「なんとかなるだろ」 イングランドの田舎に家族居残り

国際化社会。子供らに重要なのは英語なんかでない。大切なのは人間性だ。専門知識があればなお良い。ちゃんと将来を担う若者が育つ社会に

思いつくまま

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情報・通信関係の仕事をしているのに携帯電話とかポケベルはきらいなボク。
嫌いな一番の理由は「どこに居ても連絡がつく」という便利さは個人の「自由な空間・時間の喪失」と思えて仕方がないから。
持っている携帯電話は会社から無理やり支給された「付加機能なし」でしかも大事にあつかわないのでキズだらけ。
落とすたびに「壊れたか?」と不安と期待を持ってキーパッドを押してみる。

そんなわけだからiphoneなど興味もなければ、見たこともない。
唯一知っていることと言えば、バッテリーの時間を延ばすために、iphoneが携帯電話としてデータ通信をするとき基地局との通信回線をやたらめったら頻繁に開放しては再接続するので、べらぼうな数の接続要求信号が発信され、携帯電話網の基地局側が処理能力オーバーになって呼規制状態(自然災害などで電話がかかりにくくなるのと同じ原理)がかかり携帯通信がその区域でみんなが接続不安定になって迷惑している、という記事のことぐらいだ。

しかし、ボクの人生逃げれば逃げるほど追いかけてくるものが常にある。統計学(数学)と英語がそうだったが、今度はアップル社。
MBAの授業ではやたら話題になる。毎週のようにあるミニケーススタディーには「これでもか」といわんばかりにアップル社が題材になっている。
今週はiphoneだった。
勉強の一環なのでやむを得ず2007年の販売開始当時の資料を見た。
ボクはエンジニアなのでちょと見方に偏りがあるが、とても売れるものには見えない。

まず、値段。499ドル。冗談でしょ。物好きしか、買わないよ。

次にキーパッドがない。いくら性能を改善してもタッチパッドにはそれなりに限界があるような気がする。どうやってEメールを書くんだ???
まあ、こればっかりは実際自分で操作してみないとなんとも言えないが。

えー!? 3rd partyのソフトウエアベンダーにアプリケーションの開発を開放していない?アップルさん、全部自前でやるつもり。手間ひまのかかるアプリケーションソフトの開発を。これは1年後に開放したらしい。しかし、アップルストアーという自前のウェブサイト経由だけで許可していて売上げの25%もピンはねしているそうだ。悪徳商人そのもの。

え、Microsoftのofficeの文書(Word,Excell, powerpoint)が使えない!いくらMicrosoft社が親の仇でもそれは自分の首が絞まるだけ。親とはMachintoshのこと。

新しいOS(オペーレーションシステム)は古い機種のiphoneでは動作しない?!
Intelさんの場合は命令語は80386から80586とその派生(俗にペンティアムと呼ばれるやつ)まで互換でしたよ。その後は知らないが、とにかくIntelの32ビットプロセッサーは、古い命令セットが前方互換だった。それが業界の常識というか良心というものでしょう。


こんな仕打ちをしたのだからさぞお客さんには嫌われたのだろうと思ったら、発売から二年もたたずに世界も1300万台も売れたらしい。これは2008年の終わりの話だからいまはもっとだと思うが。
その年の売上げシェアで17%も。ヒエー!!

ボクが商売で大もうけができない理由がまさにここだ。
売れないと判断した製品が桁外れに売れている。きっとボクの評価観点が完全に「売れる筋」というものを見逃しているのだろう。

しかし、何で売れるんだ?あんな物が???
MBAの授業で今日ほど納得できない日はなかった。

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iphoneの特徴で大事なことを書き漏らした。
あの斬新的なtouch padの操作だ。ファイルを開けるときとか、次のページに行くときとか(実物は去年の夏に一度しか見ていないし、あとは記事で読んだだけなので少しずれているかもしれないが)の操作性は革新的で使い勝手がいいはず。しかし、これは他社に簡単にマネされるだろう。こういう「網羅的記述が難しい技術」は特許とかで保護するのも非常に困難でしかも開発は比較的簡単である。おそらく他社は6ヶ月から8ヶ月で同等あるいはそれ以上のものを開発できるはずだ。だから競合の有利性としては短寿命。今は2010年5月、最初の発表から3年以上過ぎている。きっと世の中のSmartPhoneはみんなiphoneのtouch padと同じようになっているはずだ。

WASPとはWhite Anglo-Saxon Protestantの頭文字。

月曜の夜、かみさんと映画を見に行った。夜の8時半からいつもいく映画館。The Blind Sideという映画を見た。
ここ1年ほど映画といえば子供たちと「男の映画」をみる習慣だったが、今回のThe Blind Sideは子供達から「退屈そう」とそっぽを向かれていたので行く相手がなくて困っていた。
月曜の昼ごろ仕事中にかみさんからEメールで「どう?」と聞かれ、即「OK」と返事。
そういえば、こういう映画はカップルで行くもの。しかし、かみさんと行くというは思いつかなかった。(これ内緒)
行く途中の車でかみさんから「あんた子供達にふられてかわいそうだから誘ったのよ」と。
「それとももう誰かさんと見に行ったの」と冗談半分に聞かれたがまさか「あんたを誘うことは思いつかなかった」とは口が裂けてもいえない。

この映画は実話に基づいていのアメリカンフットボール選手と彼を養子にした家族の暖かい物語である。
とにかく見て気持ちがよくなる映画。なんとかなく元気を与えてもらえる。まあ、いい映画だ。
主演のSandra Bullockの無理のない演技がいい。
ハッピーエンドで万々歳という、水戸黄門ばりに安心して見れる映画である。

で、英国のMidlandsという場所の映画館なので見ながら少し余計なことを考えた。

ボクの解釈によるこの映画のメッセージは「アメリカの中上流階級の白人キリスト教新教徒たちはただの金持ちでふん反り返っているのではなく、ちゃんと正義を貫き、弱きを助け、清く生き、また民主党派の人たちとも仲良くやってますよ」。そんな印象だ。
抗議するもの(Protestant)は、常に古臭い風習や理不尽な偏見に挑戦する定めである、 ということだろう。
少々青臭い感じではあるが、アメリカではこれがうける。
でも考えてみればまともなことである。間違ってはいない。
正しいものは正しい。それを主張し、その信念のもと行動し、誰に遠慮することもはずかしがることもなく堂々とかつ自由に生きるのだ。
あまりのも単純すぎるストーリーの展開であるが、それが逆にアメリカらしい。ここがこの国のすばらしところかつ強みだとボクは思う。
いったいまわりのイングランド人たちはどんな印象をもったのか。
こんな「こ難しい」論理をこねくりまわさず、素直に楽しんだ人が大半だと思うが。

それ以外に頭をよぎったこと。

最初のフットボールの解説はあきらかにアメリカ以外の国への映画の配信を想定したものと思われる。確かにオフェンスラインのblind sideのtackleというポジションの重要性は懇切丁寧に説明する必要があるが、普段からアメリカンフットボールを見慣れているアメリカ人を対象するなら言葉だけの説明で十分で「図解」はやはりそれ以外の国のひとにも分かるようにという映画配給上の配慮?だろうか。

高校に主人公のMike少年が初登校するシーンでアーチにかかれた文字をみてかみさんが「あっやっぱりChristian Schoolだ」と叫んだので少し恥ずかしかった。

高校のフットボールチームコーチとかがやたらロワンロワンなしゃべり方なのでなんだと思っていたが途中で「あー南部なまりね」と気がついた。英国暮らしが長いせいか最近はアメリカ人の英語はみんな同じに聞こえる。なまりだと気づくのに映画が始まって1時間もかかった。
かみさんに言わせるとSandra Bullockもやたらなまってしゃべったわよ、と。

どうしてお手伝いさんは登場しないんだ。あんな大きな家、仕事をしながら掃除ができるわけがない。きっと通いの家政婦さんが居るはずだが、残念ながらついに姿をみせなかった。ここにヒスパニック系移民(合法・不法を問わず)の話がからむと物語が発散して収拾がつかない、しかし、その方がより現実的だ。

昔、仕事上の大事なお客さんでTuhyという苗字の人が居た。ボクが駆け出しのころでいろいろ親切に教えてもらったのでよく覚えている。 Mr. TuhyとかMrs. Tuhyと聞くとなんだかそのおじさんと奥さんの記憶が重なった。

やっぱり宗教は必要かもしれない。宗教でなくてもいいが、何か人の行動に指標を与え、かつ支えになる、柔軟で長続きする、それでいて出来れば重荷にならないもの(そんな都合のいいものはない)。貧乏人にも支えが必要であるが金持ちにも支えるものは重要。箍(たが)が無いとへたに金があるだけに何をしでかすか判ったものじゃない。

WASPなんて言葉むかーし聞いたことがあるがすっかり忘れていた。この言葉はアメリカに住む特定の白人キリスト教徒を指す。Evangelicalismなんていう(ちょっと前にMBAの勉強の脱線で覚えた言葉)のもこの流れだと思う。少し信仰心が強く過ぎて付き合いにくい点もあるが、悪い人ではない。それどころかいい人たちだ。 忘れていたのに映画を見ていて突然頭に浮かんだ。
まわりには沢山地元に留まったAnglo-Saxonさんたちが居たがみんなこの映画を楽しんだようだった。

思い出話の続き

イーファン・シャイヤーという男の話の続き

実は5年ほど前にアメリカ時代の話を自分で書きとめておいた。こういうのを手記というのか。
日本に戻ってから、色々あったアメリカ駐在中の事件を忘れないようにと。当時はブログなどには全然興味がなかったので自分のパソコンに収容しておしまい。というのを思い出した。そこにはイーファンの記事もある。

読んで見ると忘れていた事が色々書いてある。やはり書き残しておいてよかった。
その中から拾ってみた。

知り合ったのはボクらがアメリカに行って4年くらいしてからのようだ。
日曜の朝にシャイヤー家にたびたび行った理由はその前の晩からお泊りをしていた息子(長男)を向かえいくのが主な理由だったようだ。そんなこと覚えていない。
いただいた朝飯はホットケーキ以外に目玉焼きもあった。
奥さんのローナのスコットランド訛りの英語にはほとほと手をやいていたのが良くわかる。しかし息子には「お父さんやお母さんのへたな英語より百倍も分かりやすい」と言われていたと書いてある。
ローナが普段からsexに関係するジョークを平気で言いふらし、だんなのイーファンがいつもその強烈な表現を「中和」させようとあくせくしていたと書いてある。生真面目なアメリカ人と自由奔放な(特にsexに関して)ヨーロッパ人のとり合わせが実に愉快だ。
(アメリカに住んでみるとわかるが多くのアメリカ人はくそ真面目である)
またアメリカ社会でのユダヤ人に対する偏見のことも書いてあった。住んで居たのがバイブルベルトと呼ばれるキリスト教色の強い地域の中核的な場所であるテキサス州だったこともあるかもしれない。

ところでイーファンのスペルはEphraimであるが決してイーファンと発音するわけではない。
じゃどう発音するかというとこれがカタカナではかけない。あえてイーファンと書いているのはリズムがそうであるから。つまり二音節である。Eは単にイーと発音しphraimは英語のfromと同じ(ほぼ?)発音である。fromは英語ではフロムではない。これは1音節の言葉でリズム的にはファンと同じ。だから調子を重視してあえてカタカナで表記するとイーファンとなる。面倒なら時はイーフッと省略する。

シャイヤー家は途中でヒューストンに引っ越してしまう。化学会社からまた石油会社に転職したから。
同じテキサス州だが車で9時間くらいかかる。もっともテキサスの人は「すぐ近く」というが。
クリスマスに家族でヒューストンまで遊びに行っている。一緒にジョンソン宇宙センターに行ったりした。ヒューストンのシャイヤー家の近所を散歩していたとき、イーファンが「最近寝汗をかくんだよ」と言っていてボクが「俺は汗っかきだからしょちゅうかいてるぞ。それでかみさんから嫌がられているんだ。お前もローナから嫌がられるぞ」という笑い話をしている。実はこの寝汗がLymphomaつまりリンパ腫の兆候だった。このリンパ腫でイーファンは40歳の若さでこの世を去る。

この翌年我が家は日本に帰国し、これがイーファンに会った最後となった。
イーファンの実の母親は葬式に来なかったようだ。仲が悪いわけではなく、あまりの悲しみに彼女は事実を受け入れられなかったとローナは言っていた。

イーファンに関する手記の出だしはこうなっている。
「その初めて知り合ったときの屈託のない笑顔を私はいまでも覚えている。彼の名前は イーファン・シャイヤー。妻が何の機会でかは忘れたが奥さんとすでに知り合いになっていた。今日はKindergartenの入学に関する説明会で夫婦で出かけてきた。会場に入った私たちに彼ら夫婦は隣の席を勧めてくれたので私たちは遠慮なく座った。」


この話は悲しい思い出ではない。これはすばらしい思い出だ。
これは過去の話でない、シャイヤーの家族は今日を頑張って、明日への希望を持って生きている。
今は母を嫌っている息子のジョーダンもいつか母の気持ちがわかるときが来る。必ずくる。

ところでローナは今日が初仕事だった。上手くいったかな。

“ローナ頑張れ”

イーファン・シャイヤー(Ephraim Schier)という男のことを書こうと思う。

ローナから二通目のEメールが来た。おかあさんの葬式は明日の火曜日だと書いてあった。それから長男のジョーダンはおじさんのところに住んでいて生活費の面倒もすべて見てもらっているそうだ。 おじさんとはつまりローナのお兄さんのこと。ジョーダンは最近、母親であるローナに会っても怒りっぽく不満をぶつけるだけでろくに話もしてくれないらしい。きっとおじさんから変な入れ知恵をされているとかんぐっている。Eメールにはまたようやく定職にあるつけたとも書いてあった。本国であるスコットランドに帰って3年かかった。世界的不景気の影響か、特に資格もこれといって職の経験もないローナにとっては故郷とはいえ職探しは簡単ではなかったようだ。


久々にスコットランドのアバディーンに住むローナから来た一通目のEメールには1年近く癌をわずらっていたおかあさんがとうとう亡くなったと書かれてあった。返事を送るともう少し詳しく書かれたこの二通目がきたというわけだ。


迷いに迷ったすえの決心での故郷スコットランドへの移住。身寄りもほとんどいないアメリカに比べ、親、兄弟の居るアバディーンは母親だけで息子二人を育てなければならないローナにとっては安住の地であったはずだ。あまり仲の良くなかったとはいえ、実の母の死は相当にショックだろう。長男のジョーダンは難しい年頃のど真ん中の17歳。実の兄弟たちは彼女に冷たく当たるばかりのようだ。次男のマシューがあいかわらずやさしいことだけが唯一の救いに思えた。


ローナの母親や兄たちはアメリカ人と結婚してアメリカに渡って行った末っ子のローナを「おばかな娘」としか思っていないようだ。3年前に子供たちを連れて帰郷した彼女を最初こそ歓迎したものの、子供の教育方針で対立し、仕事を見つけられない彼女を馬鹿にし、あげくに長男のジョーダンを一番上の兄が引き取ってしまった。こんなはずではなかったとローナは泣いても泣き切れないようすだ。スコットランドの田舎には昔ながらの女性を軽視する風習もあるらしい。キリスト教プロテスタントのPresbyterianが多いアバディーン地方ではユダヤ人と結婚した人というとそれだけで蔑視されるかもしれない。


夫であり子供たちの父親のイーファンが生きていたらどんなに心強かっただろう。そもそもイーファンが生きていたらアメリカを離れる必要もなかった。遺産相続の手続きをやった夫の友人の弁護士が実は遺産の一部を勝手にくすねていた。そんな裁判までやるはめになったんだから、もうアメリカに一人で居たくないとなる気持ちはよくわかる。

シャイヤーなんて苗字はおそらくスコットランドにはないだろう。イーファン・シャイヤーはユダヤ系アメリカ人。生まれはニューヨーク近郊のロングアイランド。でも他の多くのユダヤ系アメリカ人、じつはユダヤ系だけでない、イタリア系もそうだ、がそうするように一生ロングアイランドで暮らすなんてことをイーファンはしなかった。
化学修士の学位をとって大学を卒業後、石油産業に従事する。モービル石油(だったと思う)の北海油田プロジェクトで危険物取り扱い資格者としてスコットランドのアバディーンに駐在した。そのとき地元の娘、ローナと出会い結婚。その後アメリカに戻り、今度はテキサスで化学薬品会社に勤めた。
たまたま長男のジョーダンとキンダーガーテンが一緒だった日本から来た子の父親の半蔵と知り合った。二人はどういうわけか気があい、子供たちを同じサッカークラブに入れたり、一緒にキャンプにいったり、普段もプール(シャイヤー家にはプールがあった)やBBQなどでいつも一緒だった。テキサスはプールなしでは過ごせない。
近所に住んでいたので日曜の朝なんか散歩がてら半蔵が子供を連れてシャイヤー家に来る。台所でイーファンの作ったホットケーキを食べているとパジャマ姿でぼさぼさ頭のローナが二階から降りてきて何かぶつぶつ言ってはまた二階の寝室に戻っていく、ということがよくあった。

しかし、40歳を目の前にしてイーファンはこの世を去った。もう7年ちかくまえ。リンパ腺系の癌だった。そこからローナの苦悩の日々が始まる。
“ローナ頑張れ” イーファンが天国で応援しているぞ。

いろんな人たち

最近と言ってもここ2年くらいのことだが、インドや中国、インドネシアの人などと話をするほうが面白いと思うようなった。アメリカ人やイギリス人とはある意味すっかりなれてしまって、それはそれで気楽でいいのだが、「えーっ」という驚きが少ない気がする。

今でも忘れもしないもう4年ほど前、まだボクが日本に居たとき仕事の関係でカリフォルニア-日本-インドの3拠点を結んでテレコンをやった。三者の中でボクがお客さんの立場。ところがインドのおじさんはボクからの仕事の依頼に対して「あんたが本当に俺に頼みたいことはそんな仕事でなくて、こんな事だろう」と言い張る。「いやいや、本当にうちの会社ではこんな機能を必要としているんですよ。」と説明しても全く意に介せず。別に自分の商品を売りつけようとしているわけではない。むこうが言っている機能も先方は実現できていない。とにかくお客と売り手の立場を全く度外視したこのインドのおやじには参った。インドは支店でその本社の代表のカリフォルニアの兄ちゃんも困っていた(顔は見えなかったがセリフから想像するに)と思う。

最近MBAの授業の休み時間にたまたま話をしたインドネシアのあんちゃん。年は30歳前半。株取引の会社に勤めていたが超高収入で蓄えができたので一旦仕事をやめ、「次の仕事のためにMBAの学位でもとるか」、という発想でイギリスくんだりまで家族を引き連れてきたそうだ。昼間の部なので1年で学位をとりまた次の仕事を探すといっていた。

1月からボクとおなじ夜間MBAクラスに来た中国からきたウオンジューさんという女性の人。おっちょこちょいで面白い。イギリスにはもう8年も住んでいて生物学の修士課程を卒業し、大学が運営し、教授が社長になっているベンチャー企業で何かの発明に取り組んでいるらしい。内容は秘密だそうだ、しかし、学生時代から成績が悪く、今もろくな仕事が回ってこないので転職を考えてMBA学校に通いだしたそうだ。単位取得に必修の期末レポートの提出先を間違えたらしいくえらくあせっていた。何とかなればいいが。

いわゆるアメリカ人やイギリス人はもっとスマートにやるし、卒が無い。話をしても話題は想定内で気楽といえばそれまでだが、刺激にはかける。アメリカに居るインド系や中国系の人はすっかり染まっていて「意外性」は少ない。やはり本家でないと。

ところで日本の人たちはどうか。全員がそうではないが話の中に前置きと美辞麗句が多すぎてなかなか本題に入れない人が多い。
社内宛のemailの出だしに「いつもお世話になっております」なんていちいち書いて何がうれしいのか!

昔から知り合いにヒデちゃん、くっちゃん、イカおやじというのがいる、
ヒデちゃんみたいにいきなり「もう僕決めましたから、これで行きます」と内容も説明しないで結論だけ言って去っていく人や、くっちゃんみたいにづけづけと本当の事を言ってみんなから嫌われる人、イカおやじのようにやたら義理人情を重んじ渡世人生を続けるガキ大将のような人はあまり人気がない。ボクは普通の人とも交流があるがどういうわけかこういう変な人と交流が深い。ボクもきっと変な人なのだろう。こういう変わった人たち(ひょっとしたらボクも)は日本ではやりづらいかも知れないと時々思う。

ヒデちゃんのあふれ出て器(うつわ)に収まりきらない想像力やくっちゃんのナイフより鋭い解析力を評価しさらにこういう人たちを使ってとんでもない仕事をやり遂げられることが出来る人がどれだけいるのだろうか。
もう引退されたがボクの尊敬するとある部長(当時)は昔、あるプロジェクトを始める時くっちゃんをプロジェクトチームに入れた。その後で「よくぞ、わが社はこの人を首にしないで残しておいてくれた。あーありがたい」と言っていた。あのセリフが忘れられない。

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