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・・さて、人生にお困りの皆さん・・、「別に困ってないしっ!」と思わずにまぁ聞いて下さいっ。(笑)
人生には「決断」が必要ですっ・・、まぁそれはこれだけ膨らんだ便利な文明社会の中で生きていれば当然です・・。 「取捨選択」という言葉が辞書にありますように、人が50年、60年と生き永らえるための物事には、様々な選択肢や方法が存在しているのが常であり、また、それを選別し、自分が自分にとっていかに優れた道に歩みだせるのか?という決定の作業に秀でたものは、往々にして魅力的で競争力のある人生を送っている事が多いように思います。 そこで、「決断の哲学」とでも言いますか、私なりの「決断」の解釈と言うか考え方を、今日はカンブリアに出演された孫さんに触発されて、そんな偉そうな事を記事にしよーかと思った所でありますっ☆ まず、この複雑で入り組んだアルマゲドンの世界の事ですから、今から何をやろうにも、それに対する相応の制約がついて回るはずなのです。 具体的には、今のこの世界のどこの土地に言ってみても、大体においては先行者がいて、既存の常識があるものです。 しかし、そうしてガチガチになった法規みたいなものの先には、実は思いの外簡単にブレークスルーできる考え方があるのです。 それは、そんな面倒な状況であるのなら、「いっその事、逆にシンプルにやってみる事」ですっ☆ 例えば、ある人が9教科全てカリカリと勉強して、一般的に言われる良い大学に入ったとします。 しかし、そうした人が世に出た時に、一体9教科の知識を以って一体何をするのか?と言えば、平平凡凡の退屈な年収500万円プレーヤーの営業職に収まるのが関の山であります。 しかし、私の言う「逆にシンプルにやってみる事」を実践しようと思えば、例えば自分が「体育」が得意で好きならば、いっその事9教科全てをやらないで、「体育だけで生きていける道」を切り開くべきなのですっ☆ 例えばそれは、フィットネスのインストラクターですとか、今流行りの体育の家庭教師ですとか、あるいは狭き門ですが、NHKの体操のお兄さんを目指すですとか、・・等々です。 ・・なぜならば、今の時代は便利で豊かで多くの選択肢が、例外なく多くの人に用意されているわけですから、だったらよく言われる「選択と集中」の理屈にて、何かに特化する方が賢明であるし、優れているのです。 という事は、人間の性質で言えば、平たく均された退屈などこにでもいそうな、全てにおいてそこそこの60点プレーヤーよりも、たった一つだけでいいので、その分野では世界にも通用するような100点以上の専門家、つまり一つの道のプロフェッショナルの方が断然評価されやすいのです。 つまり、その他大勢と同じ事をやる、昔の日本で言われた「一億総中流」みたいな事では全くダメで、むしろ「皆と同じ」という保険を掛ける、その保守的なコストこそが、そのまま自らのリスクとなって跳ね返る、という事なのです。 なぜなら、今の世間はこれだけの人口を包含しているわけですから、それはまったく無名の退屈な人間一人ごときに対してなんかは、それは相当ドライで勝手な目で見てきますから、その際には、人格云々、その人の個性どうこうは全く無視されるので、あとはお金の絡みだけで関係する事、つまり自分が社会参加して果たしている仕事の部分だけを、プロとして他人や世間が傍観してくる事になるのです。 だったらいっその事、自分が社会参加するプロフェッショナルの部分においては、良い意味で開き直ってみて、自分に正直に、「自分の得意で好きな事だけをシンプルにやればいい」、という事になります。 もしも今、私のこの記事を読んだだけで、本気の本気でそう考える事が出来たなら、あなたは今から10年後、それこそその道においてはどこの土地に行っても通用するでしょうし、その結果、努力は苦労はあるにせよ、相当充実した日常と、かなりハッピーな人生になっているに違いないでしょうっ☆ そして、今回のテーマで言う「決断」という事で言えば、「つまらない人生の保険をかけない決定をする事」、もっと言えば、「他人と同じような、実は自分があまり得意でない多くの事をやらない決断をする事」こそが、今のゴチャゴチャになった社会の中では、一人の人間が一人のプロフェッショナルになるためには、かなり理に適った哲学になるんだろうと思ったので、ソフトバンクの孫さんに負けまいと、ちょっと頑張って記事にしてみた次第なのでありますっ☆ ・・ちなみに私の事ですが、(参考までに) 1、結婚のための結婚はしない 2、自分の嫌いな事・性に合わない事はやらない 3、家族以外の人間関係は作らない (ちょっと抽象的ですが)↑という事だけは、ご機嫌な精神衛生もそのままに、今の時点で完全に達成できているのでちょっと紹介してみましたっ☆ 最後に・・、便利で豊かになった現代における「決断」とは、「何をやるか?」よりも、「何をやらないでも済むのか?」という視点を重視するべきである、という言葉を残してこの記事を終わりたいと思いますっ☆おしまい |
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又お邪魔しました。(^^♪
私も自己を確立して決断しました。
自分は物では無いが、自分の体は物なんだ。その物は訳も無く生まれて来た物では無くて必ず訳が有る。その訳は、其の物が成すべき事が有るという事です。例えば自動車は飛行機には成れない。猫が犬には成れない。人もまた得意とする個性があります。自分が何をしたいのか、その事が分かれば、目的もはっきりします。
私はアイデアが好きで、自己確立もアイデアであり、自分を消して肉体を物と認識すると、其の物の得意とする働きが出来るように成り生き甲斐を感じています。物としての心定めを決断して新たな道が開かれましたが、事既に遅し、もう70過ぎました。\(^o^)/
2013/3/23(土) 午前 7:58 [ カメさん ]
カメさん、コメントありがとうございますっ☆
なるほど、素晴らしいですねっ☆
自己確立もアイデアであり、自分を消して肉体を物と認識すると、其の物の得意とする働きが出来るように成り生き甲斐を感じています。
↑これがあれば、70を過ぎても遅い事はないのかもしれませんよねっ☆
2013/3/23(土) 午前 11:05 [ 清水竜志 ]