「なんとかなるだろ」 イングランドの田舎に家族居残り

国際化社会。子供らに重要なのは英語なんかでない。大切なのは人間性だ。専門知識があればなお良い。ちゃんと将来を担う若者が育つ社会に

英語の話

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 次のページ ]

Something I have found

We are living in an era of consumers driven market and economy. It means the consumers decide what product or service is needed in the market place. This is a new scheme in the history of the capitalism.

Originally at the birth of the capitalism, the entrepreneur determines what to produce and thus what people should buy.
Then it turned into a world of free competition where if one produces the better will lead the market. At this point, it is not necessary the case where the consumer determines what is better and what is not. There were more than one stakeholder including the entrepreneur, the manufacturer, the distributor and the consumer who ought to be involved for the decision of good and bad.
Some time later, the technology advancement changed the landscape of the market, on top of every thing exist before. The technology dictated the market and the limit of the technology shaped the market opportunity and growth.
In early 1990s, it was started that the general consumers became to have more says and a strong influence to the market, and this trend is yet being accelerated.

The positive aspect of the general consumer driven market is that it provides a new mechanism to deal with the situations and issues that the traditional market drivers would fail to handle. These situations and issues include the global warming issue, unfavoured labour condition, immoral industrial or business practices and so on. It also promotes the employees oriented work environment since the general consumers are also the employees.

On the other hands, this consumer driven market scheme can pull the economy condition from one extreme to the other in a short period of time. This is because people are panicky in its nature and the whole economy will be strongly influenced by that traits. Hence the economy has become more unpredictable and less stable. Today the world economy is formed by interconnection and interdependence of regional ones. And that means the scale and the degree of the economy turbulence is much greater.

We can see this in the real life in 2008 as such the world wide recession triggered by Lehman Brother’s bankruptcy due to the collapse of the risky sub-prime loan and the slump of the US major car manufacturers due to excessive investment. Both were caused by a series of misleading consumer’s indexing figures conjunction with the greedy and aggressive bank and security company’s business practice.
In coming years, we will have to see more drastic and even much larger scale of economy turns.

We definitely need a new control theory of the economy in order to have a better management hence the existing one is not functioning well.

突然、気でも狂ったかのように英語で書いていますが、これはちょっとした実験です。

同じ事を考えているとき、日本語と英語とではその表現に、ここでは書き言葉としてですが、どんな違いがあるかということを研究してみたくなったわけです。

実は本業の仕事も忙しいし、MBAの授業でも課題はいっぱい出てるし、おまけに今、個人的にも悩ましい問題を抱えていてこんなことをやっておる場合ではないのです。
が、どうもボクは暴走ぐせがあって、忙しければ忙しいほど余計なことをやってしまうようです。

ちなみにここに書いたことの日本語版は前の投稿「ひとつ分かったぞ」がそれにあたります。

翻訳ではないので内容に差異があります。同じ人物の頭の中にある同じ思いが別々の言語で表現されるとき、どれだけ類似性があるか(あるいは無いか)という非常にくだらない実験です。
こんなことブログでやらないで家で勝手にやっていればいいのですが、なんとなくブログに載せてみたくて。
これに対するボク自身の考察は次回に投稿します。
忙しくて今時間がないので、、、だったら最初からやめればいいのに、、、

かよこ先生

今日の会計学の授業はまったく学校に来た意義を知らしめてくれた。
コストに関する考え方が今日のテーマ。absorbtion costingとactivity base costingの違いを習った。
目からうろこというか、いままで工場の原価率計算表や工程単金配分など穴があくほど見ていた思っていたが、自分が何を見ているのか全く理解していないかったことを教えてもらった。
あげくに最後にやった計算演習は全くできなかった。確かに疲れていたのと、電卓が電池切れで機能しなかったという理由はあるが、それにしてもひどかった。
まあ、しかし習うことがなければ学校に来る意味もない。

仕事も忙しいので朝の6時から夕方の6時までみっちり仕事をやった後で3時間の授業のさらにその後半はやはり疲労がピークだ、と言い訳しておこう。

さて、前からくどいように言っているがボクは英語は苦手できらいである。
が、別に生まれながらにそうだったわけではない。
そうなるにはそれなりの物語があるのだ。なんのこっちゃ。

中学に入学したてのころは英語という未知のことに非常に興味をもち、かなり一生懸命勉強した。
それには理由がある。それは担任の先生だ。
かよこさんという名のその先生はボクが中学1年のときは、大学を卒業してまだ3年目の若くてかわいい先生だった。こちらが新入生ならかよこ先生もその中学に赴任したて。
彼女の担当は英語。

たしか5月ごろのことだと記憶している。家庭訪問があった。どういうわけかボクが地理に不慣れな先生を各家に案内する役になった。全部ではないがクラスの半分くらい。家庭訪問といっても各家庭での滞在時間は10分くらいで様子を見て回る程度だったと思う。

春のすがすがしい季節にある意味でそれぞれにういういしい二人の男女が連れ添って歩くわけである。これがデートでなくてなんであろうか。
状況的には完璧だ。
・まず、二人とも若い。(13歳と25歳?は若いでしょう)
・よりそって着かず離れず一緒に歩く(はぐれないように)
・女性は男性にたよりきっている(先生は訪問先がどこかわかわからない)

この初デート?以降、ボクは実に一生懸命英語を勉強した。理由は当然、彼女に喜んでもらえるように。

しかし安っぽい乙女チックな漫画のように、この手の話にはきっちり落ちがつく。
忘れもしない翌年の2月。かよこ先生からおもわぬ告白が。
「今度、結婚します」と。がびーん。
もちろん学校のホームルームでみんなの前でだが。
ボクの記憶が正しければ春休みには新婚旅行に行ったはずだ。

二年生になりボクはすっかり英語の勉強のやる気をなくしてしまった。
しかも、またこのくらいの年の子供に有り勝ちな「いじめ」を始めた。
そう、かよこ先生をいじめたのだ。何をやったか全部は覚えていないが、印象的なのは放課後の教室での出来事。
先生を囲んでちょっと口のうるさい生徒連中がわいわいと話をしていた。
で、ボクが「新婚旅行では旦那さんと一緒にお風呂は入ったの」と聞く。先生が顔を赤らめたので、たたき込むように「ベットでは何をしたの」と聞いた。
先生がますますはずかしがるので皆なではやしたてた。

これ以外に、、、、、
・英語の宿題はやらないことに決めた。
・授業中、先生にさされても返事はいつも「わかりません」。
その他いろいろやったと思うが、忘れた。

ということで、初恋とともにボクの英語学習意欲は砕け散ったのだ。あー青春のほろ苦さよ。
おかげで大学はわざわざ英語の入試がないところを選ぶほど、英語下手は本格的だった。

最近、中学時代の友達から同窓会の話を聞いた。会自体は少し前にあったのだが、なんとかよこ先生をご招待したようだ。「あいかわらずかわいかった」らしい。
やっぱりボクの目に狂いはない。あのとき、もう少し早くめぐりあっていれば、、、

今、思うに学生時代、英語が苦手だったからこそ、今すこし話せるようになったのではと思う。
30歳で渡米して英語の壁にぶつかったとき、とにかく肩に力が入らず、ある意味新鮮に取り組めた。もちろん、そのときのストレスは想像を絶するものだったが、心のどこかに「おれはもともと英語は苦手だから」と開き直りがあったと思う。さんざん勉強したのに、という気負いがない分非常に素直に取り組めたとも思う。

そういう意味では結局ものにならなかった中学の時代(英語はもとより、かよこ先生も)もそれなりに意味があったのではと身勝手に結論づけている。
しかし、もう一度あいたいな。

そりゃ難しいわ

英国では今日は夏時間が終わる日。つまり時計の調節が必要な日です。
アメリカ時代から面倒できらいです。
二週間くらい前にどこかで「24日で夏時間終わり」と聞いてはいましたが、すっかり忘れていました。
忘れていたのはボクだけではなく家族全員。
そもそも、毎年1年の途中で時間を変更するなんて人間の自然な生理機能に対して無理があるんじゃないの、、とぶつぶつ言いながら家中の時計、車の時計などを直しました。

最近、ぢゅんこさんのブログで英語の話があってふと考えることがありました。
つまり「英語で話しているとき、日本語で考えられるか?」。
ボクには不可能です。よーく考えるとこれが外国語を話す難しさの一番の要因のような気がします。

昔昔、英語が全く話せなかったころ
日本語で考えて、それを英文にして話す。
聞いたことを日本語に訳して理解する。
なんてことをボクもしてました。
本当に外国語(英語)を話したり理解したりするのは難しいなと思ったものです。

少しは英語が話せるようになった今でもこれは絶対に無理です。
特に頭の中を日本語にしておいて「話す」「聞く」を英語でやろうとしても思考回路がずたずたにされてまったくしどろもどろ。
こんな芸ができるのは同時通訳とかいうカルワザ師級曲芸ができる人だけではないでしょうか(伊賀流の忍法でもたちおち不能)。

一方で英語を頭において日本語で「話す」「聞く」は少しはできるかもしれません。
しかし、普通には会話は出来ません。ゆっくりとならなんとかなるかな。

人はだれでも言葉を理解し話しができます。障害を持っていないかぎりは。
日本語でも、英語でもスペイン語でも、、、
皆な母国語は簡単にできいます。
(前に書きましたが本当はものすごい苦労をして習得しているのですが。
それは何とか語の習得という意味ではなく「人間という動物の言語そのものの習得」という意味ですが)

ところが外国語を使いこなすのにえらい苦労をします。不思議ですよね。
日本人では自分もそうでしたが、最初は日本語で考えて外国語(英語)を話そうとしましす。
ところが、実はこれはとんでもなく難しいことなんです。
だから、難しいのは当たり前。

ひとたび、その言葉(外国語で)で考えることができるようになれば、それを使って話をする、話を聞くのは簡単にかつ自然にできるようになります。不思議なことに。

これもきっと人間の自然な生理機能と関連があるのでしょう。
この理屈を分かる人がいたら教えていただきたい。

音痴には二種類ある。聞けない音痴と歌えない音痴。聞けない音痴は音階が判断できないのでうまく歌えない。歌えない音痴は聞いたとおりに音が出せない。
結果はどちらも同じだが、聞けない音痴の方が幸せだ。音が外れていると認識していやになることがないから。
ボクは歌えない音痴。歌っていると途中でいやになってくる。音が外れているのはよーくわかるが合わせられない。音痴が歌う歌は自己流だから創作曲となる。

さて、我が家で英語が一番下手なのはボクだ。どうもこれは音痴と関係があるというのがかみさんの説。
うちの15歳の息子の発音はアメリカ訛り。こちら英国に移った最初の2−3ヶ月「英国風」に端正しようとしたが、「なんか変」と言われてあきらめアメリカ訛りでとおしている。
8歳はすっかりなじんで何の因果か不幸にもBrummie accent(ブラミー アクセント=バーミンガムの訛り)を奏でている。
かみさんはどういうわけか人から「アメリカンアクセントね」と時々言われる。
この人は昔からモノマネが結構得意だったから彼女の英語の発音はその延長だ、と思う。
かみさんは横浜出身だが関西弁のボクの母親のまねをすると結構うまい。最初に聞いたときは本人かと思ったくらいだ。ちなみにかみさんは母親に初めて会った時、その関西弁が5割くらいしか理解できなかった。
ボクの英語の発音はというと、アメリカンでも無ければ、当然ブリティッシュでもない。でもジャパニーズでもない変な発音の英語、だそうだ。英語の発音も自己流、創作的だ。

で聞くほうは?
最近家族でLoad of the ringsのDVDを見た。第一話。ちなみにうちには三話までDVDが揃っている。4年くらい前にアメリカで友達から「おもしろいぞ」と言われて買った。その時に見たときは言葉がよくわからず、しかもやたら長いのでいやになった。実は1回見たきりずっとほってあった。
今回4年ぶりでみると結構おもしろい。なぜかせりふもよくわかる。
(追記;Load of the ringsじゃまるで天秤はかりのおもりですね。書いた時気がつかなかった。これはやっぱりLord of the ringsでないとね。つまり指輪たちのの大将)

DVDを見終わって家族に「この英語は何?ブリティッシュ?」と聞くと
「アメリカンじゃないけどブリティッシュともちょっと違うような」
「ホビット(小びと族の名前?)の一人はアイリッシュみたいなイントネーションだったぞ」
「ニュージーランドで撮影したからきっとニュージーランドの訛りがみんなにうつったんだ」
「そんなばかな」
と結論がでない。
15歳の息子の説は「空想的でおとぎ話的な国の雰囲気を作るためにブリティッシュ英語を基にわざと世の中に無い発音にしてある」だと。本当かな?
でも映画の中に英国風の発音が多いことには違いない。英国に住んで慣れた!かな?
やっぱりぼくは耳はいいのだ、発音はできないけど。と自分に言い聞かせた。

15歳の息子はピアノを弾く。8歳はバイオリンを1年前から習いだした。
ちなみにLoad of the ringsのDVDを見た理由は8歳の息子が最近通いはじめた隣町の子供オーケストラでそのテーマソングをやっているから。
かみさんもピアノを弾く、で最近バイオリンを始めた。8歳と同じ先生からバイオリンをならっている。
ボクは小学1年のとき母親に無理やりオルガン教室に送り込まれたが、いやでいやでたまらず続かなかった。だから残念ながら楽器も弾けない。どうしてやめたんだ!
きっとボクに生まれ変わった魂は前に生を受けたときに音楽の神さんに頭からバケツで冷や水をぶっかけたに違いない。 でCan’t carry a tune in a bucketとなってしまった。

落下傘降下大作戦

英語圏に住めば英語が話せるようになるわけではない。特に駐在員の奥さんの場合は難しい。駐在員として赴任している本人は会社で英語を使う機会がある。子供は学校で習える。しかし奥さん方は機会が与えられないので自分からひねり出す必要がある。
ここの話はうちのかみさんの実話。ボクはひそかに単独落下傘降下作戦と呼んでいた。

まず、アメリカに移り住んだ当初、だれでもがそうするようにその辺りのなんとか学校で英語を学ぼうとする。しかし、うちのかみさんはESLクラスはあえてとらず「マイクロソフトDOSクラス」に通う。言い分はESLクラスではまともに英語が喋れるのは先生一人だけだけど、「DOSクラスでは私以外みんな先生よ」と。ところでこれは1995年ころなのでマイクロソフトDOSクラスなるものが存在している。

外国に暮らしていても最初の2-3年が勝負だ。英語をしゃべらなくても暮らしていける安住方法を見つける前に英語をマスターする必要がある。(英語なしでもなんとかなる)安住の方法を見つけたら最後、つらい英語習得の苦労はもはや出来ない。

さて、いくら「先生」に囲まれているとはいえマイクロソフトDOSクラス程度で英語がマスターできるわけはない。そこでかみさん、究極の作戦「白昼敵陣単独落下傘降下」に踏みきる。

子供のプレーグループ(おかあさんといっしょに遊ぶ会)にサインアップしたのだ。電話連絡がきて、いざ出撃。
グループはおかあさんが4、5人と子供が7、8人(たいてい兄弟姉妹がいるので)で誰かの家や公園で会う。
さて、相手は英語が上手に喋れない人と付き合った経験がないのでどうしていいかわからない。従い、かみさんだけ浮いてしまう。こうなる参加するのはつらい。
敵地に白昼、単独で落下傘降下をするとどうなるか。空中で機関銃の餌食にされてしまう。 機関銃のようにうちこまれる会話についていけない。そのうち、仮死状態になり、うんともすんとも言わなくなるので相手にされなくなる。
でもここからがすごいところ。相手にしてもらえないプレーグループはさっさとやめ、次のグループにサインアップ。そこでも相手にしてもらえなくてまた次と。半年近くこんなことをしているとCatherineとAlisonにめぐり合った。この二人とは今でも親交がある。

CatherineとAlisonは英語がまとものしゃべれないかみさんに興味があったようだ。そして、一緒に遊ぶようになった。毎週2-3回はあっていたようだ。かみさんの英語力はメキメキ上達。そもそも彼女は日本語でもひとの物まねが上手で、きっとこれも良いように働いたのだろう。

さて、びっくりしたことがいくつもあるが、学校に届ける「家族以外の緊急連絡先」にAlisonは我が家を書いている。「うちは英語が不自由だから緊急の時、役に立たないかも」というと彼女は「そんなことないし、第一あなたたちはいざというとき一生懸命やってくれるのを知ってしるわ。いくら英語がしゃべれても気持ちがないとだめなのよ」と言っていた。理屈ではそうだが、しかし、、、
この後も、英語の苦手な、外国人の我が家を子供の緊急連絡先に指定する すいきょうなcrazy家族は2、3家族ほど登場する。どういう発想なのか未だに理解できない。

ところで何故、かみさんの記事を書いているかというと、実は誕生日が迫っているからなんとなく話題にしようと思って。ただ、かみさんはこのブログの存在すら知らない。

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 次のページ ]


.
忍者半蔵でござる
忍者半蔵でござる
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事