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東別院でなぜ平和展? GO真と何か関係あるのかな? そんな問いには答えるよ。まずは日時場所などご案内。それから余裕あればもろもろの質問にお答えする。追加記入になるかもしれないけどね。
平和展の正式名称は ⇒ 第21回平和展 「弾圧される人々」
◆日時 3月18日(木)〜24日(水)10時〜18時(初日は11時から。最終日は午前のみ)
◆会場 真宗大谷派名古屋教務所(東別院の本堂右手)一階議事堂
◆内容 「聖戦」に異を唱えるもの、協力しない者、消極的なものは弾圧された。
韓国併合と弾圧、大逆事件で逮捕、投獄された仏教者高木顕妙、
戦時下最大のマスコミ弾圧「横浜事件」、戦争反対を貫き処罰された仏教者竹中彰元ほか
◆入場 無料
◆主催 真宗大谷派名古屋教区教化センター ◆協力 真宗大谷派名古屋別院(東別院)
(冒頭の質問への答えは後日追加記入)
★★★東別院(東本願寺)で何故平和展?
仏弟子は生きとし生けるものの命を大切にする。植物や魚貝の命を絶つことにも痛みを感じる。もちろん、人間が人間を殺す殺人、大量の殺し合いにつながる戦争には反対する。ところが戦争中、真宗大谷派では宗派をあげて戦争に協力、仏弟子の模範となるべき人たちが「敵をやっつけろ、殺せ」と人々をあおった。戦後それを深く反省し「不戦決議」を行った。この「不戦決議」を受けて真宗大谷派名古屋教化センターが平和展を毎年開いている。時期は春の彼岸会(ひがんえ)の間、場所は東別院の一角である。
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★★★平和展とGO真の関係は?
GO真は縁あって61歳のとき得度し、仏門に入った(宗派は真宗大谷派)。それ以前は一介のサラリーマンであったがひょんなことから労働運動に熱を入れ、会社から睨まれて冷や飯を食ったりした経験がある。労働運動の中で平和運動にも1枚かんだりした。定年後仏門に入ったので労働運動や平和運動とは縁がなくなると思っていたのだが、これまたひょんなことからお坊さん達の中にも平和運動のようなものがあることを知り、誘われるままに真宗大谷派平和スッタッフの一員となり、春の平和展に一枚かんでいる。平たく言えばまあ、こんなことだよ。 20100222
★★★それで、GO真は今年の平和展で何を担当するのかな?
GO真も後期高齢なんでね、やることなすことカタツムリ的スローペースになってしまった。今年の平和展では戦時のマスコミ弾圧「横浜事件」のコーナーを担当し展示のパネルなどを準備している。一週間の展示で、当番の日にはGO真も受け付けに座るし、午後三時のミニ法話もする。
◇横浜事件って何だ?
戦争末期に稀代の悪法といわれる治安維持法に違反したとして多くのマスコミ人が逮捕、投獄された大がかりなマスコミ弾圧事件だよ。恥ずかしい話だが、GO真は現役時代マスコミに関与しながら「横浜事件」のことを全く知らなかった。縁あって東京のJCJ(日本ジャーナリスト会議)の事務所を訪ねたとき、事務局長から部屋の机を一つ横浜事件再審請求の原告団に貸してあるという説明を受けた。その時初めて「横浜事件」というマスコミ弾圧事件があったことを知った。
◇横浜で事件があったのか?
事件はそもそもなかったのだ。いわゆるでっち上げの冤罪だよ。容疑者を検挙しひどい拷問で事件を構築して行く、その主体が横浜の特高警察、検察庁も裁判所も横浜――そんなことから横浜事件といわれるようになったのさ。
◇最近「事実上無罪の判決」があったようだね
そう、有罪判決から65年もたった今年、「国は原告(再審請求をした元被告の遺族)に刑事補償金を支払え」という判決が出た。事実上の無罪判決だ。かつての被告たちは大半が故人となっており、この世にいない。生きているうちに無罪判決を聞きたかっただろう。保証金は遺族が受け取る。
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★★★上記展示は彼岸の法要、縁日と並行して一週間行われ、ほぼ無事に終了した。寒さや雨、風の割には多勢の人たちに見ていただき、入場者は延べ1,000人を超えた。
「ほぼ無事」の中身はこうだ。中ほどの21日GO真は不在だったので詳細は分からないが右翼関係の人たち数人が抗議行動をして行ったという。ハンドマイクやビデオカメラを持ち込んでの抗議行動だったようだ。平和展はやましい展示していないので、気に食わない人も穏やかに意見を述べていただければいいと思うよ。ハンドマイクで大音声となると一般の参詣人はびっくりするよね。入りたい会場へも入れず帰宅する、そんなケースもあったのではないか。そういう妨害が目的とは思いたくないけどね。
20100328
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竹中彰元師にコメントありがとうございます!私もこの平和展に参加しました。こういう方を知ることが出来てうれしいです。私も平和展に参加しました。
仏門にはいられたのですね。よろしくお願いします。
2010/5/25(火) 午前 7:10