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時が流れて、ある海岸を訪れた時、何も変わっていないことに驚いた。
その時の単車はもうないけれど、また訪れても、多分変わっていないと思う。 今もきっとあの場所は、僕が変わらず呼吸をしているように、変わらず呼吸をしていることでしょう。 僕を迎える故郷のように呼吸していることでしょう。 そのことを思うだけで、僕は呼吸することのありがたみを知ることができる。 苦境にいればいるほど、僕はあの地の土塊を思い出す。 キャブレターがインジェクションに変わっても、あのエアーにつながるエアーを吸い込み続けている。 そのことを共有できた人間はもういなくなってしまったけれど。 思い出は君がいた時から実はすでに始まっていた。。 |
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信じられない映像をみた。
信じられない演出をみた。 蛮行を更に上乗せする行為。 これほどまでに怒りを感じる演出はない。 震えが止まらない。 もはや海外という言葉も無意味。 人間が表現する言葉だけの『善』が、音を立てて崩壊し、それを確信してしまったような気分。 なにかしら、当たり前だと思っていた概念が、逆に元からなかったことに思い当たってしまう時代がきた。 望遠レンズを全て捨てたい。 隅々までクリアな、なんの先入観も、歪曲も、執着も持たない広角レンズがほしい。 |
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7月にシナハンがてら奥多摩に行った時、学生の頃、初めてライディングハイを味わいアドレナリンを鎮めた聖地に行きました。聖地と言っても仲間内の呼称だけど。
到着した途端、パラパラ雨が。ほとんど深夜にしか来なかったこの場所。こんな神々しい光景があっただなんて。 山梨側 夜だと蛍光灯がオアシスのようにありがたかった。 昼間くると変哲もなく結構狭く感じる。 奥多摩側 いつも、裏の駐車場で、友人と満天の星空を見上げていた。 5分に一度。流れ星が落ちてきた。 |
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The Road (Dec.2014)
今年最後のチャンスと思いきや、佐々里峠は既に冬。 気温計の最低が一瞬1.5に。 誰ともすれ違わない観念的なRun… カモノセのマスターは『ササリはやめとけ、ここより5℃低い、あそこはもう既に魔界だよ』と言ってくれたけど… 僕の性(さが)が、人を寄せ付けない凄絶な色彩の中に突っ込んで行きました。 |
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伊能忠敬の青春は56歳から始まったんだな〜
『隠居』という立場から脱した地図制作の旅。やがて幕府にも後押しされ、全国津々浦々彼の測量を待つ人々が増幅した。彼の名は日本各地の文書に必ず記された名前でもあった。一人の老人の足跡がそのまま日本の姿になった。 なんだか気持ちが救われます… |
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