|
「カーミラ」は、いつ頃の話、という設定でしょう?(chigaharu さんからの質問より) いくつか手がかりを拾ってみます。 (a) 1871年から1872年にかけてこの著作が発表されている。 (b) ヘッセリウス博士とローラとの手紙のやり取りは何年も前に行われていた(so many years)。その後音信不通の間に主人公が亡くなっている。(序文) (c)主人公は事件当時は十九歳。回想を記述しているのが、それから八年後といっている(1章)。4章では、回想録を事件から十年以上経過した頃に書いていると記述(4章)している。1章で八年後、四章で十年以上の隔たりと言っているので、おそらく、主人公がこの回想記を最後まで書き終わるには、4〜5年は掛かったものと考えられる。したがって、事件は、ヘッセリウス博士への最後の手紙から十二年くらい前のことだったと見積もることができる。 (d)事件当時は、主人公は十八歳くらい?(幼い頃、夢の中でカーミラを見たのが6歳より前頃(1章)で、12年後にカーミラに出会った(3章)) 従って、大雑把ですが、(b) の通信休止期間を十年〜二十年と見積もり、(c)を十二年とすると、1872-(b)-(c) = 1840〜50年 頃と考えることが出来ます。 2)カルンシュタイン女伯爵マーカラの肖像画に記された年代を手がかりにすると、 (e) 肖像画が描かれたのが1698年(5章) (f) マーカラは一世紀以上前に死んでいる(13章:ローラの父の発言より) (g) マーカラが埋葬されてから百五十年が経過している(15章) (h) 肖像画が描かれてからマーカラの埋葬までの経過時間は不明ですが、現在のカーミラと瓜二つなのですからほとんど時間差は無い(せいぜい数年)と思われます。 ので、(e),(g)より、 1698 + 150 = 1848年頃 ± 数年。 3)chigaharu さんご指摘のように、18世紀の吸血鬼文献類を除けば、この作品に登場し、唯一年代が比定出来る著作物が、ビュッフォン氏の「博物誌」(4章)ですが、 これは、1749年から1804年にかけて全44巻が刊行されています。これがお城の一室に所蔵されているのですから少なくとも、カーミラ事件はその発刊以降の1800年代と考えられます。 4)老将軍と姪のベルタとが出かけミラルカと出会った仮面舞踏会は、カールフェルト伯爵によって、カール大公(the Grand Duke Charles)を迎えて開催されたものでした(11章)。 このカール大公とは、ウィーンの王宮前広場にその騎馬像があることでも有名な、オーストリアの皇室一家の軍人、カール・フォン・エスターライヒ(Erzherzog Karl von ??sterreich)を指していると考えられます。彼は、1847年4月30日にウィーンにて死去しています( Wikipedia 参照)ので、祝宴が開催されたのは遅くとも、1847年以前でなくてはなりません。 私は、これらの検討から、カーミラ事件が起きたのは、 1846年頃 と考えています。(作者レ・ファニュが 上記(4)を意識していたか否かは不明ですが。) <2008-09-09 ローラの年齢などについて1章の記述を追加(1-c)>
|
全体表示
[ リスト ]







す、すごい分析です・・・
「何年」まで特定してしまうとは・・・
勉強になりました。ありがとうございます。
2008/9/9(火) 午後 9:44 [ chigaharu ]
読んでいただき有り難うございます。なお、少し追記しました。理詰めでは、もう少し幅が有って、1844〜47年という所くらいしか絞れないとは思います。2-g の150年は、145〜154年と幅を見なくてはいけないかもしれないので。
2008/9/9(火) 午後 11:43 [ cygnus_odile ]
はじめまして
ということは、主人公は短命だったのですね。
2018/8/18(土) 午前 3:54 [ kec***** ]