界の中で踏ん張るしかなかった。その言葉たちが、どのような物事を動かすかはわからないけれども、その言葉の世界たちと戦うしかないのであった。それが情報化された社会の運命なのかもしれない。莫大な情報の性で、かえって現実の物事はうまく進まなくなってしまったようだ。何も考えないほうが、スムーズに物事が進むということもあるが、そこに何があるかわからないという戸惑いもある。だが、何がおきるかわからないということが世の中の常であるということもある。だからといって、何も言葉を疎かにするということもあるまいとは思う。勉強が役に立つかどうかは、その活用の仕方にあるのだろう。その活用の仕方を見つけることこそ難しい。今までは、冬月がその活用を見つけてきたのだが、今度は啓介自身が膨大な言葉の活用法を見つけなければならなくなっていた。冬月が、高千穂峰の北麓に掘っ立て小屋の研究所を造って、それをレポートしていた時代から、啓介は冬月のことをよくみていたので、だいたいのコツはわかるような気がしていた。それでも、心細いのであろう。冬月は、いつ帰ってくるのであろうか。

                                    つづく

※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。

霧山幻想29 中村為彦

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 冬月は、霧山の南麓の雲霧館に滞在していた。雲霧館の中には、喫茶室および陶芸室・ガラス工芸室があり、民芸品の売り場が多くを占めていた。そこの多くの作品は、田山霧山人が製作しているのだが、実は山びとたちは、霧山人だけではなかったのだ。江戸時代から続いているという山人会の存在があった。山人会は、幕末・明治・戦時中を経ても、微動だにしなかった不思議な結社であった。冬月が知っているメンバーは、田山霧山人をはじめ、批評家の周山人、薬草学の霞山人、ジャーナリズムの蘇山人なんかがいるらしい。どうも、創始者は談義作家で、科学者であった風来山人・平賀源内を元祖とするらしい。江戸時代の文献は、なかなか残存しないばかりか、文献として残っていることさえが珍しい。さらに、明治になって、文明開化の逆風の中、則天居士漱石山人が中興の祖として、活動しているようだ。冬月も、厳密に言えば、冬月山人なんだろうが、あまり表に出したくない名であった。
 雲霧館の離れには、露天風呂があるし、料亭もある。そして、道路沿いには、お菓子屋さんがある。冬月は、お菓子作りにはまっているが、やっぱり、ときどきは料理が作りたくなって、霧山の山の中に入っては、旬の食材を探してきては、調理場で料理をしては、いろいろと試しているのであった。冬月は、熊本にいるとき、大学で生物学を専攻しており、その知識は栄養学や衛生学なんかと重なる部分があった。さらに、寿司屋で皿洗いのバイトをしていたために、見真似猿真似で、割烹の技術も少しばかりかじっているのであった。いろいろと勉学した動植物の種類や薬効などは、料理の世界に入って、かなりの役にたつことになっていた。科学による成分分析と、今までの漢方なんかの本草学の知識を重ね合わせて、身体の健康維持のための料理というものを研究していた。さらに、古今東西の歴史なんかにも造詣が深いので、その活動範囲は非常に深いといえた。まあ、冬月山人は、学問・芸術・技術なんかに通じているみたいであった。バブル崩壊後の霧山周辺の町や村を、フリーターとして、転々としながら、創業を手伝ったり、店じまいを手伝ったり、さまざまな職業を移り変わった再生屋でもあった。農林業や商工業を渡り歩き、この地の不況の風を吹き飛ばしたのだった。そして、最後に訪れたのが、真坂野交通の高速レストランであったのだ。ここで、冬月山人は料理の世界と出会うことになった。陶芸家の田山霧山人も、料理に通じているので、冬月は霧山人の弟子という身分になっていた。冬月が田山霧山人と出会い、山人会を知ることになったのは、冬月の妻だった亜季の父・窮々亭今旧の存在があったからである。窮々亭は、一昨年の冬にボロボロになりながら、亡くなったのだ。窮々亭と冬月は、悠々塾という神・仏・儒という江戸時代までに、日本人の心を形成していた学問を教えようとしていた。だが、窮々亭の死後、悠塾の閉鎖、亜季との離婚といった具合に、冬月の山人としての活動は行き詰っていたのだった。冬月は、歴史の流れを知るという稀有な人物だった。だから、歴史の流れに翻弄され続けるという憂き目にばかり遭っていた。時代と時代の節目にいつも挟まっているような人生であるのだ。才能を欧米の文明として身にまとっていても、その内部に東洋的な大和の魂を含有している。だから、冬月のことを、ほとんどの人間は理解できない、つかみどころのない人間だと見なしていた。
 そのような冬月だからこそ、誰にも理解されないが故に、孤独の淵にいつもいることになる。亜季との別れ、夕子との出会いにしても、そのような複雑な精神であるが故に、ままならない出来事であった。だが、彼女達との別れというものも、実は冬月のこころの深層部分に眠る、ある失恋の痛手の記憶が尾を引いているのであった。その事件から、もはや十年は経つのであろうか。冬月は、ずっと思い出さないように心がけてきた。しかし、夕子との別れまでの経緯は、その十年程経つ失恋と同じパターンをなぞったように、感じたのだった。その傷口をなぞるような失恋に似た境遇は、そのときの失恋と同じ状況を自らで招き寄せたように感じた。そして、夕子との関係が友人、あるいは恋人となることで、心の傷を完治することができるのではないかと、期待する冬月だった。しかし、やはり、仕組まれた別離は、以前のごとく、夕子に悪女を演じさせ、あの温かいような感覚を維持しながらも、冬月の心に決定的なダメージを与えるかのようだった。そこには、ある策略があったのだろう。相思相愛とか、以心伝心とか、そういった関係に進むべきだった冬月と夕子の関係は、夕子の心を抑圧して、冬月との間柄を引き裂く方向へと進んでいったのだ。夕子は、それを正当化しようと必死だった。しかし、貧しさというものは、心までも貧しくしていた。お金が欲しかった。そう、愛よりもお金を選んだ。いや、真実の愛というものを知らないからこそできる芸当だったにちがいあるまい。だが、やはり心にしこりが残る。冬月は、真実の愛のために、夕子の望んだ別れを選んだとも言える。心と現実を天秤にかけたとき、彼女の現実に対しての心というものを選んで、冬月自身の心というものを犠牲にした。犠牲愛といえば、聞こえは良いが、しかし、それが一体現実の出来事に対して、うまく作用したかどうかを知る事はできなかった。冬月は、愛する女性に罠に嵌められたと思いたくなかった。冬月は、きっと誰かにそそのかされたのだと信じていた。ただ、真相は闇の中へと続いていた。冬月は、過去の経験故に、夕子への疑念を生じさせずに済んでいた。それだけ、冬月は解脱していたことになろう。たとえ、どうであっても、夕子への愛は変わることはない。
 冬月は、理解していた。夕子たちは、冬月が亜季と再婚させるために、悪女を演じたのだ。そう、信じた。しかし、当の亜季は、別の男性とすでに再婚していたという事実があった。それでも、冬月は、夕子たちを信じざるを得なかった。そのように信じ続けて、自らの活動に専念するしか道はないように思えた。その活動は、研究や芸術といった奥深く進んでいかざるをえないものにならざるをえなかった。この活動は、一人でもできる、と強がる冬月だが、どうしても夕子の残影がまとわりついて、なかなか進まないのだった。さらに、十年前の幻影までも浮かんでくるのだ。十年前の失恋の古傷は、医学的知識を網羅することによって、なんとか押さえつけてきた。それから、十年経って、誰一人、冬月を支える伴侶なしで、料理および芸術の世界に突き進んでいかざるを得ないのは、非常に苦しいものだった。冬月の旅に出たいという気持ちが募ってくる。しかし、何かが冬月を霧山から解放しようとしなかったのだ。それは、亜季への幻影か、それとも夕子への幻影か。冬月は、夕子への幻影が深まりながらも、頭の中で、常人の度を超える様な苦痛を抱えていた。過去の呪縛を乗り越えるための現実が、冬月にはどうしても必要だった。それは、幻想ではなく、存在がほしかった。だが、冬月は山人会での活動に追われる事になる。だから、冬月の心の傷というものは、時間が放置し、そのままの状態で野ざらしを続けるしかないのだった。

                                     つづく

※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。

霧山幻想28 中村為彦

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 雨が止んで、霧が晴れ始めた。杉原夕子は、御池野鳥の森のバンガローで絵を書いていた。霧の中に包まれた緑の絵ばかりが並べてあった。外の霧が晴れていく様子を見て、夕子はピンときた。
 「あの人が、霧山に帰ってきている。」
 夕子は、荷物をまとめると、RV車に乗り込むと、バンガローを後にした。冬月が帰ってきているという予感はするのだが、何処に帰ってきているのかまではわからない。それでも、いてもいられずに、飛び出すのだった。それは、霧に閉じ込められていた窮屈な神経によるものだろう。
 夕子は、深い森の中を走り抜ける。その絵画で研ぎ澄まされた感性に従うままに、走り続けた。その黒豹のような走りは、その照準を定めたように、森を抜けていった。やがて、黒い鳥居が見えた。しかし、何かを感じながらも、無意識のうちに避けてしまったのか、通りすぎていく。やがて、牧園の方まで、駆け抜けたが、後は冷静さを取り戻すばかりであった。
 「確かに、そうなんだけど…。」
 夕子は、不確実な感性に踊らされたようで、嫌悪感に襲われていた。それでも、夕子はいつかまた、逢える日を待つことにした。夕子は帰路に向かった。まだ、道路は雨によって水浸しであった。

 冬月は、雲霧館の通り沿いにあるお菓子屋で、お菓子を作っていた。クッキーやケーキなんかを焼いているのだった。薩摩のお菓子は、かるかんなんかが有名なんだが、冬月は和菓子より洋菓子を好んだ。和菓子の重みは好ましくなかったからだ。洋菓子の方が手軽で簡単だし、工夫の自由さがあるのだ。和風というものは、こうでなければならないという惑溺が多いからである。形式に捕らわれすぎて、従来の惑溺から抜け出す。こだわりというものも大事だが、そのこだわりを守るためにも、何かの自由な発展性を見出していかねばならない。冬月が感じているものは、世界の中の和風という表現をお菓子作りに求めようと思っていた。それは、冬月の作る料理においても、同じ発想が込められていた。封鎖的な鎖国的攘夷的国粋主義ではなくて、世界に目を向けて、それを受け入れた上で、どのように日本というものを表現していけばよいのか。単なる西洋の模倣ではなく、西洋の技術を獲得して、それを日本の文化に生かしていくには、どのような組み合わせがふさわしいのかを考えていた。
 日本の歴史を調べている冬月は、戦前の日本の状態を胃のきしむ思いで読み耽った。大正末から戦争までの期間は、本当に忌まわしく悪しき時代であった。時代が完全に閉塞してしまっていたのだ。明治に文明開化で西洋文明を取り入れたが、その植民地獲得競争がなされていた。日本が文明開化の揺れ戻しを経験していたのが、大正時代になってからであった。第一次世界大戦が終わって、日本は南洋諸島を信託統治としてまかされ、中国山東半島の権益を受け継いでいた。これが、関東大震災後の悲劇につながっている。ベルサイユ条約の後、ヨーロッパ諸国は植民地政策を止めてしまったが、日本だけはそれを引きずった。日本が山東半島を不意に委ねられたのは、日本が中国の混乱に巻き込まれざるを得なくなる序章であったろうし、日本が植民地政策の先鋒であったような印象を植え付けられるに十分だった。日中戦争は、東洋の覇を争った『三国志演義』の世界と同じフィクションの中において進んでいく。中国文学の傑作が進めたような戦争であった。武士という幻想と大陸の統一という幻想がある。幻想が深ければ深いほど、悲劇は大きくなるのだ。現実を改善しようとすることから、目をそらせば、だんだんと悪臭が増え始める。戦前の農村は荒れ果てていた。それはカネ社会の猛威にさらされていたからだ。日本人は、武士の魂を鎮めることができなかった。『太平記』などの軍記物が武士の幻想を膨らませた。日本の武士は、秀吉・家康が天下を治めて以来、侍となって戦争屋をやめたはずだった。家康が儒学を取り入れて幕末になるまで、太平の世は続いていたのだ。戦争好きの武士の幻想が膨らみ始めたのは、幕末のいつからであろうか。やはり、遠い異国のフランス革命の影響だったろうか。武力によって、幕府を打ち倒すという発想になる。しかし、勝安房守は、江戸城無血開城で事なきを得たかに見えた。だが、日本の複雑な内情は、そのままに据え置かれた。幕末において、目覚めた戦争屋の武士の魂は、明治から昭和にかけて、誰にも停めることができないくらいに暴走していた。そして、大きな敗戦を迎えなければ停められないほど、強大なものになっていたにちがいあるまい。それに力をあたえていたのが、科学技術という名の文明であったろう。大東亜戦争末期、日本は大型戦艦『大和』を沈めることによって、敗戦の決意をして、戦争屋としての武士を完全に埋葬しようと試みたにちがいあるまい。内なる凶暴性を捨て去ることだ。だから、冬月は、無謀なる真珠湾の奇襲などは、民主主義のために、武力での支配の象徴である戦争屋の武士を始末するために、負けるとわかりきっていた戦争を開始したのではないかと思っていた。つまり、日本人が、民主主義の国になることを推進するために、用意された敗戦だったのである。たしかに、欧米列強との勢力争いに巻き込まれたということもあるだろうが、民主勢力も大いにあったであろうから、それ以上の理念によって、果たされた戦争ではないだろうか。
 冬月がどうしてそのように思うようになったのか。それは、戦後に作られた日本国憲法を読んでからであった。日本国民は、人間を一個の人間として尊重する基本的人権を有している。そして、それは「侵すことの出来ない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」(一一条、同旨九七条)ということになっている。その根拠して、「日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ」てきたことによって、得られたものであるとされるからだ。つまり、基本的人権は人類の尊い血の代償のもとに獲得されたのである。その人類の尊い血の代償というものこそが、大東亜戦争で流した悲劇の日本人の血の色なのであろう。そのことを思うと、決して敗戦というものが負の遺産であるというわけでもないことに気づいた。敗戦によって、世界でも稀に見る平和主義や人権思想の理念が完備されている日本国憲法が得られた。実際の日本国憲法は、日本史上の経緯で作られた憲法ではなく、まさにグローバルな世界史上の経緯でもたらされた特別な存在であることに、日本人である我々自体が気づいていない。そのことは、本当に危惧することではないのか。 和菓子の世界にいては、和菓子しか作ることはできない。そこで、もっと広い菓子の世界を見つけようと、フランスやイギリスに旅立っていく。そこで見たお菓子の数々に、世界は広大であるということを、気がつくだろう。そのお菓子の世界には、取り入れるべき良い方法がたくさんあった。そこには、自由とか、平等とか、人間愛とかがあったのだ。そういうことを、取り入れたお菓子は、和洋問わず、すばらしいものになると冬月は思ったのだった。和を以て貴しと為す、とは、足し算なのだろうか。良いものを認めてあげるという、思いやりの精神がなければ、和を構築できない。争いばかりの世界は、引き算ばかりであるのだ。つまり、足の引っ張り合いで何にも残らない。大和の精神の前提は、他人のことをよく見てあげることから始まるに違いあるまい。

                                     つづく

※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。

霧山幻想27 中村為彦

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 ホテルに残っている私のもとへ、東国原綾がやってきたのは、冬月が霧山へ旅立ってからだった。綾は、私の作品の熱烈なファンであると共に、よき理解者であった。綾は、冬月が高速レストランにいたとき、仕事におけるパートナーであった。そして、夕子とは仕事でのライバルであった。しかし、夕子が冬月がいなくなったあと、だんだんと張り合いをなくすにつれて、仕事での良きライバル間の競争がつまらなく思えてきた。また、女同士の友情もあったので、夕子の身を心配するのであった。
 「為彦先生、冬月さんの様子は、どうですか。」
 「相変わらず、元気がないね。」
 「そうですか。こっちもちっと心配なお人がいますのよ。」
 「そうか。あのとき、くっつけておけばよかったかな。」
 「あのときは、いろいろとありすぎまして、うまくいきませんでしたの。」
 この二人はもちろん、夕子と冬月の間柄を知っていた。ただ、二人でいても、思ったように人前で会話をしなかった二人をくっつけることは非常に難しかった。それに、離婚したばかりの冬月に、夕子を紹介してやるということも憚れたのだ。
 「今の冬月には、やはり夕子が必要であろうな。しかし、夕子とは、どうしてうまくいかなかったのかい。やはり、前の妻の亜季のことかね。」
 「まあ、そんなとこでしょうね。それに、夕子にも人前では話せない秘密がありそうでしてね。一つは、冬月は都会人だと思い込んでいるということ。でも、けして冬月さんは都会人ではありませんわ。きっと田舎びとは田舎人の長所を認めてらっしゃるわ。」
 「ああ、冬月は田舎びとだね。でも、うまく都会の文化を取り入れておる。そういうところは、器用な人だね。しかし、今は冬月と夕子は全く逢っていないんだろうか。」
 「あの夕子の沈んだ表情を見ると、おそらくあれ以来逢っていないでしょうね。」
 「でも、縁は異なるもの。どこかで、すれ違っているやも知れん。恋というものは、人間の思議や判断を越えているところがある。二人の主観がそれを納得するかが鍵である。恋とは同様の心と書くからね。」
 「まあ、作家らしいお言葉。」
 綾は、私の小脇をつついた。私も迷わず小突き返した。綾と私は、妙な関係である。綾とは、何処で知り合ったか、全然覚えていない。ただ、私が書いた小説だけはすべて読んでいるらしかった。冬月が連れてきたのか、私の本がつれてきたのか、よくわからない。ただ、類は類を呼ぶとばかりに、書物がとりなした縁であろう。
 「さて、どうしたものだろう。」
 「それぞれに、骨を折ってみましょうよ。」
 綾は、私の机の上にのっている原稿を目聡く見つけて、手にとって読み始める。
 「どうだい、今度の仕上がりは?」
 「今度は、少しばかり作風が違ってますのね。これは、冬月さんの影響かしら。」
 「やっぱり、あいつの影響が出ているかね。」
 「少しばかり翳が目立つみたい。これじゃ、かなりの読者が離れてしまいますわよ。最後は、まばゆいばかりの大きな飛翔が必要だと思うの。」
 「そうか。だがね、リアリティを追究していると、どうもあまりにも羽目を外しすぎるのもどうかと思うんだ。」
 「小説なんだから、少しばかり大袈裟なほうがいいのよ。」
 「その匙加減がむずかしいんだよ。」
 私は、冷めたローズティーにグラニュー糖を二杯流し込んだ。そして、くるくるとかき混ぜる。
 「あら、わたくしにもいただけませんの。」
 「ああ、ちょっと、待ってくれ。湯を取ってくる。」
 ティー・カップの中にティーバッグを置いて、湯が沸くのを待っている。この部屋には、サンダル・ウッドの香が漂っていた。
 そして、二人の仲は深まっていった。

 一方、冬月は霧山の南麓にある雲霧館に向かっていた。高千穂峰の東側を通る。この道路は、霧が深く鬱蒼としているが、ここを通っていくのが一番通りやすかった。昔よりも道路が広くなっているような気がした。高千穂峰の東側には御池野鳥の森があり、そこのバンガローに杉原夕子が泊っていることはもちろん冬月が知る由もない。冬月は、やがて宮崎と鹿児島の県境を越えて、霧島神宮の近くの雲霧館に近づいた。神宮の大きな黒い鳥居をくぐると、そこに戦前に建てられたという鉄平石で葺いてある寝殿造の館が見えた。冬月は、車を門内の駐車場に停めた。入り口に近づいていくと、大きな石でできた大黒さんがある。さらに、温泉の湯の湧き出た煙の下に、そのお湯の溜まった臼の様な受け皿があり、温泉卵が浸かっていた。冬月が入り口から中に入ると、誰もおらず、巨大な縄文杉の布袋さんが二人、龍の睨みつけた目にあった。カウンターの所には、西郷隆盛の肖像画が掛けられているのが、鹿児島県らしい。近ごろ、この辺は、霧島市として合併がなされたようだ。高額な屋久杉のテーブルや箪笥があり、達磨像もこちらを凄い形相で睨んでいる。右手を見ると、霧島九面とか言って、主に天狗の鼻っ面が飾っていた。何事も工面がつくと云われ縁起のよい面とされ信仰が厚いようだ。外では、仏法僧がてっぺんかけたかとか、鳴いていた。
 この部屋を抜けて縁側のような渡り廊下を通ると、さまざまな民芸品が並んでいた。陶器やガラス製品なんかがある。冬月は、通路を折れ曲がり、モダンな雰囲気の喫茶室に入って、コーヒーを頼むのだった。奥から五十代の女性が現れて、コーヒーを作っている。その間、冬月はテーブルの上の生け花の蘭や、そとの景色を眺めていた。どうやら、ここは明治の空気が残っている。柱には、セイコーのボンボン時計がかけてある。青葉のもみぢの下の小池を取り囲んで、アヤメ、ツワブキ、ユキノシタが岩の裂け目に生えている。スイカズラやヤツデの姿も目に入った。どうやら、こういうことを風流と呼ぶのであろう。やがて、コーヒーが運ばれてくる。この喫茶室の向こうには、お菓子屋があって、そこで作られたお菓子と、おそらく田山霧山人が手軽に作った陶製のカップとさじがお盆の上に乗っていた。そこのお菓子屋では、何回か冬月もお菓子作りを手伝わされていたのだった。
 「これは、お久しぶり。」
 「ああ、久しぶりに帰ってきた。」
 この女性は、この雲霧館で働いていて、お清という名で呼ばれていた。
 「お清さん、霧の親父はいるか。」
 「ああ、旦那さまですか。おそらく、土を練っていらっしゃると思いますが…。」
 「そうか。」
 冬月は、ゆっくりとコーヒーをすすって、お菓子を平らげた。冬月は、今一体どの道を進んでいけばよいか、迷っていた。冬月の頭の中には、いろいろと思案することが詰まっていて、霧山人に会ったとしても、何を切り出してよいものか、戸惑いがあった。そこには、田山霧山人と冬月の志向の違いが横たわっている。冬月は、かぶっていた黒の帽子を脱いで、テーブルに置くと、ゆっくりと一番、奥にある陶芸の部屋に向かった。なんだか、重くて近づき難い雰囲気がしている。そこには、田山霧山人がいる証拠である。その胃の痛くなるような重みを越えて、冬月は霧山人のいる部屋の前に立った。そして、ゆっくりと引き戸を開けていくと、そこには静かにどっしりと集中した老人が座っている。冬月がやってきたことにも気づいていないみたいだった。しかし、冬月はかまわず、霧山人の横に座っている。じっと、緊迫した空気の中に、冬月と霧山人は一体化したような部屋の中に二人だけの空間を生み出すような気がした。
 「やっと、決心がついたのか。」
 黙然とした中に、低く通る声で、冬月の心をえぐるかのように、話しかけてきた。
 「いえ、決心とまではいえません。」
 「迷いか。お前の一番できそうなことをやればよい。それを乗り越えてから、また来るがよい。」
 冬月が霧山人の名を無断で使っていようと、いまいと関係がないといった風である。おそらく、俗世から完全に切り離された山びとでなければ、到達できない境地にいるみたいであった。冬月も少しばかりは通じるところがあることを、田山霧山人は見通している。だから、あまり言葉はいらないのであろう。
 冬月は、心の中に料理のことが浮かんだ。これまでの修行を生かさねばなるまい。今まで、霧の中に包まれていた霧山に晴れ間が差し込むのであった。

                                    つづく

※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。



 

霧山幻想26 中村為彦

イメージ 1

 杉原夕子は、御池野鳥の森のバンガローにいた。ゴールデンウィークの疲れを癒すためである。ゴールデンウィークが終わったら、雨ばかりの日々が続いていた。夕子は、バンガローの中の小さな木で出来た椅子に腰掛けている。そして、外を眺めながら、趣味の画を一人で描いている。雨がしとしと降り続き、霧深く包まれたバンガローの中、夕子は何を思う。小鳥のさえずりを遠くに聞いては、雨音に耳を澄ます。雨の調べ、レイニーデー。降りつづく雨音はショパンの悲しい調べに似ていた。夕子は恋の出来ない哀れな女だ。ピアノの奏でるような冷たい雨の音。彼女の心は、真珠のように固く心を閉ざしている。夕子は詩を書いてみた。

  ずっと小鳥の鳴き声を聴いてるの
  雨がしきりに降っている
  ずっと薄明かりの部屋の中に
  じっと小鳥の鳴き声を聴いているの
  外を眺めるとまっ白な霧の中
  あなたに包まれているみたい
  水溜りに雨滴の波紋が揺れている
  ただ それだけを見つめてるの
  雨は引き裂かれた愛のようね

 ぼそぼそと言葉を放ちながら、紙に書き写している。そこには雨粒のような涙が一滴二滴と。夕子は、
ポスターカラーの絵の具をパレットにのせていたが、そこには緑色と白色しか置いていなかった。外の景色は、霧山の深い緑とまっ白に覆われた霧しか見えなかった。夕子はつぶやいた。

 「みどり色がいくらあっても足りないわ…。」

 雨粒が木々の葉っぱを小さく揺らす。あたしが伝えたい心は、小さな小さな雨粒みたいなものだった。今さらながら、気づく夕子だった。雨の降る霧山が、あたしの心を包みこんでいる。夕子はまたつぶやきながら、詩を紙に書き綴った。スケッチブックは霧のようにまっ白でまだ筆はすすんでいないようだ。

  真っ白な空は何の色
  遠くの風景も白く染めて
  何もかも呑み込んでいく
  霧以外に 何もないもの
  そうよ あなたは霧のような人
  だから すぐに消えてしまうの
  でもね 今はあたしを取り囲む
  傍にいてもつかむことができない

 夕子は冬月のことを思い出していた。雪の降るこのバンガローに二人はいた。そして、別れの言葉を交わした日も。夢のために別れようと言われたけれども、ここには霧以外に何もないじゃない。夕子は、涙を流した。あなたはひどい人。あなたは私から逃げただけ。早く帰ってきてちょうだい。夢のために別れようなんて、ここには霧以外になにもないのよ。あなたは無責任な人。夕子の想いが霧の中を波のように響き渡っていた。冬月は、霧山人を継がなければならないと言っていた。一体、霧山人が何なのよ。そして、田山霧山人の芸術は、荒々しくて自分には向いていないと心情を吐き出していたことを思い出した。夕子は、冬月の繊細さを気づいていたから、無理はよくないわ、と励ましていた。それでも、運命は無残にも二人の仲を引き裂いていった。二人ともあっけない別れ際に戸惑いながらも、それでもいいと自分を慰めていた。夕子は、筆を取り、水でみどり色を溶いては、スケッチブックになすりつけた。
 夕子の絵画は、のびやかな広がりを持っている。その自由で活発な表現力は、色の濃淡を自在に操って、心に訴えかけてくる。か弱いながらも、訴えかけてくる強さがその内に秘められていた。的確に物事を捉える素質が、画力の中にある。そのように冬月は夕子に言った。そして、君の絵の宣伝力が、売店の売上を向上させているとまで言うのだった。夕子の画が、高速レストランの雰囲気を造っていた。そして、その画こそが君の魅力のひとつだとも、言うのだった。夕子の生け花は、その画才に支えられて生きている。冬月は、夕子の生ける花に何か敏感なインスピレーションを受けては、創作活動の糧にしていた。だから、今の冬月は夕子といたとき以上の実力を芸術においては発揮できないでいるのだった。そして、高速レストランを後にしては、歴史的史実や植物学にうつつを抜かすのだろう。料理においても、ホテル住まいを長くして、等閑になっていた。冬月は迷走し続けている。夕子の探してくる花々を求めるように、冬月は機械的に植物学の記憶を呼び戻していた。また、冬月の料理というものも、夕子の画才によって、目覚めた。味をキャンバスに描くように感知して、そこに栄養学の要素を散りばめていく。それは、まるで生命のスープを作る作業に達してきた。細胞の内部と同じ混合物。そのスープこそ、不老不死の料理へとつながるものだと達していた。しかし、やはり、冬月はまだまだ物足りないものを感じ始めていた。それは夕子から与えられていたニュー・センセーションなのだろう。

                                 つづく

※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。


 


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