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英語圏に住めば英語が話せるようになるわけではない。特に駐在員の奥さんの場合は難しい。駐在員として赴任している本人は会社で英語を使う機会がある。子供は学校で習える。しかし奥さん方は機会が与えられないので自分からひねり出す必要がある。
ここの話はうちのかみさんの実話。ボクはひそかに単独落下傘降下作戦と呼んでいた。
まず、アメリカに移り住んだ当初、だれでもがそうするようにその辺りのなんとか学校で英語を学ぼうとする。しかし、うちのかみさんはESLクラスはあえてとらず「マイクロソフトDOSクラス」に通う。言い分はESLクラスではまともに英語が喋れるのは先生一人だけだけど、「DOSクラスでは私以外みんな先生よ」と。ところでこれは1995年ころなのでマイクロソフトDOSクラスなるものが存在している。
外国に暮らしていても最初の2-3年が勝負だ。英語をしゃべらなくても暮らしていける安住方法を見つける前に英語をマスターする必要がある。(英語なしでもなんとかなる)安住の方法を見つけたら最後、つらい英語習得の苦労はもはや出来ない。
さて、いくら「先生」に囲まれているとはいえマイクロソフトDOSクラス程度で英語がマスターできるわけはない。そこでかみさん、究極の作戦「白昼敵陣単独落下傘降下」に踏みきる。
子供のプレーグループ(おかあさんといっしょに遊ぶ会)にサインアップしたのだ。電話連絡がきて、いざ出撃。
グループはおかあさんが4、5人と子供が7、8人(たいてい兄弟姉妹がいるので)で誰かの家や公園で会う。
さて、相手は英語が上手に喋れない人と付き合った経験がないのでどうしていいかわからない。従い、かみさんだけ浮いてしまう。こうなる参加するのはつらい。
敵地に白昼、単独で落下傘降下をするとどうなるか。空中で機関銃の餌食にされてしまう。 機関銃のようにうちこまれる会話についていけない。そのうち、仮死状態になり、うんともすんとも言わなくなるので相手にされなくなる。
でもここからがすごいところ。相手にしてもらえないプレーグループはさっさとやめ、次のグループにサインアップ。そこでも相手にしてもらえなくてまた次と。半年近くこんなことをしているとCatherineとAlisonにめぐり合った。この二人とは今でも親交がある。
CatherineとAlisonは英語がまとものしゃべれないかみさんに興味があったようだ。そして、一緒に遊ぶようになった。毎週2-3回はあっていたようだ。かみさんの英語力はメキメキ上達。そもそも彼女は日本語でもひとの物まねが上手で、きっとこれも良いように働いたのだろう。
さて、びっくりしたことがいくつもあるが、学校に届ける「家族以外の緊急連絡先」にAlisonは我が家を書いている。「うちは英語が不自由だから緊急の時、役に立たないかも」というと彼女は「そんなことないし、第一あなたたちはいざというとき一生懸命やってくれるのを知ってしるわ。いくら英語がしゃべれても気持ちがないとだめなのよ」と言っていた。理屈ではそうだが、しかし、、、
この後も、英語の苦手な、外国人の我が家を子供の緊急連絡先に指定する すいきょうなcrazy家族は2、3家族ほど登場する。どういう発想なのか未だに理解できない。
ところで何故、かみさんの記事を書いているかというと、実は誕生日が迫っているからなんとなく話題にしようと思って。ただ、かみさんはこのブログの存在すら知らない。
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