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連休前に速達〒  城の解体、破壊を許さないで!
 
 拝啓 突然お手紙を差し上げることとなりました。緊急のお願いがあるのです。私は現在の名古屋城を愛しており、河村市長の進める「木造改築」に反対し「名古屋城天守の有形文化財登録を求める会」の結成に馳せ参じて仲間と一緒に関連予算の不正支出を正す住民訴訟に加わっています。
 この訴訟は市長が「木造改築」について文化庁の許可を得ておらず基本設計が完成していないのに,設計図書に8億余円を支払ったため、これを違法な支出として追及するものです。
 この支出以後も木材の購入に多額の予算を計上、さらに天守解体関連の予算まで計上するなど税の無駄使いが余りにひどいので、訴訟では関連支出の停止、事業そのものの停止をも求めて行きます。
 
名古屋城天守は戦災復興の象徴、壊すべからず
 新聞やテレビの報道を見ますと、名古屋市は419日文化庁に「天守解体」の許可を申請しました。そして日を置かずに市長が直接文化庁へ出向き許可を要請するとのことです。
 名古屋城は国宝の第1号でしたが残念ながら先の大戦さなか、アメリカ軍の名古屋大空襲(B29爆撃機430機)で焼夷弾攻撃を受け焼失しました。名古屋市民はその後14年間天守のない石垣を見てきましたが経済復興と並行して徐々に再建の機運が高まり県知事や市長、商工会議所会頭、大学学長、新聞社社長らによる再建準備委員会が発足、「外見元通り、燃えない近代建築」の再建方針を決め、市民の寄付も集まり、文化庁から専任の職員も常駐していただいて195910月元通りの外見で燃えない鉄筋コンクリートの天守を建立、大阪造幣局作成の金シャチを乗せて完成したのでした。完成直前に伊勢湾台風が襲来したため大々的な竣工式は行われませんでしたが、60年後の今も見映えのするお城として親しまれています。

お城の使い捨ては日本の恥
 大阪城や熊本城はコンクリート製で耐震補強がなされ長持ちしています。戦災復興の象徴である名古屋城こそ耐震補強して永久保存させたいものです。現にある城を壊すなんて、テロ集団ならいざ知らず大都市の市長や議会がするべきことではありません。城の使い捨てだけはやめさせてください。文化庁の名前で解体を許すなんてことは国の恥です。外国の寺院の火災に再建資金を出す日本国なのに、一方で「城を壊せ」はないでしょう。家康だって「今ある城を壊す」なんてことは許さないと思います(以下略 ※印参照)。         敬具
20190424 名古屋城天守の有形文化財登録を求める会会員 豪華灯・本名捺印
 状況により住民訴訟の争点追加(工事差し止め仮処分)。住民訴訟の訴状添付                                                       20190427
※1字訂正  末尾の会の名「すすめる会」を「求める会」に訂正  20190521

 

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ガイドさんが 見ちゃった・・・・ 
 旅行余話をもう一つ書こうと思った矢先に心筋梗塞、救急搬送、入院・手術のアクシデントがあり、旅の話を忘れかけたが、蛇足というか、一つだけ書いておきたいことがあるので、書いておこう。ホトボリが覚めてもまだ湯気が立つ話もあるということだね。                                                
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 6月10日、この日はロンドン観光で
テムズ川ボート遊覧とか大英博物館見学などあった。

自転車・全裸レース・・・
 昼食のあと再集合した時に現地ガイドの女性H・Mさんが「人だかりをかき分けて、見ちゃった、変なもの。男たちの全裸自転車レース、ホントにヌード。毎年あるんだって、この日に」
 そして彼女はさらに続けた「選手は思い思いの自転車に乗っていたけど、中には貸自転車に乗った男もい ↙         ( ↑ ロンドン街角の貸自転車 )
た。貸自転車は同じデザインだから一目でわかるよね。私はもう金輪際貸自転車には乗らないよ。あの男が乗った自転車じゃないという確証はないんだからね」
  
国府宮のシン男もびっくりか
 日本にも裸祭りは幾つかある。愛知では国府宮の裸祭りが近い。しかし全裸ではない。ところがロンドン自転車祭りは「完全」のようだ。「警察は取り締まらないのですか?」と私はガイドに聞いた。「年一回の恒例の行事だから黙認のようです」とのことだった。旅行案内や百科事典だけでは分からない、テレビや新聞にも出ない、やはり足で歩かないと(実は、歩いても分らない)・・・・ロンドンの実話でした。
       ※(オリンピクの起源のような曰く因縁のお話があるのだろうか?)。
                                          20190125    

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女性指導者の像 一人は議事堂広場に
         〜 何故か足元や後方に 皆さんの目が・・・ 〜
 女性参政権100年、マンチェスター訪問のあとロンドンへ移動、まず国会議事堂周辺を散策した。議事堂脇の広場パーラメント スクエアには世界史に登場する重要

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人物の銅像が幾つかある。英チャーチル元首相、インドのネール元首相、南アのマンデラ元大統領etc,いずれも錚々たるメンバーだ。
 その一角に女性参政権運動の指導者ミリセント・ギャレット・フォーセットの像が立つ。
 マンチェスターで見たパンクファーストたちではなく、「穏健派」の指導者だという。
 パンクファーストら体を張ってたたかった女性たちの姿は立像の足元の周
   ミリセント ギャレット フォーセットの像 ↑   りに彫り込まれた小さな絵の中にあるのだ。我々の仲間たちは何故か目もカメラも足元や裏側の小さな絵の方に集中していた。

パンクファースト像は別の公園に
女性参政権獲得の激しいたたかい、サフラジェット運動の指導者エメリン・パンクファーストの像はパーラメントスクエアーから少し離れたところ、国会議事堂の南に広がるビクトリア・タワー・ガーデンズの入口付近に立っている。 
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 エメリン像の台座には同志である長
女クリスタルベルのレリーフもあり、
旅行仲間の一人がカメラに収めていた。長女のレリーフはあるが、負けず劣らずの活躍をした次女シルビアのレリーフは無い。第1次大戦が始まリ、戦争に協力するか否かで女性選挙権の運動が分裂、母娘も袂を分かったのだった。              

☛写真はエメリンパンクファーストのブロンズ像と台座に収まる長女クリスタルベルのレリーフ。                              20181025

  

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レーニンが勉強 アパート健在
 女性参政権・マンチェスターこぼれ話の続きで、ロンドンへと足を延ばそう。マンチェスターからロンドンへはマイクロバスで移動した。4時間ほどかかったかな、夕方大英博物館の近くのホテルに着いた。夕食にはちょっと早いので近辺を散策した。案内の中村先生が「近くにレーニンの住んでいたアパートがある」というので案内してもらった。歩いて10分もかからないところに長屋風のビルがある。

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                                         ↑ 若きレーニンの済んだ部屋 (丸いプレートの所)
 「あそこだよ」中村先生が指さすのは長屋風アパートの2階、丸い紫色のマークのある部分だ。よく見るとプレートには確かにレーニンと書いてある。「レーニンは若いころあの部屋に陣取り、大英博物館や大英図書館へ通って研究した。その後部屋は別人の住居となった。その人はレーニンのことを知らなかったが、何年か後にここがレーニンの部屋だったことを知り、レーニンの住居だったことを示す紫色のマークを付けた」とのこと。                        20181008

小公園にヒロシマの桜    

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 若きレーニンの住居の近くに小公園がある。散策を楽しめる緑の多い広場だが、中村先生によるとロンドンではこの規模の広場はパークと言わず、スクウエアというそうだ。正式には「タビストック スクエア ガーデンズ」と言い、木々の合間に非暴力の抵抗者ガンジーの座像とか「良心的兵役拒否」をした人たちを記念する石碑がある。片隅には幹が太く枝ぶりの良い桜の木があり「ヒロシマの桜」と言われている。原爆の犠牲者を悼むつどいがこの辺りで開かるそうだ。  
                                                        20181020
                             

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未完成・黒塗りの基本設計に8億円余の支出は違法!
 尾張名古屋は城で持つ――と言われるその名古屋城が地震でもないのに大揺れに揺れている。名古屋城は1945年アメリカ軍の名古屋大空襲で焼失したが、14年後の1959年、燃えにくい鉄筋コンクリート造り、外観は従前どおり――の現天守閣が再建された。
 以後年輪を経たので耐震改修の要はあるが、壊して作り直す必要はない。ところが現市長が観光の目玉・「木造」再建を唱えて選挙に勝ったことから「木造」への突撃が始まった。しかしもともと無理な話なので計画はボロボロと崩れ、日経新聞が「漂流」と書く(9月21日)ほどの「木造再建危機」、つまり現天守の「保存・長寿化」とのシーソーゲームとなって来た。そこへ今回の158人による住民監査請求のパンチが見舞う。

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 ↗  住民監査請求提出後、記者会見する請求人の人たち   

3つのパンチ ―― 監査請求エレベーター石 垣  
 もともと、「木造」再建は難題が付きまとう話であった。何故か、江戸時代に殿様が木造で城を造るのなら問題は起こらない。しかし今21世紀に名古屋市が木造で地上6階以上の高層建築を建てるとなると、難問がいくつも立ちはだかる。       
まず第一に、それは合法か違法かという問題である。建築基準法で木造は3階までと決まっており、4階以上の木造建造物を新たに作ることは出来ない。作れば違法建築となる。                                            
 但し何事にも例外はあるもので重要な文化財の復元の場合、国(文化庁)の認可があれば木造も可である。名古屋市は文化庁の認可を得ることを前提にして計画を立てて業者を決め、準備を開始したのであった。そこへ3つのパンチが来た。      
第一のパンチ 住民監査請求  文化庁の認可が得られなければ木造再建は絵に描いたモチになる。平たく言えばバクチ話だ。それなのに基本設計の費用8億円がすでに支払われた。これは違法な支出だから市へ戻せ。関連する実施設計15億余円、木材費94億余円も支出するな――と、158人が監査を請求した。        
    
第二のパンチ エレベーター  障害のある人たちの団体から「木造再建の天守にエレベーターを付けてほしい」という要望が出た。市長は「史実に忠実な再建を目指す。エレベーターは着けない」と拒否、バリアフリーの「新技術」を模索しているが消防法、バリアフリー法をクリアーできる確証はない。                    

第三のパンチ 石垣保全 戦災で焼失した天守は国宝だった。現在の天守は国宝ではないが戦災復興のシンボルとして重要な価値のある建造物であると、国も市も認めている。これを壊して再建(新築)するなら、その木造天守は国宝でもなければ重要文化財でもない、いわゆるレプリカである。                      
 一方石垣は戦災でも消滅しなかった重要文化財であり、これを損傷することは許されず、保全に最善を尽くさなければならない。ところがこの石垣の扱いについて文化財の保全を重視するという専門家(石垣部会)と天守木造再建を急ぐ市長との間で意見調整に手間取り、文化庁への申請が出されないまま予算の執行が先行している。このため計画は地雷を踏み踏み進むような危なっかしい状態にあり、メディアも最近になって「漂流」「絶望的」などの言葉を使うようになってきたー―というのが実情である。                                20180923   
 
※ 監査請求の人数、当初154人と記しましたが最終的には158人と確認されました。追加補正いたします。                               

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