平成17年4月6日から平成23年9月6日までのブログ

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文学

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逢うて逢わざるの恋

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 逢うことの

 絶えてしなくは

 なかなかに

 人をも身をも

 恨みざらまし


  中納言朝忠・藤原朝忠の歌 『拾遺集・恋一「天暦の御時の歌合に」・678』

霧山人夜話4

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 山の奥では、人々の間で、人格が入れ替わる事もある。それは、感化の域をでないかもしれないが、多少不気味なものである。しかし、知識までは奪うことはできないらしく、いないならば、元に戻ってしまうようである。また、西米良にある児原稲荷神社なるところに飾ってある天狗の面は立派だが、烏天狗と山伏天狗とがある。天狗については、いろいろと調べるべきことが多い。日向國一ノ宮、都農神社を始め、ほとんどの神社の祭神の目を起こして廻って、どこにどの神様がいたのかは、だいたいの見当がついている。歌姫と一緒のとき、いつの間にか、アダナが「ジンジャ」となった。一番奥深く感じたところは、狭上稲荷だ。七百年前の時空を遡った気がした。

 かつては天狗に関する古来の文献を、集めて比較しようとした人がおりおりあったがこれ失望せねばならなぬ労作であった。資料を古く弘く求めてみればみるほど輪郭は次第に茫漠となるのは、最初から名称以外にたくさんの一致がなかった結果である。例えば天狗とは一体どんなものかと聞いてみるとき、今日誰しも答えるのは鼻のむやみに高いことであるが、これとて狩野古法眼が始めて夢想したという説もあって、中古には緋の衣に羽団扇などを持った鼻高様は想像することができなかったのである。そのうえに何々坊の輩下という天狗だけは、口が嘴になり鼻は穴だけがその左右についている。同じ一類で一方は人のごとく、他方は翼があって鳥に手足を加えたもののごとくなることは、ほとんどありえざる話であるが、人は単に変形自在をもってこれを説明して、しからば本来の面目如何という点を、考えずに済ましていたのである。それなら実際の行動の上に、何か古今を一貫した特色でもあるかというと、中世の天狗はふらりときて人に憑くこと野狐のごとく、或いは左道の家に祭られて人を害するは、近世の犬神オサキのごとくであったが、今は絶えてその類の非難を伝えない。或いは智弁学問ある法師の増上慢が、しばしば生きながら天狗道に身を落さしめたという話もある。

 (山の人生・柳田國男 より)

霧山人夜話3

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 頭の中がぐるぐると同じ思考を繰り返し、時間が先に進まない。だんだんと、あまり食べなくても生きていけるようになっていった。それは、まるで霞を食べて生きているようだった。山の奥深く、呼ぶ声が聞こえてきた。

 「うそ」と「まぼろし」との境は、決して世人の想像するごとくはっきりしたものではない。自分が考えてもなおあやふやな話でも、なんどとなくこれを人に語り、かつ聴く者が毎に少しもこれを疑わなかったなら、ついには実験と同じだけの強い印象になって、のちにはかえって話し手自身を動かすまでの力を生ずるものだったらしい。昔の精神錯乱と今日の発狂との著しい相異は、じつは本人に対する周囲の者の態度にある。我々の先祖たちは、むしろ怜悧にしてかつくうそうの豊かなる児童が時々変になって、凡人の知らぬ世界を見てきてくれることを望んだのである。すなわちたくさんの神隠しの不可思議を、説かぬ前から信じようとしていたのである。
 神隠しからのちに戻ってきたという者の話は、さらに悲しむべき他の半分の、不可測なる運命と終末とを考える材料としてなお忍耐して多くこれを蒐集する必要がある。社会心理学という学問は、日本ではまだ翻訳ばかりで、国民のための研究者はいつになったら出てくるものか、今はまだすこしの心当てもない。それを待つ間の退屈を紛らすために、かねて集めてあった二三の実例を栞として、自分はほんの少しばかり、なお奥の方へ入りこんで見ようと思う。最初に注意せずにおられぬことは、我々の平凡生活にとって神隠しほど異常なるかつ予期しにくい出来事は他にないにもかかわらず、単に存外に頻繁でありまたどれもこれもよく似ているのみでなく、別になお人が設けたのでない法則のごときものが、一貫して存するらしいことである。例えば信州などでは、山の天狗に連れて行かれた者は、跡に履物が正しく揃えてあって、一見して普通の狼藉、または自身で身を投げたりした者と、判別することができるといっている。そんなことは信じえないと評してもよいが、問題は何故に人がそのようなことを言い始めるに至ったかにある。
 或いはまた二日とか三日とか、一定の期間捜してみて見えぬ場合に、始めてこれを神隠しと推断し、それからはまた特別の方法を講ずる地方もある。七日を過ぎてなお発見しえぬ場合にもはや還らぬ者としてその方法を中止する風もある。或いはまた山の頂上に登って高声に児の名を呼び、これに答うる者あるときは、その児いずれかに生存すと信じて、辛うじて自ら慰める者がある。八王子の近くにも呼ばわり山があって、時々迷子の親などが登って呼び叫ぶ声を聴くという話もあった。町内の附合いまたは組合の義理と称して、各戸総出をもって行列を作り、一定の路筋を廻歴した慣習のごときも、これを個々の事変に際する協力といわんよりは、すこぶる葬礼祭礼などの方式に近く、しかも捜査の目的に向かっては、必ずしも適切なる手段とも思われなかった。この仕来りには恐らくは忘却せられた今一つ根本の意味があったのである。それを考え出さぬ限りは、神隠しの特に日本に多かった理由も解らぬのである。

(山の人生・柳田國男 より)

霧山人夜話2

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 長い長い退屈が続くと、ふと山に帰りたくなる。そして、山の中の静寂に包まれてひっそりと幸福感を感じて、留まりたくなる。それほど、社会が住みにくいのだろうか。

 昔は七歳の少童が庭に飛降りて神怪驚くべき言を発したという記録が多く、古い信仰では朝野ともに、これを託宣と認めて疑わなかった。それのみならず特にそのような傾向ある小児を捜し出して、至って重要なる任務を託していた。因童というものがすなわちこれである。
 大きくなって世の中へ出てしまうと、もう我々のごとく常識の人間になってしまうが、成長の或る時期にその傾向があって顕れるのは、恐らく説明不可能なる生理学の現象であろう。神に隠されたという少年青年には、注意してみれば何か共通の特徴がありそうだ。さかしいとか賢いとかいう古い日本語には、普通の児のように無邪気でなく、なんらかやや宗教的というべき傾向をもっていることを、包含していたのではないかとも考える。物狂いという語なども、時代によってその意味はこれとほぼ同じでなかったかと思う。

 運強くして神隠しから戻ってきた児童は、しばらく気抜けの体で、たいていはまずぐっすりと寝てしまう。それから起きて食い物を求める。何を問うても返事が鈍く知らぬ覚えないと答える者が多い。それをまた意味ありげに解釈して、たわいもない切れ切れの語から、神秘世界の消息をえようとするのが、久しい間のわが民族の慣習であった。

 (山の人生・柳田國男)

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 「責任」という言葉のもつあの強大な威厳はどこから来たのだろう。人間の行為の動機を微細に追究して行くならば、我々はその人固有の宿命にまでつき当り、或は一見些末な事柄を見出し、或は無数の糸がからみあったような手の施しようのないもつれの前に茫然としてしまう。一行為を為した後に我々の知ることは、自分がいかに自己を知らないかということである。
 「責任」とはこの場において起る一の諦念的な裁断であり、空想的な自己容認ではないかと思われる。社会生活とは裁断の生活だ。この意味で諦念の生活だ。「責任」という言葉のもつ神秘性は、人間の行為の動機における謎の深さに比例する。謎が脅かすのだ。だから全責任を負うと称する人の裡に、もし嘘でないなら、僕は空想と尊大を感じてきた。或は驚異と幾分の嫉妬をも。厳密に考えて、人は人生に対して「全責任」など負えるものではない。その名において自決した人を僕は疑う。負えないからこそ自決したと考える方が真実であるに決まっている。
 僕は自分の行為と思想について責任を負うことが出来ず、しかも生存を欲した者である。責任などという言葉は、社会的裁断に対する思惑にすぎなかったように思われる。いま明瞭に想起されることは、死の危機に瀕したとき、人間はどこまで堕ちていくものなのかということだけだ。尊大から卑小へ、自己過信から自己喪失へ、そして零点のところまで来てでも、生の岸へ這いあがろうともがく。たとい最愛のものに対してさえ、死の切迫裡には、自己の生への微妙な打算は動くようである。これを本能というだろうか。本能であるにしても僕はこれを原罪とよびたい。
 自分の直面した運命を回避し転嫁しようとする気持ちは、検挙のときから既にあった。自分が仲間から強制され、乃至は欺かれ、乃至は時のいきおいに押されて、止むをえずそうなったのだという風な弁明がある。死に脅かされたときふとこの弁明が湧き、しかも一旦そうなると惨落の速度は極めて早いことが自覚された。もし僕が党派の重要な部署にあって、多くの秘密をもっていたならば、このときすべてを曝露し、他の仲間に罪を転じて自己一身の安全を求めたであろう。もし僕が戦争で俘虜になったとしてもおそらく同様であったろう。そして一身の安全が保証された後になって、「責任」についての苦悶を表白したであろう。もし時勢が逆転し、評価が転倒していれば、そのまま何喰わぬ顔で生きていてよい。

(『我が精神の遍歴』 罪の意識  亀井勝一郎 より )

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