平成17年4月6日から平成23年9月6日までのブログ

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環境問題

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環境問題は、多数の観測地点とかなりの分析能力と何十年もの気象データを総合して判断しなければならない難しさがある。

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ビジネスと環境

 地球温暖化なのに、お金儲けが絡んでくると、メッキリ冬の冷え込みが厳しくなったような気がしま

す。

 まあ、その儲けたお金を環境改善にどのように使うかが問題ですがね。

例えば、二酸化炭素から炭素とオゾンを作り出す装置とか。

民間の経済活動では、採算がとれそうもないことに、国際機関や国家が関与するしかない。

北風と太陽

 ネット検索で見てもよくわからないんだが、二酸化炭素の増加は何が一番の原因なんだろう。

化石燃料の燃焼が二酸化炭素を発生させる第一の原因なんだろうか。

二酸化炭素は、燃焼における炭素の酸化によって増える。エネルギーを放出して、炭素と酸素が結合す

るのだ。

炭素と酸素が結合するということは、大気中の酸素が使用されるということだ。

大量の化石燃料の燃焼は、大気中の酸素を減らすはずだ。

しかし、酸素濃度の変化はあんまり言われないから、酸素濃度はあまり変わっていないのか。

そしたら、どこから酸素(O2)がやってきたのだろうか。

それは、オゾン(O3)層の破壊じゃないだろうか。

最近、陽射しが強く感じられる。テレビでも紫外線が非常に強いとなっている。

オゾン(O3)層は、宇宙からの紫外線を反射している。

でも、今は日光(紫外線)が肌に当たるとジリジリする。

紫外線が温熱効果を及ぼすことはないけど、地球温暖化に隠れた被害でもある。

寒波がやってきて、この霧島にも雪が積もった。

でも、風は冷たいけれど、陽射しはジリジリする。熱いと感じる。

紫外線は化学的作用を及ぼすので、長時間の照射には気をつけたい。

ひょっとして、インフルエンザ・ウイルスの変異なんかも紫外線の影響だったりして…。

北風も強くなったが、太陽の光もジリジリするようになった。

北風でもコートを押さえ、太陽の陽射しでもコートを押さえる。

これでは、北風と太陽の話が成立しなくなるじゃないか。

経済発展と自然環境

 高度経済成長があったのは、自然の恩恵がまだ芳醇にあった頃の話だ。

 バブル景気のとき、人々は自然の恩恵が無限であるかと信じて、経済発展の糧にした。

 公害を起こしても、自然が浄化してくれると信じていた。

 だが、いつの間にか地球にも限界が見えてきて、経済発展の力がストップした。

 今では、お金を何とかやりくりすることで経済が成長しているように見せている。

 だから、バブル経済と呼ばれるようになっている。

 新型インフルエンザを象徴とするように、自然は人類に味方しているとは思えない。

 何か目に見えない広範囲な現象が崩壊しているようだ。

 それを生態系とかエコロジーと呼ぶようになって久しい。

 生態系とかエコロジーというものが身近にならない理由は何だろうか。

 それはいろいろな土地に住む人々がいるので、それぞれのエコロジーがあるからだ。

 さらに、数十年前の環境を知っている人と数年前の環境しか知らない人では、エコロジーについて共通

の認識を得られないという問題がある。

 世界各国の環境問題の認識が異なるのは、世界地図を見ればわかるがいろいろな土地柄があるからだ。

地球温暖化によって悪くなった土地もあれば、良くなった土地もあるからだ。

 日本においても、日本地図を広げて見れば、さまざまな地形に出会うだろう。

そういった多種多様な地形において、異常現象が起きた場合、気候の変化によるものか、化学物質による

ものか、国土開発によるものか、調査しなければならない。化学物質による場合にしても、何百種類の原

因物質の中から特定しなくてはならないかもしれない。原因が数十パターンも絡みあって、問題を発生さ

せていることもある。生物が関わるにしても、さまざまな生物種が絡んでくるわけである。土・水・大気

ということについても、広範囲でもあり、各地の地理が関わってくる。複雑系でマクロな問題である。

 さらに、人間の活動、政治・経済・産業などの問題が上乗せされて、環境問題のエコロジーだけを解決

すればよいという方向性を阻害している。だから、エコロジーの観点から言えば、金儲けは悪だと言いた

くなる。経済発展をするためには、自然環境を破壊しなくてはやっていけないという論理がある。だが、

長期的視点では持続可能な社会環境を維持できないことがわかってきた。経済発展によって生み出された

化学物質で自然界で分解できないものもあることがわかった。そこで、経済発展するにしても、自然環境

を保護していなければならないという論理になってくる。しかし、現在では、自然環境の保護に失敗して

いて自然環境の育成からやらなくてはいけなくなっている。自然環境の育成がなければ食料生物の確保が

難しくなっている。エコロジーが自然への懐古主義に陥らずに現実問題の解決のための現実論になる日は

来るのだろうか。月に水があるという話よりは、身近なはずである。

 生態系の多様性の回復は、量的にも質的にも大規模な養殖のようなものである。

経済発展の汚点

 利益優先の経済成長の結果、我々は何を失ったか。

              それは自然の恩恵である。

 自然の恩恵を利益に変えることで、自然の恩恵が回復しないようになった。

 コンクリートで護岸工事をして失ったものは、景観だけではない。

 天然の生き物の生態系つまり餌場を失ったのだ。多くの生き物のつながりは、食物連鎖として多くの自

然の恵みを育んでいた。自然の砂浜や海岸林には多くの生き物・魚の稚魚が住み着いていた。

 吾輩は、自然の恩恵を向上させる意味で、コンクリートは悪だと言いたい。藤壺がくっついている。

そういうとコンクリート関連の人々に反感を買うだろう。しかし、コンクリートによって、破壊された自

然の恩恵はコンクリートでの建設工事以上の勤労がなければ取り戻すことができないということを自覚し

て頂きたい。コンクリートでの建設工事で失った自然の恩恵を取り戻す叡智を考えようとするが、コンク

リートの壁が周りを覆いつくして、お金がないと生きられない田舎をつくってしまった。その残酷さがわ

かるだろうか。都会との競争にも勝てない貧しい田舎から自然の恩恵までも奪ったのだ。

 自然の恩恵は、植物・動物・魚類などがある。商品経済とは違う恩恵だ。一般的に一番自然の恩恵が減

ったと思っている労働者は漁業者であろう。自然の恩恵は多様なので、その回復は困難なものとなってい

る。だから、養殖などの産業において単品の種の種苗を育てることでは生態系の回復には遠く及ばない。

一つ二つの山海をもって、実験的に生物の多様性を模索するという大規模なものになってしまう。その規

模たるやダム工事の比ではないのは一目瞭然である。生物多様性を主眼にした国土開発という視野が必要

とされる。

 今の世界の環境では美食はできなくなってしまった。美食が種の滅亡をもたらすほど、環境は悪くなっ

てしまった。粗食をするしかないだろう。

 エコロジーな産業は、生態系を回復し、自然の恩恵を取り戻していく過程にある。自然というものは、

美しいばかりではない。カビが生えたり、ハエが飛んだり、雑草が繁茂したりもする。だが、そういう生

き物がいなければ生態系を唱えることはできない。だから、野蛮に戻りたくないから、エコという掛け声

だけで環境問題は進まない。科学の発展はミクロ分野では強いし、消費経済を発展させる上で大きな役割

を与えた。吾輩が科学に限界を感じたのは、もっと大きな自然環境というマクロな分野を包括的に見る訓

練ができないからだ。それは現代教育の視野の狭さが原因でもある。社会を飛び越えたところで、危機が

広がっているのに、それを言い当てる言葉がない。インフルエンザの流行にしても、伝染の源を特定する

ことを忘れて、パンデミックにまで広めてしまったのは嘆かわしい。それは経済優先で、本来の洞察力を

失ってしまっていることによるのではないだろうか。悪だと言われたコンクリート業界は何が悪いかとい

うことを考えていただきたい。それは金儲けは悪だということに行き着く。目先のことしか考えない金儲

けはよくない。それは怒りとなっている。リストラ、経済格差社会、学歴偏重社会は失業者を放置し、日

本の財政を圧迫している。お金で解決できない問題が発生していることに気付かなければいけない時期に

来ていることを考えなければならない。こころと手間を忘れてはいけない。学問よりも金儲けの方が上な

らば、吾輩の人生を否定されることなのでまだ強情をはっている。

自然

 自然というものは、もはやほったらかしにしておいて回復するものではなくなった。

 ある程度、昔の状態に戻すために、手を施さねばならなくなった。

 生物多様性というだけに、多くの植物の植生を回復させるためにはそこに種や苗木がなければならな

い。種を集めて、苗木を育てて、植樹していく必要がある。

 森に餌があれば、動物たちは人間の住む所に来なくても住む。

もう、狸や狐はこの山近くでは見かけなくなった。

 種を集めて、苗木を育てて、植樹するということも産業として成立する。

 生態系や森林環境を維持するために必要である。

 田舎はそのまま衰退させておけば、自然に返るからいいというわけにはいかない。

荒れ果てて崩壊した森林土壌には植物は生えず、土砂崩れが起きて、河川が濁ったり、植生の少ない味気

のない雑草地になったりする。

 なぜ、原生林にはあんなに植物種が多いのかは不思議なことだが、それに近い植生を回復させるにはや

はり人間が手助けするしかないだろう。

 

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