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文学

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文藝と道徳

 昔の道徳、これは無論日本でのお話ですから昔の道徳といえば維新前の道徳、すなわち徳川氏時代の道徳を指すものでありますが、その昔の道徳はどんなものであるかというと、貴方方も御承知の通り、一口に申しますと、完全な一種の理想的の型を拵えて、その型を標準としてその型は吾人が努力の結果実現の出来るものとして出立したものであります。だから忠臣でも孝子でももしくは貞女でも、ことごとく完全な模範を前へ置いて、我々ごとき至らぬものも意思の如何、努力の如何によっては、この規範通りの事が出来るんだといったような教え方、徳義の立て方であったのです。もっとも一概に完全といいましても、意味の取り方で、いろいろになりますけれども、ここにいうのは仏語などで使う純一無雑まず混り気のない所と見たら差支ないでしょう。例えば鉱のように種々な異分子を含んだ自然物でなくって純金といったように精錬した忠臣なり孝子なりを意味しております。かく完全な模型を標榜して、それに達し得る念力を以て修養の功を積むべく余儀なくされたのが昔の徳育であります。もう少し細かく申すはずですが、略してまずそのくらいにして次に移ります。
 さてこういう風の倫理観や徳育がどんな影響を個人に与えどんな結果を社会に生ずるかを考えて見ますと、まず個人にあっては既に模範が出来上りまたその模範が完全という資格を具えたものとしてあるのだから、どうしてもこの模範通りにならなければならん、完全の域に進まなければならんという内部の刺激やら外部の鞭撻があるから、模倣という意味は離れますまいが、その代り生活全体としては、向上の精神に富んだ気概の強い邁往の勇を鼓舞されるような一種感激性の活計を営むようになります。また社会一般からいうと、既にこういう風な模範的な間然する所なき忠臣孝子貞女を押し立てて、それらの存在を認めるくらいだから、個人に対する一般の倫理上の要求は随分苛酷なものである。また個人の過失に対しては非常に厳格な態度をもっている。少しの過ちがあっても許さない、すぐ命に関係してくる。そうでしょう、昔の人は何ぞというと腹を切って申訳をしたのは諸君も承知である。今では容易に腹を切りません。これは腹を切らないで済むからして切らないので、昔だって切りたい腹では決してなかったんでしょう。けれども切らせられる。いわゆる詰腹で、社会の制裁が非常に悪辣苛酷なため生きて人に顔が合わされないから無暗に安く命を棄てるのでしょう。
 今の人から見れば、完全かも知れないが実際あるかないか分からない理想的人物を描いて、それらの偶像に向って瞬間の絶間なく努力し感激し、発憤し、また随喜し渇仰して、そうして社会からは徳義上の弱点に対して微塵の容赦もなく厳重に取扱われて、よく人が辛抱しておったものだという疑も起るが、これにはいろいろの原因もありましょう。第一には今のように科学的の観察が行届かなかった。つまり人間はどう教育したって不完全なものであるということに気が付かなかった。不完全なのは、我々の心掛が至らぬからの横着に起因するのだからして、もう少し修養して黒砂糖を白砂糖に精製するような具合に向上しなければならんという考で一生懸命に努力したのである。すなわち昔の人には批判的精神が乏しかった。昔からいい伝えている孝子とか貞女とか称するものが、そっくりそのままの姿で再現出来るという信念が強くて、批判的にこれらの模範を視る精神に乏しかったというのが重なる原因でありましょう。

(夏目漱石「文藝と道徳」 より )

『遊仙窟』のご馳走

 しばらくして、飲み物、食べ物がすべて来た。いい香りが部屋にみち、赤や白、色とりどりの品がずらり前にならんだ。
 海陸の珍味、山野の果物、野菜をえりすぐってとりそろえ、肉は、竜の肝、鳳の髄があり、酒は玉醴、瓊漿があった。城南の雀噪の禾や、江のほとりの蝉鳴の稲、鶏の吸物、雉の吸物、鼈のししびしお、鶉のあつもの、桑の実で肥らせた小豚や、蓮の葉の出るころの小さな鯉があった。
 鵝鳥の子やあひるの卵が、銀の大皿に光りかがやき、麒麟のほし肉と豹の胎が、玉の畳子に目もあざやかに盛られていた。
 熊の生肉の純白と、蟹の醤の純黄とのとりあわせ。さらに、まあたらしい魚の膾は、紅い縷に劣らず輝いていて、ひえている肝は青い糸と色がまぎらわしかった。
 葡萄と甘蔗、愞棗と石榴。河東の紫の塩と嶺南の丹き橘。敦煌産の八つ実のつく柰、青門の五色の瓜。大谷の張公の梨、房陵の朱仲の李。東王公の仙桂と西王母の不思議な桃。さらには、南燕の牛の乳房に似た椒と、北趙の鶏の心臓そっくりな棗。このようにその品名も種類も、くわしくはとりあげられないほど、種々多様であった。
 わたしは、立ちあがって礼を述べた。

(『遊仙窟』 張文成作 今村与志雄訳 より )

竜の肝は、恐竜の生き残りの肝だろう。

鳳の髄は、クジャクのオスの骨髄だろう。

酒の種類は玉醴(ぎょくれい)と瓊漿(けいしょう)があり、甘酒のことを醴漿(けいしょう)という。

お茶の最高級を玉露というように、最高の美酒を玉醴・瓊漿というのだろう。玉も瓊もたまを表わす。

城南の雀噪(じゃくそう)の禾(あわ)は、古によると、雍州城の南に一対の銅の雀(すずめ)がおり、

一度さえずると五穀が生長し、二度さえずると五穀がみのったということに由来する、その地方の粟(あ

わ)のこと。銅の雀とは、銅鐸みたいなものではないだろうか。

江のほとりの蝉鳴の稲とは、郭義恭の『広志』にみえる、南方に蝉鳴稲があり、(陰暦)七月に熟すると

いう稲。江とは長江のことだろう。蝉が鳴き始める頃に実る早稲(わせ)である。

鶏(にわとり)の吸物、雉(きじ)の吸物。

鼈(すっぽん)のししびしおは、すっぽんの肉の塩漬け。

鶉(うずら)のあつものは、うずらの肉や野菜を入れた熱い吸い物。

桑の実を食べさせて肥らせた小さい豚の丸焼き。

蓮の葉の出るころの小さな鯉とは、蓮の葉がでることは春なので、小さな鯉は稚魚の可能性が高い。

鵝鳥(がちょう)の子(ひよこ)やあひるの卵。

麒麟(きりん)のほし肉とは、あの黄色く斑点のあるキリンの乾し肉だろう。

豹(ひょう)の胎(はらご)とは、豹の胎児だろう。

熊の生肉の純白とは、熊の脂肪分のことだろう。これと蟹(かに)の醤(みそ)の純黄との取り合わせ。

まあたらしい魚の膾(なます)は、魚肉や野菜を細長く切ったものを、酢を基本にした調味料で和えたも

の。紅い縷(いと)は人参だろう。ひえている魚の肝は青い糸(青い野菜)と色がまぎらわしかった。

デザートは、葡萄(ぶどう)と甘蔗(かんしゃ)。甘蔗は、あまづらで、葛(かずら)の樹液を煮つめた

古代の甘味料だろう。さとうきびという説もある。

愞棗(なんそう)と石榴(せきりゅう)。愞棗は、木甹棗で果実名。柿に似て小さいという。石榴は、ざ

くろで、漢の張騫が西域からもたらしたという。

河東の紫の塩と嶺南の丹き橘(きつ)。紫の塩は岩塩だろう。橘はみかんの一種で、日本ではたちばなを

さすが、ここではふつうのみかんよりも小さく、皮が薄くて、酸味が強いものだろう。

敦煌産の八つ実のつく柰(からなし)は、野生のりんごのような果樹で、祭りの供え物にされていた木ら

しい。

青門の五色の瓜は、青門は、漢代、長安の霸城門の俗称で、秦の広陵の人・邵平が、秦滅亡後、その青門

の東で瓜を栽培したことがある。その瓜は五色あり、美味なものだ。

大谷の張公の梨は、洛陽の北邙山に、張公の夏梨があり、甚だ甘く、一本しか木が生えていないものだそ

うだ。

房陵の朱仲の李(すもも)は、朱仲は仙人で、よく棗(なつめ)を盗んだという。

東王公の仙桂は、東王父は古代神話のなかの仙人で、男仙をひきいる。仙桂は、仙人だけが知っている香

木のことだろう。

西王母の不思議な桃は、3千年に1度だけ実をつけるとされ、その実は仙桃と呼ばれて食せば長命を得る

とされている。

南燕の牛の乳房に似た椒(しょう)は、形状からして、山椒や胡椒でなく、青椒をさすだろう。青椒とは

ピーマンで、中国においては青唐辛子も含んでいる。

北趙の鶏の心臓そっくりな棗(なつめ)。


このほかにも、仙人になるためのご馳走があるそうである。

『遊仙窟』の酒の肴

 わたしは、また立ちあがって、礼を述べた。
 「お見事、お見事。どこをとっても、結構なお作です。手前のような愚か者でも、幸いにこの機会を得て、お歌が聴けました」
 まもなく、桂心が酒の肴をはこんできた。東海の鯔魚の条、西山の鳳の肉のまるぼし、鹿の尾と鹿の舌、ほし魚と焼き魚、雁の肉のししびしおに、荇菜の漬物をそえた物、鶉の吸物と桂を加えて米であえた肉汁、熊の掌と兎の股、雉の尾の肉と豺の唇など、山海の珍味が、語りつくせず、言いつくせぬほどならべられた。

(『遊仙窟』 張文成作 今村与志雄訳 より)

 酒の肴とは、酒や食事のたすけになる食べ物。

東海の鯔魚(なよし)の条(すわやり)とは、東シナ海産のボラの肉を細長く割いて乾したものをいう。

西山の鳳の肉のまるぼしは、西山は東海と呼応しており、中国大陸の山岳地帯をいう。鳳とは、鳳凰(ほ
うおう)のこと。聖人が世にでたとき、現れるという吉兆な瑞祥な鳥。鳳はオスである。ここでは、クジ
ャクのオスを用いてはいないか。あるいは、始祖鳥のオス。この鳳の肉を丸干ししたもの。

鹿の尾と鹿の舌。今では中国には養殖しかいないらしい…。

ほし魚と焼き魚。何の魚かはわからない。

雁(がん)の鳥肉を塩漬けにしたもの。

荇菜の漬物は、あさざ、はなじゅんさいの葉っぱの漬物だろう。

鶉(うずら)の吸物。

桂を加え米であえた肉汁(桂糝)とは、牛、羊、豚の肉を小さく切り、米を二、肉を一の割合で一緒に炒めた食べ物だそうだ。『礼記』「内則」にある。桂は、月桂(ローリエ)あるいは肉桂(ニッキ、シナモン)のような香辛料であり、それを加えたものか。

熊(くま)の掌(てのひら)。中国では、熊は保護動物で禁猟種。今は食べれない。

兎(うさぎ)の股。股(また)なんだろう。

雉(きじ)の尾の肉。

豺(さい)の唇(くち)の肉。豺は山犬。狼の類。


このような珍味を仙女は食するようだ。

『遊仙窟』の酒器

 
 そうして一同そろって座についた。

 さて、香児を呼んで酒を取りに行かせた。まもなく、三升以上ははいる大きな鉢をささげてきた。

 鉢には、金の鈕と銅の鐶があり、金の小杯と銀の盃が添えてあった。さらに、みつがいやはまぐりの

器、竹の根に細工した器、木のこぶを蝎の口の形にえぐった器があり、まったくまがりくねった形の酒

池、大小とりどりの酒器であった。とりわけ、大きい杯としては、七升入る野牛の角の杯、四升入る犀の

角の杯があり、酒をなみなみとたたえて座中においてあった。白鳥の首、鴨の頭の柄のついた杓が、酒の

上にただよって浮んでいた。

 若い女奴隷の細辛にいいつけて酒をつがせたが、さきに杯を取ろうとしなかった。

(『遊仙窟』 張文成作 今村与志雄訳 より)


 金の鈕(つまみ)とは、蓋(ふた)についているものだろうか。銅の鐶(みみがね)とは、鉢の胴体についている取っ手のことだろうか。金の小杯とは、お椀状の器だろう。銀の盃(さかずき)は、例のうすべったい皿状の酒をつぐ器だろう。みつがいやはまぐりの器は、貝そのものか。竹の根に細工した器は、竹の根っこの節やいぼのついた部分を半分にわって酒を入れる器にしたてた物か。木のこぶを蝎(かつ)の口の形にえぐった(樹蝎脣癭林之形作蝎)器とは、木のこぶに空いた穴の縁に蝎(さそり)の形が作られている器であろうか。まがりくねった(九曲)形の酒地とは、その名のとおり池を想像させるような酒器だろう。野牛の角でできた杯や犀(さい)の角の杯は、とてつもなく大きい。白鳥の頭や鴨の頭が彫ってある柄(え)の部分がついた杓(ひさご)は、ひょうたんあるいは木で作った柄杓(ひしゃく)――神社の水桶においてあるような――であろうか。
 

『遊仙窟』 5

 高く奥深い建物に入ると、一歩一歩、はっと驚き、ひろびろとして明るい中庭は、見るたびに眼がくらんだ。こうして、少府さまは案内されて階段を登ったのである。
 わたしは、答えていった。
 「主人と客とでは、どちらが先に行くか、作法があるでしょう?」
 十娘、
 「男と女とでは、当然、上下がありますわ」
 わたしは、たちどまってしりぞき、
 「さきほどは、とんだ失礼をしました。うっかりして、お嫂さまにご挨拶をしませんでした」
と言った。
 十娘は、
 「嫂さんも参るはずですけど、少府さまが人をやってお知らせになるのは、ゆきとどいたことですわ」
と答えて、桂心をやり、五嫂にお出でくださいと知らせた。
 十娘は、少府さまと一緒に、しばらく話をしていた。
 まもなく五嫂が来た。
 身にまとった薄物は、目を奪うばかりにはなやかで、色彩が光りかがやいていた。裙の前は、麝香の匂いがただよい、頭のうしろは竜がとぐろをまく形に髷を結い、真珠の編みぎぬでからげた翠の衫を着て、金箔を塗った赤い履をはいているではないか。
 わたしは、そこで、つぎの詩を作った。
  
  あやしくもあでやかな姿の
  はっとするほど派手な顔だちの人よ
  眉のところは月が出て、夜を争うかのようだ
  頬には花が開いて、春をかちとったらしい
  ほっそりとした腰は、しなしなと動きやすく
  笑顔は微笑がことさらよく似あう
  ほんとうになみはずれた珍しい物で
  たしかに人の世に稀にしかいない人だ
  無理のないたちいふるまいの
  愛らしさはならぶものがない
  そのよさに公達は百回生きかえり
  たくみさが王子を千回も殺す
  黒い雲を二つに裁ったような鬢
  白い雪を二つに分けたような歯ならび
  錦の袖に麒麟の児を織りあげて
  裙の腰に鸚鵡の子を刺繍している
  どこもかしこも心にかない
  悪いところなどどこにあろう
  ものの言いようがあまりにもみやびやかで
  歩き方はすばらしく魅惑的であった
  かたわらの人は一人二人が赤い羅のくつしたをはき
  そばに仕える女は二、三人が緑の線鞋をはいている
  黄竜がはねて黄金の釧に入り
  白燕が飛んで白玉の釵に来ている

 挨拶がすんでから、五嫂が言った。
 「少府さまは、山を越え、川を渡り、長い旅でさぞお疲れのことでしょう。当地にお着きになって、ご気分が悪いことはありませんか」
 わたしは、答えた。
 「みかどのおおせを畏み、奮闘しており、苦労をいとうものですか」
 五嫂がふりむいて笑いながら十娘に言った。
 「今朝、かささぎがさえずりあっていましたが、ほんとうにいいお客さまがお出でになったわね」
 わたしは、それをうけて、
 「昨夜、目のふちがぴくぴく動きました。今朝、いい人に会ったわけです」
と言うなり、案内にしたがって広間にあがった。すると――
 珠玉は心を驚かし、金銀が眼にかがやき、五彩の竜鬢のむしろや、銀のより糸で縁辺に刺繍した毛氈が敷かれ、八尺の象牙製の床と、緋の綾を薦にかさねて作った褥が置いてあった。車渠や同様の宝が、優曇花に映え、瑪瑙と真珠は、玻璃の糸でつらぬいてあった。きれいな木目の柏の榻子は、すべて豹の頭の形に彫刻し、蘭の草の灯芯は、魚の油をもやしていた。
 管弦が澄んだ音をひびかせて、北の扉のところに分かれていた。大小の杯が交錯してならび、南の窓の下にずらり席を占めた。だが、それぞれ譲りあって、先に坐ることを辞退した。
 わたしが、
 「十娘は主人で、わたしは客です。どうぞ主人がまずお坐りください」
と言うと、
 五嫂は、ふざけるのが好きな気質で、口をおさえて笑いながら言いかえした。
 「奥様は、主婦なんですもの、少府さまが、御主人にならなくては」
 わたしが、
 「わたしはとるにたりない者、とてもそんな役がつとまるものですか」
とためらうと、
 十娘が、こう言った。
 「いまのは、嫂さんが、冗談を言っただけ。少府さま、こわがる必要なんかないのよ」
 そこで、わたしは答えた。
 「どうしても避けられないなら、やむなく身をもってあたります」
                                   (巻二終)

(『遊仙窟』 張文成作 今村与志雄訳 より)


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