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言葉でいうことは簡単である。そして、科学技術の促進は期待できないという。しかし、それは科学技術における発想の転換から始めないから、どうしようもないのである。今の社会の根幹の科学技術は、エネルギーを使用することを前提に構築されている。そして、そのエネルギーが最終的に熱になって大気に放出されるということによって、科学技術の分野は終わってしまう。しかし、それまでは自然に後はまかせておけば、なんとかなるだろうという思考のもとで、考えることを止めてしまっていた。これでは、考え方が未熟であるのだった。頭の中ではリサイクルとか、自然環境を大切にとか言っているけれど、何気なく使っている電気、自動車、ガスなんかの原理は、まだまだ放出系の域をでていないことにきづかなければならない。つまり、やりかけて終わってしまっているのだ。排気ガスの行方、熱エネルギーの行方、こういった後始末を残してしまった。それを使用するときは便利に見えるのだが、その後に襲ってくるゴミの後始末や自然災害の方で、あらかたの便利さは吹っ飛んでしまった。掃除・洗濯は物が多くなりすぎて仕事が増えて、ゴミの分別なんかも手間がかかってどうしようもなくなっている。これが本当の便利というものかは問題視しなければならないだろう。政府も循環型社会というけれども、従来の放出型社会から循環型社会へと転換する方策は、会社や市民に浸透していない。エネルギーの効率的な循環ができなかったら、省エネルギーをして暮らすしかない。そういった世の中は、もっと静かで穏やかな社会になるにちがいあるまい。しかし、現代人の思考はパワー重視の思考なんである。だから、これだけエネルギーが地球に満ちても、まだそのままの惰性で動き続けている。これは封建時代の慣習の惑溺と同じようなものなんである。すでに、方向転換を終えていなければならない時期に、今までどおりの慣習に流されているとは・・・。だが、一向に物事が進まないのにも理由がある。この暑さである。人間の頭脳というものは、これもエネルギーを大量に消費するものだから、熱を帯びるのだ。だから、涼しい環境ほど頭脳の働きは活発になる。イギリスで産業革命が起こったのも、頭脳が活発に働ける涼しさを持っていたからである。しかし、ここまで熱くなると、頭脳の働きは低下して、一度記憶しても、それを実行する段階で、ぼやけてしまう。そうなると、わかっちゃいるけど、やめられないという状態になってくる。南国にいくほど、のんびりと何にも考えない雰囲気がある。それは、汗が出すぎて、頭が廻らないのである。薩摩人はどっしりしていて、長州人は知的スマートであるという気質はそういうところからきていたのかもしれない。どっしりとしているということは我慢強いということだ。しかし、科学技術を使用しているtということは、やはり頭を使っていかねばならないということであるので、暑くても仕方がない。すると、クーラーをつける。クーラーをつければ、外は暑くなるという悪循環である。クーラーの廃熱口をつなげ合わせて、熱を蓄積できればといつも思う。ヒートポンプというものもある。無駄なエネルギーのでないように文明機器を発達させる必要もある。都会ではそこまでしないと仕方がないが、田舎では樹木を植えることによって、涼しさを得る事ができる。樹木のない庭と樹木のある庭では風の涼しさが随分違う。クーラーの変わりに樹木を利用できる。そのためには、どの位置に樹木を置くかが決め手となる。都会も田園都市計画をつくって、樹木と科学技術も双方で熱エネルギーを食い止めるべきであるのだ。 |
環境問題
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地球温暖化なんだけど、やっぱり熱が溢れている。植物を植えれば、二酸化炭素の方は抑制させることができるけれども、水の方が増加してしまうようだ。地球の四分の一の砂漠化が進めば、残りの四分の三に水分が集まっていく。氷が解けて、海に流れれば、蒸発して、森林に降り注ぐ。森林からは多数の水蒸気が放出され、雲がたくさん形成される。雲は上に行くほど氷結して、塊になる。塊になると重力に逆らえずに、降下して水滴になり雨として降る。そういった具合だから地上から13km以上に水分が逃げることはできない。植物を植えれば、大気の二酸化炭素の増加は防げるが、植物の分布が均等でなく、森林地帯と砂漠地帯のように分かれていれば、洪水が頻発する。だから、水資源が均等に分配されるように、森林地帯も均等に配置されていなければならないだろう。最近一年で、震度三以上の地震は百五十以上も起こっているようだ。心配してしまう。まあ、それぞれの物質の位相をそれぞれに見ていかねばならないから、複雑系は難しい。つまり、あちらをたてれば、こちらがたたずといった具合が必ず生じてくるのだ。物質間の問題はそれぞれであるが、やはり熱エネルギーが増加しすぎているということが問題であるのだ。ガス湯沸かし器が一酸化炭素を放出して中毒をだせば、その商品は欠陥品ということになる。それならば、室内だけを冷却して、外部を温暖化するクーラーなんかも、欠陥商品ということになろう。つまり、今の科学技術の製品はまだ未完成品であるということである。外部に放出する熱エネルギーをなんとかしてこそ、完成した製品といえる。熱エネルギーを電気エネルギーに変えたり、熱エネルギーを光エネルギーに変えたりする。熱→光→電気という構図ならばかのうだろうか。そうやって、エネルギーの放出でなく、循環を原理として、大気に洩らさないような工夫が必要であろう。植物の体内はエネルギーを次々と渡すことによって、効率よくエネルギーを使っている。現代科学ではエネルギーを熱、光、電気とかに分類してしまったことで、それぞれが別々のエネルギーだと錯覚しているようだ。物事を分別することによって、本質は同じものであるが、一体何だかわからなくなっていってしまった。それが科学の科学であろう。水の場合、熱エネルギーが増えると、雲になって、雨を降らすようになるのだ。 |
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石油業界に詳しい専門家の予測によると、一世紀以上にわたって増加し続けていた石油の生産量が、今 |
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日本の国土は豊かで、ほとんど自給自足できる土地であった。日本に資本主義が入ってきたけれども、 |
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相当、中国大陸の自然環境は厳しいんじゃないかなぁ。日本の梅雨入りが悪いのは、中国大陸の乾燥化が |


