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これまでアジアを旅してきた、写真の整理することになりました。 あったはずの写真が探せなかったり、フィルムで撮ったものの、ネガが見当たらなかったり・・・ 早くもくじけてしまいそうです。
引き寄せらるままに、アジアを旅していましたが、行き来するうち、
かつて交易時代に、盛んに船の行き交う「海の道」があったんだと、人、暮らし、言葉、音楽、もの、形を通して実感することができました。 中央アジアと西安(中国)を結ぶ「絹の道」のシルクロードに対して、 「海の道」は、絣ロードともいわれています。 交易で栄えたスンダクラパ(インドネシア・ジャカルタ)の港は、 現在、スラウェシ島(国内)から運ばれる木材専用の港のようです。 私は、なぜか、このスンダクラパの港の光景が好き。 港の近くのジャカルタ北は、オランダ入植の面影が残るコロニアルな街。 タイ北部の山奥に暮らす、リス族の集落で、三線を奏でながら口ずさむおじさんと出会い、 三線をずっと見ていると、「もって行け!」のようなしぐさ。 すこしばかりの謝礼を置いて、弾いていた三線を譲っていただきました。 蛇皮でできた三線で「スン・リス」という楽器です。 邦楽や、琉球音楽と同音階の、ド・ミ・ファ・ソ・シでした。 このおじさんが弾きながら歌っている写真が見つからなくて・・・(涙) 中国系インドネシア人の亀甲墓。 屋根に十字架があるものや、ジャワ様式を取り入れたものなどもありました。 写真を撮ったのは、4月頃の清明(節気のひとつ)のあとのようでした。 中国語で「ツェンミン」、沖縄の言葉で「シーミー」に同じ。 中国系インドネシア人にとっての清明は、一番大切な年中行事なのだそうです。 そのほかに、七月半(チーィエパン=旧盆)があるのだとか。 ジョグジャカルタを、北海岸線方面に北上しているときだったと思います。 この墓の集落を見つけ、運転手に、近くまで行ってもらいました。 墓の前に立ち、あれこれ考える私に、運転手、同行していた友人(インドネシア人)の るみこ!どうしたの?という表情が忘れられません。 古墳、亀甲墓の形に興味があること、うまく伝えられず・・・。 ↑インドの東南部地域の経緯絣のドウッパタ(ショール)。 私たちにも馴染みのある、絣模様ですね。 アジアに通う理由も欲しくて、何年か前までは、いろんな雑用を引き受けていました。 親戚に頼まれ、木材にエコ塗料を塗布する試験を手伝ったり、 知り合いの建築家に頼まれて、石材のサンプルの買い付けなど・・・(笑) 渡航費が出るからと引き受けてしまい、大変な思いをしたこともあります。 きちんとした正方形の石材タイルを選ぼうと、山積みの中から、暑い中、何時間も掛けて サンプルとして持ち帰るものを選んだこともあります。汗だく・・は言うまでもありませんね。 (現地の方に頼むと、角が欠けていたりするものも混ざるので) ---今回は、以前、撮りためていたものを、スキャンした順番で紹介しました。 テーマごとに分けると良いのでしょうけれど、すべてスキャンし終えると、 ブログにアップする気が起こらないような予感がします。(笑) 絞り込んでこそいませんが、海の道を感じていただけたら幸いです。 これから、すこしづつ、
染織展でテーマにしてきた「海の道」と「生命樹」に関連する記事をアップして いきたいと考えています。考えているだけで終わってしまうかもしれませんが(笑) |
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2009年09月09日
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