思想家 清水竜志のブログっ☆

今までありがとうございましたっ☆m(__)mまたどこかで会いましょうっ☆ヽ(^o^)丿

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みなさんこんにちわっ☆

今回は、「エゴと情熱のバランス」と題しまして、「人間の本質」、というものに少しだけ迫ってみたいと考えています。

では唐突に・・、「エゴ」についての認識を改めて考えてみたいと思いますが、皆さんは「エゴ」についてどのような考えをお持ちでしょうか・・?。

エゴイズム = 自分の利益を中心に考えること、他人の利益を顧みない考え方、利己主義、自我だけを認めようとする論理、という具合です。

つまり、現代的に言えば、「自己中」ということでしょうか・・。

例えば、悲しくも20世紀の中盤は、我が国や、ドイツ、イタリアは、侵略主義みたいなことになってしまいましたが、あれも、本質的にはエゴイズムということだと思います。

利己の論理で、侵略される側の気持ちになれず、向上心のみが先走ってしまった・・、という具合でしょうか。

(こんなに簡単に話しをくくることができないような内容でありますので、この度は、哲学や思想の題材、ということで、これらの件に関して強い思い入れがある方は、ご理解を頂戴したいと思います。)

その侵略主義のようなことがエゴイズムの代表格だとして、そこまでの曲技とは行かずとも、そちら寄りの物事が、日常生活では繰り返されていると思います。

例えば、お店で並んで待っている最中に、割り込みをするマナーの悪い客の論理や、自動車同士の交通事故も、原因はエゴが根底にある現象だと考えられます。

広義では税金を滞納することもそうですし、裁判なんかも事例の大小問わず、その連鎖が成すシステムであります。

このように現代社会では、ありとあらゆる現象が、「エゴありき」での枠組みだと言って差し支えないはずです。

このエゴに対抗する姿勢を思わせる言葉は、「利己」の対義語、「利他」、や、他を顧みる姿勢の代表格、「自己犠牲」という概念があります。

社会規範やモラルということだけで言えば、「利他」や「自己犠牲」が全盛となれば、真に結構なことだと考えられますが、実際問題として、「エゴ」の感覚が全くゼロになってしまっては、「スパイスの無いカレー」のように、低刺激世界となることもまた、疑いようのない「真実」です。

私事で恐縮ですが、私は基本的にはノンポリで通したいのですが、ちょっと考えを述べるさせていただけば、これらの中立が最も好ましいプロポーションだと考えています。

「綺麗事や理想論を言うんじゃない!」、とお叱りを受けそうですが、ちょっとだけ私の論理の続きを聞いてみてくださいっ。

「中立」ということは単に、「逃げ」や「理想」ということではなくて、「変化に対して柔軟」、と考えることができようかと思うのです。

私は資産運用のちょいトレーダーですので、株価の例で恐縮ですが、例えば、「適正」と思われる株価から、次は上がると思えば買いですし、下がると思えば下がるまで買わない、といった行動を取ることができます。

しかし、「適正」というジャッジが出来ないのであれば、ギャンブルチョイスになるか、ミスジャッジとなってしまう可能性が顕在化してしまいます。

この「適正」という概念が、つまるところ「中立」ということなのです。

ですので、「利己」か「利他」か、という議論は、それを固定することで決着するのではなく、柔軟性を富ませて、当座の対策や検討を進めるべきと、私はいつも考えてしまうのです。

なぜなら、「今は未来のためにある」、「今の連続が未来」、と考えるからです。

往々にして人間という生き物は、その都度の「利益」や「福利」に固執してしまいがちです。

文明の利器に、このように頼り切った生活をしている私が言うのもおこがましいことですが、環境破壊や持続可能性などを追求する際には、「その悪の根源は何か?」、という本質が中心になるべきですが、それは、現在の利益や福利に固執しているため、と考えられると思うのです。

(幸いなことに、私のような一介のブロガーが偉そうに表現せずとも、世界の潮流なそのような節に届いてきているようですので、ちょっとおせっかいかとも思いますが・・。)

ですので、この「バランスを保つ」という作業は、大変神経を浪費するデリケートでタフな作業でして、舵取りが非常に難しいのですが、「簡単なことに価値は無い」、というように、逆説的に言えば、何事においても、このバランス感覚を得た場合には、相当の未来が約束されている、ということだと思うのです。

ですから、この考えの普及が私の哲学の価値ですっ☆

そしてこのことは、世界や環境などの大掛かりなことで、「自分には関係が薄い」と、考えられてしまいそうですが、それではそこらに有り触れている、在り来たりな情報と変わらずに、私とこの書き込みの価値が損なわれてしまいます・・。(私は前衛的な試みが好きなタイプなのでしょうか・・?。)

ですからこの論理を、人生や自分のこれからの行動に取り入れれば良いわけであって、このブログを読んでいただいた暁に、皆さんは日常の自己開発において、大いにバランス感覚を養って戴けばいいわけです。

分かり易く言えば、世界の世界も、自分の世界も、大小の違いだけで、「本質的には違いが無い」、ということです。

その上で、自分の道たるや、自己実現や夢のために、力やタイミングを蓄えて、「いざ!」、という時に存分に爆発できれば最高ですねっ!?

今回のタイトルですが、「エゴと情熱のバランス」とは、実はそのようなことなのです。

情熱 = ある物事に向かって気持ちが燃え立つこと、激しく高まった気持ち、ということですが、これが悪の道に走ったら、それはおぞましいことですし、もし「善の道」となることができれば、それほど素晴らしいことはありません。

「善の道」を極めた方で、私はマザーテレサさんとガンジーさんを大変尊敬しておりまして、人間の規範とも言える生き方をされた方々です。

「神様」、という存在を人間像で想像すれば、私は迷うことなく、女性ではマザーテレサさん、男性ではガンジーさんを想像いたします。

マザーテレサさんやガンジーさんとまでは行かずとも、「情熱」を「善の道」に傾けることができたら、「エゴ」とのバランスは、健全なものとなるはずだと、私は考えています。

というのは、みなさんご承知のとおり、悪の道には簡単に傾くことができますが、善の道に傾くことは容易ではないからです・・。

要約しますと、これまでの人類発展の経緯は「エゴありき」として、善も悪も、その事実を真摯に受け止めて、また、「文明の利」は抵抗せずに素直に利用させていただいて、その上で、「エゴと情熱のバランスを常に心がける」、という柔軟性が、「人となり」や、「自己実現」となるのでは、ということで、今回の書き込みを締めくくりたいと思います。

最後にイデオロギーの、ちょいアンケートです。
A、スパイス&リスクたっぷりの高刺激社会
B、バランス×バランスの心配性社会
C、安定、固定、保護主義の低成長、低刺激社会
みなさんはどれが良いですかっ!?

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清水竜志
清水竜志
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