平成17年4月6日から平成23年9月6日までのブログ

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文学

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『遊仙窟』 4

 わたしは、女をひきとめた。
 「お気持ちがあるなら、もどらなくてもよいでしょう?」
 すると、女はしなやかにむきなおって、あでやかに進んできた。
 十娘は、うやうやしく、わたしに向って再拝した。わたしも頭をさげ、礼をつくしてから、話かけた。
 「いましがた、さんざん賞めちぎるのを聞かされて、あり得ないことだと思っておりましたが、はからずもお目にかかったところ、まるで仙女です。ここは、仙女のすみかですね」
 十娘、
 「さきほど、詩を拝見して、平凡だと思いましたけど、いま、お目にかかったら、文章よりずっと男前の方ですわね。ここは、文章のすみかですの」
 わたしは、そこで訊ねた。
 「奥様は、どちらのお家柄の方ですか?御主人は、どこにおられるのでしょうか」
 十娘が答えた。
 「わたしは、清河の崔公の子孫ですわ。弘農の楊府君の長男に嫁ぎました。弘農で婚礼をすませてから、父について行き、河西道に住みました。蜀の人はわるがしこくて、しょっちゅう辺境を侵犯しましたので、兄と夫は、筆を棄てて従軍し、戦場で死んで、かえらぬ人になりました。そのとき、わたしは十七歳で、亡き夫を固く守っております。兄嫁は十九歳で、再婚しないと誓いを立てました。兄は、清河の崔公の第五子で、兄嫁は、太原公の第三女です。ここに屋敷をかまえてから何年もたちました。建物も荒れはてて、くらしむきも貧しくなりました。お客さまは、どちらからお出ででしょうか」
 わたしは、居住まいを正して答えた。
 「わたしの一族は、南陽の出身です。住居は、西卾にあります。黄石公の不可思議な術を会得し、白水の余波を制御しました。漢朝では、七代にわたり、貂蝉の飾りをつけ、韓国では、五代の君主の卿・相をつとめました。鐘を鳴らして食事の時を知らせ、鼎をならべて食膳をととのえる富貴の家柄で、代々高官が続出し、長い戟をならべ、門を高く構えて、公侯としての格式にしたがっておりましたが、わたしは、父祖の遺業をつがずに、家運が次第に傾きました。青州刺史・博望侯の孫か、広武将軍・鉅鹿侯の子のような不肖の子として、しょうことなしに俗世にまじわり、下級官吏のなかに埋もれております。隠者ではないし、遁世もしておらず、鯤鵬と斥鷃との間にさまよい、官吏ではないが俗人でもなく、世の中の是非に不即不離の生き方をしています。暫時、役儀によって派遣され、当地に来ました。卒爾ながらお騒がせしましたが、心からお慕いしております」
 十娘は、さらに質問した。
 「お客さまは、現在、どういうお役をつとめていらっしゃいます?」
 わたしは、これに答えた。
 「幸いに太平の御代にめぐりあいながら、貧しく賤しい身であるのが恥ずかしく、さきほど賓客の待遇で甲科に推薦されてから、その後、逸材選抜の優秀な成績で合格できました。勅命により関内道の小さな県の尉に任命され、現在、河源道行軍総管記室を担当しております。
 再三御取り立てていただきながら、いたずらに報恩を思うばかりで、下級官吏として奔走し、落ちつく暇がありません」
 十娘は、
 「少府さまは、お役目でなければ、とてもこちらへはお立ちよりになれませんわね」
と言った。
 わたしは答えた。
 「これまでは、存じあげていなかったので、参上しませんでしたが、今日からは、失礼のないように心がけます」
 十娘は、ふりむいて桂心に声をかけた。
 「奥の広間に支度して、少府さまをそこにご案内しなさい」
 わたしは、ためらってから、辞退した。
 「わたしのような、いやしい者には、ここで結構です。賈誼のような才のない者は、とても奥の間にはあがれません」
 十娘が答えた。
 「いましがた、知らせを聞いて、ありきたりの旅の人と思い、粗略なことをしまして、面目ないと深く感じております。わたしの考えでは、ご案内しておもてなしすべきだと思います。ここは粗末な、手ぜまなところなので、風や塵を避けられません。部屋に入るのを辞退なさるべきではありませんもの、いまさら奥の広間にあがるのを躊躇なさる必要がありますかしら」
と、そのまま案内して奥の広間に入った。
 そのとき、黄金の台、白銀の闕は、日をかくし、雲をおかして聳え、新築まもない銅雀台か、はたまた宏壮な霊光殿のようであった。梅の梁、桂の棟は、谷川の水を飲む長い虹のよう、そった宇、彫刻のある甍は、天をかきわけてのぼる鳳に似ていた。水晶の浮き柱は、ぎらぎらとして星を含み、雲母で飾られた窓は、日光に映えてあかるく輝いていた。長い廊下が四方にのび、いずれも玳瑁の椽を施し、高い閣は三重で、すべてが瑠璃の瓦を用いていた。白銀でつくった壁が、魚の鱗のように輝き、碧玉をめぐらした階は、雁の序列のように段々になっていた。

(『遊仙窟』 張文成作 今村与志雄訳 より )

『遊仙窟』 3

 わたしは、あらためて詩を一首、贈った。その詞は、つぎのとおりである。

  今朝、ふとあの人の美貌を見かけて
  いつのまにか、こまやかに胸もとにきざまれた
  人に何度もこんなことをはっきり言わせるなんて
  あの人はきつすぎて近寄りにくい
  じっとしているとはげしく胸さわぎばかりして
  さびしさがつのってますます落ちつきを失う
  見たとしても死ぬとはかぎらないものなのに
  それができないのはどんなに生きるのがつらかろう
  思いなやみながら暗い部屋にとじこもり
  恋しさがうってかわって疾になった
  つきあいの少なさを口惜しがるばかりで
  うちとけた交際をだれがみとめてくれよう  
  夜な夜な、胸の思いを眼に告げたことの空しさを知り
  朝な朝な、仲をかたるすべがなかったことをかこつのだ
  園の花は人を避けずに咲いているのに
  閨の人はなぜかはじらって顔をかくしている
  いま、天の河の渡しではばまれて一歩も動けない
  ここに心を惹かれていて、新しい恋人がさがせようか
  いつまでも美しい笑顔があるわけでない
  最後は、一握りの塵になってしまう
  生きているときは、その日その日、楽しくくらそう
  死んだあとは、もはや人を悩ませる春はない
  一生、気ままにすごせたならいい
  百年、あくせくして生きる必要がどこにあろう

 しばらくして、うとうととしていると、夢のなかに十娘があらわれた。ハッとして目がさめ、手をとってひきよせたけれども、手ごたえがなかった。悲しくて、言いようもなかった。そこでわたしは、一首、詩を作った。

  夢のなかはうつつらしけど
  さめてみれば、まぼろしのごとく
  げに、腸のちぎれるばかりの悲しさに
  貧乏神のことさらにたわぶれしなり

 十娘は、詩を見たが、読むのをいやがって、すぐさま焼きすてようとした。
 わたしは、ただちに一首、作った。

  詩によっては言いつくせないかも知れないけど
  詩でもって、それでも愛を表したいのです
  あの人は火の中に投げいれたそうですね
  きっと互いに燃えたいのでしょう

 十娘は詩を読んで、おびえて起ちあがった。鏡匣から鏡を取り、衣裳箱から衣をつまんで出し、念をいれて化粧をし、美しく装って階段のところで履をなおした。わたしはさらに詩を作った。

  薫きしめた香の匂いが四方をおおい
  あざやかな光が両側にひろがって
  錦の歩障をさっと捲きあげ
  羅の帳を半ばひきあけている
  つややかな顔に黛の黒がまじって
  どこをみても調和がとれている
  あでやかさに粧粉が浮いてしまい
  口の香が脂の匂いとまぎらわしい
  その鬢と見くらべれば、蝉鬢などの鬢の数にも入らないし
  その鬢と見くらべれば、蛾眉などは眉ではなかった
  これを見ると、まことにうつくしく
  どこもかしこもなよやかであった
  あまえた顔は愛くるしく
  語らう声がいとおしい
  なまめかしい腰つきは、ほっそりとして
  まなざしをふせた眼はきれながであった
  細工師にはもとより彫ることもできないし
  画匠がまのあたりにしても描けなかった
  恋いこがれていながら互いに知らないが
  城がつぶれ、また国がつぶれるほどの美しさだ
  肩かけは風をうけて鬱金の香がかおり
  裙の裾は日に映えて石榴の色があざやかだ
  口もとは取りごろの珊瑚
  頬のあたりは、摘みごろの芙蓉
  名を聞いただけで、はらわたがあれくるい
  顔を見たなら魂がまどい、うつつを失うであろう
  心はまるでくだけそうで
  身体が踊り出しておさえようがない
  しずかに歩く一歩一歩ごとに、よい香りがただよい
  話し出そうとしてしきりに媚子がゆれて開く
  靨は、織女が星をのこしていったようで
  黄は、嫦娥が月をとどけてきたらしい
  甘えながらたおやかに進み出ようとして
  笑いをこらえてはじらいながらひきかえそうとした

(『遊仙窟』 張文成作 今村与志雄訳 より )

『遊仙窟』 2

 まもなく、突然、奥から箏をかなでる音が聞こえた。
 わたしは、そこで一首、詩を歌った。

  いくらお綺麗でと思ったにしても
  よくも人がひとりで眠っているのを馬鹿になさいますね
  しきりに、きれいな白い手を伸ばして
  たえず、絃をかきならしている
  絃の音がするだけで息がつまるのです
  この眼で見たならどんなにいとおしいことか
  たとい憎まれてふられようとも
  まさか天上へ行って代わりがさがせるもんですか

 しばらくしてから女奴隷の桂心をよこして、わたしの詩に答えてつぎの言葉を伝えさせた。

  顔はほかの人の顔ではないのよ
  心だってわたしの心です
  どこが天上にかかわりがあるのかしら
  苦労してさがしても空しいことだわ

 わたしが詩を読みおわって、門内に頭をあげると、ふと十娘の顔が半ば見えた。早速、一首作った。

  すました顔にえくぼのあとがちらりと見えて
  はじらいながら朱い唇を半ばひらいている
  片方の眉でさえやるせないのに
  両の眼なら、きっとうれしくて気が動顚するだろう

 すると又、女奴隷の桂心をよこしてわたしの詩に答えさせた。

  すきというのは、ほかの方がすきなのね
  わたしが意中の人でないのに
  どうしてつまらぬからかいをなさるの
  なんという無駄な気苦労ですこと

 このとき、夜はふけて時刻がたち、思い悩んで眠れないまま、往ったり来たり、歩きまわったが、心の中をうちあけるすべがなかった。
 あちらが本当にその気を示している以上、こちらはどうして答えずにおらえようか。ついに思いを訴えて、書状にしたためて贈った。

  わたしは、年少のときから歌や女に心を惹かれ、美女との逢瀬にあこがれて、歓楽の場所をつぎつぎ
 に訪ねて天下を遍歴しました。蜀郡では、「別鶴操」を琴で弾いて、文君のもとにも通いつめ、秦楼で 鳳管を吹いて、奔玉の顔もあきるほど眺めました。蘭を贈られ、珮玉を解してくれましたけれども、印 象にのこっておりません。契りを結び、共寝したものの、なんとあじけなかったことか。
  むかしは、ふたりでみる夢に、夜の短かさを嫌ったものでしたが、今宵は、ひとり旅の床に臥して、 実のところ長い夜をかこっております。お天道様に変わりはないが、時節は様変わりしました。遠くか ら香の匂いをかぎ、ただひとり韓寿の心境にひたり、間近く琴の音に聴きほれて、文君の顔を見ている と、思いまぎらわしております。
  いましがた、桂心が、十娘さまは、天上界でもならぶ者がなく、人の世でただ一人の方だと話してく れました。なよなよとしたやわらかな柳の小枝を束ねた腰つき、ゆらゆらとゆれるさざ波のさかまいた
 形の眦。両の頬をほころばすと、地上には花がないのかとつくづく思われ、双の眉を見せると、空に月 がなくなったとしみじみ感じさせられます。西施でさえ顔をおおって、何度となく身の飾りを焼きすて るし、南国も悲しみのあまり、たびたび鏡を叩きこわすでしょう。雪が風に舞うように踊る洛水の女神 も、せいぜい衣裳をたたむ役が似つかわしく、雲になってあらわれた巫山の神女も、履物をささげ持つ ことさえひかえるでしょう。秋胡が目がきかなくて、あたら黄金を無駄費いしたことが腹立たしく、鄭 交甫が常軌を逸して、白玉をあてにした空しさを思っております。
  わたしは、形勝の地を旅行して、閑静な亭に宿泊し、はからずも神女に遭って困惑しております。芙 蓉は、谷川の底から生えていて、蓮子は、まことに深く、木栖は、山のいただきに出ていて、相思は、
 日ごとに遠くなります。炭火を飲んでいないのに、腸が焼けるように熱く、刀を呑んでいないのに、腹
 が割かれたように痛みます。つれなくも明るい月がしきりに窓に臨み、苦々しくも春風がたえず帳を動 かしております。この光景をまのあたりにして、寂しさをかかえる者は、どうして堪えられましょう  か。消えいるばかりの思いをやっとかけており、どうか絶えなんとする生命を救ってください。もとも とお会いしなければ、なにごともなかった。はかなくもめぐりあったので、かえって煩悩が起りまし  た。かざらぬ心のうちを申しのべます。どうかおとりはからいください。もしお姿を拝見できるなら、 もしかしたらなどと口はばったいことは申しません。

 書状がとどいてから、十娘は、真顔になって桂心に向かって言った。
 「さっきは、わるふざけしてからかっていたのに、本当に言いよってきたわ」
                               (巻一終)

(『遊仙窟』 張文成作 今村与志雄訳 より )
 

『遊仙窟』 1

 さて、積石山という山は、金城の西南にあり、黄河がそこを流れていた。『書経』に、

  河ヲ積石ヨリ導キ、竜門ニ至ル

というのは、この山がそれなのである。
 わたしは、汧、隴から、河原へ使命をおびて赴いた。運命が行きづまったことをなげき、故郷から遠く離れる旅がわびしかった。
 その昔、張騫の通った道が、十万里の彼方へ起伏しながら奔りゆき、禹の歩いた跡は、二千年を経てなお険しい坂であった。深い谷が大地をとりまいて、きりたった崖の形を彫り、高い嶺は大空に横たわって、そそりたった峰の格好を作り、もやや霞がはっきり見え、川水も岩石もそれと目につき、まことに天上の神秘的な世界か、さもなければ、この世に稀な境地であって、目にも見えず、耳にも聞かぬ光景であった。
 日は暮れたが、前途はまだ遠く、馬も人も疲れはてた。
 きわめて険阻なところにさしかかって、上をみると、万尋の青い岩壁、ま下には、千仭の紺碧の淵があった。古老の言い伝えによると、そこは神仙の棲むところで、人跡稀な、鳥の通う道が僅かにあるだけであった。匂いのいい果実や美しい玉のついた枝、神仙の衣や錫杖、鉢が、どこからくるのか、自然に水面に浮び出ているという。
 わたしは、そこで誠心誠意、敬虔に、三日の間、斎戒沐浴した。細いつたかずらにすがり、軽い舟を浮べて渓流をさかのぼった。身体は空を飛び、魂は夢を見ているようで、またたくまに、突然、松や柏の茂る巌、桃の花の咲く谷川に着いた。あたりはいい匂いのする風が吹き、空一面、光り輝いていた。
 若い女が一人、川のそばで衣類を洗濯しているのが見えた。そこで、わたしは訊ねた。
 「ここには神仙のお住まいがあるとお聞きしましたので、わざわざおうかがいしました。道中、山や川の難所のため、ことのほか疲労しましたので、奥様のところに宿をかり、暫時、休憩したいと存じます。ご厚情を賜わりたく、どうかこのことをお許しください」
 若い女が答えた。
 「わたしどもは、むさくるしい住居で、粗末な物しかおもてなしできず、とても御満足していただけなかろうと思いますものの、無下におことわりすることも致しかねます」
 わたしは、その言葉を聞くなり、
 「わたしの旅の身で、なに事につけ取るに足りないもの、雨露をしのぎさえすれば、幸いに存じます」
と答えた。
 そのまま、わたしを門の傍のかや葺きの亭に待たせたまま、大分長い間、引っ込んでいたが、やっと出てきたので、わたしは、若い女に訊ねた。
 「こちらは、どなたのお住まいですか」
 若い女、
 「ここは、崔家のお嬢さまのお宅ですの」
 わたし、
 「崔家のお嬢さまは、どんな方です?」
 若い女が答えた。
 「博陵王の子孫で、清河公の由緒ある家柄です。ご器量は、舅さまゆずりですのよ、潘安仁の外甥なんですもの。気品は、お兄さまそっくりですわ、崔季珪の末の妹でいらっしゃるから。
 顔だちが美しくやわらかで、天上界でもならぶ者はありませんし、物腰もたおやかで、人の世に稀な方です。つややかな顔は、指ではじけば穴があきかねないほどやわらかだし、ほっそりした腰つきは、つかんだなら、いまにもきれてしまいそうです。韓娥や、宋玉がお嬢さまを見たなら、恋患いになり、降樹や青琴がお嬢さまと向いあったなら、恥しくてたまらないでしょう。数々のあでやかさ、魅惑は、軽々しくたとえようがありませんし、あえかな身のこなしは、とても語りつくせません」

(『遊仙窟』 張文成作 今村与志雄訳 より )

夏目漱石の未発表書簡

 佐藤春夫の父に宛てた手紙、和歌山で公開

http://sankei.jp.msn.com/culture/books/091111/bks0911111933000-n1.htm

 佐藤春夫の父、豊太郎(号は鏡水)は医者で狂歌・狂句を嗜んだ。懸泉堂という六代続く医家。和歌山県新宮市に住む。

なぜ、漱石山人が佐藤春夫の父と面識があったのかは不明だが、熊野地方の歴史に興味があったのは、和歌山県田辺市の南方熊楠の活動と関連があったら面白い。病気が治らないから、神頼みの気持ちもあったのかもしれない。

漱石山人の書は美しく女の書いた字みたいだが、その字が何て書いてあるのかがわからないというのが悔しい気がする。ぜひ、読んでみたいものである。


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霧山人
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