「なんとかなるだろ」 イングランドの田舎に家族居残り

国際化社会。子供らに重要なのは英語なんかでない。大切なのは人間性だ。専門知識があればなお良い。ちゃんと将来を担う若者が育つ社会に

連合王国の素性

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North South divide

さて南北分離・分割の話です。
これはイギリスの話ではなく、イングランドの話。だからスコットランドもウェールズも関係ありません。先日たまたまBBCでこいうタイトルの番組をやっていました。

日本にとって身近な南北分割はなんといっても朝鮮半島ですよね。分割後、不幸にも独裁政権に牛耳られている北は近隣諸国だけでなくそこに住む人もつらい毎日を暮らすはめになっています。
かつてアメリカも産業構造の違いから奴隷制度を含めて国内で方針が大きくずれ、南と北に分かれて内戦をしました。
戦争によってドイツのように東西に国が二分された悲劇もあります。日本もソ連の参戦のタイミングによってはそうなったかもしれないと聞いたことがあります。

BBCのその番組を見るまではまったく知りませんでしたが、知ってみると「なるほど」と思えました。さてイングランドの南北分割は産業革命に始まる近代史に基づいているようです。
かつて農業が唯一の産業であった時代から19世紀前後の動力機関の発明に起因して産業革命がイギリスで起こりました。この時、実はその中心となった都市はマンチェスター、リバプールそしてバーミングハムなどとイングランドの北側の地域でした。製造業を中心として新しい産業が隆盛すれば単に労働市場だけでなくそれに伴う経済活動の活性化に引き寄せられての北への人口移動が起こります。それらの都市には富裕層も増え、それに伴い文化や芸術活動もさかんになる、、という展開です。一方でロンドンを含む南の地方はそれほど経済活動的恩恵もうけず、時代に取り残された格好になり、、、という展開です。
とうぜん、人々の価値観の違いもでてきて19世紀後半には産業と文化の両面で南北分離が顕在化したそうです。

ところが20世紀にはいり大戦を経て新たな産業構成の変革が起こると今度はロンドンを中心とした南の地域で金融・サービス業が盛んになりそれと時を同じくして製造業的産業は海外の新興ライバルの前に衰退という展開になりました。つまり今は北側が衰退している局面です。
現在のイギリスのGDPの70%は金融・サービス業で製造業は14%と番組では紹介していました。
南の地域ではロンドン以外にケンブリッジを中心として優秀な大学とその卒業生を軸としてIT産業も盛んということです。イングランドのシリコンバレーとか言っていましたね。

番組のなかでマンチェスターのある中小企業の親父が言っていました「南の連中は儲けだけでで会社の方針を決める。北のわれわれはまず人間を中心に会社を経営する」と。
また南のある人(地域の商工会議所の親父?)は「南北分離を考えたり口にしたりするのは北の人の話で、南のひとは意識すらしていない」と。調子のいい南には余裕がありますね。

この番組を見ていて「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり、、(平家物語)」が頭をよぎりました。番組の中でもどこかの教授(確か??)が言っていましたね「20年以上先はわからない」と。

「200年前 産業革命が始まる前、だれが農業に代わる産業の隆起を予想したか」
「19世紀が終わるときだれが鉄と石炭の時代にかげりが来ると考えたか」
そうなると
「21世紀のはじめにだれが金融・IT・サービス産業の終焉を考えていたか」
ということになります。もっともそのころにはボクは引退しているか、あるいはこの世にいないのでどうでもいいといえばそれまでですが。

ちなみに最近覚えた英語の表現でCoal Faceというのがあります。労働者とか作業者という意味ですかね。昔、炭鉱で穴にもぐって石炭を掘っていた人は顔が石炭で真っ黒だったから、という語源らしいです。

おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし、、、、、

たしか日本語では大英連邦というはず。でthe Great British Federationかと思えば実はその言葉はCommonwealthなのだ。「共有の富」ではなんのことかわからんから「大英連邦」に訳したのか?しかし、あまりにも飛躍している。

そもそもどうして「共有の富(Commonwealth)」などと言うようになったかというのは興味深々ではあるが、それは今は勉強中。そもそもいまだに「連合王国」などとあたかも封建制度の骨頂のような国名でありながらその実態は民主主義国家である不思議な国の生い立ちも興味深い。
ちなみに英国の民主主義は歴史をたどるとどうもMagna Carta(大憲章)あたりで絶対的な王の権威と封建制の縫い目がほつれはじめ、黒死病を経て民衆の力がじょじょに強くなり、、、という展開らしいが、いまひとつよくわかっていない。

さて、「共有の富」に話を戻す。その経緯はよくわからないが、今日のボクの身近な人たちとこの「富」とのかかわりを。
会社の知り合いが「今度かみさんの兄さんが仕事から引退したので夫婦でカナダに移住するんだ」と言っていた。もう60歳近い年だが小銭が貯まって余裕ができたので第二の人生はカナダで、ということらしい。
英国で高校(正確に言うと高校ではないが)を卒業して大学に行く前にわざと一年空けて何かをするという習慣がある。もちろん人によるが。この一年(人によっては二年)をgap yearという。息子の学校の校長先生もgap year をとって修行の旅にいくことを薦めている。
gap yearにニュージーランドにバイトをしながら旅行をしたという人もいる。あるいは知り合いの北アイルランドの人は大学を卒業してから就職する前に二年ほどオーストラリアで仕事半分、遊び半分の暮らしをしていたそうだ。
これらの国はどれも「共有の富の国々」大英連邦だ。
これらの国々ではまず基本的に英語が通じる。どの国も生活様式も英国の風味がかなり濃い。またエリザベス女王の顔がついた紙幣やコインがあったりとかなじみ深さには事欠かない。だから日本人の学生が行くのとはちょっと事情が違う。英国人にとっても外国だから不安がゼロということはないだろうが、その不安度は日本人のそれの半分よりはるかに下であることは間違いない。

完全な移住や長期滞在でなくてもたとえばWest Indies(メキシコ湾にある西インド諸島)や南アフリカ共和国とかインドに旅行で行く人も結構いる。
あるいは親戚がいるというケースもある。うちの大家さんのいとこの一人はジブラルタルに住んでいる。ジブラルタル海峡のスペイン側にある小さな町で英国領地だ。

こうして見てみると「共有の富」をみんなで思う存分利用している。ちょっとうらやましい。
会社の同僚のJohn M (いままでスコットランド人のおやじと呼んでちょくちょく登場していた人)が言うには
「俺が子供のころに見た世界地図は半分が赤だった」と。つまり英国領が赤で示されそれが世界の半分だったということだ。確かに7つの海を股にかけて大英帝国はかつて世界中で侵略と略奪を意のままにしていた。
その侵略の形見が「共有の富の国々」で略奪の形見がロンドンの大英博物館の展示品ということか。これはちょっと皮肉が強すぎたか。
しかし、地球の裏側を含めていろんな場所に自分たちと何かを共有する人が住んでいることは「富」に違いない。それもすぐれものの富である。

なぜ連合しているのか

サッカーやラグビーのチームはイングランド、ウェールズ、スコットランド、アイルランドに別れていますね。でも国としては連合王国とアイルランド共和国。
どうして国代表チームにならないか?と疑問が湧くところですが、住んでいると逆に「どうして一つの国なの」と不思議に思うほど敵対関係??!!にあります。

会社の食堂でボクが昼飯を食べるときたいてい一緒にいるのはスコットランド人のおっさんとイングランド人のおっさん、そしていつもスコットランド人のおばさんが遅れてきて、人の食べてるチップス(フライドポテトのこと)を勝手につまみ、手のひらに置いたこもりの塩をつけて食べています。
サッカーでもラグビーでも話題にぼるとかならず「イングランドを負かしたやつはたとえフランスでも応援する」とスコットランド人は豪語し、イングランドのおじさんは「早く北の未開の地に帰れ。この野蛮人」とうなっています。
それ以外の会話でも如何にイングランド人がなさけないか、とかスコットランド人がださいか、など。で時々お互いに止められなくなって一触即発の状況にも何度かなりました。

いったいだれが、いつ「連合」を決めたのか不思議です。
彼らの話によると間違いは1707年に起こったとか。ジェームスという王さんが両方の国の王様になったらしいです。
それまでイングランドとスコットランドはさんざん戦争をしていたようです。いまでも300年以上前のスコットランド軍のイングランド進行でロンドンまであと数十マイルまで迫っておきながら引き返したスコットランドのなんとかいう将軍だかキングの話をまるで去年の事件のように残念そうに語るスコットランドのおやじの話ぷりはなんとも言えないほど妙です。

そもそもスコットランド人、ウェールズ人とイングランド人は違う民族、違う言葉をもつ人たちです。ウェールズはどうも一度も統一国家を形成はできなかったようですが、スコットランドはちゃんとした王国でした。いまだにスコットランド銀行発行の通貨があり、ボクが「偽金だ」と呼ぶその紙幣を同僚のスコットランド人のおっさんは時々食堂のレジで使っています。そのたびにボクに「正当な通貨だ」と主張していますが。
ところでこのスコットランドポンド、イングランド銀行発行のポンド通貨(英国の正式通貨)と同じ値打ちで使えるのにユーロとの為替率が時々英国ポンドと違うことがあると言っていました。本当かな?

スコットランド、ウェールズはケルト人の領域、でイングランドはアングロサクソンさんとノルマンさん混成部隊の(いずれもゲルマン民族、たしか)土地です。
3000年以上まえに来ていて先行帰属権を主張できるのはケルトさんですがなんせこの世に正義などありません。ケルトさんは西側と北側に押しやられている格好です。ちなみにノルマンさんの一部はバイキングと呼ばれる人たちですね。
実はケルトさんの島にアングロサクソンさんたちが来る前にローマ帝国の支配という時期があるのですが、これは別のテーマなので置いておきます。
ところで近所の知り合いのDean君から聞いた話ですが、最近の新説でアングロサクソンが上陸したとき、そこの居た先住民族はGerman Tongue(つまりドイツ語を話していた)というのがあるそうです。つまりゲルマン民族でアングロサクソンさん以外に既にこのブリテン島に定住していた人たちがいた、という新説です。
さて、ウェールズですが統一国家が形成されなかったのでスコットランドほどではないですが、それでも言い分はあるようです。
ボクの会社でボクの席の斜め後ろに座っているおじさんはウェールズ人です。両隣の人がいないおとき英語のスペルを聞いたりするとかならず「おれはウェールズ人だから、イングランド人の文化や言葉には興味がないんだ。だから間違っている可能性が高い」という言い訳がついてきますのですくなくともイングランド人を友達とは思っていないようです(冗談?)。

去年の夏ウェールズにキャンプに行きましたが、町の標識はウェールズ語と英語の二重表記。町でも地元の人はウェールズ語で話しています。特に若い世代は。
また、イングランドとの「国境」にある町はウェールズ語強化地域にしてされていて学校や地域でのウェールズ語教育が熱心です。これで国境ラインに「国防の前線を形勢するのだ」とウェールズ人のキャンプ場のオーナーは説明してくれました。
ということでスポーツでチームがばらばらになっているのも奇異ですが、それよりもなによりもどうしてこの人たちが「連合」しているのかの方が不思議です。

次はこの1707年の事件をもう少し聞き込んでみます。ちなみにこの1707年事件のネタの仕入れ先は昼飯の二人なので信憑性に若干の不安はありますが。

連合王国の素性

またまた、わけのわからん書庫を作りました。
どんな記事を書くか計画はありません。

ただ、最近ヨーロッパの歴史の本を読んでいるのでなんとなく国の成り立ちに思いがめぐり、
この国の正式名称である「連合王国」という名前になんとなく興味をそそられ、
書庫を作ってみたいという衝動に駆られ
作りました。

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