「なんとかなるだろ」 イングランドの田舎に家族居残り

国際化社会。子供らに重要なのは英語なんかでない。大切なのは人間性だ。専門知識があればなお良い。ちゃんと将来を担う若者が育つ社会に

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しっくりこない事

日本に帰ってきて4週間ほどたった。暑さにもちょっと慣れた気がする。
しかし、いろいろペースがつかめないというか、いまひとつしっくりこないことがいろいろと。

仕事はいい歳になると「どうせ暇もあるだろう」と兼務で二つの役職が割り当てられた。
こういう立場は初めてなので、5分5分でやればいいのかと思ったが先日たまたま電車に乗り合わせた別の事業部の大将(事業部長さん)から、「ほーやっぱりあれと兼務になったんや。ほなもう**プロジェクトに8割くらいでやらんとあかんな」と言われた。この関西弁のおっさん、見かけは大阪のホルモン屋のおやじみたいだが、結構するどい。それにこういう事は当事者よりちょっと横から見ている人の方が案外、的を得ていることもあるので素直にそうしようと思っている。

ところで今の仕事の上司、昔から知っている人で性格はだいたい理解している、というか人の性格というのは本当に変わらない。この人、人に仕事を依頼するとき「申し訳ないけど、、」から始まる。魂胆があってわざとそういう控えめに言う人も居るが、この人の場合はこれが本音なのだ。つまり根っからの真面目、正直人間。
しかし、しっくりこない。会社に来て仕事を頼まれるのは当たり前。むしろ、「申し訳ない」というセリフは仕事がないいとき、つまりこのままではクビという時にいうべきものだと思うが。

しっくりこないと言えば相変わらずの横文字(カタカナ言葉)の氾濫だ。
これは6年前に長いアメリカ生活を終えて日本に帰ったときも強く思った。「なんでそんな無理して英語かフランス語かわけのわからない言葉を日本語にまぜて話をするのか」と。
これは翻訳努力の欠如で、このままでは思考能力の衰退の危機だ、と訴え、仕事での会話や資料の用語をすべて日本語でやろうという活動を始めたが、当然、同調者はなし。当時たまたま見つけた新聞の記事でやはり似たような危惧(外来語の無秩序な使用に対する)を自分の後ろの壁にはって来る人に訴えてみたが「理屈はそうだが、現実はどうしようもない」とさらっとかわされた。
今回、4年の空白期間を経て日本に戻ってきたが外国語の氾濫は相変わらずだ。しかし、もう「なんとかしよう」なんて気にはならない。
とある金曜日に会社内の放送で『帰る前に事務所の整理をお願いします』という意味で「今日はオフィスクリーンをお願いします」と言われたときはまた椅子からずり落ちそうになった。

この週末、9歳の息子と映画を見に行った。本当は「Karate Kid」を見ようと出かけたのだが、売り切れ。それじゃと「魔法使いの弟子」という映画を見た。
この手の映画は子供向けの映画でたいてい子供どうしか親子連れで見に行く映画である。
アクションものではあるが戦争ものなどのように撃たれたり、血がでたり、爆発したりというのはほとんどなく、つまり目を覆いたくなるようなシーンはない。そしてあちこちに軽い笑いをとるセリフが詰まっている。
ところが、字幕ということもあって子供向け映画なのに満員の観客席に子供はうちの子を入れてたった3人(と9歳の息子が言っていた)。
しかも、字幕ではギャグにならないようで、最初から最後までクスクス笑っていたのは僕ら親子くらいだ。
なんで吹き替えにしないのか?映画の価値、つまり軽快な笑い、その愉快さが半減する、と思うのだが。
英国でもフランスでも、この手の子供向け映画やセリフを重要視する映画、つまりほとんどの映画がそれに該当する、は吹き替えである。吹き替えの予算がつかない、つまり「売れない」と思われた映画はそもそも上映されない。
うちの息子には字幕で(つまり元の英語でセリフがあるので)ありがたいのだが、うちのようなのは特殊な事情のはずだ。不思議だ。

帰国した2週間前はあれほど暑いと思っていた日本の夏も、今は生き残れそうな気持ちになるから不思議。
仕事はそれなりに大変だが、まだ助走期間ということですこし余裕がある。

日曜は子供たちと東京江戸博物館に遊びに行った。
うちは長男が18歳で次男が9歳。
これは一緒に遊ぶのが大変。博物館でも長男は「じっくり時間をかけて全部みたい」と言っているのに9歳は2時間で飽きてしまう。
途中落語とコントがあって少し「延命処置」があったが、それでも3時間はきつい。
9時半に入館してから3時間半の午後1時、「腹もへった」というこででることにした。
ところでこの両国にある東京江戸博物館、結構面白いぞ。

さて、話はかわって、、、
1か月とちょっと前受けたMBA1年目の最後の試験。2教科のうちはひとつは本当に危ないと受けた直後は青ざめていたが、しばらくたつと「まあ、いいか」という気持ちになる。おおらかというか、ずうずうしいというか、いい加減というか。のどもとさえ過ぎてしまうとどっかにすっ飛んでしまうこの性格。

で、7月30日の金曜はその結果発表だった。英国時間で12時に発表されるので日本では夜だ。
しかも、当日大学のWEBサイトの調子が悪く、結果が見えない。現地時間で午後3時ごろ「復旧しました」と試験結果担当のおねーさんからEメールが来たがボクのはまだ見えず。
もう、本当にじらすじらす。まな板のコイ状態だったボクもすっかり疲れてしまって干物状態。

時間も真夜中すぎ(日本時間)に、そのおねーさん(確か名前はジェニーとか)から別電で「あなたの場合は来週の月曜日まで回復しそうにありません。でも待って頂いて申し訳ないので本日の特別サービスでおねーさんがあなたにだけこっそり見せちゃいますね」となんか勘違いしたような内容のEメールが届いてボクの試験結果が添付されていた。
あれで添付にハートマークでもついていたらもうエッチメールそのもの。

結果はというと、自信のあったほうは今まで受けた6教科で最高の得点。
英国の成績評価は、優がDistinction, 良をMeritという。
この自信のあるほうの教科の試験結果はDistinctionの上位クラス。
自分でも「へー」と驚いた。
さて、問題のもう1教科。「落第点を何とかしのげるかどうかぎりぎり」というボクの予想に反してなんとMeritの上の方の得点だった。
「なんで??」「3問目は時間切れなぐり書き状態だったのに???」とはてなマークが頭の中をぐるぐる。
で、こんなことがある調子に乗りやすいボクのこと。「よっしゃ」と翌土曜日朝から図書館に行って勉強してみたりして。でも、冷めやすいのも特徴で、せっかく40分以上かけ電車賃もかけて行った東京都中央図書館なのに30分ほど居ただけで飽きて帰ってきた。

お客様は何様

いきなり脱線するがCheryl Coleという歌手(?)がいる。最近タンザニアに行ってマラリアにかかったそうだ。会社の同僚にタンザニア人の人がいて「おれのおやじの会社の虫除けを使わないからだ」と言っていた。お父さんはタンザニアで薬の販売会社を営んでいるらしい。
その同僚の話によると「虫除けは地元の薬でないと利かないんだ。Cheryl Coleはイギリス製の虫除けを持っていったに違いない。おやじの会社で買えばよかったのにだ」と父親の会社の宣伝をしていた。
Cheryl Coleという人をYoutubeで探した(ここをクリック)。Simon CowellのやっているXFACTORという英国の素人のど自慢のような番組で審査員をやっていたようだ。これはBirminghamでやったオーディション(事前審査)の様子。
きれいな人だが、話し方がいい。この訛りはまったりしていて、まるで田舎のおねーちゃんだ。
そこがボクは気に入った。英国の田舎の羊と牛の群れがいる丘が似合いそうなしゃべり方。ファンになるかも。

さて、話は変わってお客さまの話。
いつのころからかモノを大量に生産し、それを消費することを経済活動の主流になった。そしてこの活動が盛んな国を先進国と呼ぶ。生産する人からみると消費する人は客だ。
日本ではお客はやたら丁寧に扱われる。
ボクが住んだ米国や英国ではこの辺の事情がちょっと違う。

よく知られていることだが、英国や米国でお店に行って買い物をした場合「ありがとう」というのは客だ。
むこうは「どういたしまして」となる。

家のなにかが壊れて修理を頼む場合、かなり気合の入った対応が必要。
約束の日時を決めてもその時間に来ない。
「今日は天気が悪いから行けない」とむこうから連絡は来るのはましなほう。
予約を取り直してその約束の時間になったがやっぱり来ない。連絡すると
「今日は天気が良すぎて行けない」となる。
三度目は「曇り空なので万が一に備えて今日は自粛する」と。
修理が終わるというか始まるのはいつのことやら。

もうしばらく前だが、自分が持っている銀行系のクレジットカードが無料でアップグレードできることを知りその手続きをした。
これがまた大変。
そもそも銀行の人からこの無料アップグレードを教えてもらったのだが、その人も詳しくやり方を知らない。それでもなんとかやり方を探し出してきて教えてくれた。
ところが、その指示に従ってその銀行のクレジットカード部門に電話をすると全く違うやり方を説明される。
もう一度両者の説明を良く聞き、説明の共通点と相違点を整理し、その共通点に基づいて自らの判断で正しいと思われる手続きをした。
こんなことはこの国では比較的頻繁に起こる。
すべては客が自ら「勝ち取る」という不断の努力が必要。


消費者という言葉がある。今の世の中の先進国と呼ばれる国では国民のほとんどがこの範疇に入る。
しかし日本でも英国でも消費者と呼ばれる人たちは100年ほど前までは農民か奉公人で貧しかった、従い消費は最小限にし、それも自給自足、すなわちすべて自分でまかなっていた。
食べ物は自分の畑で取れたもの。鶏肉が食べたいならニワトリは自分で「と殺」し「処理する」のが普通だった。
スーパーマーケットや銀行や車屋のお客になったのはここ50年くらいの出来事。
電話一本やインターネットのクリックひとつで人がわざわざ家まで来るようになったのは決してボクら消費者と呼ばれる「お客様」が偉くなったからではない。
たった100年程度のことなのにボクらはもう昔のやり方には戻れない。(自分でニワトリの処理なんて出来ない)
だから鶏肉がほしけりゃスーパーで買うしかないのだ。
お客様だといってふんぞり返るのはどうかと思う。

日本のチーム、ワールドカップの対デンマーク戦は本当に感動的でした。
それに比べてイングランドチームは、、、

先日久しぶりにMegおばさん(親戚でもなんでもない。去年までの仕事の同僚)がLiverpoolから来た。
Johnが仕事をやめる(もともと契約社員。不況なので契約更新ならず)し、ボクも日本に帰るので最後にタイ料理でも食べよう、ということになった。
うちのかみさんも入れてJeff, Meg, Johnと5人でささやかにでも楽しく「ゆうげ」。

まず、1階のQueen's Headとかいうパブの前の道端のテーブルで飲む。
まあ、みんなが集まってくるのを待っている間のんでいるのだが、全員揃ってもすぐには食べに行かない。
こっちは腹ペコだ。ようやく腰を上げたのは8時半近かった。この時期は日が長いのでまだ明るいが、気温は急に下がってくる。

パブの2階がタイ料理のレストランだ。
美味しいタイ料理。待たされたのでボクなんかあせって食べて食べすぎ気味。
すこし酔ったかみさんがMegにからんでいる。いつものこと。
子供の学校では国は連合王国(United Kingdom)です、と教えるのに、サッカーとかラグビーではイングランドとかスコットランドとか別にチームを作るのはどういうこと、という質問をスコットランド人(MegとJohnはスコットランド人)に聞いている。
酔っているので話が堂々巡りになっているが本人たちはかまわずに続けていた。

この日のメンバーでイングランド人はJeffだけ。Johnからワールドカップでのイングランドの失態をさんざん言われていた。
Johnの話ではリーグ戦最初のアメリカ戦のときグラスゴー(スコットランドの町でJohnが住んでいるところ)のレストランで飯を食っていたら、みんな携帯とかでアメリカ対イングランドの経過をチェックしていて、同点で終わったとき一斉に歓声が上がったそうだ。引き分けでイングランドに負けなかったアメリカに対する賞賛らしい。

ABEの文字が大きく書かれたTシャツとかがもうずいぶん前まらスコットランドでは売られていると。
ABEとはAnyone But Englishか Anywhere But Englandあるいは Anything But Englishのどれかのこと。
ようはイングランド以外なら何でも誰でも何処でも歓迎ということらしい。

満腹のあとは再び1階のパブに戻って飲む。Johnが息子のRyanの写真を出した。
するとうちのかみさんとMegが一斉に「Hot」と大きな声で叫ぶ。
hotとは「かっこいい。食べたい」という意味かな。
Johnが「お前ら淫乱ばばーの餌食にはさせない」と真剣な表情で頑張っていた。
Ryan君は23歳。Megおばさんは51才?たしか、でうちのかみさんは46才。あぶないおばさんたちだ。

ところでウィンブルドン準決勝(今日やっている)のAndy Murray選手は British それとも Scottish?
つまり英国人と呼ばれるかスコットランド人と呼ばれるか
これは勝ったか負けたかによる。
去年もそうだった。
勝っているうちはBritish。負けるとScottishと呼ばれる。
やっぱり理解のできない国だ。

宗教の話題をするのはそれなりのリスクを伴う。
ボク自身も含めて多くの日本人は宗教的話題に非常に寛容だ。だから認識が薄い。おかげでボクは何度かアメリカで痛い思いをした。
知らないうちに人を傷つける言動を。なのでやめておいたほうがいいのだが、、、、

まずはこの記事をみてもらいたい。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20100623-00000302-newsweek-bus_all

日本で
「実はキリスト教を作ったのは神でもイエス・キリストでもなく、ローマ帝国が人民支配のためにつく上げたものだ」
とか
「サンタクロースの服が赤くなったのはコカコーラ社が広告に採用してから」
などと話題にしても「そんなこと知ってるよ」とか「本当か!」とか「へー」くらいで済む。
今なお宗教上の対立で多くの人が命を落とすという世界、日本以外の場所はちょと感覚が違う。

さて、マーケティングで大事なことの一つは企業や製品の戦略に基づくメッセージの強力な伝播と人心のコントロールだ。ここで制約事項をいかに使うかで異なった戦略をとり得うる。
人は制約の無い自由を羨望するが完全な自由の中では不安と戦うすべを知らない。そこでなんらかの組織への帰属意識による安心を追求する。
組織に帰属すると中には「そこの制約から抜け出したい」やからが出てくる。しかし、抜け出したもののやっぱり不安に駆られて、、、、

弾圧から一転、共生・率先・布教の策に転じたローマ帝国の経営幹部会議では当時思惑どおり浸透していたキリスト教に対するある挑戦に対処するあらたな策の立案を迫られていた。
そこで登場するあらたなコンセプトが「地獄」である。旧約聖書にもユダヤ教の古い経典にも地獄は存在しない。
サタンは神の言うことを聞かなくなった反逆者の名前で元は天使であり、神の家族の一員であった。
キリスト教布教に立ちはだかった重要問題とは「自ら死という安楽」を選ぶ人たちだ。
これは厳しい境遇化で生活する当時の一般人の心をイエス・キリストが導く安楽の地により取り込もうとするローマ帝国製キリスト教にとっては最大の敵対思想。
そこで地獄というとんでもない世界を作り出し「「自ら死を選ぶ者」は現世より100倍も辛い境遇に陥ると説き、歯止めをかけようとした。

ローマ帝国のキリスト教布教政策の面白いところはその目的はともかく、結果においていい影響を与えていることが多いことだ。
自殺者の増加を食い止めるというのは決して悪いことではない。

カソリック教徒には課せられている制約は多数ある。結婚も一生に一度しか出来ない。
しかし、これも決して悪いこととはいえない。

以前
http://blogs.yahoo.co.jp/rkgyd027/32141506.html
で書いた
「本来、無限に広がっている陳列棚に敢えて制限された区域を意図的に作る。」という発想も制約により人心を勝ち取る手段なのだ。
しかし、制約を課すと必ずその枠から逃れようとするプロテスタントの意識が働き、これもまた別の人心を勝ち取る方法になり得る。

規模と時代が違うが人間のやっていることはいかに相似であるか。

この記事なんかまさに新興宗教の状景である。
http://www.lightreading.com/document.asp?doc_id=193640&
(この行き先の写真をクリックするともっと見れる)

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