「なんとかなるだろ」 イングランドの田舎に家族居残り

国際化社会。子供らに重要なのは英語なんかでない。大切なのは人間性だ。専門知識があればなお良い。ちゃんと将来を担う若者が育つ社会に

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試験が終わった

やーと、期末の試験が終わった。
この開放感。なんとも言えない。今回で3回目。しかしあと3回もあるぞ。
40代の後半になってこんな思いを経験する人も少ないだろうな、、、

しかし、今回も厳しかった。試験の出来は2教科のうち一つはかなりぎりぎりかな。
今回は2教科とも試験。
最後の2週間は1日おきに科目を切り替えて勉強。朝、仕事に行く前と、夕方、仕事から帰ってからなので2教科ともやるほど時間がない。かといって一方でも2日以上勉強しないと不安でたまらない。

今回はめずらしく試験で英語の壁に遭遇。本当は、本来英語が苦手なボクの場合、いつも英語の壁に挟まれているのだが鈍感で楽観的なので普段は気がついていないだけ。

試験の解答は全部作文形式。そもそも回答すべき設問は3問しかない。しかも設問は2行くらいの簡単な文章で「新規技術による市場開拓の先駆は必ずしも常に有効な手段とは言えない。これについて考察せよ」
などという感じでなんとも不親切な問題ばかり。
ところが回答にはいろいろな著名な人の仮説や調査結果(概略だけでいい)をネタに「これがこうなって、あれがそうなって、だからこういうことだ」と議論を展開しないといけない。

3問分の回答でA4用紙に8枚程度になる。1枚に300単語とすると約2400語の文章に。試験時間は2時間。単純計算で1分に20語分書き進めるということ。
もちろん問題を読んで考える時間も少し必要なので、実際のペースはもう少し早い。本人の印象は「試験とはただひたすら書き書きの時間」。2時間はあっという間に終わってしまう。
本当に「あっ」という間。

こうなると時間配分が非常に重要。各設問の得点配分は問題用紙に書かれているのでそれに応じて時間を配分する。しかし、回答が必要な問題は全問、不完全でも回答するほうがいい。でないと得点がますますさがる。完璧な回答は出来ないので、中途半端な回答2つより、さらに質を落としても3つとも答えたほうが、合計点では有利(のはず)。
今回、やばいと感じている試験は1問目で調子にのって自分で予定した時間を15分オーバー。
2問目からスピードを上げてと挽回を試みたがこれができない。
いくら書く字をくずしても一向にスピードは上がらない。読みにくくするだけ不利になるばかりだ。

3問目は30分配分したかったが、のこり時間20分をきってスタート。しかも、最初の出だしで話を変な方向にもっていってしまって、途中で気付き、「書き直すか、ここから無理やりこじつけるか」と思案にくれてさらに時間ロス。結局、話の矛先を急に変えるこじつけ作戦を実行。あとは野となれ山となれ的な回答、、、

試合後、じゃなくて試験後の自己反省で「あのこじつけは策はあの状況ではやむを得ない。1問目を時間オーバーしたのは反省には値するが決して失敗ではない。そうなると根本原因は書くスピードを上げて挽回がでない英語の壁が原因」と勝手に自分を納得させた。
ということで今回も中途半端な反省で全く向上する気配なし。

終わったから祝杯を挙げてゆっくりしたいところだが、そうもいかない。これが社会人学生の悲しいところ。
明日から1週間、お客さんの立会い試験で忙しい。いつものNeilおじさんがPual君を引き連れて朝の9時にやって来ることになっている。今も家から機械の調子をモニターしているが今ひとつ調子がわるそうだ。夏風邪でもひいたか、機械のクセに!!

実は試験後、クラスの仲間といつものパブへ集合し、飲んで食べてリラックスしてから会社に戻った。
12時から3時間近く。いい天気だったので最高。外のテーブルだったので日に焼けた!!

勉強、勉強、勉強

いよいよ期末の試験が迫ってきた。
勉強あるのみ。
ブログなんぞやってる場合ではない!!!
パブなんぞ行っている場合ではない!!!
仕事なんぞしている場合ではない。これはうそ。仕事はしないと。
先週もお客さんの立会い試験があり一週間、缶詰状態。
今週はその余波で忙しい。

しかし、やっぱり夜の授業のあと「ちょっと一杯どうよ」ということになる。
珍しくカメラを持っていたので撮った。(すっかり忘れていたのでもうほとんどの連中は帰ったあとだったが)

イメージ 2

Neil君(左)とMax君(右)。目つきが変なのは酔っているから。
ところでMax君はフランスから来たばかりで会話はゆっくりめ。しかもボク、この日まで彼の名前をMichaelだと勘違いしていた。最初、お互いに自己紹介した時ボクにはそう聞こえたから。

そういえばこのあとNeil君が「発情した犬のしぐさ」というかくし芸をやっていた。品が悪いやつ。
で、SharonさんがiPhoneでそれをビデオをとって喜んでいた。そのままNeil君本人のFaceBookにリンクを投稿。Neil君のFaceBookが見つかればこの映像が見れる。ボクはFaceBookとは何のことかいまだによくわかりませんのでどうやって探すのかしりません。申し訳ないが。

イメージ 1

Sharonさん(左)とErinちゃん(右)に囲まれてボク。にやけおやじ。
Erinちゃんは相変わらず男アサリ(??)でいろんな人とデートしている。この週末も彼氏のところに泊まりにいくので勉強ができないと嘆いていた。
この二人、2時間たらずでワインを二本あけていて、そりゃもうたちの悪い酔っ払いおやじ状態。
この日はもうひとりの飲み仲間?のTracyおねーさんがいなくて「二本めがきつぞ。おい、半蔵。Tracy呼んでこい。」とか「お前、ビールなんか飲んでないでワインにしろ、ワインに」とかもう大変。

さー!勉強、勉強

勇気を与えるもの

前の記事でかみさんの大学院入学のすったもんだを書いた。
いくら息子のためとはいえ、この決断は大変だったが、そこに旦那(ボクのこと)が約1年前にやはりWest Midlandsのとある大学で経営学修士(MBA)を履修するため大学院に通い出したこともある意味ではげみになっている。
(ちなみにかみさんが行く学校とボクが通う学校は違う大学だ)

オリンピック選手などが活躍すると皆に感動と与え、勇気が湧き、明日の力になることがある。
「あー頑張っている人もいるんだ。自分も頑張らねば」と。

ボクの場合も似たような効果があるが、ちょっと違う。
ボクの場合昔から周囲の人に「なーんだ。半蔵でも出来るぞ。これは意外に難しくないんでないの。ちょとやってみるか」と。
つまり安堵感。ボクはこういうキャラクター。

今回かみさんも大学院に願書を出すにあたって
「あんたでも、MBAがなんとかなったんだから、私にもちょっとはチャンスがあるかもね」と言っていた。

とにかく最初の一歩を踏み出す勇気が出るのであれば、そのきっかけがどこからきてもいい。

勇気といえば今回の騒ぎですばらしい人にあった。この人は72歳(たしか)だが現役である学校の数学の主任教師をししかも校長先生をしている女性の方だ。
この人との出会いはオリンピック選手なみの感動であった。

この人も結婚後主婦をしていて先生を始めたのは43歳からだそうだ。

今の時代、医学の進歩や生活環境がよくなって人生80年以上となりつつある。
つまり第二、第三の人生の機会があるのだ。
45歳から新しいことを始めても30年近く現役で居られればそれなりの事ができる。すばらしい。
この72歳のはつらつとしたおばーさん(失礼)からそんなことを習った。

さかのぼって今年の1月も終わりのころ。いよいよ駐在期間が今年の夏までというのが鮮明になってきて、長男が学校(Sixth Form)を卒業できるようにするための手をうつ時期となった。
この理由については前の記事に書いたとおり。

まず、本人の学生ビザというのが順当だが、息子が通う学校にはその資格がない。この学校にはいろんな人種の子供が通っているが、基本的にはほとんど外国人はいない学校なのだ。
そこでまず学校自身が生徒のビザ申請資格を取得するように校長先生との交渉を始めた。
まず手紙を書き、そして直接会う機会をもうけて校長先生に状況を説明した。
前向きに考えるとは言ってくれたものの、いつ何をするのか、つまるところビザ申請資格を取得する気があるのかないのか一向にはっきりしない。

このままでは時間切れとなるのでプランB(予備の計画)が必要となった。
唯一の案は母親、つまりかみさんが学生ビザをとるというもの。
しかし、金融不況のあおりで英国は失業者が増加。しかも5月の国政選挙をひかえ労働党は外国人に対する敷居を高くする政策を実行中で毎週のように移民法や入国管理法の改正がある。一見、自国の労働者保護と学生ビザの発給には関係がないように見えるが実はこれがおおあり。
英国では学生ビザで入国し、許可されている週当たりの就労時間制限を超えて働くものがあとをたたない。
また、語学学校や高等教育の学生ビザで入国し、そのまま労働者として居続ける外国人を英国人の失業者は快く思わない、という事情。
不利を伝えられた労働党の選挙対策で入国管理はますます厳しくなるばかりだった。
結果は労働党は選挙に負け保守党と自由民主党の連合政府となってしまうのだが。

かみさんが学生ビザをとりさらにそこに帯同者として息子二人、特に長男は16歳で英国の義務教育年齢を超えている、つまり就労年齢に達している、を付帯させるのは簡単ではないことがわかった。

弁護士などと相談した結果、成功率を確実にするにはPost Graduateつまり大学院以上の通学が不可欠と。しかも専門性の高い学部がより確実ということになった。
知らなかったがこういう背景らしい。単純労働者に対しては制限をつけている英国政府も実は台所事情があり今後国際競争社会で生き抜いて行くための高等専門スキル保有者つまり大学院や博士課程修了者の数が不足するという状況。なので、学生ビザの発給制限もそう場合には優遇しているそうだ。

これは大変なことになった。かみさんは日本で大学は卒業して職にもついていたが、ボクのアメリカ駐在を期に離職し16年も専用主婦をしている。昔はソフトウエアエンジニアだったが今は「全部忘れた」そうだ。
しかし選択の余地はない。前進あるのみ。
まずはイングランドのWest Midlands地方の大学の調査から。
インターネットなどでいろんな大学を調べ最終的には3つに絞る。入学願書はその3校に出すことになった。
学部は専門性が高く、本人としてもちょとは興味があるということでData NetworkingつまりIT系の学部の大学院ということになった。当然、これを決めるまでには紆余曲折がいっぱいあった。

願書には大学と仕事をしていた会社の両方からの推薦状が必要。
運よくまだ生きていた!?(失礼)大学の恩師と昔の仕事仲間で出世している人にそれぞれ頼んで推薦状を書いてもらう。当然、英語なので草案はかみさんが自分で書いた。
本人の自己推薦状(Personal Statement)も書き、願書を提出し面接を受けた。

するとどの学校からも条件付きで入学の許可が届く。
条件とは英語の試験で合格すること。英語で学校を卒業していない人にはこれが課せられるのだ。

ボクもかみさんを手伝ったので今回はかみさんの英語力を見る機会があった。
普段の日常会話や友達や近所との付き合いでは問題がないように見えるかみさんの英語力もいざ文章を書くとなると極めてもろいことを発見。
本人は認めないがボクと同じで学生時代の英語力はかなりお粗末だったようだ。

ボクらはアメリカの貧困街の文盲の子供と同じ。南デトロイトで育った少年のようなものだ(Journey Don't stop believing)。
英語の会話はそれなりに出来るが文章は書けないのだ。文法などおかまいなし(ボクと同じだ)。
本人も「推薦状やPersonal Statementでいっぱい英文を書いたのは本番の英語試験のいい練習になった」と言っていた。

これと平行して長男の学校の校長先生との交渉は続く、がどうもビザ申請資格を取得すると外国人が押し寄せてくるのでは、という懸念がぬぐいきれず決断ができないようだ。
しかもこちらがあまりにしつこく、面談に訪れるのでだいぶうざったくなってきたようだ。こっちだって好きでおっさんに会いに来てるわけではない。
実はこの学校、毎年ひとりくらいは家庭の事情で学生ビザの必要な生徒がいるらしい。それらの親がこれまでどんな交渉をしてきたのか知らないが、いまだに生徒のビザ申請資格は取得していない、ということがわかった。これはかなりの難関だ。
以前この学校で台湾の人で子供の教育のため、父親が勤めていた台湾の会社をやめ英国の会社に就職した、という生徒もいたらしい。

さて、その後、かみさんの英語試験の合格通知が届き、それに遅れること2週間で学校から事態の進展を告げる連絡がきた。どうも息子自身の実力が影響したらしい。
このへんは次の記事にしたいと思う。

ボクは自分の子供たちの教育は英国か米国で受けさせたいと思っている。
理想は英国か米国で高校を卒業、そして日本で大学かあるいは大学院に行くというのが偏りがなくていいのではと思っている。
特に小学校から高校までの教育方法は残念ながら日本のやり方よりいいやり方があると確信する。
大学は最近は日本も「学生がちゃんと勉強するようになった」と聞いているので信用しよう。本当??大丈夫か??

国際社会で英語は必要だが重要ではない。なんでもいいからしゃべれればいい。
子供に英国や米国で教育を受けさせたい理由は英語とは別にある。

社会人になって仕事や普段の生活、子育て、友人関係、恋愛などなど、で出くわす問題には「間違った答えは無数にあるが、正解も一つや二つでない」というのは誰でも経験することだと思う。
正解が10個も20個もあるということは本当の正解が一つもないということだ。
ボクらはそんな中でどれかの答えを選んで先に進まなければならない。

知識の習得を中心に据えた教育ではこういう実社会の状況に対応するのにとまどう。
知識を元にそれを活用して自分で答えを見出すという訓練を学校でしてくれるのが望ましい。

長男が去年 英国のGCSE(General Certificate of Secondary Education)つまり中等教育終了検定の試験を受けた。これは義務教育の終了検定だ。結果は思った以上に良く、息子は希望したSix Form Collegeという学校に通っている。これは二年間の短期大学のようなもので、英国ではこれを卒業して初めて大学入学資格が出来る、つまり日本の高校に相等。

このGCSEの試験の問題でこういうのがあった。
歴史の問題で、内容はたしか
「1968年にチェコで起こったプラハの春についてその歴史的・政治的意義をロシア側の視点と英国側の視点で述べよ」
この回答に対しての評価は何をもってなされるか。それは歴史的史実の正確な認識とそれに基づいた推論における論理的整合性を基準に採点する、となっている。

つまり当時共産主義の宗主国であるロシアと資本主義社会の間の年代・思想・政治・軍力に対する正確な知識がなければ「間違った答え」になってしまう。一方、それらを把握し自らの論理的思考に基づいて回答を書くわけで多くの答えが正解となる。
まさに実社会でボクらが直面する状況そのものだ。
無数の誤った回答と数多くの正解がある状況。自分はどの解を導き出し、何を捨て何を選ぶか。

英国や米国では子供達は小学校の高学年あたりからこういう能力の育成を目的とした教育を受ける。
他の国でもこういう教育をしているところもあるだろう。ボクが知らないだけで。

さてボクは企業の駐在員なのでいつまでもこの国にいるわけにはいかない。この夏に日本に帰ることになった。
長男はSix Form Collegeを卒業するにはもう1年必要。ぜひとも卒業させてやりたい。
また来年は大学選択という人生の重要局面がまっている。
そのとき親の一人は息子と一緒に居るようにしたい。
ということでこの4ヶ月ほど我が家は大変な状況になっていた。
ようやく目処がたった。つまりボクは日本に帰り残りの家族3人はもう1年英国に留まる。
その為にかみさんはこちらで大学院に進学するはめになった。
この辺の話は次の記事でかこうと思う。

結婚するときボクの友達から「半蔵の奥さんはあのくらい気丈でないと勤まらない。お前は無茶苦茶だからな」といわれたことがある。何を言うか、とその時は思ったが、結婚17年目にしてその友人の言っている意味が身にしみてわかった。もっともアメリカ生活でうすうすは感じていたが。

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